リアクション
◇ ◇ ◇ 「――まあ、何にしろ、無事着陸できたわけですし」 郊外に着陸した飛空艇のことは、勿論街の方で気付かないわけはなく、何だ何だと人々が集まる。 空賊に襲われているだの、ガーディアンゴーレムだの、色々な課題が山積し、手分けしてそれらに対応することになった。 「あ、分散する前に、皆で記念写真を撮りませんか?」 サイファスが呼びかける。 だが、「それは、終わってからでいいんじゃないか?」と言われて、それもそうですね、と答えた。 実のところ、色々不満げなパートナーの裄人をなだめる意味合いもあったのだが、ここは仕方ない。 「裄人。僕達は街に行ってみませんか?」 「でも」 「イコンなんて無くても平気ですよ。 あれは単なる道具です。 大事なのは自分がどう行動したいかです」 近くにいた少女、フェイの耳に、その言葉が届いていた。 ちら、と、フェイはサイファスの方を見る。 裄人は、それでも気が乗らなかった。 空賊を撃退しよう! と意気込んで、鯨の内部に行こうとしている人達に、ものすごい存在感を感じる。 気圧されてしまうほどに。 それに対し、自分には、何ができるというのだろう。 「動かないと始まりませんよ。さあ、行ってみましょう」 誘われて、渋々、街に行ってみることにした。 一方のトオルは、鯨の体内へ侵入した空賊が気になっていた。 「空賊退治に縁があるみたいだし、この際とことん」 と言うトオルに、 「よし、私も手伝おう」 と綾香もついて行くことにする。 「おー、頼むぜ」 「気になる物言いをするな。私の力量を疑うのか? お前よりは余程役に立つと思うがな」 ふふん、と胸を張る綾香に、 「頼むって言ってんじゃん」 とトオルは笑う。ぽむぽむと頭を叩かれて、溜め息を吐いた。 「……まあ、傷薬程度には役に立つと思ってくれ」 佇むフェイのすぐ側に、シキは立っていた。 どうしようかな、と首を傾げた。 何をしたらいいのか解らないのではなく、幾つかの選択肢の内からどれを選ぼうか、と思案している様子だった。 「おやぁ……何やら良い香り……じゃない、美少女の香……こほん。どうしました、こんなところで思案にくれて。 お困りのことがあるようでしたら、相談に乗りますよ」 身なりも言葉遣いも執事然としているが、どこか軽薄な空気の滲み出ている男、レフ・ゼーベック(れふ・ぜーべっく)がどこからともなく現れて、フェイに声をかけた。 「フェイちゃん」 と、彼女の姿を見付けた火村 加夜(ひむら・かや)も走り寄ってくる。 「街は自由に歩き回ってもいいそうです。 一緒に、彷徨える島について、何かを探してみませんか?」 「えっ……」 2人にフェイは驚いたようだったが、そんな2人を見てシキは微笑むと、黙ってその場を後にした。 気がつけば、そこは空の上だった。 「……とか、呆れたことを言っていないでください」 ルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)が頭痛を覚えてこめかみを押さえる。 「だってその通りなんだもんねえ」 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は肩を竦めた。 日頃から無気力な彼は、実はその日も歩きながら寝ていた。 そんなクドを見失ったルルーゼが、彼を見付けたのは、とある飛空艇の中。 ルルーゼの往復ビンタにクドが起こされた時には既に遅し、飛空艇は出航してしまっていたのだ。 そしてあれよあれよという間に飛空艇は白鯨を発見、半ば不時着のような形でその背に着陸したという顛末だ。 「ま、文字通り乗りかかった船だし」 事情を聞いたクドはそう言った。 面倒くさい話だが、ここまで来て降りるわけにも行くまいし、もう、既に巻き込まれているのだ。 何もしないのは寝覚めが悪い。 「出来るだけ協力しましょうかねえ。……眠いけれども」 「では、トオル達と一緒に、空賊の討伐へ行きますか」 空賊にここの人達は困っているという。 そう言ったルルーゼに、クドはげんなりとした顔をした。 「うーん……すごい面倒そう……」 「面倒そうって……。 では、ヨハンセンを助けに行きましょう。あの人をあのままにしておけませんよ」 そう提案したルルーゼに、クドは、うーんと眉間にしわを寄せる。 「でも、ガーディアンゴーレム、って、何か強そうな印象だよねえ」 「ではどうするんです」 「適材適所って言うじゃない。気になることが他にあるしねえ」 そうして、クドは途方にくれているフェイに声をかけたのだった。 「気分転換に街を歩いてみませんか?」 「……うん。