蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?

リアクション公開中!

【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?
【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!? 【サルヴィン川花火大会】東西シャンバラ花火戦争!?

リアクション

 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)メモリカード 『イ・ティエン』(めもりかーど・いてぃえん)と、屋台の心得を復習していた。
「お客様が来たら?」
「いらっしゃいませであります!」
「お客様を送るときは?」
「お買い上げ感謝であります!」
「ところで…その、イ・ティエン殿、もう少し普通に話せないでござろうか?」
 張遼 文遠(ちょうりょう・ぶんえん)がまじめくさったイ・ティエンのトンチキな言動に汗を垂らしている。
「そう、さわやかさを忘れちゃだめだよ、さあはじめようか」
 夢見はよいしょ、と氷の塊をカキ氷機にセットした。まず最初のカキ氷はイ・ティエンのためのものだ。

 何人かのお客を捌き、イ・ティエンがそろそろ慣れはじめたかなと思われた頃、カキ氷屋台制覇をすることに決めたレポートが、夢見達のカキ氷屋台に来襲した。
 たまたまシロップのスプーンが外から手に取れるところにあったのがまずかった。イ・ティエンが先におつりを、それからカキ氷を渡そうと準備したら、カキ氷をひったくられてブルーハワイにイチゴシロップがかけられようとした。
「ああっ、だめでありますっ!」
「ん? いいじゃん、その分の金は払うしさ。チビちゃん、そのおつりとっとけよ」
 彼は味音痴のくせに、シロップのちゃんぽんに興味を示して、色の混ざり具合や味がどうとかを追求しだしたのだった。
 最初はとにかくいろんな味を試したいだけだったのが、いつの間にかへんな風にずれてしまったわけである。
 しかしそこでイ・ティエンは、夢見に『お客様を不快にせぬこと、がまんすること』といわれたのを思い出した。おまけに『お釣りや注文の間違いもダメ』と厳しく言われているのである。おつりをとっておくなんてできはしない。
 彼女は今日、カキ氷というものを初めて食べた。イチゴ味の氷はとてもあまくて、口も目もきゅうっと閉じてその気持ちよさも堪能したものだ。
 その思い出のカキ氷が、目の前で蹂躙されようとしているのである。青いのに赤いのが混ざったら、紫になるはずだ。紫でおいしいものなんて、今のところは彼女は知らない、きっとまずい。
 しかし、がまんだ。
 でも、思いっきり顔に出ていたようで。
「…わかったよ、やめとくよチビちゃん、じゃあな」
 レポートは、自分よりでかいものは積極的にいじめたいが、小さい子をいじめるのはさすがに気が引けたのだ。
「よく我慢したね、ほら次のお客様だよ」
「はっ…い、いらっしゃいませでありますっ!」

「ううむ、中華風ネギ焼きの屋台はござらなんだ…」
 文遠は残念そうな顔をしているが、そのかわり出来立てのお好み焼きやから揚げを購入してきた。
「なにやらたこ焼きの屋台が騒がしかったので、後回しにしたでござる」
「たこ焼きは、まだ食べたことがないであります」
「なら、あとで行っといでね、お金渡すからね」
「感謝であります!」
 その後、無事に戻ってきたイ・ティエンが、おみやげのたこ焼きを差し出しながら、
「ところで、川辺から聞こえる『りあじゅうばくはつしろ』『りあじゅうもげろ』とは一体どのような意味でありましょうか?」
 と無邪気に尋ねてきた質問には、二人は答えられなかった。彼女を立派な魔道書にするために。

 ぽんっ、きゅーっきゅっきゅっ。
「これでよーし!」
 テントの外に置いた看板に屋台の名前やアピールを書き込み、満足げに彼方 蒼(かなた・そう)は胸を張った。
 テントの中にスポットクーラーなどの冷房機器を置き、道行く人に涼んでもらおうというのだ。
「蒼ー、看板立ててくれた?」
「うんやったよ! 真にいちゃん、次はなにすればいい?」
 椎名 真(しいな・まこと)はテントから顔を出して外を伺った。ぐりぐりと蒼の頭をなでてねぎらう。
「わふーっ、えへへ」
「もう用意は終わったから、呼び込み始めましょう」
 その後ろから双葉 京子(ふたば・きょうこ)が声をかける。
「中は用意できたのか、じゃあ俺も呼び込んでくるぜ」
 原田 左之助(はらだ・さのすけ)がテント周りの建て付けを確認して戻ってくる。
「左之にい、ずっと外だろうから一旦中で涼んでいけば?」
「おお、有り難う。でも俺クーラーとかの人工的な涼しさってのがどうも苦手なんだよな」
「そうかあ」
「ここは川岸だしな、吹いてくる風は以外と涼しいもんだぜ」
 ま、行ってくらあ、と手を振って立ち去り、真は中に戻って京子を手伝いにもどる。

