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序章 夢安京太郎の悪知恵(あるいは類は友を呼ぶの回)


 磁石のNとSが引き合うように、世の中には引かれ合うことを必然とする事物が存在する。それは例えばお菓子に群がる蟻であったり、あるいはロボットものの合体ロボだったりだ。そして、それはもちろん蒼空学園にも存在するわけで――
「んっ……ぐおぁあ……はぁ、はぁ……ふんっ!」
「お、おぉ……ぐおぉ……んっ!」
 夢安京太郎(むあん・きょうたろう)こと学園の問題児と加賀宮 英禰(かがみや・あくね)は、お互いの両手で抱えた「カーネのなる木」を降ろした。
 まさしく疲労困憊といった様子だ。身体中にふき出した汗と赤くなった手のひらがまさにその証拠で、彼らはげっそりとして背中を合わせて座り込んだ。
 なぜ夢安と英禰が一緒にいるのか。それは時間を三十分前にでも遡れば分かる。


 ちょうど、研究室から「カーネのなる木」を運び出そうとしていた夢安のもとに、一人の若者――加賀宮 英禰がやって来た。
「金儲けしたいという君の気持ち、よくわかるぞ……」
「ん?」
 何事かと夢安が振り向くと、そこにはビシッと指を差して眼鏡をくいっと上げる、なんとも効果音の似合う若者がいた。
 誰だこいつ、というのがまず頭に浮かんだ。ただ言えるのは、なんとも熱い眼差しをしているということ。そして、夢安にとって不思議と、どうしても敵だと思えないほど共鳴できる相手だということだ。これは、運命?
「分かる、分かるぞっ! この世で唯一、信じられる存在、それはお金と二次元っ! それ以外は全部俺たちを裏切るからな!!」
「……お、おおっ!」
 なんて話の分かる奴だっ! 
 夢安はもしや生き別れの兄弟に出会ったのでは……! という錯覚におちいった。いや、もちろん兄弟なんていないわけだが。
「俺の名前は夢安京太郎っ! お前は……」
「俺は加賀宮 英禰だっ! お前のその企み、手伝わせて頂こう!」
「英禰っ!」
「夢安っ!」
 二人はなぜか、かつての旧友との再会でも懐かしんでるかのようにお互いの手を取り合い、そして握手を交わした。もはや男と男の間に言葉はいらないのだ。夢安はふと不安に思ったことを聞こうとしたが――
「大丈夫だ!俺の鞄には現金は入っていない!」
 言うまでもなく、英禰はぐっと親指を立ててニヒルな笑顔を見せた。おう、こうして見るとイケメンじゃないか。と、お互いに相手を過大評価した上で、自分達は最高の仲間だと勘違い指数を増大させていった。
「家計簿とレシートと請求書なら沢山入ってるがな!」
 最後のジョークはきっと笑えない過酷な現実だったのだろうが、二人は笑い合うことで信頼を勝ち取った。
 夢安京太郎と加賀宮 英禰の出会いは、とかく、そんなものだったのである。