そうする」 いつまでも呆然と立っていても仕方がない、と思ったのだろう、クドとレフ、加夜の3人に誘われたフェイは、きゅっと口元を引き締めて、頷く。 彼等は連れ立って、街を歩き回ってみた。 「……ここは、彷徨える島じゃ、ないのか……?」 諦め切れない思いが、フェイの口から漏れる。 シキが見たものを、彼女は知らされていないのだ。 「……違っていたとしても、何か、それに関する手掛かりが見つかるかもねえ」 関連がある可能性は、ゼロではなく、むしろ高いと、話を聞いたクド達の方は思っている。 さて、どうやってそれを見付ければいいだろう。 「街の長老さんのところへ行ってみてはどうでしょう?」 火村加夜が提案した。 近くの街の人に訊いてみると、その人は微笑みながら答えた。 「長老にあたる人なら、フリッカ様です。 あの方は、見かけは10歳ほどにしか見えませんが、齢5000歳を迎える魔女でいらっしゃいますから」 見かけは10歳ほど、で、キラリと目を輝かせたレフは、実齢5000歳、で、がっかりした顔をした。 「でも、かわいらしい人でしたよね」 そう言った加夜に、再びピンと心のアンテナが立つ。 「……あんたひょっとして、ロリコンなのかなあ」 クドがぼそりと突っ込めば、 「失敬な」 とレフは胸を張った。 「俺は単に、幼女が持つ、溢れる魅力を見逃さないだけ。 人より幼女について熱くなるだけの、ただの変態です」 ――それを人はロリコンというのだが。 「……何だか、不思議な街ですね」 歩き回りながら、加夜が周囲を見渡して言った。 「……うん」 フェイも頷く。 何故だろう、何だか、街の中にいて、喧騒を聞いていても、どこか幻想めいた気がする。 上手く言えないが、現実とは微妙にずれた感覚がする。 「あ、あのお店、アクセサリーを売っていますよ」 露店のひとつに目を留めて、加夜はフェイを誘った。 フェイの手の平のあざに似た、太陽を象った形のペンダントを見付けて、それを2つ、取り上げる。 フェイの分と、自分の分。おそろいだ。 「おいくらですか?」 シャンバラの硬貨は通用するだろうか、と思いながら訊ねると、彼等を見渡した店の婦人は、くすりと笑った。 「いいよ。持っていきな」 「え? でも」 「外からの客人なんて、初めてだからね。何だか、嬉しいのさ」 そう言って、婦人はペンダントを持った加夜の手を、押し戻す。 その手を見て、あっと思った。 フェイも同時に目を見開く。 手首に、フェイの持つものと同じ形のあざがあったのだ。 「あの、このあざは……?」 「ああ、これかい? 何だろうね、生まれ付き、あたしら一族には現れるんだよ」 自らの手首を見て、婦人は答える。 「じゃあ、やっぱり……」 加夜とフェイは顔を見合わせた。 街の住民は皆友好的で、珍しそうに、外の世界から人々に話しかけた。 「大陸の人なの? 最近、白鯨が暴れてるから……それで来たの?」 「え、うん、はい……。 何か、オレ達に手伝えることってあるかな」 裄人は答えて訊ねる。 「白鯨の口から入って行ってしまった人達が、白鯨を傷つけないでくれるといいんだけどね」 私達では、どうしようもなくて、と、問われた街の住人は、困ったようにそう答えた。 街を歩きながら、住人に声をかけてみる。 声をかけられた人は皆、にこにこと裄人の話を聞いた。 「ここの人達は、何を食べて、どうやって暮らしてるの?」 「何って、普通ですが……。街の外には畑がありますし、木々には果物がなります。漁などもしますしね」 「勉強はどうしてんの?」 「勉強?」 「学校行ったり、とかさ」 「学校って何です?」 意外すぎる答えが返ってきた。 「そうですね……文字書きとか……計算とか、そういうことを学ぶ場所ですが」 サイファスの説明に彼等は首を傾げた。 「文字や数字は、親が子供に教えたりしますね。伝承なんかも伝えたり。 ”学校”というものはありません」 そういうものか、とサイファスは思う。 契約者となって、各都市に作られた学校に入学するでもない限り、シャンバラでも、学校に通っていない民は珍しくなかったのだ。 「……ここの人達は、オレ達のこと、どう思ってる?」 問いに、不思議そうに首を傾げられた。 「オレ達っていうか、地球人のことを」 「地球人?」 ぽかんと訊き返されて、目を見開いた。 この島の住民は、「地球人」を知らないのだ。 「あなたがたに、不思議な雰囲気を感じていましたが……。 それは、パラミタ本土ともまた違う世界の人だったからなんですね」 別世界の住人。その表現は、今の裄人の心にしっくりと入った。 この別世界で、地球人にできることは、一体何なのだろう。 それは、裄人の心をずっと占め続けていることだった。 |
||