「たこ焼きいかぁっすかー? よう焼けてるでー!」
 威勢のいいかけ声をあげる大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)と、その横でひたすら焼きまくるレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の出すたこ焼きはとても大ぶりでうまい。しかも10個に一個はタコが二つ入った『ラブラブ仕様』なのである。当たった人はラッキーだと泰輔はまくしたてる。
 大阪の味を守り、ソースもブランドをこだわり、その味に次第に行列ができるが、そのためにはアンチョコはしていられない。
 行列の中に、あんまり時間がかかるのでやかましく騒ぎ出した者がいた。
「アレ、入れます?」
「ん、そこに」
 たこ焼きを高速でひっくり返す手を止めないまま、側のタッパーを指さす。
 そのタッパーには、某最凶の激辛ソースにじっくり漬け込んだタコが入っている。
 その不調法者のたこ焼きに、それを仕込んでやろうというのだ。しっかりとタネでくるんで、凶悪なにおいを封じ込め、見事そのヤカラに手渡すことに成功した。
「…タコの数が、足りません…」
 その後タッパーを閉めようとしたレイチェルは、さっと青ざめた。
 明らかに、使ったタコと残っているタコの数が合わなかったのだ。
「間違えて、どこかに入ったかもしれません…」
「んー、ええやんえやん、バカップルの口にでも入ればラッキーやで」
 それに、これはカップルの試練になるかもである。恋人の前で醜態を晒すか、耐えるか、根性見せてもらおか、という所だ。

「たこ焼き、うまそうだぞ」
 ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)はたこ焼きを手にして戻ってきた。アンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)もイカ焼きやらなんやらを持たされて、それらをつまみ食いしつつ川岸でロケット戦争を観戦している。
 天津 麻衣(あまつ・まい)神矢 美悠(かみや・みゆう)はファウストの差し出すたこ焼きはちょっと遠慮した。たこ焼きは好きだし、大粒で美味しそうだけれど、大口を開けて食べるのは、女の子だからちょっと勇気がいるわけだ。二人は射的や金魚すくいの屋台を見つけてはしゃぎ始める。
 アンゲロは目の前のイベントを眺めながら、ふと呟いた。
「来年の今頃、オレは再びここで花火を見ているだろうか? もし争いがあれば、俺達教導団は真っ先に前線に放り込まれるんだからな」
 目の前の花火戦争で今いる西側には、西シャンバラ陣営がほとんどと見受けられる。対岸もまた東シャンバラ陣営の契約者が多い。運よく争いを生き延びても、東西間には亀裂が入るだろうし、このようなイベントは二度と開催されなくなるだろう。
 麻衣はリンゴ飴を頬張りながら、アンゲロの言葉に考え込む。
 確かに、その時は自分たち教導団員は真っ先に前線に投入されるかもしれない。今自分の目の前にいる、百合園や薔薇学、パラ実の契約者たちと、敵味方に分かれて殺し合わねばならないかもしれないのだ。
 でも今はそれを考えたくない。
「そんなこと、今だけは考えなくても…いいわよね…」
 美悠もまたそうだった。
 かつては、パラミタも、自分が強化人間適合者であることも何も知らず、家族と平穏に過ごした日々があった。
 もう戻れない過去を懐かしみ、それに加えて今まさに失いたくないものの喪失の可能性がある。東西間の関係はその可能性をどちらにも揺り動かすものなのだ。
 それならば。
―…その前に、あたしがみんな殺してやる…。
「あなた、どうしたの?」
「へ? 何がぁ?」
 麻衣が何事か呟いた美悠を気遣ったが、もはや彼女にはそんな心当たりはなくなっていた。

