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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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【DD】『死にゆくものの眼差し』

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第一三章 帰還者


 『勇猛と誇りの終わり』というのが、その作品の題名だった。
 騎士と戦士の軍団が、敗走していた。彼らを追撃するのは、小銃と戦闘服などの近代的な武装をした餓鬼の部隊。その後ろには、巨大なトカゲが口を開け、飛礫を吐き出していた。
 赤羽 美央(あかばね・みお)はその絵の前に立ちながら、ぎゅっ、と歯を食いしばった。
 画家の沈痛な想いが伝わってくる。
(終わってなんかいないんです)
 彼女は心でそう語りかける。返事はない。
(後でそちらにお邪魔します)
 美央は絵に背を向けた。

 珂慧のスケッチブックを媒介として、「現実側」と「夢の中」とで対話が為された。
 見えてきたのは、次のような考察である。
 ・「首なしの巨人の絵」は、正確には
  「首から上が雲に隠れていた巨人の絵」である。
 ・絵の中の世界は、画家の心象風景。
  渦巻くのは戦争への嘆きと憎しみ、ひいては人類への絶望。
 ・現在夢の中に囚われている人員には、「巨人の絵を完成させろ」という衝動がある。
  状況を解決するには、画家の怨念妄執である「巨人の絵の完成」を
  達成させる事が一番の近道と思われる。
  ただし、その「完成」の達成条件がまだ見えない。
 ・仮に「完成」の達成条件が
  「生前の画家並みの技量を身につけた上で、巨人の絵を描ききること」であったら、
  夢の中に囚われている人員が解放されるのがいつになるのか見当もつかない。
 ・会話によるまともなコミュニケーションが望めない以上、
  夢の中に突入して画家の注意をひきつけ、
  囚人達への束縛を緩めて最低限一般人だけでも解放しなければならない。
 ・「血まみれの巨人」は、画家ビュルーレ自身であり、
  この悪夢の核である可能性が高い。
  最終的な戦術目標は、被害者全員を救出後の、「血まみれの巨人」の無害化。
  説得などがきかなかった場合は、武力を駆使しての撃退。


 スケッチブック越しの議論や情報交換を見ながら、峯景は唸った。
 確かに、最低限の目標である被害者救出の目処は立った。
(だが、この絵をこのまま放置しておくわけにはいかないよな)
 被害者の顔が浮かび上がったのは、「死にゆくものの眼差し」だ。が、被害は美術館内のあちこちで発生した。
 つまり、この騒ぎのトリガーは、特定の作品ではなく、アルベール・ビュルーレの描いた全作品である可能性が高い。
 危険物をそのまま放っておくわけにはいかない。となると、破壊なりなんなりの処置が必要になるが――
(そうなった場合、誰が誰にカネ払うことになるのかね……)
 金額を想像して、峯景は怖くなった。

  「魔王ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)である。
   「契約者」諸君が夢の中で眼を覚まし、
   一般人は巨人の絵描きに没頭している現状は興味深い。
   確認したいのだが、契約者は誰もその夢から脱出することは出来ないのか?」
  「遠野歌菜です。私達、もともと夢から脱出する方法を探しているのですが?
   あと、魔王というのは?」
  「ジークフリートである。魔王とは我がふたつ名である。
   夢の世界を統べる画家の力が、「契約者」達には強く及んでいない事から、
   諸君等であれば自力で夢から覚めることも可能では、と考察した。
   既に実施していたらすまないが、例えば頬をつねるとかしてみただろうか?」
  「シルフィスティです。ちょっとやってみます」
  「蓮です。やってみます」

「あのー、すみませーん!」
 展示フロアの一画から声がした。
「すみませーん、どうして私ワイヤーで縛られてるんでしょうかー!?」
 声を聞きつけ、何人かが現場に向かった。
「あなたの仕業ね?」
 リカインが、後から美術館にやってきた天夜見 ルナミネス(あまよみ・るなみねす)を睨んだ。
「突然暴れ出したりするといけないな、と思ったです」
「今すぐ外してらっしゃい。いいわね?」
「……はい」
 心の中でブツクサ文句を言いながら、ルナミネスもシルフィスティの居場所に向かって走った。

 風景が変わった。
 曇天の岩沙漠ではなく、蛍光灯の点いた建物の中。
 聞こえてくるのは、ちゃんと聞き取れる人の声。
 ――帰ってきた!
 岬蓮は、自分の体を抱きしめると、椅子から下りて膝をついた。体がガタガタと震えている。
 ――帰ってきた!
「アイン!」
 名を呼んだ。
「アイン! どこぉっ!? どこにいるのぉっ!?」

 叫びを聞きつけ、アイン・ディアフレッドは走り出した。
 何度か角を曲がる。不覚にも、転びそうになった。
 ――いた。
 床に座り込み、ガタガタ震えている少女。
「蓮っ!」
 名を呼ばれた少女は振り向き、立ち上がろうとして転んだ。起き上がろうとして、ついた手が滑った。
 アインは傍らに駆け寄ると、蓮を抱き起こし、力の限り抱きしめた。
「アホナスカボチャ!…どこまで世話焼けば気がすむねん!」
「アイン! 怖かったぁ! すごく怖かったあぁぁ!」

 「ハナへ 今すぐ起きなさい」
 凄まじく筆圧が高そうな字を見て、蚕養 縹も頬をつねり、「現実」に戻った。
 縹は我に帰った直後、眼の前に立っていた佐々良 縁に平手で頭を立て続けにひっぱたかれた。
 そして、涙をボロボロ流している縁に頭を抱えられ、その態勢からまた頭を何度も叩かれた。