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一角獣からの依頼

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第一章 迫る影

 イルミンスールの森の中を、笹野 朔夜(ささの・さくや)は一人単独で歩いていた。
「お嬢様ー! 何処ですか! いたら返事をして下さい! お嬢様ー!!」
 探しているのは攫われた『乙女』と攫った『犯人』。『純潔なる乙女のお嬢様が森に入られたきり行方しれずに。故に僕はこうしてお嬢様を探しているのです』という設定のもと、叫び歩いていた。
 同刻、イルミンスール魔法学校の掲示板を見つめながら笹野 冬月(ささの・ふゆつき)朔夜の策を思い返していた。
 『今回の事件はユニコーンがパッフェルに依頼したことで初めて判明したものです。それまでは、どの学校も把握していませんでした。明るみに出ないように慎重に動いていたとなれば、『この森が危険だ』や『行方不明者が出ている』といった噂が流れる事自体、犯人にとっては歓迎できる事ではない。つまり、森で騒ぎを起こすような言動を取っていれば犯人自ら接触してくる、というわけです』
「だからって……置いていく事はないだろう」
 2日経っても帰ってこなかったら学校に報告をする、その為に冬月は残された。遠くに見えるだけの森の中でパートナーが危険な目に遭っているというのに。信じて待つ痛さを冬月は一人噛みしめていた。
「お嬢様ー! お嬢様ー!」
 声の限りに叫んで歩いた、当然に周囲に気を張りながらに。いつ犯人が現れるか分からないという緊張感の中で出来るだけの警戒はしていたはずだった。それなのに。
 気付いた時には全身の力が抜けていた。
 薄れゆく意識の中で、風に揺れる薄衣の音と、「あんまり騒いじゃダメよ」という声が聞こえたような気がした。
 朔夜はそのまま気を失った。