「まあ、東西でロケット花火を撃ち合うっていうのは、考えようによっちゃあひどく物騒なイベントだが、東西シャンバラ王国の契約者達が敵対陣営と撃ち合うための予行演習、なのかもしれないがなあ」
 上の連中の思惑などどうでもよかった。それよりもケーニッヒには、パートナーと楽しむこの時間の方が大切なのだ。
「今は、このお祭りを楽しもうぜ」
 もぐもぐと屋台料理で腹を満たし、さっきのたこ焼きの最後の一つを頬張ると…
「…ぐあーっ!」
 辛い、痛い、熱い! 汗が噴出して涙が出る! この弾丸くらったような衝撃は一体…!?
「この香辛料の匂いは…凶悪だな…何か混ざっていたんだな」
「店主、なんか当たるって言っていたが、これか、これなのか!?」
 命からがらさすがに文句をつけにいったが、笑顔でさらりと流されて、ケーニッヒの気力はそこで尽きた。
「あ、当たったんやね。あんた、これからええこと待ってるでぇ」
 ま、がんばりやぁ、と笑った泰輔の頭の上には、屋号の看板『がんばりや』がでんと据わっている。

 レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)はひたすらロケットを束ねていた。そいつをシュレイド・フリーウィンド(しゅれいど・ふりーうぃんど)にくくりつけている。
「よーしどんどん括ってくれ。羽だけは出せるようにしてくれよ、まだかまだか、早くー」
 クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)がそこへさらにロケット花火を集め、飛んでくる花火をオートガードで撃ち落とす。
「さあ、流れ弾は気にせず!」
「サンキュ。シュレイド、もうすぐ終わるって! じっとしろー!」
「うおおきたきたきたぁ! 俺様の時代が来たぜぇ☆ ヴァンさんっ! よろしく頼むよ!」
 俄然ヒートアップするシュレイド、花火の光よりもまぶしいスマイルがきらめく。
 のっそりとヴァン・ロッソ(ばん・ろっそ)がシュレイドを掴み、狙いを定めてその巨体に見合ったパワーで対岸に向けてブン投げた。
「今だっ! 俺は鳥になるッ!!」
「おうよッ! 」
 すっとんでいくシュレイドを眺め、はっとレイディスは気が付いた。
「火…つけ忘れた…」
 レイディスが青ざめる、シュレイドは何も火をつけられるものを持っていなかったはずだが、唯一つ爆炎波の心得を備えている。それから連想するところは、自爆のみである。
「次は坊主か」
 サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)は先ほどレイディスがシュレイドにしたように、ぐるぐると花火を巻きつける。
「ちょ、え、マジ?」
「きゃー、命知らずな男性って素敵ー♪」
 嘘だけどね、とつぶやいて、聞くものの心をひやりとさせつつ、順調に作業を終えた。
 サフィは、火をつけ忘れるなどという失態は犯さなかった
「目標視認、方位2−8−2、距離322! 視界グリーン!」
 これまた適当にそれっぽいパラメータをわめきながら、今度はヴァンを煽りにあおる。
「いよぉっし、いっくぞォ!」

 一方、ヴァルキリーの翼で飛距離を大幅に稼いだシュレイドは、バーストダッシュで回避し、また西岸で人の多そうな所へと方向を調節しながら飛び込んでいく。
 敵陣は、さすがに体ごと突っ込んでくる相手にはまず逃げを打った。
 すかさず爆炎波で身体にくくりつけたロケット花火に点火し、ロケットの大半は彼らを追い回すようにあらゆる方向へと飛んでいき、残りはそのまま爆発した。
「…いひひひひ、大成功ッ☆」
 大ダメージを追いながら、シュレイドは笑顔を失わない、そしてそのままがくりと力尽きた。

