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リアクション
第一一章 夢の中で・2
「こうして見ると、結構な人数だな、おい」
夢野 久(ゆめの・ひさし)は少し呆れた。総勢30人強。ここが画家の心の中なり夢の中、というのは彼にも分かっていた。大遭難事件だ。
「ふむ、天を衝く巨人、地べたを這いずる卑小な人間。ここから見る対比の構図も面白そうだな」
佐野 豊実(さの・とよみ)は言いながら、イーゼルとスケッチブックを準備した。描きかけのキャンバスは脇に置き、「後は勝手にやってくれ」と「描き」の作業に入る。
その様を見た久と、移動の説得に当たった師王 アスカ(しおう・あすか)は安堵した。ヘソを曲げられて文句を言われたら面倒だ、と思っていたのだ。
ニアリー・ライプニッツ(にありー・らいぷにっつ)も同様に、眼を見開いてさっきからの続きを始めた。「さっき」と言うのは、終夏に声をかけられた時を指す。「ここに来ちゃったみんなで、一度集まろう」と言われたのはいいものの、ニアリーは「描き」に集中して周囲からの聞く耳を持たず、その場を動こうとしなかった。仕方がないので広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)と広瀬 刹那(ひろせ・せつな)はそれぞれニアリーの肩と脚を抱え上げ、「えっほ、えっほ」と運んできたのだ。
――もちろん、運ばれている間もニアリーは絵を描こうとし続けたのだが、揺れるし腕の自由はきかないしでまともな「描き」ができる筈もない。「邪魔しないで下さいーっ、私はこの絵を絶対仕上げたいのですーっ」と駄々をこねてジタバタと暴れ、運んでいる方は本当に大変だった。
「ニアリーって、のめりこむタイプだったんだねぇ。知らなかったよ」
「巨人の顔を見に行くことができれば良かったッスけど……空飛ぶ箒なんて持ってきてないッス」
ファイリアと刹那は、同時に「はぁ〜ぁ」と溜息をつく。
「首の先は、僕も気になるね。誰か確かめていないのかい?」
黒崎 天音(くろさき・あまね)の問いに、「胸から上は上がらせてもらえなかったわ」と終夏は首を横に振った。
「それは残念……まぁ、目つきは予想できるから、表情もおおよその目星はつくけどね」
「……『死にゆくものの眼差し』ですか?」
エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)の回答に、パチン、と指を鳴らす天音。
「意見が合うね。君はセンスがいいよ」
「印象に残っていただけですよ。見られてるって感じがとにかく強くて」
「確かあの絵が、画家の遺作だったはずだね。彼の死因は何だったかな? 痩せさらばえた挙げ句死因不明、とかそういう因縁めいたものはあるのかな?」
「風邪こじらせて肺炎起こしたってのが理由だったんじゃなかったっけ? 九〇くらいまで長生きしたから、普通に天寿を全うしたって言えるんじゃないかな」
歌菜が記憶を探り、答える。
「物知りだね」
「まぁね、『博識』と言ってよ」
「なら、謎めいた遺言とかは?」
「ないなぁ。『人は信じるに値するか』って」
「……本人の経歴を考えれば、無理もない、とも思えますわねぇ」
自由帳が沈痛な表情で俯く。
二度の戦争を経て、生涯拭いきれない人類への不信を抱えたアルベール・ビュルーレ。この悪夢のような風景も、彼の心象風景と考えれば妥当ではあった。
「餓鬼ソルジャーも岩山トカゲもハーピーも、やっぱり戦争の記憶なんでしょうか? 多分それぞれ、兵士と戦車と戦闘機、だと思うんですけど?」
白菊 珂慧(しらぎく・かけい)の質問にも、「それでいいはず」と歌菜は頷く。
「じゃあ、それを高い所から見下ろす巨人は、アルベール・ビュルーレ本人……」
「だとしたら、つまらない男だったな」
ふん、と天音が鼻を鳴らした。
「心象風景、すなわちトラウマの渦巻く世界。ありきたりで実につまらない解答だ。『自分と同じ苦しみを、他人も味わえ』って事で、僕たちを引き込んだのかい? 失望したぞ、アルベール・ビュルーレ!」
挑発するように天音は怒鳴った。
そして、何も変化は起きなかった。
「――挑発されても、何も言い返さないのかい? 『絵を描け』って指図するだけか、つくづく興醒めな相手だったな」
「……そう断じるのは、ちょっと早いぞ」
エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がそう言って、自分のスケッチブックを取り出した。
「頭の隠れた血まみれの巨人をただ描くのもつまらん、と思ってな。自分なりに色々アレンジしてみたんだが……」
開かれた頁には、巨人の全身像があった。顔も描いてある。目つきは鋭く、引き結ばれた口元には、強固な意志が感じられる。
「で、次だ」
開かれた次の頁には、巨大で上が平たい「何かの固まり」が小さい人型に支えられている絵があった。さらにその上の空間には、黒っぽい影の固まりが配置されている。「何かの固まり」の平面には、とてもとても小さな何かが群がり、上の影に向けて何かを撃ったり投げつけていた。
