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第九章 お嬢様ご一行、氷室につく

 「この先狭くなってますわ。足元がすべるので気をつけてくださいませ」
 ひんやりとした洞窟の中。壁伝いに設置された松明に明かりをともしながら一行は氷室の洞窟へと足を踏み入れていた。道は狭く、音が反響している。
 ズルッ。ぼて。
「ホントですね。こけました」
「……やれやれ、今注意があったところだろう」
神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)レイス・アデレイド(れいす・あでれいど)が腕を引いて立ち上がらせる。
「手、冷たいな。寒いのか?」
「大丈夫ですよ?手は元々冷たい方ですし……」
「ならいいが……冷えるんだから、あまり長居はしないからな」
微笑みながら洞窟を眺めている翡翠にレイスは苦笑した。
「エレーナ。手を」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)の差し伸べる腕に身を寄せるようにして、エレーナ・アシュケナージ(えれーな・あしゅけなーじ)がそっと手を握る。
「ありがとうございます」
あまりに自然な流れに、フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)はわざとらしく咳払いすると隣を歩く和原 樹(なぎはら・いつき)に手を差し出した。
「ん?フォルクス、寒いなら一旦外に出るか」
カキ氷を目前にして、残念そうにしながらも気遣ってくる鈍いパートナーにフォルクスは再び咳払いした。
「そういうではない。足元が滑るというので手を引いてやろうといっておる」
きょとん、と樹は目をしばたかせたが、ようやく腑に落ちた様子で微笑みを返した。
「なんだ、優しいな」
素直に感謝されて内心バクバクなフォルクスだったが、
「よかったな、ショコラちゃん」
くしゃくしゃと樹に頭を撫でられて、ショコラッテ・ブラウニー(しょこらって・ぶらうにー)の小さな手がフォルクスの手に重ねられる。
「……」
無表情に加え無言で、ショコラッテは自分の手を見つめている。
「なっ、いやその……我はお前に……」
「フォル兄……」
「いや、ショコラッテがどうこうというわけではない、ではなく……」
そうこうしている間に、樹は楽しそうに進んでいく。
「……」
「え、えっとホラ、マスターは一方的に頼るのではなく対等に向かい合うのが自然だと思っているからこそフォルクスの意図に気がつかなかっただけなんですよきっと」
セーフェル・ラジエール(せーふぇる・らじえーる)が気をまわしてフォローに入ってみる。憮然とした表情で、フォルクスは言った。
「我はめげてなどおらん」
「……フォル兄、がんばって」
ショコラッテの素直な励ましの方が、セーフェルのフォローよりもぐさりときたのはここだけの話。
 
 身をかがめ、狭く傾斜のある道をぞろぞろと進むこと十分弱。
 少しでも空間に余裕があれば、木で作られた階段や通路が設置されているものの、基本的には岩肌の上をなぞるようにして一行は慎重に歩を進めていた。
 辺りはいっそう冷え込んでいる。
「天然の冷蔵庫ですね」
マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)の言葉に頷いて、レティーシアは背後の人々を振り返って言った。
「そろそろですわよ」
言葉通り、狭い通路はそこで途切れてその代わりにぽっかりと空洞が開けていた。それまでとは打って変わって天井高く、薄暗い中で壁に沿うようにして直方体の氷がいくつも規則正しく積み重ねられて大きな塊を形成しているのが見えた。
「わぁ〜……!」
曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)の口から白い息がこぼれる。その隣で加賀宮 英禰(かがみや・あくね)の手がすべるように電卓をたたいた。
「すっげ!何この量!これだけあればこの夏カキ氷で一儲けできるぜ」
大きさと値段を割り出して、ニヤニヤと英禰の顔が緩む。これは後でレティーシアお嬢さんに要交渉だ。
 レティーシアは得意げに胸を張ると、くるくると両手を広げて人々の前に立った。
「驚くのはまだ早くってよ!……翔!」
 合図を送られて、執事の本郷 翔(ほんごう・かける)が氷室内の照明に明かりを灯した。
 ぼうっと揺らぐようにして、辺りの光景が浮かび上がる。
 積み重ねられた氷の石棚が光を受けて薄明るくきらめく。まるで自らが発光しているかのように、透き通って鈍く輝いた。
 その石棚の真奥――最深部の壁面を覆うようにして氷の柱がそり立っていた。その柱を守るようにしてツララが周りを固め、キラキラと反射しあう。薄く青光りする氷の空間はなんとも幻想的だった。
「これは……すごいですね」
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は思わず感嘆をもらした。
「本日はみなさま、わたくしの納涼に付き合っていただきありがとうございますわ。まだ帰りもございますけれど、今はゆっくりと涼んでいってくださいませ」