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黒薔薇の森の奥で

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黒薔薇の森の奥で
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 一方、皆川 陽(みなかわ・よう)は焦っていた。森をさまよっていたが、うっかり契約者のテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)とはぐれてしまったからだ。
(どうしよう……こんな森、ボク一人でじゃ無理だよ……)
 霧は深く、太陽すら差し込まない暗い森の中は、いつでも真夜中のようだ。吹く風も不思議と冷たく、ぞくりと陽は背筋を震わせた。本当は大声でテディの名前を呼びたい。だが、そうすることで、かえって化け物や吸血鬼に気づかれてしまうのも避けたかった。幾度も乾いた口を開き、声をあげたい衝動を堪えては、陽は足場の悪い森の中を進んでいた。
 不意に、背後で大きな鳥が飛び立った。揺れる木立と予想以上の大きな音に、「ひ!」と声をあげて、陽はその場にへたりこんでしまった。腰が抜けたのだ。
(怖いよう……もう、日本帰りたい!)
 すると。
 「……そこにいるのは、生徒だね? ああ、皆川殿か」
 かけられた声に、陽はびくんと全身をすくませた。それから、声のする方を向き、目を丸くした。
 白い薔薇学制服、高く結い上げられた銀の髪と、青い瞳。藍澤 黎(あいざわ・れい)が、そこにいた。
「藍澤さん!」
 見識のある相手と出会えて、陽はひとまずはほっと安堵した。
「怪我はないか?」
「う、うん……」
「そうか。それなら良い」
 陽に手をさしだし、立たせてやりながら、黎は微笑みかけた。こうも怯えた様子なのが、気の毒になったのだ。
 黎自身は、この森では単独行動は危険だと考えている。前回訪れたとき、集団で動いていた者たちのほうが、結果的に吸血鬼に襲われずに済んだ。そのため、こうして森の入り口近くで、単独行動をする生徒たちに声をかけ、ともに行くよう声をかけることにしたのだ。黎のパートナーたちも、黎に言いつけられ、それぞれに迷子捜しをしていた。
「ごめんなさい……テディと、はぐれてしまって」
「そう。それなら、彼をまず探したほうが良いだろう」
 黎はそう言うと、「歩けるかい?」と声をかける。
「しかし、どうしてこの森に? 無理をすることもなかろうに」
 陽はどう見ても、果敢に吸血鬼たちに立ち向かうタイプには見えなかった。かといって、冒険心にかられているようでもない。不思議に思い尋ねると、陽はうつむき、一言「居場所が、欲しくて」と呟いた。
 万事につけ華やかな薔薇学のなかで、平凡な一般人である陽は、どうしても疎外感を味わっていた。校長の命令を推敲できれば、少しでも認められるかと、そう思ったのだ。
 寂しげにそう告げた陽の頭を、そっと黎は撫でてやった。
「一人でスタンドプレイは美しいが、皆で助け合い、互いの手をとって進む事はもっと美しいと我は思う」
「……そう、だね」
「そのためにもまず、信じるに足る友を増やすが良いだろう。居場所とは、そうした中で生まれるものだ」
「でも」
 馴染めないことに悩む陽にとっては、信じる友を作ることのほうが、この森を探索することよりずっと難しいように思える。再び心細げな表情になった陽に、黎は穏やかに告げた。
「まず我と、友になるというのはいかがか?」
「……! そんな、ボク、嬉しいよ!」
 頬を紅潮させ、陽は黎の差し出した手を両手でとった。先ほどまでの暗澹たる気持ちが嘘のように、晴れやかに陽が笑った。
 そこへ、ようやく木々の間のツタを払い、テディが姿を現した。
「陽!」
 よほど心配して探し回ったのだろう。洋服はあちこちすり切れ、泥だらけだ。
「あ、テディ。よかった、見つかって!」
「僕が見つけたんだよっ! まったく、僕のヨメだっていうのに、勝手に離れるなよ! ……で、それ、誰」
「え?」
 テディの視線は、握ったままの二人の手に痛いほど注がれている。
「藍澤さんだよ。テディだって、知ってるでしょ?」
「良かったな、テディ殿が見つかって。しかし、他にも迷っている者がいるかもしれん」
「うん。探して、一緒に行こうよ!」
「…………」
 テディは暫し押し黙る。陽の目的からいえば、黎に同行するほうが良いことはわかっている。だが、……なんともいえず、おもしろくない。
「本当は心細かったんだ。そうだよね、みんなで行けば、怖くないもんね」
 陽はすっかり上機嫌で、うきうきと黎に懐いている。その様がますますおもしろくない! とテディはついぶんむくれてしまう。陽が怖がって頼って、甘えてくるのは自分だけでいいのだ。……そう口に出して主張するわけにもいかないのが、なおのことむかつく。 その様子を察したのか、黎は少しだけ困ったように微笑んだ。
「テディ殿。力を貸してはもらえまいか」
「……わかったよ。ただし!」
 まっすぐにそう頼まれては、無下にもしづらい。ただ、精一杯の所有権を主張するように、ずかずかと近寄ると、陽の手をぎゅっと握った。
「テディ?」
「陽は、こっち! もうはぐれたら、探してやんないからな!」
 そう言うと、唇をとがらせる。テディにしてみれば、離れている間、万一魔物や破廉恥な吸血鬼に襲われていたら……と本当に気が気でなかったのだ。
 強く強く手を握るテディに、少しばかり痛いなと思いつつも、陽は自分からもその手を握り返した。
「わかった。ごめんね?」
 素直にそう言われ、瞬間ぽっと、テディの頬が染まる。だがそれに、陽は気づいていない様子だ。
「さぁ、他の生徒を捜そう」
 黎の言葉に、陽は強く、テディは若干渋々と頷く。そうして三人は、再び森の中へと足を進めていった。