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第二章 お嬢様、闇鍋のお招きに預かりまして

 「不審な男ではないっ!!」
 クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)はパタパタと黒衣についた埃をはらって立ち上がった。
「申し訳ないことをしましたわ。まさか護衛の方だなんて」
 レティーシアが大して悪びれずに謝ると、クロセルもあっさりと気を取り直した。……もしかしたらこういう扱いに慣れているのかもしれない。
「いえ!驚かれるのも無理はありません。驚いていただくための演出でもありますしね、ふふ」
「それで、ご用件はなんですの?先程何か言いかけてらしたようですけれど……」
 続きを促すと、立て板に水とばかりにクロセルは口上を述べ始めた。
「この真夏日、涼を取る!カキ氷を楽しむ!大いに結構でございますしかーしっ!!暑いときというのは時に冷たいものをとり過ぎてお腹を壊すしかり、冷房で風邪をこじらせるしかり、うっかり冷を愛するがあまり食欲減退および無気力状態を招いてしまうことがあります!!(中略)」
 その熱弁は次第にヒートアップして大げさな身振り手振りが加わり、独り舞台を見ているような心地である。あまりに動くせいで、時折風を切る音すら聞こえる。
「レティーシアさんも他人事ではありません。時にはおいしいかき氷を食べ過ぎてせっかくの納涼がだいなしになってしまうことだってあるでしょう。しかしご安心ください!そんな時には冷たいものの合間に熱いものを挟むことでより納涼のすばらしさをひしひしと……(以下略)」
 そろそろ止めるか無視して進もうかなぁ……と誰もが感じ始めたころ、そっとレティーシアの元に一枚のチラシが差し出された。
「……雪だるま王国、闇鍋大会開催のお知らせ?」
「早い話が、闇鍋をするのでよかったら来てください、ということです」
顔を上げると、白い髪の女の子――雪だるま王国が女王赤羽 美央(あかばね・みお)
がこくりとうなずいた。
「そういう言い方をしてしまうと見も蓋もないですよ!」
 せっかくの口上を遮られて何か抗議しているクロセルはひとまず置いておいて。
 よく見ると、雪だるま王国の団員らしき面々が色んなところでチラシを配っている。
「涼しいところで、鍋をするのもいいかなと思ったので……
 洞窟の外にコタツを用意して開催するので、体が冷えたりお腹がすいたときにはどなたも気軽に参加してくださいね」

 チラシにはこう書かれていた。

『雪だるま王国 闇鍋4つの誓い(クロセル著)
  1.箸をつけたものは必ず食す事
  2.食物には最大の敬意を払う事
  3.具材が無くなるまで食べる事
  4.口に含んですぐに吐き出さず、最後まで飲み込む事

  5。女王である赤羽 美央は食べたくなければ食べなくていい

  ……もしこれを破ったものは闇鍋の具にすることとする』

 5番だけ女の子っぽい文字で不自然に書き足されている気がしないでもないが、闇鍋に参加するルールなのだろう。
「面白そうですわね!カキ氷を楽しむ一方で、鍋も楽しもうという企画なのですわね。お招きありがとうございます」
 貴族の礼でお辞儀してみせるレティーシアに、うやうやしくお辞儀を返すと美央はチラシ配りに戻っていった。
「そうと決まれば、翔!この先で休憩いたしますわよ」
 せっかく何事もなく和やかに歩を進めていたというのに……。
 翔は頭が痛くなるのを感じながら、万が一自分の予感が外れることを願ってお伺いを立てた。
「と、申されますと……?」
 しかし、レティーシアはやはり、満面の笑みで宣言したのだった。
「せっかくお招きにあずかったというのに、わたくし何も持参しておりませんの。幸いこの山は食材の宝庫。することと言えばただ一つ……具材狩りですわ!!」


 「具材狩り……なぁ。お嬢さん、何のために護衛が必要なのか忘れてなきゃいいけどな。まっ、オレはアピールするチャンスが増えてコネがつくれれば、こまけぇことはいいんだけどよ……」
 国頭 武尊(くにがみ・たける)の大きな独り言に、共に周囲を警戒していた樹月 刀真(きづき・とうま)は肩をすくめた。
「それも含めてのこの人数なんでしょう。この辺りは今のところ危険もないようですし、……ご令嬢が怪我だけはしないよう警戒を続けましょう」
 聞きしに勝るじゃじゃ馬お嬢様ぶりを見、「しょうがないな」と笑いあうと護衛たちはそれぞれ持ち場につくべく腰をあげた。が、その時ふいに影野 陽太(かげの・ようた)がオズオズと声をあげた。
「あ、あのっ……」
思わぬ人物に引き止められて、一同はいぶかしげに視線を投げかける。陽太は一瞬ひるんだが、思うところがあるのか背筋をしゃんと伸ばして提案した。
「その……今のうちに、オオカミが現れた場合の手筈を打ち合わせておきませんか?単独行動のクマとは違って、群れで襲ってくるオオカミを相手にするには我々護衛同士が協力し合う必要があると思うんです」
一生懸命な瞳に感じるところがあったのか、去りかけた面々のうち残れるものは彼の周囲に集まった。
「……何か、考えがありそうですね」
漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の微笑みに、陽太はオズオズと……しかし力強くうなずいて見せた。


