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第四章 裏切りの薔薇

「この空気も、久しぶりだな……」
 森へと足を踏み入れたカミロ・ベックマンは、そう呟いた。
 イコンでの進入は不可能なため、徒歩での道行きとなるが、彼に不安などは一切なかった。邪魔をするものがいれば、排除する。それだけのことだ。
「カミロ様」
 傍らに控えたルイーゼ・クレメントが、注意を促す。彼女の視線の先には、長い黒髪の乙女、月代 由唯(つきしろ・ゆい)と、吸血鬼である鵠翼 秦(こくよく・しん)の姿があった。
「間に合ったみたいだな」
 少女は姿に似合わぬ言葉遣いをし、何故か左だけが金色に光る瞳でもって、カミロをまっすぐに見据えて口を開いた。
「イルミンスールの者が、どうした」
「情報をもってきた。この森は、薔薇学のジェイダス校長の命令によって、ウゲンを探す者たちに溢れているぞ。ベック、お前が来ていることも筒抜けだ」
 カミロに勝手なあだ名をつけ、由唯はそう言い放つ。
「……それがどうした?」
 カミロはいたって悠然とした態度で、ちらりと少女を見やるのみだ。ルイーゼは若干緊張した面持ちでいる。
「寺院に興味がある。協力したい。今日はそのための意思表示のひとつだ」
「なるほど。それならば、覚えておこう。もっとも、次はもう少し有益な情報を持ってくることだな」
 カミロはそう言い残し、ルイーゼを連れて森へと消えた。
「由唯、追わないのか?」
「いい。私の目的はすみました」
 泰の問いかけに答えた由唯の口調は、先ほどと一転して穏やかだ。それは、彼女の気分が良い証拠だった。
「さ、帰りましょう」
「まぁ、そうだな。わざわざ危険な森に入ることもねぇや」
 泰としては、由唯の安全が守られるなら、それにこしたことはなかった。二人は森へと背を向けた。 
 
 次に、カミロたちへ接触を果たしたのは、金髪をオールバックになでつけた薔薇の学舎の生徒と、その契約者――クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
「カミロ・ベックマン?」
 形のよい眉を微かに動かした以外、カミロの答えはないが、沈黙は肯定と限りなく近い。
「警戒しないでくれよ。俺は、校長側じゃなく、鏖殺寺院側からアンタのことをきいたんだ」
「寺院側から?」
 ルイーゼが、警戒心もあらわに尋ねた。
「ああ。勿論、護衛も道案内も必要ないだろうが、せっかく先輩がいらしてるんだ。敬意をもってお出迎えするのは、必然だろ? 同行させてくれよ」
「…………」
 カミロは黙っている。ルイーゼは、結局はスパイではないかと疑っているようだが、それについてはクリストファーは気にしなかった。一方、背後のクリスティは、ロングスピアを手に、やや渋い顔をしている。
(情報が欲しいのはわかるけど、あっさり接触しすぎじゃないか?)
 今のところ、カミロにあからさまな敵意はないようだが、どちらかというと気弱なクリスティは、クリストファーの大胆さに内心で気が気ではなかった。
「カミロ様……」
「……君たちが、我々の思想に賛同するというのであれば、共に行動すればよかろう」
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
 別に、心から賛同しているわけではないけどね……と、内心でクリストファーは付け加えた。
 賛同というよりは、興味と、没交渉は得策ではないと踏んだというそれだけだ。クリストファーが知りたいことは、鏖殺寺院が地球勢力の排除を目的としているならば、自分たち契約者をどうするつもりなのか、だった。しかしそれは、今のカミロに軽く尋ねるのは難しい様子だ。
(まぁ、スキを見るかな……)