「この絵を描いた時、『巨人の絵を描きたい』『巨人の絵を描け』という衝動とは、違う何かを感じたんだ」
「……眼が利かなくて済まないけど、これって何を描いたのかねぇ?」
蚕養 縹(こがい・はなだ)のが訊ねた。
「……巨人が支えるパラミタと、そこで生きる種族が力を合わせて悪と戦っている場面だ」
一瞬の沈黙。それが、
(そんなの分かんねえよ)
(分かるわけないだろ)
という感想を実に雄弁に語っていた。
「あぁくそ、悪かったな。どうせヘタクソだよ、畜生」
「あ、あのう、それでどういう反応があったんでしょう?」
珂慧が慌てて質問した。
「……一瞬、衝動が消えたんだ。それで、安心というか何というか、とにかく穏やかな感覚が伝わってきた。言っておくが気のせいじゃないぞ、『セルフモニタリング』を使っていたんだからな」
「いや、対象へのなかなか面白い解釈をしているとおもいます。この発想はどこから来たのでございますか」
伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)の問いに、「俺の願いだ」とエヴァルトは答えた。
「……で、『前向き』とか『ヒロイズム』ってのが気に入ったんじゃないかと思って、その後色々描いてみたんだが、その後はさっぱりでな」
その次は鎧というかパワードスーツをまとった巨人。特徴である巨大さや、傷だらけが前面に出ていないので、もはや原形を留めていない。横に書かれた「GIGANTIC」というのが、巨大さを示したつもりか。
次の頁には、血まみれの巨人が直接影と戦っている姿が描かれていた。
「……ひょっとして、パラミタ大陸ってのがキーワードだったとか?」
珂慧の問いにアスカが「それはないと思うけどねぇ」と言った。
「パラミタ顕現は2009年でしょう? アルさんはもっと昔に死んでるから、パラミタ大陸なんて存在すら知らなかったはずよ?」
「それは俺も考えた」
エヴァルトが口を挟んだ。
「死後40年、パラミタは知らないはず、英霊として甦るには100年以上足りない。本来ならその魂は未だナラカを漂っているはずだ」
「……まさか、ナラカから今回の事件引き起こしている訳じゃないよね?」
郁乃が呟く。
「もしそうだとしたら、このビュルーレさんって相当な……その……」
「考え過ぎじゃないかしらぁ? 生前のアルさんは正直何かと紙一重な絵を描いたりはしていたけど、オカルトとか魔術の類に手を染めたって話は聞いたことないわねぇ」
「……アスカさん、『アルさん』って誰?」
「アルベール・ビュルーレさんの事よぉ? そんな大それた存在って考えるよりは、単純に残留思念が絵にこもっていて、この一件はそれが引き起こした、って考えるのが自然なんじゃないかしらぁ?」
「で、多分俺達全員に来まくってる『絵を完成させろ』って電波なんだけどよ。アルさんだか誰だかが求めてる完成条件によっちゃ、相当ヤバいんじゃねぇのか?」
久の問いに「電波なぞ関係ない、私が描きたい絵を描くのだ」と豊美が答えた。
「豊美さんには訊いてねぇっす……その、頭がどうとか脚がどうとかじゃなくて、それこそ画家並みの技術とか技量を身につけないと脱出できねぇとか、さ。居残りテストみたいに、何点以上じゃないと帰っちゃダメみてぇな。だとすっと、永遠に脱出できないかも知れないぜ」
「しゃらくさいな。なら画家の技と見る眼、見事会得してやろう!」
「だからあんたにゃ訊いてねぇって」
「……芸術点、表現点ですか。なら、いい考えがありますよ」
シルフィスティ・ロスヴァイセ(しるふぃすてぃ・ろすう゛ぁいせ)の台詞に、全員が注目した。
「スケッチブックなんて小さいのじゃなくて、もっと大きなサイズの絵を描けばいいんですよ」
「壁画でも描くの? あれって滅茶苦茶手間掛かって大変なんだよ、確か?」
顔をしかめる歌菜に、「何より画材がない」と若冲も追い打ちをかける。
――意見や考察は百出するものの、やはり決定打になり得るものは何も出ない。
(取り敢えず、メモだけはしておこうか)
珂慧は、スケッチブックの新しい頁を開き、出て来た意見を片っ端から書き込み始めた。
「――翡翠。ねえ、翡翠」
自由帳は、未だに正気を失った振りをしている翡翠の肩を揺すった。
「もう、そんな真似はしなくてもいいのよ。人が集まってくれたから」
「……そうかい」
翡翠の歪んでいた表情は真顔になり、手元の分厚い本は、自由帳に返された。
「もうやらなくていいんだ。ちょっとつまらないな」
「どんなに『振り』をやった所で、『本当』にはかないませんわ」
「……そうだねぇ」
翡翠と自由帳は、「いあ いあ……」と口走りながら日記帳に何か描き込み続けているラムズ・シュリュズベリィの方を見た。
「こいつブツブツ言っててうぜェんだけどさ。黙らせていいか?」
久の提案に、誰も反対はしなかった。
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