「おおう、なんじゃこいつはっ!?」
「うわわわわっ! おばあさん危ないっ!」
 ヴァンにブン投げられたレイディスは、ヴァルキリーの翼で空を飛び、空中でロケットを担いだ幻舟とヘッドオンしかけた。
 レイディスには、シュレイドと違って翼はなく、バーストダッシュのみでは対岸に届かない。ロケット花火の推進は人間の体を運ぶには及ばず、空中での機動性など、有翼種族にははるかに水をあけられてしまうのだ。
 幻舟に撃ち落とされ、ぼてりと中洲に墜落したレイディスは、ひとこと呟いてダウンした。
「ろけっとおばあちゃん…」
 東岸では、ヴァンがひとりご機嫌に彼らを鑑賞をしている。
「がーっはっはっは。いやァ綺麗な花火だねェ」
 クライスも、結局特攻兵器と化した彼らに同情しながら、その散りざまには感嘆しきりである。
「レイディス、シュレイド、見事な華となりましたね!」
「おう、あんたも飛んでみるかい?」
 腕が鳴るぜェ、と手をわきわきさせるヴァンに、クライスはあわてて断った。
「いえ! 遠慮させていただきます!」
 ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)もてきぱきと花火をまとめ、ブン投げては火術を飛ばして空中で爆発させている。何度かうまく花火がばらけて綺麗に飛んでいき、彼を満足させた。
「ふむ、やはり花火は一斉に咲き乱れるのが一番だな」
 ロケットの塊をブン投げているうちに、彼は足元の川岸の位置を見失っていた。
 足をすべらせて、川の中に落ちてしまったのだ。一瞬きょとんとして、自分の状況のおかしさに笑いがこみ上げる。
「戦争も嫉妬も全てが娯楽、勝とうが負けようが楽しめりゃ勝ち。ま、こういうラストもありだな。これこそ祭りだ!」
 腹のそこからゲタゲタと笑って、彼は降参した。

 ネルソー・ランバード(ねるそー・らんばーど)はほくそ笑む、
 彼の視線の先には、サイコキネシスで操作されたロケット花火があり、突然横にスライドしてありえない軌道をとる。
 中洲のカップルがそれを視認して叩き落そうと構えるが、突然ゆがんだ軌道に対応できず、剣で受けるのに精一杯になって吹き飛ばされた。
「お、持ちこたえましたね」
 ふと顔をあげて、自分の方に飛んでくるロケットをハンドガンで撃ち落とす。特になんの細工もされていないロケットなど、迎撃するに容易いことだ。
 次のターゲットはどいつにしようか、今光が反射したあの仮面なんかよさそうである。

 クロセルは、さっきから執拗にロケット花火に追い回されていた。近くを飛ぶロケットの軌道が、突然クロセルに修正されるのである。
 火術で焼き払おうにもするりとかわされてしまうのだ。
「か、仮面はやめてー!」
「これは、相手もサイコキネシスを使っている、タイミングがつかめん!」
 シャーミアンがなんとか直撃は回避させるのだが、それだけで行動が封じられてしまう。
「ああっ、このままではなにも出来ないではないですか!」
「おい、クロセル! 貴様、ヒーローだと言い張るなら、身を挺してでも皆を守ってみせろ!」
 わかっているのだ、このままでは、このままでは…
「恋人達の救世主になれないじゃないですか、感謝されないじゃないですかーっ!」
「………」
 シャーミアンのつめたーい目が、クロセルに突き刺さる。どの道皆自分達の世界に入っているのに、コイツは何を言っているんだ。
 その時ロケットが、シャーミアンに向かって突き進んできた。既に至近距離で何も出来ない。
「シャーミアンさん危ない!」
 とっさに彼女を抱え込んで体を入れ替え、クロセルが身代わりになった。そのままシャーミアンを巻き込んで倒れこんでしまった。
「こら、それがしの上からどけ! 身を挺してもとはいったが、それがしを守ってどうするんだ!」
 しかしクロセルは動かない、契約者となって身体能力が強化されていても、直撃をくらってはひとたまりもなかった。完全に抱き込まれた状態で、身動きもとれない。かろうじて自由になる左の一の腕でクロセルを揺さぶる。
「…クロセル? クロセル!」
 返答はない、さっと彼女の血の気が引いた。打ち所が悪かったのだろうか。なおも名前を呼びつづけ、ようやくクロセルが意識を取り戻す。
「…う…いたたた…頭を打ったんですか…」
「大丈夫か!? 頭を打ったみたいだ、血は出ていないか?!」
「あなたが? いや大丈夫のようですよ」
「ばか! おまえのことだ!」
 肘を突いて起き上がろうとしたクロセルは、何かやわらかいものの上に乗りかかっていることに気づいた。
 いや、抱きしめているのだ。まがりなりにも二人は男女である、偽装カップルとはいえ、やってはならぬことだった。クロセルの仮面の下が赤く染まった。
「っ!」
 その様子で状況に気づき、あまりの距離の近さに、シャーミアンは反射的に膝蹴りを入れた。
「☆●△〜っ!!!」
 悶絶したクロセルは思わず繋いでいた手を離してしまった、その苦しみを描写するのは、武士の情け、ヒーローへの情けとして省略させていただきたい。
 既に二人は失格になってしまったが、流れロケットは無差別に彼らをも襲う。
 無力化したクロセルを容赦なく盾にして、仕方なくシャーミアンは中洲を離れた。

