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夏の夜空を彩るものは

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夏の夜空を彩るものは

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 夜空の花が咲く前に 
 
 
 空京のあちらこちらに、花火大会を知らせるポスターが貼られている。
 夜空を埋め尽くさんばかりに開く花火の写真を、つい足を止めて眺める人も多い。
 その前を七那 夏菜(ななな・なな)七那 禰子(ななな・ねね)に手を引かれて通りかかった。
(花火……)
 ずっと前に家族で花火を見たことがあった。けれど……それを思い出すともう二度とあの日々が戻らないことが悲しくなってしまうから、夏菜はずっと花火大会には行かずにいた。今年ももちろんそのつもりだったのだけれど。
「夏菜、早くしないと遅れるぜ」
 夏菜の足が重くなったのを感じたのか、禰子が振り返る。
「うん。でも花火なのになんでこんなに明るい時間から行くの?」
「いろいろ手伝いがあるんだよ。ほら」
 訳も分からず禰子に連れられていった先は、夏菜が思っていた花火大会の会場ではなく、空京神社の奥まったところにある小さな社だった。
「ねーちゃん、ここ何?」
「言わなかったか? ここに花火を観に来る客が来るからって、その手伝いを募集してたんだ。ああ、ちょっと。もしかしてキミも巫女の手伝いに来たのか?」
 禰子に声を掛けられて、社の前にいた蒼澄 雪香(あおすみ・せつか)は肯いた。
「ええ。あなたも巫女の手伝いに来たんですか?」
「巫女……?」
 きょとんとする夏菜を、禰子は雪香の方へと押し出した。
「あたしじゃなくて夏菜の方がな。んじゃ、後はよろしく頼むぜ」
「ね、ねーちゃん?」
 困惑している夏菜を雪香に任せ、禰子はさっさとその場から退散した。
「えっと……」
「私は蒼澄雪香。こういう仕事をするのははじめてだからよろしくお願いしますね」
「ボクは七那夏菜です。あの、それでどうすれば……」
「まずは巫女服に着替えないといけないそうですよ。ちょっと恥ずかしい気もするけど、仕事をしていたら慣れるかしら」
「巫女さんの服?」
「はい、あちらで着付けをしてもらえるそうです。行きましょう」
 雪香と連れ立って歩いていく夏菜を、禰子は物陰からじっと見送った。
(夏菜……荒療治かもしれんが、キミには前に進んでもらわないとな。がんばれよ)
 
