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第五章 だいすきなひとといっしょ。そのさん。


 飛び出してきたトラックから、マリア・クラウディエ(まりあ・くらうでぃえ)を守ったところまではノイン・クロスフォード(のいん・くろすふぉーど)の記憶にもあった。
 ただ、その後の記憶はなく――次に意識を取り戻したのは、薬品の匂いのする白い部屋で。
「クロスフォードさん、お目覚めですか?」
 えらく胸の大きい看護婦さんが、柔らかな声音で問いかけてきた。
「ここは……病院、ですか?」
「はい。トラック事故に遭われたそうですが……驚いたことに、軽い捻挫だけで済んだんですよ」
 軽い捻挫。そのせいか、足が少し痛むのは。
 ふむ。とノインは考え込んで。
「……看護婦さん。包帯をお借りできますでしょうか?」
 思いついた企みを実行に移さんと、そう言った。

 ノインに庇われ無傷で済んだマリアは、彼の見舞いへと病院を訪れた。容態をまだ聞いていないため、平静を装う心よりも心配が勝り、早足で。
 ナースステーションで彼の病室を聞き、その部屋まで歩く。病室の前で、深呼吸ひとつして。
 こんこん、と控えめにノック。
 …………返事は、ない。
 寝ているのかもしれないと、極力音をたてないようにドアを開け、病室で見たものは。
「な……!?」
 包帯だらけの、ノインの姿。全身いたるところに巻かれている。
「マ……リア」
 掠れたノインの声。喋るのも辛そうな、恋人の姿。
 そんな。こんなに重傷だったの……!?
 頭をハンマーで殴られたような衝撃に、立ち尽くす。ふらふらと、ベッドの脇まで歩み寄って。
「来た、わよ」
 精一杯の虚勢と共に、言い放つ。
「マリア……私は長くはありません……」
「!?」
 しかし、その言葉に心が折れそうになった。足が震える。気を抜くと、床に膝をついてしまいそうだった。
「でも、貴女を守れたから……貴女を守ってこの命が終わるというなら……それは私の本望です」
 耳を澄ませないと、聞き逃してしまうほどの小さい声。マリアはノインの手を握り、「馬鹿なこと言わないで」と喝を入れる。けれど、その言葉にもノインは儚く微笑むだけだ。
「最期に……私の願いを、聞いてくださいませんか……?」
 遠慮がちな声に、一も二もなく頷いた。
「何? 私にできることならなんでもやるわ」
「では、うさぎさん型の林檎を食べさせてください」
「分かったわ」
 てきぱき、見舞いに持ってきた林檎を剥いて。
 はいアーン。
「他には?」
「では……ナース服を着てくださいませんか?」
 びらり。どこからかナース服を用意したノインに、若干引いた。
「ど、どこから用意したのよ」
「着て……いただけませんか? うっ……!」
「ノインっ! わ、分かった、着るわ。着てあげるっ!」
 ベッドのカーテンを閉めて、窓のカーテンも閉めて、外から見られなくして服を脱ぎ、ナース服に身を包む。個室で良かった、着替えやすい。
「き、着たわよ」
「ああ、幸せです眼福です……! あの胸の大きな看護婦さんよりも、マリアこそが私の天使……」
「ほ、他にはもう、ない?」
 褒められる事が恥ずかしくて、言葉を促すと。
「では……」
 ノインが、またも一つ提案。
「愛の、告白を」
 そんなの。
 本当に最期みたいだから、嫌だ。
 そう思った瞬間、視界が滲んだ。涙か。彼の前では泣いちゃ、だめだろう? だって一番辛いのは、ノインのはずなんだから。
「……っ、分かったから。してあげるから。愛でも何でも、叫んであげる!」
 感情が高ぶって、病室だというのに大きな声を出してしまう。だけどもう、止まらない。
「だから、ねぇ! ノイン、死なないで! 私を置いていかないでよ!!」
 ぼろぼろ、涙が零れる。ああほら、ノインが困った顔をしているのに。戸惑うような顔をしているのに。
 泣いちゃダメなのに、彼が居なくなることを考えると、考えると――
「?? クロスフォードさん?」
 その時背後から、声。
 振り返ると、入口のところに可愛くて胸の大きな看護婦さんがいた。ネームプレートには『泉 美緒』とある。
「検温のお時間ですよ。あら? どうしてこんなに包帯ぐるぐるなのですか? あ、さっき貸してくれって、これに使ったんですのね」
 のほほんとした声で、体温計を渡して微笑む彼女。
 ??
 どうして、こんな重傷患者相手に、そんなほのぼのと……?
 戸惑うマリアに、美緒は笑いかける。
「クロスフォードさんのお怪我、軽くてよかったですわ」
「軽い? でもこんなに包帯が――」
 いや、待て。さっき、『包帯を貸す』という言葉が、出てこなかったか?
「足の捻挫だけで済むなんて、奇跡的です。きっと、日頃の行いがよかったからですね。……うん、体温も、ごく普通。あとは安静にしていてくださいね。それでは」
 美緒はぺこりと頭を下げて病室から出て行って。
 残されたマリアは、ノインを睨む。
「……ノイン? 命に関わるって――」
「……すみません、つい」
 つい、と言いながらも反省した様子のないへらりとした笑みに、臨界突破。
「私を怒らせると、10トントラックに轢かれるよりも恐ろしいことになるって――教えてあげないとね?」
 絶対零度の声で、そう言うと。
 ノインは「ああ、それでこそ普段のマリア――素敵です」と、ぞくり身体を震わせて、悦に浸っていたので。
 まずは一発、どこからヤってやろうかとマリアは拳を鳴らしたのだった。


