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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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【ろくりんピック】こんとらどっじは天使を呼ばない

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 4、ブルマは正義!

 
 その頃、風森 望(かぜもり・のぞみ)は何やら大きな紙袋を持ってトラックの上を歩いていた。その先には救護所がある。
「さあ、今日は救護係として怪我人の手当てですね。がんばりましょう」
「……しかし、なんでまた救護係なぞ志願したのやら」
 わくわくした様子でそんな台詞を言う望を、伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)は何かを疑うような目で言った。
「おせんちゃん? なんでそこで訝しげな視線を送ってるのかしら?」
「主よ。その袋には何が入っておるのだ? 手当てとは関係無い物のような気がするのは気のせいかの」
「これですか? ふふふふふ……」
 望は紙袋を抱いて、楽しそうに周囲に音符を飛ばし始める。
(下心がミエミエ過ぎるのう……)

(女性相手に容赦なくボールを投げるのは私の紳士道(ダンディズム)に背く……で、でも、今回は負けられない! 全力で行かないと!)
 ブルマ回避の為に改めて試合への意欲を燃やす翡翠。まあそれはそれとして、彼はグランドに向かっていた。その途中で、同じく西のユニフォームを着た緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)に行き会う。
「翡翠さんもグランドへ? 下見か何かですか」
「いえ、挨拶をしておきたい方達がいるので……遙遠様は?」
「ルールについて確認したいことがありまして……おや、何か面白いことになっていますね」