「まぁ」
 両の手を合わせて、イルマ・レスト(いるま・れすと)は羨望にも似た眼差しを巨木に向けた。
「まるでクリスマスツリーのようですわね」
「………… 見えないわ」
 訊かれた朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は頬を震わせて答えた。同意を求められてたのだろうが、今はとてもそんな気分では無かった。
「どうしてそんな風に見れるのよ、あれのせいでどれだけ歩かされたか」
「ふふ、いいじゃない、こんなにすてきなモデルガンツリーは、なかなか見れませんよ」
「モデルガンツリー? 私にはモデルガンが磔にされてるようにしか見えないわ」
 千歳は苛立たしげに言った。次に彼女が瞳を向けたのは、十二星華の一人、パッフェル・シャウラ(ぱっふぇる・しゃうら)だった。
 彼女は同じく十二星華のティセラ・リーブラ(てぃせら・りーぶら)に各学校への協力要請を依頼した直後に、周辺の調査を開始していた。彼女が集合地の目印にとあしらったのが『モデルガンツリー』だったのだが…なにせここはイルミンスールの森の中。広大である上に日々成長と変化を遂げている、加えて彼女が選んだ『巨木』も遠目からみて一目で分かるほどの高さではなかった、それ故に……
「分かるかぁ!!」
 到着したばかりの騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が肩で息をしながらにツッコむ姿を見て、千歳は大いに頷いた。この場所に辿り着くまでに散々歩かされたのは千歳も同じだった。
「で? この辺りには『バイコーン』の姿はなかったのね?」
「…………(コクコク)……」
 口を紡いだままパッフェルは素早く首を縦に振った。『バイコーン』だけでなく、その協力者と思われるような怪しげな人物は居なかったのか、との問いにも彼女は首を振って応えた。
 いつもよりずっと生き生きしているように見えるのは気のせいではないだろう。彼女は自身の光条兵器ではなく、ショットガンタイプのモデルガンを抱き抱えていた。
 一角獣の縄張りにおいて彼女が捜索したのは南側一帯だった。パッフェルは集まった面々に森の概略図を見せて回り、事件の概要と捜索を終えた地域を伝えた。相変わらずに言葉数は少なかったが皆と普通にコミュニケーションを取れている彼女の姿に、千歳は小さく首を傾げた。
「蠍座のシャウラだった彼女を知っているだけに、どうも拍子抜けしちゃうのよね」
「それでも、彼女の刑は終わってないわ」
 可愛らしい声で、それでも毅然とした口調で小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は言った。「まぁ、ここまでの経緯を見ても、もう悪いことはしないと思うけど。今回は私たちが監視役を務めるわ」
 パッフェルを含め十二星華のメンバーは今も軟禁状態にある。共謀や再びの反乱を未然に防ぐ意味で、メンバー同士での出向や外出は厳しく制限されているのが現状である。もちろん個人での出向に際してもロイヤルガードの監視が付くことになるのだが、今回は美羽とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がそれを務めるようだ。
「なるほど、セイニィが居ないのは、そういうわけ」
 微笑みながら、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は呟いた。「おかしいと思ったのよ。森の中なら彼女の身軽さを生かさない手はないし、パッフェルがセイニィに声をかけないわけないしね」
「ティセラが断ったのも…… 同じ理由かもしれないわね」
 言ってから那須 朱美(なす・あけみ)は携帯の画面から顔を上げた。「『この件はパッフェルに任せる』と言った彼女の言葉も本心なんでしょうけど。容易に動けないのが現状というわけね」
 空京大学にて今回の協力要請を受けた後、祥子ティセラに連絡を入れた。共に現場に向かいませんかと誘ったが、朱美が言った通りに断られた。冷静に、というよりは事務的にも思えた彼女の応対も、今思えば理解ができた。
「えっと、それで? 携帯は通話状態にすれば良いんだっけ?」
「えぇ、こうしておけば離れてしまっても互いの状況を伝えられるでしょう」
「えっ、ちょっと、服の中?!」
「もちろん。バスケットに入れたままだと攫われた時に持っていられるか分からないし、ポケットだと落とす危険もあるから、こうして」
「ちょっ、ちょっと!!」
 祥子が携帯を胸に当てるものだから、朱美は慌てて手で覆い隠した。今にも襟を摘み引きそうに思えたが、それはさすがに杞憂だったようだ。
「胸の真下に紐でくくり付けるの。…………ここではやらないわよ」
「な、なら良いけど」
 人目につかずに携帯を体に縛り付けるには、それなりの場所が必要となる。携帯の電池残量を考えれば、囮役として動き始める直前に準備をする事が最も効率的に思えたが、そんな状況に都合良くそんな場所があるとは考えにくい。
 祥子が囮役を務める事に加えて、彼女が不埒な様を見せないだろうかという懸念も朱美の不安要素に加えられたようだ。
「…ところで、純潔って何をもって純潔と判断するんでしょうか??」
 真面目に眉を寄せてオルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は訊いた。
「例えば、オルフェは甘いものが大好きで誘惑に負けてしまいました。これは不浄な心だと思うのです」
「………… あの…… オルフェリア様……」
 嫌な予感がした。それでもミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)の制止は間に合わなかった。
「例えば、ゴミを捨てるのが面倒で、道端に捨ててしまいました。これは悪いことです」
 真面目に真っ直ぐに。
「これらをしたオルフェリアは純潔とは言わないのでしょうか、囮役は務まらないのでしょうか?」
 何とも真剣にオルフェリアは訊いたが、ミリオンはため息と共に「オルフェリア様… 純潔の意味は知らなくて結構です…」とだけ応えた。彼女に『コウノトリさん』の話はしたくはなかった。
「ん、まぁでも確かに、ユニコーンやバイコーンはどうやって純潔かどうかを判断してるんだろうな」
 思い出したように瓜生 コウ(うりゅう・こう)が訊いた。彼女も囮役に志願した一人だった。
 これに応えたのは、やはりと言うべきか、パートナーのベイバロン・バビロニア(べいばろん・ばびろにあ)だったが、彼女は僅かに論点をズラして返した。
「それも大事な事なのでしょうけど、バイコーンの狙いが純潔な乙女である以上、囮役を希望する方は確実に純潔な乙女でなくてはなりませんの」
 赤い瞳を妖しく揺らしながら、ベイバロンは、「ですから、適正検査が必要ですわ」と言った。