*...***...*


 毎日お見舞いに来てくれるアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)に対して、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は申し訳なく思っていた。
 冒険と、学業。それから家事。やるべきことをしっかりと。そう、頑張った結果、今年の猛暑のツケがきた。
 熱中症と、夏風邪。それから貧血。
 全てが重なり、倒れてしまい――その様を目の当たりにしたアインが、病院に担ぎ込んで入院。それが今回の経緯。
 迷惑をかけてしまって申し訳ないという思い。それから、通い詰めてくれている、想ってくれていることへの感謝。
 あと、もうひとつ。
 思い詰めている彼への、心配。
 なので、朱里は今日も明るく振る舞う。
「ごめんね、心配かけちゃって。でも、もう大丈夫だから」
「いや、休んでくれ。家の事はピュリアと一緒に頑張っているし、朱里が心配することはないぞ」
 そう、平静を装ってアインは言うけれど。
 何もないところで躓いたり、ベッドの柵にぶつかったり、注意力が散漫なのだけど。
 きっと、心配しすぎて他のことが目に入っていないんだ。
 そのことを申し訳なく思う。
 あと、ふとした時に見せる顔が。悲しそうで、辛そうで、自分を責めているような顔で。
 なんともいえない気分になるのだ。
「すぐに退院できるから。あまり深刻な顔しないで」
「しかし……。もう少し、君を見ていればよかった。そうすれば、倒れるまではいかなかっただろうに」
「何言ってるの。倒れたのは、無理をし過ぎた私の自己責任だよ。だからアインが気にすることはないんだよ?」
「その無理に気付けなかった自分が不甲斐ないんだ」
 そう言うアインを見て。
 ああ、やっぱり、私が悪かった。
 そう、朱里は思う。
「ごめんね。みんなのこと……アインのこと、頼れば良かったんだよね。迷惑かけたくなくて、一人でやっていたけど……それが逆に、心配させちゃってたんだね」
 言葉に、アインは頷いた。
「たとえほんの数日でも、いつもの場所から居なくなる。ただそれだけで、その存在の尊さを実感したんだ」
「私のこと?」
 もう一度、頷き。
「大切な存在だから――君に居てもらわないと、調子が出ないんだ。
 なんというか、『居ない』ということを知って……胸が苦しくなるし、今よりもずっと落ち着かなくなる」
 ああ。
 私、そんなに、大切に想われていたんだ。
 人一人、思い詰めさせてしまうほど。
 影響していたんだ。
「もっと、頼ってくれ。僕は、君の夫なんだから」
「……、うん。じゃあ、いっぱい甘えさせてもらおう、かな?」
 そう言うのは、恥ずかしかったけれど。
 アインを頼る言葉を口にした時、彼が嬉しそうな顔をしたから。
 そんな顔が見れて、嬉しかったり、やっぱり恥ずかしかったり。