「ファーシー様」
 救護所に着くと、望は絶賛食事中のファーシーに歩み寄った。
「あ、望さん!」
 近付いてくるファーシーを見て、望はとてもいい笑顔を浮かべる。
「やはり私服ですね。そうだと思って、これを持ってきました。【西シャンバラ】ユニフォームです!」
「え、ユニフォーム?」
 それが意味する所が分からず、ファーシーは首を傾げた。
「これを着ずにろくりんピックは終われません!」
 その妙な熱意に、救護所に居た面々はなんだなんだと注目する。
「そう言う自分は着てないよの……」
 山海経の言葉を、和服姿の望は涼しい顔でさらりとかわす。
「私はこれが正装ですから」
 そして袋を再び掲げ、近くに居たピノも連れてきて彼女は迫る。
「ファーシー様もピノ様も『【西シャンバラ】ユニフォーム』に着替えましょう! 選手じゃなくても着替えましょう! 東のスパッツじゃいけません、西じゃないと!」
「ほえ? あたしも着るの?」
「良くお似合いになると思いますよ」
「ん? スパッツ……?」
 聖母のような微笑み。スパッツには用が無い。それが西にこだわる理由ということは――
 ブルマ。
「ちょっと待て!」
 ピノに対してよからぬことを企むへんたいの出現に、ラスは慌てる。いや、客観的に見ればそこまでよからぬことでもないのだが。ユニフォームを着るだけなのだが。選手はみんなブルマな訳だが。
 まあ、観る者によってその価値は変わるわけで。
 望は制止の声を上げるラスを無視して、ファーシーとピノを促す。
「さささ、お2人共。ファーシー様、着替えの御手伝いなら致しますから、ブルマに……いえ。ユニフォームに着替えましょう!」
「やっぱりブルマか! ぜっっっったいに駄目だ!」
「なんですか? ピノたんハァハァの人は御自分で着替えさせたいんですか? はぁ、これだからロリコンは」
「なっ……!」
 あまりの言われようにラスが絶句していると、ピノが下を向いて笑い出した。笑いを何とかこらえようとしているようだ。
「ピノたんはぁはぁ……おっかしー……」
「ぴ、ピノ! 違うからな! 俺は保護者として……決してロリコンとかいう視点からは見てないからな!」
 ブルマがロリの対象になると素早く見抜いたその視点はなんなのだろうか。
「ピノたんはぁはぁの人……」
「ピノたんはぁはぁの人……ぴったりだ……」
 周囲がさざめくように言い合う中、ファーシーがそこに割り込んだ。
「えっと、ごめん、話が見えないんだけど……ブルマって何?」
「「「「「「「「……!」」」」」」」」
 一瞬、救護所が驚愕と静寂に満ちた。
 知らないのか……!?
 そこに合流したのが、翡翠と遙遠である。ブルマ云々の会話は、ちょっと前から彼らの耳にも入っていた。
「こ、ここでもブルマですか!? そんなに皆様でブルマプッシュしなくても……! スパッツだって悪くないですよ!」
 翡翠はなんだかショックを受けたようだ。言っていることが少し支離滅裂だ。そんなにブルマはきたくない……そりゃはきたくないだろう。
「見せてさしあげたらどうですか? 理解するにはそれが1番早いです」
「いえ、それは……」
 遙遠が言うと、望は少し躊躇した。今は短パン全盛期。きっと知らないだろうからと、勢いで着替えさせようとしていたのだが――
「どんなやつなの? 見せて見せて!」
 ファーシーに促されれば見せざるをえまい。しぶしぶと紙袋からブルマを出して、渡す。ファーシーは三角形のそれを縦に横に斜めに回してみて、びよーんと伸ばしたりしている。 それを眺めながら、遙遠はコネタントに声を掛けた。元々彼はブルマ話に参加する為ではなく、戦略を固めるためにルールを確認しに来たのである。
「コネタントさん、ドッジボール競技に上空に関する規定はあるのですか? ルールでは言及されていなかったようですが」
「あ、上空だね。基本的に上限は無いよ。いくら高く上がっても反則にはならない。ただね……えーと……藤原さん、ファイルあるかな」
「はい、どうぞ」
 彼は優梨子を呼んで、ルールやコートの詳細、その他諸々が書いてあるらしきファイルを受け取ってぱらぱらと捲る。やがてあるページを選んで開き、遙遠に見せた。グランドの見取り図である。その周囲には、一定間隔をおいて四角形のマークがついていた。横長の、昔のブラウン管テレビのような。
「ここに、特殊なカメラが設置してあるんだ。競馬とかで、馬の着順とかをチェックするやつに近いかな。地面から選手が離れても、ラインを超えてるかどうか瞬時に確認することが出来る。反則があった場合は、即座に審判の持っている機械に伝わるんだよ」
「……成程、分かりました。ラインさえ超えなければいくら飛んでも良いということですね」
「うん。ただ、スキルに因ってはカメラが追いつかないこともあるかもしれない。神速と飛行能力を合わせるとかね。これは、後で気付いたんだけど……。でも……そんなことしないよね?」
 むしろ、しないでね? と情け無さそうに言うコネタントに、遙遠は苦笑する。
「今回は正々堂々と勝負したいですからね。チームのメンバーにも伝えておきますよ」
「うん。ライン超えに関しては掲示の段階で示しておいたから大丈夫だと思うけど。よろしくね。ところで……君も何か質問に?」
「あ、違います。ですからファーシー様達にご挨拶を……お久しぶりです。モーナさんの工房で会って以来ですね」
 翡翠が挨拶すると、ラスはもう疲れたという顔でそれに応じた。
「……おう。なあアレ、何とかならないか?」
「私も何とかしたいです。西はなぜにブルマなんでしょう……。というか、まだ眺めてたんですか!? ファーシー様!」
 ファーシーは純粋に観察の為、ピノはその彼女の観察の為、まだブルマをいじくっていた。翡翠に言われて顔を上げ、あれ上はどこだっけと迷いながらも三角形を正常方向に戻し、笑いかける。
「翡翠さん、久しぶりね! 今日は1人? 彼女は元気?」
「はい。おかげさまで……あのファーシー様、そのブル……」
「あ、これね、ねえ、これって……」
 そしてファーシーは、手に持つものについての結論を出した。
「これって、パンツじゃないの? 下着の」

「誰もいなくてつまらんな。しかし、試合が始まれば……。さあ選手達よ、ペナルティを犯せ! 俺のホレグスリの餌食になるのだ!」
 誰に言ってるんだか。大体、男が来たらどうするんだか。
「あ、むきプリ君、いましたねー」
「お! おまえも試合に出るのか!」
 ひなの姿を見て、むきプリ君は嬉しそうな顔をした。人恋しかったこともあるが、出会う人の殆どからぼこぼこにされるむきプリ君にとって、彼女はその危険が無い数少ない相手である。ついでに言えば、ホレグスリの神である。
「どっじぼーるは皆でやると楽しいですから〜。熱血したり殺伐したり……面白そうでならないですよっ」
「正にそうだな、殺伐と……そして加害者は俺の所へ……!」
「何時もはスタッフに回ることが多いんですけどね〜」
「相方はいないのか?」
「さゆゆも出ますよっ! それでむきプリ君、ホレグスリ持ってたらくださいです〜」
「む? 空京で持って行かなかったのか? いや、訊くだけ野暮というものだな」
 試飲会を開くから100本ほどくれと言われ、仮アジトを紹介した後――。どうなったかは知らないが、まあ全部使ってしまったのだろう。
 にこにこと見上げてくるひなに、むきプリ君は珍しく渋っているようだ。
「……今日はエリザベートに規制されてな……。3本しか持ち込めなかったんだ」
「じゃあ1本は残しておきますねっ! 2本くださいですー」
「う、うむ……」
 ちなみにむきプリ君は、ホレグスリが手元に無いと落ち着かないのだ。誰かなんとかしてください。
「ありがとうですー」
 薬の瓶を受け取り胸の谷間に入れると(注:ユニフォームにはポケットがありません)、ひなは戻って行った。
「残り1本か……。今日は使えないな……」
 むしろ使わないで下さい。やめてください。今回あなたオマケですから。ていうか見えない所でも使ってんですか。ほんとやめてください。