 うようよと生まれて学園中を暴れ回ってるカーネの大群を眼下に、心地よい風を堪能して二人は汗を冷やす。いやはや、まったくもって気持ちが良い。ここは夢安のお気に入りの場所でもあり、いつでも玉座に座る王の如く、人々を見下ろすことができるのだ。
 そう、ここは、蒼空学園の屋上である。
「ここならそうそう見つかりはしないだろう。……さーて、金儲けといきたいところだが、どうしたもんかな?」
 研究室では見つかる可能性がある、ということで、「カーネのなる木」は屋上に移動させた。そこまでは順調である。あとはカーネでどう金儲けをするかだが――問題なのは労働力だ。二人だけでは機動力にも欠けるといったところだろう。
 うんうんと頭を捻る夢安と英禰。
「おうおうぅ……これはなんと不思議な木なのだ」
「魔法薬で改良されておるようじゃのう……」
 うんうん、どうしよう。不思議な木を……。
「おおっ、ここはお祭りかっ!? デブ猫祭りなのだなっ! 斎は初めて見たぞっ」
「わらわかて、初めてじゃ」
 あー、うん、デブ猫。不思議な木でデブ猫祭りを楽しむにはもう一人ぐらい……。
「ん? デブ猫?」
 思考に入り込んでいたワードに気づき、夢安は熟考の世界から帰ってきた。そこに、ぬっと影が舞い降りてくる。
「おおっ、お前は何者だ?」
 ぱっちりと目を開けた夢安の前には、なにやら騒がしい少年、と、黒猫耳の少女がいた。
「……うわあああぁぁっ!?」
「な、なんだぁっ!?」
 夢安は仰天して後ずさり、呆然とする。その絶叫に驚いた英禰もまた、目を見開いた。
 いったい、いつの間に……!? ていうか、ダレっ!
「お前ら、だれだっ!?」
「おうおう、忙しいやつ……。斎は斎っ! 鹿島 斎(かしま・いつき)だ」
「わらわはカグヤ・フツノ(かぐや・ふつの)じゃ」
「……いや、名前を聞いても分かりませんって」
 夢安は一瞬だけ考えたが、やはり聞き覚えもなく、困惑して二人と対峙した。一方は自由に動き回る能天気な若者。方や一方は黒猫を彷彿とさせる少女。
 夢安は視線を英禰に向けるが、彼もまた知らないと頭を振って答えた。
 しょうがない、とばかりに、夢安は二人の注目を集めて質問を開始する。
「お前ら、ここの生徒か? もしかして下級生? あ、いや、下級生はそっちの猫耳だけか?」
「生徒? ここのか? 斎は葦原明倫館の生徒だ。勘違いするでない」
「で、なんでそんな葦原明倫館の生徒がここに?」
「楽しそうな声が聞こえたから入ってきたのだっ! 動き回るうちに辿り着いたというわけだなっ。カカカッ!」
 夢安は斎を見て、その次に眼下に広がる学園の光景を見た。
 うん、なるほど。
「よし、二人とも出て行け」
「なにをする〜〜っ!」
「えーい、暴れるな迷子どもっ!」
 実際のところ、暴れているのは斎だけであったが、そこはそれ、連帯責任である。黒猫少女のフツノと暴れん坊青年の斎を引っ張って、夢安は屋上から追い出そうとする。だが、ちょいちょいと夢安の肩を英禰が叩いたことで、一旦その動きはストップした。
「なんだよ、英禰」
「いや、思ったんだがな、夢安。こいつら、案外、便利なんじゃないか?」
 その言葉に一度はきょとんとした夢安だったが、やがて、意図することを理解して感嘆した。
 まさしく、目から鱗とはこのことである。
「おい、斎とやら」
「おう、なんだ」
 斎はふんぞり返って偉そうに胸を張った。
「俺たちはいま、計画に手伝ってくれる仲間を探していた」
「ふむ」
「お前は楽しそうだから入ってきた」
「そうとも」
「仲間になれば楽しくなるはずだ。以上。頼りにしてる」
「おお、任せておくといいっ!」
 見事(?)な三段論法によって、斎はいつの間にか夢安の仲間として成立していた。正直に言えばこの斎の奔放さが仇とならないか心配だが、四の五の言っていられる場合でもない。
 目的を全く理解していない斎と、それを呆れ顔で見ている猫耳娘のフツノ。微妙に心強い仲間を得た夢安たちは早速計画に移ろうとする――が、そこに高笑いが降りてきた。
「ふははは!! 何やら、面白そうな儲け話だな! その話、我ら「メルクリウス」も乗らせてもらうぜ!」
 とうっ! と、声を張り上げて、男+女性三人が柵から飛び降りてきた。どこから湧いて出たものか。
「メルクリウス?」
 英禰が訝しい表情でたずねると、男はくわっと炯眼な目つきで夢安たちを見据えた。
「そう、メルクリウス! 我らの構える店の名前だ! 俺の名前は新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)! メルクリウスの店主とは俺のことだっ」
 とにかく声を張り上げ続ける男――新堂 祐司は、高らかに吼えた。
 とはいえ……店の名前は全く聞いたことも見たこともない。しかし、それをたずねるのは野暮というものだろう。なにせ、祐司はとても心地良さそうに自己紹介をしているのだから。
「紹介しよう、こいつらは俺の店で働く従業員だ」
岩沢 美咲(いわさわ・みさき)よ。よろしく。あと、こいつの言うことは真に受けなくて大丈夫。基本的に無視の方向で」
 美咲は冷ややかな目と声で祐司を一蹴し、他の女性二人を促した。
「初めまして、岩沢 美月(いわさわ・みつき)です。うちのアホ店長がご迷惑をおかけするかと思いますが、なにとぞよしなに。……と、その前に夢安様。こちらの書類に署名と拇印を頂けますか?」
「……え、あ、あぁ、はいはい。えーと、これって」
 夢安はついつい素直にサインしてしまった。美月のマイペースさと美貌にやられた、ということもあったが、彼はあまり物事を深く考えないのである。もしなにかあっても、なるようになるだろう、というのが思考根源であった。
「……一応ビジネスですので、何かあった時にお互い揉め事起こさない様にこういうのはしっかりしておかないと」
 なるほど、よく考えているものである。
 夢安は自分でサインしてしまったにも関わらず、相手の用意周到さには感心していた。
「え、えーと、は、初めまして、岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)、です」
 最後に頭を下げたのは、他の二人の岩沢とはまるで性格の違う女の子であった。
 子供っぽいが、何より癒し系。そして可愛い。美人だが目つきの悪い美月や美咲とは大違いで――と、夢安が頭の中で考えていると、横から二人の視線が業火のように熱く、獰猛な野獣のようにぶつかる。
 はい、すみません。もう考えません。すぐに心と顔で謝る夢安。まったく、読心術でも習ってるのか、こいつらはっ!
 いずれにしても、こうして夢安のもとにはそれぞれが勝手で、個性的なメンバーが揃ったわけである。
「カカカ! 楽しくなりそうなのだ」
 斎が笑顔で見下ろす学園内では、大量のカーネがわさわさと走り回っていた。