*...***...*


 目が覚めたら、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)は無機質な部屋の硬いベッドの上に居た。
 そこが病院であることと、自分が入院患者であることは把握できたが――自分の身に、一体何が起こったのか。その記憶がすっぽり抜けていた。
「ここはどこ! 俺は誰!? ……っていうのは、自問自答済みだからいいとして」
 佑也は辺りを見回す。
 個室だ。自分以外には誰もいない、静かな部屋。甘い香りがするのは、どこか別の病室の見舞い品だろう、この部屋にはまだ何もないから。
 それよりも、だ。
「俺、なんで病院に居るんだ?」
 思い出せない。ケータイを開き、日時を確認。記憶していた日付と、一日ズレていた。丸一日近く経過している。
 何事? 首をひねりながら、状況整理。
「確か昨日は……」
 普通に学校に言って。級友たちと馬鹿言って、笑って、勉強で唸って。
 普通に帰ってきて、普通に風呂入って。
 普通に夕飯食べて……、
「そこだよ」
 佑也は頷いて両手を打った。
 その夕飯からの記憶が、ないんだよ。
 一体何があったのか。
 考えても出てこない原因に頭を悩ませていると、病室のドアがノックもなしに開いた。
「ふえぇん、佑也さーん!!」
 まず飛び込んできたのはラグナ アイン(らぐな・あいん)。ベッドに突撃せんばかりの勢いでやって来て、泣きそうな顔で佑也に抱きつく。
「ア、アイン? どうしたっ俺は無事だぞ!」
「ふえぇん!! 昨日の夕食の途中で佑也さん、急に倒れちゃって……、それで緊急入院って聞いて……!
 でも、無事みたいで、本当に良かったです……っ!!」
 ここまで心配されていたことに胸を打たれる。じぃん、と広がっていく、温かい何か。
「いや〜、ビックリしたわよ佑也。いきなり倒れるんだもん」
 続いて病室に入ってきたのはアルマ・アレフ(あるま・あれふ)。入院患者となった佑也にも、明るく声をかけてきた。
 最後に、静かにラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が入って来て、ドアを閉めた。
「あ……みんな来てくれたのか。ゴメンな、なんか心配かけたみたいで。
 ……しっかし、何があったか思い出せないんだよなぁ……」
 どうして、倒れたのか。
 思い出せなくて、独り言のようにそう呟くと。
「私が作った夕食を食べた後突然倒れたんですよ! 本当、物凄く心配したんですからっ!」
 アインがそう言った。
 ……夕食を、作った?
 飲み込み切れなかった言葉を、噛み砕く。
 ばりばり。ごくん。
「お前のせいかー!!!!」
「えぇぇえ!? なんですかっ!?」
「なんで作った!? なんで夕食作った!?」
「わ、私のせいって……あの、佑也さん? 言ってることがよく分からないんですけど……!」
 アインが、佑也の気迫に押されながらもそう言うが。
 佑也はいやというほど分かっているのだ、アインの料理の下手さを。
 常時謎料理。カオスクッキング、あるいはポイズンクッキング。またはトリプル発動な酷さの、料理と呼ぶにはおこがましい、ソレを。
 しかし彼女はその酷さを理解していないらしく、ただただ疑問符を浮かべるばかりで。
「台所には立つなって前々から言ってるだろ! つーか止めろよアルマもツヴァイも! つかお前らだけ無事とかなんで!」
「あー、あたしとツヴァイはお菓子つまみ食いしてお腹膨れてたから。食べてないのよね」
「〜〜っ!!」
 ああ、どこに向ければいいんだこの感情を……!
 じたんじたんと、ベッドの上でもんどりうつと。
「あ、そうそう! 佑也さんが早く元気になるようにと思って、私お弁当作ってきたんですよ♪」
 ……は?
 目が点になった。視界が白黒になった。耳が動作不良を起こした。
 えーいまこのこ、なんていったのー。
 頭の中で、そんな自分の声が響く。
「ワンモア」
「? お弁当を、手作りで」
「あぁぁあぁ……!!」
 頭を抱えて転げまわる。もちろんベッドから落ちない範囲で。
 駄目だコイツ、反省とかそういう次元にたどり着いていない! まず理解してない!
 そして今の佑也には、その危険性を説明する気力もなく。
「……あー、ちょっと、トイレ」
 数ある選択肢の中から、病室から逃げる、を選び、起きようとしたら。
「大丈夫よ。ここに空のペットボトルがあるわ」
 アルマがニヤリ、笑った。
「何その重度オンラインゲーマーにするような対処法!? 使わないからそんなもん!」
「だって、トイレとか言って逃げようってんでしょ? あたしにはお見通しなんだから」
「ぐっ……」
 言葉に詰まったところで、ベッドに押し倒された。
 にこり、妖艶に微笑むアルマ。健全な一般男子ならドキドキしてしまいそうな彼女のその笑みにも、間近に掛かる甘い吐息にも、今なら別の意味でしかドキドキできない。死刑執行を待つ囚人の気分でのドキドキなんて、いらない。
「ここはアインの顔を立ててあげるってことで♪」
 そしてそう耳元で囁かれても、絶望しか感じない。
 なので、「離せぇ!」と抵抗するが弱った身体で足掻けるはずもなく。
「まぁまぁ。あたしもお弁当作るの手伝ったし、大丈夫だって」
 追撃の言葉に、ショック死しそうだ。
「余計危ないわっ! 看護婦さーん!!!」
 ナースコールを連打するが、それをツヴァイに取り上げられてしまった。
 どうしましたかー? という優しそうな看護婦さんの声に、ツヴァイが「間違って押してしまいました。申し訳御座いません」とても丁寧に謝って、通信遮断。
「兄者。姉上が頑張って作ってくれた弁当ですぞ。食べないのは礼儀に反すると言うもの」
「礼儀より命だっ!」
「ああ、固形だと食べるのが辛いですか?」
「どうしてその結論になった! 液体でも辛いわっ!」
「しょうがない、ボクがとっておきの秘密道具を出しましょう。はい、『小型ミキサー』と『漏斗』〜」
「なんで未来から来た猫型ロボットみたいな口調なんだよ!」
「兄者が和めるようにと」
「いらんわそんな気遣いっ! だったら俺の意見を尊重しろー!」
「ああ、それは無理です。ボクは兄者より姉上を尊重しますから」
 きっぱりと一蹴された。
 佑也は、改めてこの絶望的状況を確認する。
 まず、動けないようにアルマに押し倒されて、漏斗を口に突っ込まれ。
 それから、アインがポイズンクッキングを片手に、純朴な笑みを浮かべ。
 そのポイズンクッキングをミキサーで液状にして、ツヴァイが漏斗の中へと注ぎ込み――。
 ムガモゴ。
 自分の喉が異音を発しつつ、アインの料理を飲みこんで行く。
 俺のヒットポイントはとっくにゼロなのに……!
 ああ、目の前が、暗く、なって、いく…………。