 ……ということで、救護所に戻ろう。ファーシーの爆弾発言でフリーズしてしまったその場で、望が自信たっぷりに発言する。
「違います」
「? どう違うの?」
「ブルマとは、下着の上から着用するものです。あくまでも洋服の1つなのですよ」
「主……必死だの……言っていることは間違っていないのだろうが……」
 山海経は完全に呆れたようだった。
「ふうん……洋服なら別に着てもいいかな」
「ままま、待って待って。ブルマとか何とかが論点になってるところ、すごく言い難いんだけど、ここはあくまで中立エリアで……特定のチームのユニフォームを着るのは問題が……」
 コネタントが、少ししどろもどろになりながらも運営の仕事を全うしようとする。く、空気読めとか言われても負けないぞ! とこちらはこちらで力が入っていた。
「ということは、東のユニフォームを着た救護係が居ればいいってことですよね?」
 そこでサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)が話に入ってきた。【東シャンバラ】ユニフォームの上から白衣を羽織っている。
「競技でひと暴れするつもりだったから、今日はユニフォームなんですよっ! 両方が仲良くしてたら中立ってことになりますよね?」
 それを聞いて、ファーシーはブルマを両手で摘んだまま彼女に訊ねる。
「え、試合に出なくていいの?」
「司君がファーシーを心配して手伝いたいって言うから、付き添いです。ファーシーは可愛いから大丈夫だと思いますけど、司君はあのしかめっ面ですからね。私としちゃほっとくわけにはいきませんよっ」
「……?」
 ファーシーは台詞の中に何か引っ掛かりを感じた。何が大丈夫なんだろう……?
「何だか、2人共ダメと言われている気がするな……」
 しかめっ面呼ばわりされた司が言う。こちらはいつも通りにイルミンスールの制服姿だ。確かに、ファーシーについてはダメというのも分かる。制作に携わった自分から見て、彼女の車椅子は小回りがさほど効かないだろうし、そもそも、彼女自身が救護できるのか心配だ。
 そんな気持ちもあって、ファーシーが元気にやっているかと見に来たのだが――それを直接露にするのは、恥ずかしい。
「――それと、別に心配とかそういうことじゃない。ただちょっと人手が足りないというから、手伝うだけだ」
「…………えと……」
 少しだけ首を傾げて、ファーシーはとりあえず笑みを向けた。それは、言葉通りに受け止めていいのかな……? 違う気がするなあ。やっぱり心配されてる気がするなあ。素直じゃないのかな? まあ、それは言わないでおこう。久しぶりに会えて嬉しいし。
「うん、ありがとう!」
 いろいろと考えた結果、口から出たのはそんな簡潔な言葉だった。
「あ、ああ……で、ファーシー……」
「あ、そうだ、コネタントさん。サクラコさんが東だから、わたし達はコレ着ていいのよね! 試合の開始時間も近いし、ピノちゃん、望さん、更衣室行こっか!」
「着てくださるんですか!?」
「別に恥ずかしいもんじゃないし」
「うん、そうだね!」
 ファーシーが言うと、ピノもあっさりと同意して裏へと走っていく。
「まあ、後でもいいか……」
 司はポケットから出しかけていたものを仕舞い、ラスが妹を守ろうと何とか説得を試みる。割と必死だ。
「いやいやいや! お前らは無知だからそう思うのかもしれないけどな……洋服といってもブルマにははみパンとかあるしフトモモ丸見えだし、極めて下着に近いと言っても過言では……」
 そこで、ピノが振り返った。
「おにいちゃん、サイテー」
「……!」
 最愛のピノちゃんにサイテーと言われたら、もうぐうの音も出なかった。