 
 白衣に緋色の袴をつけて。
 実家が神社な朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は巫女ではなかったけれど、忙しい時期は本職の巫女に交じって手伝いをすることはあった。だから巫女装束の着付けも慣れたものだ。帯を前で蝶結びにして装束を着終わると、それだけで背筋が伸びる気持ちだ。
「さっそく境内の掃除に取り掛かるか」
「巫女というものは護符を売ったり舞を舞ったりするのが仕事だとばかり思っておりましたが、掃除もしたりするのですね」
 千歳同様、巫女装束を着たイルマ・レスト(いるま・れすと)が、竹箒を取り出す千歳を見て、興味深そうに言う。
「したりするというか、まず最初にやることが掃除だな。境内はできるだけ綺麗に掃除しておかねばならないから」
「それならば任せて下さい。掃除ならば得意中の得意です」
 メイドにとって掃除は身についた仕事だ。
 どこから手をつけようかと周囲を見渡すと、イルマは千歳にその場所を手で指し示した。
「ではわたくしは、敷地内にぽつんとあるこの汚れた建物を綺麗にする事に致しますわ」
「イルマ……その建物こそが福神社だ」
「まあ、それは失礼致しました」
 悪びれずに答えるイルマに、千歳は額に手を当てた。神社、というものに対する感覚の違いから来ているものだと分かっていても、神社の娘としては複雑だ。
「お客様をお迎えするのですもの。埃やゴミなどが落ちているなど、あってはならないことですわ。もっと本格的に磨き上げたいところですけれど、時間はあまりありませんわね。巻き進行で行きますわ」
 てきぱきと社の掃除をしていくイルマの手順は的確で、社は確かにきれいになってゆく。巫女としての仕草というより、巫女の服を着たメイドそのもの、という点が気になりはしたが、掃除自体は任せておいても大丈夫そうだ。
 まあ問題がないわけではないが、布紅もきっと許してくれるだろう。千歳は社の方をイルマに任せ境内の掃き掃除を開始した。まだ花火には時間のある、明るい空を見上げて思う。
(天気もいいし、今夜はいい花火が観られそうじゃないか)
 花火見物に来る皆が福神社で気持ち良く過ごせるようにと、千歳は竹箒の跡も清々しく境内の掃除をしてゆく。
「ここから向こう側は掃除してありますから、こちら側だけで大丈夫ですよぉ」
 同じく境内の掃除をしているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が、手でここからと指し示す。
「分かった。ではこちら側を清めよう」
 箒を扱う手つきも動作も、さすがというべきか板についている。
 残りの部分の掃除を千歳に任せると、メイベルは掃き掃除が終わった箇所に打ち水をしていった。多くの人が歩くことによって埃がたたないように、というばかりでなく、見た目にも涼を味わってもらえるだろう。掃き清められ打ち水のされた境内は、こざっぱりとした清浄さで満ちている。
「見物の人用のレジャーシートはどこに敷けばいいかな?」
 自分の持分の掃除を終えた久世 沙幸(くぜ・さゆき)は花火見物に来る客の為にと、レジャーシートを抱えてきた。これに座ってもらえば、ゆったりと花火を楽しんでもらえるだろう。
「夜店の場所も必要ですしねぇ……この辺りにお店に並んでもらって……」
「花火見物に併せてお参りをする人もいるかもしれないから、その人たちの通る場所は空けておかないといけないよね。とすると、ここからここまでは夜店も見物用のシートもなし、かな」
 花火見物に良い場所だとはいえ、ここはあくまで神社の境内だからとセシリア・ライト(せしりあ・らいと)は竹箒の柄で地面に線を引いてみた。メイベルも境内を行き来しては、配置の算段をする。
「夜店の人は売り上げの良さそうな場所に出したいでしょうし、花火見物をする人は花火がよく観られる場所が良いでしょうねぇ。場所取りでもめたりしないように、場所の振り分けを考えなくてはなりませんわね」
「それ以外にも、どこかに救護所のテントを張れる場所を取ってもらえないですか?」
 できればこの辺りに、と御凪 真人(みなぎ・まこと)は社の隣を示した。
 福神社には社務所が併設されていないから、人ごみに気分が悪くなった人が出たり、迷子を保護したりしても、休ませておく場所がない。手伝いをする人も拠点となる場所があれば、行動しやすくなるだろう。
「それは良さそうですわねぇ。どこからかテントを調達できるといいのですが」
「空京神社の本殿で頼んで、テントを貸してもらうよう手はずは整えました。場所が確保できたら、セルファたちに運んでもらいますから」
「うん、じゃあこの近くには夜店もシートも配置しないようにしておくから、よろしくねっ」
 沙幸は真人に答えると、社の中に入って行った。
「布紅さま、ここからだと空京の花火はどちら側に見えます?」
「えっと確か……ここからあの位置に見える、と言われましたから、たぶんあの辺りに見えるんだと思います」
 布紅は社から出てくると、空の一点を指差した。
「布紅さま用の席も作りますねっ」
「ありがとうございます。でも社からでも良く見えますからだいじょうぶです」
 沙幸がシートを敷きに行ってからも、布紅はその場に留まって用意をする皆の様子を眺める。
 巫女として手伝ってくれる人、そうでなく手伝いをしてくれている人。
 そちらに向けて、ありがとうございますと小さく呟いて福を祈るように目を閉じた。
 そこに今度はルカルカ・ルー(るかるか・るー)ルカ・アコーディング(るか・あこーでぃんぐ)がやってくる。
「布紅様、またお手伝いにきましたよっ」
「いつもありがとうございます。今日は耳つきなんですね」
 揃いの巫女衣装はいつもと同じだけれど、頭にはひょっこりと猫耳がついている。ルカルカは猫耳に手をやって動かして見せると、にゃ〜ん、とポーズを取ってみせた。
「布紅様の分もありますよ」
 ルカルカは琴音の猫耳を布紅にもつけてみる。
「可愛い〜」
「なんだかふかふかします」
 布紅は頭に手をやって、猫耳に触れた。
「この姿に呼び方をつけたいなっ。巫女、まねき猫……まねき巫女? 猫巫女?」
「福神の巫女、まねき猫巫女、戦巫女……」
 ルカルカとルカは呼び方を考えては悩み、何がいいかと布紅に尋ねた。
「ええっと……福をまねく巫女さんで、やっぱりまねき巫女さんでしょうか?」
「じゃあまねき巫女で」
 まねき巫女の役目を頑張ると言いながら、ルカルカとルカは巫女の仕事をしに行った。それを見送りかけて、布紅は慌てて猫耳を取る。
「あ、耳。耳をお忘れですよ〜」