*...***...*


 さて、如月 佑也がそんな阿鼻叫喚な地獄にたたき落とされているとはいざ知らず。
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、佑也への差し入れを持って病院へ向かっていた。
 そんな刀真の右腕に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がしがみついて歩く。沈んだ表情で。
 意気消沈。そんな言葉しか、似合わない彼女の姿。
 普段の月夜を知っている者としては、痛々しささえ感じる姿。
 白花は大丈夫だろうか? とやや後方を歩く封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)を見ると、彼女は控えめに微笑んだ。月夜さんと一緒に居てください、というような、笑み。
 すまない、とこちらも微笑みで返した。
「あ」
 そんな折、白花が公園の前で足を止める。
「月夜さん。お見舞いが終わったら、この公園に行きましょう?」
「え……?」
 気落ちした声のまま、月夜が疑問符を浮かべると。
 白花は、できるだけ明るく月夜に笑いかけた。
「ここの花畑、今満開で凄く綺麗だそうです」
「うん……じゃあ、後で行こう」
 しかしその提案にも、月夜は元気なく答えるばかり。
 ぎゅ、と刀真の右腕にしがみついて、俯き気味に歩く。
「…………」
「…………」
 刀真と白花は顔を見合わせる。再び、刀真が笑いかけると、白花は辛そうな表情で刀真を見た。そして視線を逸らされる。
 なにか、してしまっただろうか?
 疑問符が浮かぶ中、病院はすぐ目と鼻の先で。
 佑也の病室を聞いて、向かう最中に。
「おにぃちゃんとおねぇちゃんたちだわ!」
 底抜けに明るい、声が聞こえた。

