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第三章 消え去りゆく影

 『ユニコーン』の縄張りにおいて、ほぼ中央から北側に向かうとそこには中規模の泉が見えてきた。
 木々の壁に囲まれながらも静かな湖畔も佇んでいて、避暑を静かに愉しむには十分な広さの別荘も幾つか見ることが出来る。その内の一つに、多くの人間が出入りしていた。慌ただしく動くはパラ実生、彼らは『石像』を別荘内へと運び入れていた。
「ねぇねぇ見て見て、お姉ちゃんっ!!」
 別荘を見上げてミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は瞳を輝かせた。
「ステキな別荘だね〜、あたしもこんな所でゆっくりしたいよ〜」
「え…えぇ、そうですねぇ」
 背後から聞こえた声に清泉 北都(いずみ・ほくと)はとりあえず同意した。白壁、平屋の別荘はどこか地中海の風を感じられそうで、このまま白馬で歩み寄る事が適してるのかどうかも、いまいち分からなかった。それでも間違いなく攫われた『乙女』や仲間たちはここに居る。『超感覚』で生えたタレ犬耳にも気を張りながら白馬を歩ませた。
「ちょっと、待ちなァ」
 広い門の前まで辿り着く前に呼び止められた。声をかけたのは鼻の尖った男だった。
「いったい何だぃ? 何か用かぃ?」
「山菜採りをしていたら迷ってしまいまして。森を散策しているうちにこの泉に出まして。そうしたら、あんまりステキな別荘が見えたので、ついもっと近くで見たくなってしまいましたの」
 用意していた答えを言った。我ながら説明臭いとは思ったが、どうせ何を言っても疑われるのだ、何を言おうと変わらない。
「ねぇねぇっ、こんなに人が多くいるって事は、パーティ? パーティなんだねっ?」
「違うわよ、森で実戦訓練をするからその準備をしてるのよ」
「なぁんだぁ、つまんない。あ、じゃあ、アレは? アレも訓練で使うの?」
 『石像』を指さして言うと、鼻の尖った男が鼻元をあげて歪ませた。
「そうヨ。訓練はすぐに始まるわ、巻き込まれたくなかったら、すぐに立ち去りなさい」
「ソイツの言う通りだ」
 背後から歩み来た蒼灯 鴉(そうひ・からす)は2人にさっと目を向けて言った。「さっさと帰った方がいい。加減も知らねぇバカばかりだからな。バカばっかりだ」
「新入りが偉そうな事言うんじゃないよ」
「またそれか」
「うまくやったんだろうね」
「捨てるだけだ、ガキでも出来る」
「どうだかネ」
「でも良いのか? 『男』みんな捨てて来ちまったぜ」
「いいのよ、喘がない男に興味はないわ」
「おぉ気持ち悪ぃ」
「ナァんですって!」
「話は聞かせて貰ぁぁったぁぁぁあ」
 五月葉 終夏(さつきば・おりが)の声が響き渡った。登場のセリフは打ち合わせ通りだったが、「このタイミング?」とミルディアは瞳を細めた。
「あいや待たれよ、ご両人」
「誰だぃ? 出て来な−−−!!!」
 男たちは絶句した。ユニコーンがそこに居た、しかしその体は明らかにダンボールで作られていた。
「おぅおぅおぅおぅ、何やら怪しげな事をしてるみてぇだが、この『ハンブンコーン』様が居る限りぃ、そこの2人には指一本触れさせねぇよぃ」
「………………まだ何んもしようとしてへんかったやろ」
 場の誰しもを代表して、パートナーであるコウ オウロ(こう・おうろ)が呟いた。「完全にタイミング間違ぅとるやろ」
「さぁ! その2人を離せ! いや、まずは離れろよぃ!!」
 口調も定まってないんなら出張んなや。て、何て言うても、もう止まらんやろな。
「アンタが殺りなさい」
「……何でもかんでも押しつけんなよ」
「アタシは変態の相手はしても、変人の相手はしないノ。さっさとなさい」
「どっちも変わんねぇだろうが。ったく」
 鼻の尖った男の合図で、多勢のパラ実生たちがを援護する陣形を組んだ。
 が舌切り鋏を構えたときだった。今度は彼らの後方から声が響いた。
「待てぇい!」
 細い白柱の柵の上から、四条 輪廻(しじょう・りんね)が見下ろしていた。こちらは茶色のヒーロー服に狸の被りものをしていた。
「純粋な少女をたぶらかす魔物。そしてそれに付き従う悪党ども! 世界樹に代わりこの私が成敗してくれるっ! とうっ!!」
 輪廻は勢いよく柵から飛び降りると、不敵に笑んで見せた。
「お前達に名乗る名前はないっ!」
「…………なっ! …………なっ……なんやて……」
 コウがツッコんだのは輪廻にあらず、彼のパートナーであるアリス・ミゼル(ありす・みぜる)にだった。柵の下で彼の言葉を聞いていたはずやのに…それやのに……
「ノーリアクションやとぉぉぅ……」
 『あのダンボール馬が魔物に見えんのかぃ!』『世界樹の代わりにって何やねん』『茶色のヒーロー服ダサっ!!』『不敵に笑んで見せた…て。狸の被りものしとんのやから分かるわけないやろ!!』などなどなどなどや。ツッコミ所は満載だったはずや、せやのに。
「イルミンのご当地ヒーローその2、ぽんたろーマンけんざんっ」
「………………」
 やっぱりツッコミは無しですかっ?! それどころか、そんな素振りさえ見せずにアリスは『ウォーハンマー』をグッと握りしめて構えて見せた。まぁ、その判断は妥当だが。
 別荘からは続々とパラ実生たちが沸いて出てくる。どの顔も目が血走っていて、すでに臨戦態勢のようだった。
「うわ〜、いっぱい出てきたよ」
 ミルディアが明るく言った。段取りに多少のズレはあったけど、それでも十分、時間は稼いだ。そう判断して、大きく手を振って見せた。
 それがチームの仲間への合図だった。茂みの中から仲間が姿を現した。
「ぱっふぇるちゃんを石にしたんだよねー、コイツら」
 牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は大きく瞳を見開いていた。「うふふふふ、全員灰にしてあげる」
「焦ることはないわ」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は後方の空を見つめて言った。「たぶんそろそろ……ほら、見えたわよ」
「……あぁ、そうだったわね」
 空を斬ってレッサーワイバーンが現れた。その背から跳び降りたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、見事に着地を決めた。
「見つけたぜ! 尖っ鼻ぁ!!」
 軍用バイクで着けたミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)も早々に叫んだ。
「オルフェリア様はどこだ!」
「今回ばかりは、手加減できそうにねぇぜぃ」
 パラ実生たちの前陣にバイモヒカンの男が姿を見せた。
「何だぁ? 見た顔があるって事は、尾けられたってか。ヘマしやがって」
「アンタの角に魅かれて尾いて来ちゃったのヨきっと。立派だもノ、アンタのツ・ノ」
「俺のせいだってのか?! 冗談じゃねぇぜ」
 また、他方からも小型飛空艇や馬、飼いユニコーンなども駆けつけた。こちらはパッフェルの一行のようだ。
「間に合ったみたいだねっ」
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)は加速ブースターを噴かしながら笑んで見せた。パートナーのエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)はパラ実生たちを一通り眺めて言った。
「…バイコーンの姿が見えないな…」
「そういえばバイコーンを追ったナナ君からは連絡ないんだよねー。大丈夫かな?」
「そうだな。だがこの状況…人の心配をしている余裕は無さそうだ…」