「すげえ、あの彼女、彼氏を盾にしている…」
 ネルソーは、さすがに呆然とした。

「雪だるま王国がプリンスの、真の実力を見せるでござるよ!」
 ファイヤーストームが近寄るロケットをことごとく焼き尽くし、火薬に引火して爆発が起きる。
「おおー」
 スノーマンのバケツの陰にかくれて、マナが感嘆する。
「ああっ、なんだか体が溶けているような気がするでござる!?」
「それは大変だ! いま氷術で直してやるからな!」
 スノーマンは雪でできている癖に、ファイアーストームなんか使うからである。
「それにしても、クロセルたちは無事だろうか」
 バケツの上からあたりを眺めるマナは、しかしマスコットのようにころりと転がってしまった。
「す、すまん…」
 体が溶けかけていたスノーマンも力が入らなかったのだ、残念である。

「あ、あそこのカップルさん、彼氏さんが彼女さんをかばいましたねっ!」
 ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は、ロケット花火を撃ち込んではいるものの、当てないように慎重だった。
 それもこのため、カップルが盛り上がる状況を作るためだ。庇い庇われ、その中でお互いの必要性と絆を深め合う、これぞこのお祭りの真髄のはずである。
 彼女の視線の先には、息をぴったり合わせて、二人でロケットを回避する人、互いの背後の死角を埋めあう人、ありとあらゆるカップルの、あるべき姿がそこにある。
「ああー! あの人、今きっとどきどきしているはずですね! ボクもどきどきしてきちゃいますぅ」
 ますますうれしくなって、ヴァーナーは景気よくロケットを打ち込み続ける。

 志方 綾乃(しかた・あやの)高性能 こたつ(こうせいのう・こたつ)は、花火が佳境になってから、川岸の中にもぐりこんだ。
 二人が遅れてやってきた理由は、その手にした『ロケット花火に似た何か』のためである。
 ロケット花火の勢いが佳境に入り、興奮状態に陥った群集は、おそらく些細なことは気にならなくなる。飛び交う花火の中のいくつかが、『ロケット花火に似た何か』になっていても、だれも気づかないはずだからだ。
「リア充は爆発しなさい! ったく失せろ三次元、イチャイチャして地球温暖化に貢献するなんてうっとうしいだけです!」
 川岸に仁王立ち、高笑いを上げ、さっとこたつの中にもぐりこんでは飛んできたロケットをかわし、一斉掃射のごとく『ロケット花火に似た何か』を中洲に撃ち込みまくっている。それは機晶ロケットランチャーであったり、六連ミサイルポッドであったりするのだが、現在それは便宜上『ロケットに似た何か』なのである。
 しかし、ケタケタと笑うこの悪魔の所業を見て、こたつは思う、つくづく思う。思う故に我こたつはあるからである。
「例えリア充が全滅しようが、綾乃がモテるようになるわけではないですのに…」
 聞こえちゃいないし、聞こえていてもそんなことは関係ないし、綾乃の抱えるカタルシスは、リア充を粉砕することでしか晴らす事はできない。
「あんたたち、一人も生きては帰しませんよ!」
 見据えるは不倶戴天の敵、鏖殺寺院やエリュシオンをも凌駕する存在。
 イベントの集結率を鑑みても、1組見かけたらその影には30組はいるかもしれない、なんという増殖力だろう…
「むー、綾乃おねえちゃん、人にあたりそうですよー、気をつけてくださーい!」
 ヴァーナーがどうみても危険行為な彼女達に声をかけてきた。
 綾乃は、こいつも敵か、と思った。しかしなぜか声が遠く、それが誰だかさっぱり判別がつかない。そのうちにぐらりと視界が回った。
「…あ…れ…?」
 既に彼女は熱中症で目を回していたのだ。
 そりゃあ熱帯夜のなかでこたつにもぐりこんでいたのだから、志方ない。
「あ…綾乃おねえちゃん、だいじょうぶですかーっ!?」
 ヴァーナーが悲鳴をあげて、ヒートしすぎた綾乃にグレーターヒールをかけるが、身体を冷やさない限り同じことになる。
 こたつと共に綾乃をかつぎ、救護所にかけこんだ。