 白花に手を引かれて入った病院。リノリウムの床を、きゅっきゅと鳴らしながら歩く音。
 自分の足元だけを見つめて歩く月夜の耳に飛び込んできたのは、
「おにぃちゃんとおねぇちゃんたちだわ!」
 聞き覚えのある、声。
「ん? 君はあの時の……」
「こんにちは。お久しぶりですね、クロエさん」
 刀真と白花の声に、顔を上げた。ほんの少し上げただけで見えた、小さな少女の姿。赤いチェックのリボンをつけた、クロエの姿。
「クロエ……そのリボン、着けてくれてるんだ。ありがとう」
 チェックのリボンは、彼女が初めて外の世界に触れた時に月夜がプレゼントしたもの。それを着けてくれていることが、純粋に嬉しい。
 彼女は褒められたことに「えへへ」と恥ずかしそうに笑ってから、
「……つくよおねぇちゃん。どうしたの? つらそうなお顔ね」
 目線の高さに合わせてしゃがむと、クロエはそう言って月夜の頬に触れた。
 冷たい、手だ。
 彼女が人間ではなく、人形なのだと。
 思い知らされる、手だ。
 つい先日、こんな手に触れた。
 御神楽 環菜の葬式の時に。
 冷たい彼女の手に触れた。
 涙がこぼれそうになって、我慢して、無理に笑うと。
「イヤ」
 クロエがそう言って、月夜を抱き寄せる。
「あっ……」
 わけもわからず、抱きしめられて、思わず声が漏れる。
「こんな辛そうなおねぇちゃんを見るのは、イヤ」
 駄々をこねる子供のような、そんな声で言われて。
 ぎゅっと抱いて、頭を撫でられて。
 冷たいのだけれど、けれど、とても暖かくて。
 思わずぎゅっと抱き返す。
「……クロエ。クロエは、暖かいね。優しいね」
「そんなことないわ。つくよおねぇちゃんがあたたかいから、わたしもあたたかいの。つくよおねぇちゃんがわたしにやさしさをおしえてくれたから、わたしもやさしいの」
「……そ、っか」
「そうよ。だから、おねぇちゃんが辛そうだと、わたしも辛いの」
「……うん」
「むりにわらわなくていいって、リンスが言ってたわ。だから、わらわなくていいの」
「……っ、うん……」
 ぼろ、と、我慢していた涙が溢れた。

 ぐすぐすと泣きじゃくる月夜に、クロエは少し戸惑っているようだった。
「ごめん。俺達の大切な人が死んでしまったんです……泣き止むまでそのままでいて貰っても良いですか?」
 月夜には聞こえないように声のトーンを落とし、クロエにそう補足すると、少しの沈黙の後クロエは頷いた。
 幼いながらも、意味を理解してくれたらしい。賢い子だ。
「おにぃちゃんは、辛くないの?」
 月夜の頭を撫でながら、クロエが問いかけてきた。刀真はしばし考えてから、苦笑にも似た笑みを浮かべて、
「うん、俺も悲しいし、辛いよ。……だけど、悲しんで立ち止まって何もせずにいたら……必ず後悔するから。
 俺は頑張らないといけないんだ」
 そう答える。
「そう……」
 クロエは答えを聞いて、若干不満げな色を含んだ返事をして。
 それから、月夜を撫でている手とは逆の手で、刀真の頭を撫でた。
「だからって、おにぃちゃんがむりをすることのこうていにはならないわ。
 おにぃちゃんがたおれちゃったら、つくよおねぇちゃんも、びゃっかおねぇちゃんも、悲しむでしょう?」
 また、正論を。
「……確かに。しかし撫でられるのはくすぐったいな」
「イヤ?」
「いいや。ありがとう」
 頭を撫で返して、同じくくすぐったそうに笑う彼女を見て、笑い。
「ありがとう、クロエ。少し元気が出たよ」
 泣き止んだ月夜も、微笑んでいて。
 そんな二人を見て、白花も安心したように笑い。
 みんなが笑っているから、クロエも笑う。
「あ。そうだ、今からお見舞いに行くんだ。クロエも一緒に行こうか?」
 月夜が提案して。
「いいですね、お見舞いに行く人がいっぱい居れば、佑也さんも喜んでくれるかもしれませんね」
 白花も、乗る。
「お見舞い? いくわ! たいへんなの?」
 クロエが心配そうに表情を翳らせた。
 足早に病室へと向かい、
「……ぐすっ……、病院食がこんなに美味しいなんて……」
 と、涙ながらに病院食を食べる佑也を見て、何が起こったのか完全な把握はできなかったが、まあ元気そうだということは理解したので。
「彼は俺の友人でして、食あたりだったらしいんですけど…この様子じゃあもう大丈夫でしょう」
 心配そうなクロエに補足説明。
「おにぃちゃん、お見舞いにきたのよ!」
「えぇ!? 刀真たちはともかく、なにこの子!」
「友達よ、私たちの」
「友達の友達まで見舞いに……! うぅ、俺、幸せ者だなぁ……! 酷い物食べさせられたマイナス分が返ってきたのかな……!」
「こら、佑也。病院では静かに! 常識だろ?」
 驚いたり感涙したりで声を大きくした佑也に注意したり。
 桃缶を開けたり。
 みんなで林檎を剥いてみたり。
 暗い顔なんて、どこへやら。