 「キノコ狩りじゃー!!」
 四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)の掛け声と共に、ガサガサと葉を揺らしながらパートナーのフィア・ケレブノア(ふぃあ・けれぶのあ)シプル・クオレクエ・ノンノ(しぷるくおれくえ・のんの)が進む。
「闇鍋にキノコは鉄則!入れいでか!!具材狩りの許可も出たことだし、思う存分狩るわよ!」
「キノコはサーチできませんから、地道に探すしかないですね」
「ここは山の幸も豊富だという。よいキノコが見つかることを願おう」
 その背後では、椎堂 紗月(しどう・さつき)がこれまたパートナーの小冊子 十二星華プロファイル(しょうさっし・じゅうにせいかぷろふぁいる)椎堂 アヤメ(しどう・あやめ)を引き連れて、何かを探している。
「おーい、悠見なかったかー?この辺に来たって聞いたんだけど」
「さぁ?今のとこ見てないよー!」
唯乃に呼びかけても見つからない。
「わたくしたち、具材を探しに来ているのですわよね?悠さんに何か御用なんですの?」
 首をかしげる十二星華プロファイルに、紗月はほがらかに答えた。
「いやさー、悠のところに丸っていうゆる族いたじゃん?」
「? ええ」
「持ってきた喪悲漢だけじゃ、闇鍋の具材として物足りないかなーって思ってさ。……だからアレを、アレしようかと」
「?」
 十二星華プロファイルが紗月の意図を飲み込みきれず、頭の中をクエスチョンマークでいっぱいにしている間に、視界の端、はるか遠くを丸くて小さな物体がかすめた。
 カッと目を見開いて紗月が号令をかける。
「獲物だぁぁー!!撃てぇぇえー!!」
「ええええええ?!」
愕然とする十二星華プロファイルを尻目に、アヤメが走り出しながら機関銃を構える。猛然と薙刀を握り締めていく紗月を追って十二星華プロファイルも続く。
 勢いよく駆けてくる彼らに気づき、丸い物体こと天上天下唯我独尊 丸(てんじょうてんがゆいがどくそん・まる)はその球体から生やした毒々しい赤の触手をしならせて言った。
「なんだおぬしたちは。わたくしに何用だ」
「アレを、狩る!」
「アレをですの?!っていうかあの方、篠宮さんのパートナーなのでは……」
彼女の制止もどこへやら。
「あの小さい丸いのを撃てばいいんだな?」
 紗月がうなずくや否や。

 ダガガガガガガガガガ……!!!

 アヤメは迷いも無く引き金を引いた。
「のぉおぉおぉぉ?!」
 護衛仲間から発砲されるとは思わなかったのか、丸はあたふたと慌てて回避した。思いのほか素早く、全長18センチだという小さな体にはなかなか当たらない。
「大人しく具になるんだ!」
「無礼な!わたくしが具?何のことだ」
「アヤメ!撃ちまくれ」
「わかった」
「ぎゃあぁぁぁあ」

 ダガガガガガガガガガ……!!!

 その脇では、篠宮 悠(しのみや・ゆう)レイオール・フォン・ゾート(れいおーる・ふぉんぞーと)の陰で真理奈・スターチス(まりな・すたーちす)と共にのんびりと涼んでいた。
「のどかだな」
「そうですね」
 その足元に奇怪な色のキノコを発見し、唯乃がトタトタと小走りに寄ってくる。
「まぁ!おいしそう」
「足元失礼いたしますね」
「ああ、どうぞ」
よく見ると、涼んでいる一帯がキノコの生息地となっている。色とりどりのキノコに目を輝かせ、フィアとノンノも収穫に励んだ。

 ダガガガガガガガガガ……!!!

「ぬおぉぉおぉお……?!」
「そっちに逃げたぞー!!アヤメ、回り込んで撃ち続けろ!」
「わかった」
「調子にっ、のるなぁあ!!」
「ぎゃぁあ?!丸が巨大化しやがったぁぁあ!!」

 リズミカルな爆音と悲鳴が響く中、十二星華プロファイルはおずおずと尋ねてみた。
「あの、パートナーの方、蜂の巣にされてますけどいいのでしょうか?」
と。
 悠は、ほがらかに言い切った。
「丸の足の一本や二本、オレは構わない」
「あ……。いいんだ……」

 ダガガガガガガガガガ、ガガッ、ガッ……!!!
 …………ジャキンッ!!

「とったどーーーーーー!!!」
 十二星華プロファイルの視界の先で、大きな触手(?)らしきウネウネとするものを掲げる紗月と、褒められて照れているアヤメと、悔しがっている丸――心なしか紗月やアヤメよりも巨大になっているように見えるがきっと遠近法の関係なのだろう――たちの前で、唯乃とノンノが得体の知れないキノコをかじりながら狂ったように笑ったり泣いたりしているように見えるが、辺りはとりあえず落ち着いた。
 鳥のさえずりが聞こえる。
「のどかですわねぇ……」
 十二星華プロファイルは遠い目で呟いた。