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リアクション
フーリの祠・道中1〜きばたんもふもふ〜
「いました」
「いたわね……」
空京の在る小島の外れ。
四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)は、疾風の名を持つレッサーワイバーンのヴィルベルヴィントに乗って、空京の風を受けていた。スピードは低速。時速40キロくらいだろうか。彼女の僅か上方に、小型飛空挺アルバトロスに乗った赤羽 美央(あかばね・みお)がいる。ドレス型の重鎧を装着し、頭にティアラをつけていた。魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)である。
彼女達の眼下には、木々生い茂る森とその中を進む一団の姿があった。彼らの上を、ワイバーンとアルバトロスがふよふよと飛ぶ。
「フーリの祠……か、何を祀ってるのかしら?」
肩に、体長10センチ程の霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)を乗せた唯乃が言うと、美央も気になっていた事を口にした。
「そうですね……というか、フーリってなんでしょうか。名前? それとも何かそういう言語があるのでしょうか。どう見ても日本語名じゃないですし、空京の土地に昔からある祠ならば何か書物に出てきそうなものなのですが……サイレントスノーは何か知っていますか?」
サイレントスノーは、数秒の沈黙の後にこう答えた。
「そうやって、すぐに人に尋ねるのではないぞ美央。分からないことがあればまず自分で調べるのだ」
「つまり、知らないんですね……」
「そういうことではない。マイナーかもしれないが祠である以上は何処かの書物に載っているだろう。まずはそれを……」
「……まあいいや、とにかくあの白い鳥がとっても可愛いので私ももふもふしたいですし、祠も面白そうですからね」
「…………」
「唯乃ちゃん、では、私は下に降りますね」
サイレントスノーが黙ると、美央は森の中に入っていった。唯乃は、ヴィルベルヴィントの上から少し身を乗り出して彼女を見送った。
「ええ。気をつけてねー」
「わわっ! 危ないよ主殿! 振り落とされないようにしてねって言ったのにー!」
バランスを崩したシンベルミネが慌てて言う。彼女をつまんで肩に戻し、唯乃はすまなそうに笑った。
「あ、ごめんごめん。もう大丈夫よ」
「もう……」
落ち着いたシンベルミネは、眠そうに小さくあくびをした。
「ボクは、あんまり祠とか興味無いんだけど……でも、こうして空を飛ぶのは楽しいね」
「でしょ? もし魔物が出たら援護くらいはするけど、まあ、それまではまったりと空の旅と洒落込みましょうか」
ワイバーンは翼を広げ、空を行く。
悠々と、ゆうゆうと。
その頃。ラスは悲鳴を上げていた。
「わーーーーーっ! おまっ……、コレ、これお前の差し金だろっ!!」
「何のことですか〜」
光る箒の上から、神代 明日香(かみしろ・あすか)がしれっとした調子で言った。ラスのポンコツ飛空挺の中で、毒蛇がうねうねと動いていた。人懐っこいのか知らんが、妙にこちらに近付いてこようとする。エイム・ブラッドベリー(えいむ・ぶらっどべりー)のペットだった。
「初対面のこいつが俺のヘビ嫌いを知ってるわけねーだろーがっ! つーか、お前もどこで知った? 知られるようなタイミングは……」
「オトス村で嫌がってました〜。あと、マスペ……いえ、なんでもありません〜」
「普通に嫌いですの? 明日香さんに『つんでれは嫌がっているのも好きの裏返しで好きの内』と言われたので、ご挨拶に連れてきましたの」
「やっぱりお前じゃねーか! わっ、だからこっち来んなって……!」
「まあまあラッスン。これも蛇を克服するいい機会やと思ってやな……」
「誰がラッスンだ!」
「おっ? いいツッコミやなラッスン! 素質あるでー!」
日下部 社(くさかべ・やしろ)が、調子よく言う。
「何の素質だ……そして、その呼称を改める気はないんだな……だーっ、だから乗ってくんなって! 膝から降りろ!」
最後の言葉は、毒蛇に対してのものである。飛空挺ががたがたと揺れた。
「戻ってくるですのー」
エイムに呼ばれて、毒蛇がにょろにょろと離れていく。後部席までいった所で、箒に乗ったエイムは蛇を回収した。
やっと落ち着くと、ラスは自分の周りを見回した。
「何でこんなに増殖して……。いや増えるよな……。全学園だもんな……」
電話で明日香に聞いたことを思い出す。彼には他に、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)とリネン・エルフト(りねん・えるふと)達3人に、社を含めた都市部から一緒にいる8人、また、上空から降りてきた美央が追走していた。結構な大所帯である。
「んで、風祭達も来るんだよな……、軽く20人は超えるぞこれ」
「こんなこと言ってるけど、実は嬉しいんですよ〜」
「唯乃ちゃん達も人数に入れてくださいね!」
明日香と美央が口々に言う。
「しっかし、何か頼りない男やな。このくらい居てちょうどええんやないか? まあ、俺が道中護ったるから安心しいや、ラッスン!」
「…………」
ラスはここで、呼称について完全に諦めた。
「え〜と、ピノちゃんの様子がおかしかった原因は分からんが、取り敢えず思春期にありがちな反抗期っちゅうわけやなさそうなんやな? 年頃の女の子は複雑やからな〜。男には分からん世界やで。まぁ俺も、ちーが反抗期になって距離を置かれるなんて事を考えると……」
社はぺらぺらと喋っているうちに想像を膨らませたのか、ドヨ〜ンと暗くなって肩を落とした。
「お前、絶対事態解ってないだろ! なんか、ちょっと迷子になったんかな、とかその程度の認識だろ!」
「ちーは反抗期になんかならないよ!」
「子供は皆そう言うんだよな……」
「おっ? ピノちゃん、反抗期なんか?」
「復活早いな……!」
何故かツッコんでしまいつつ、ラスは言う。
「……ピノもちょっと前はもう少し素直だったんだけどな……つーかお前、よく喋るな」
「それがチャームポイントやからな!」
「で、集団の1番最初に巨大モンスターの犠牲になったりするんだよな」
「ん? 喋ってばっかで護衛しとるのかってことか? 安心せぇ! こう見えても『殺気看破&ディテクトエビル』で警戒態勢はバッチリや♪ ちゃんと、ちーの次くらいには護ってやるから心配すんなやw」
「……ああ、まあそれはしょうがないな」
「しょうがないんかい! はっ、しまった。ボケがツッコんでしまった……!」
「俺、そんな変な事言ったか?」
「自覚無しかい! いや、これは筋金入りのシスコンやなー」
「別にシスコンじゃねーし……」
「何か、楽しそうですね……もう少し深刻な感じを予測していたのですが……。先程からネタが連発されていて本題が泣いているような」
メイベルはこれまでの道中を振り返りそう感想を述べると、さて、と気になることを訊くことにした。
「ところで……私はピノちゃんの方の解決を優先すべき自体と思ってこちらにきましたが、ラスさん、ファーシーさんに何て言ったのですか?」
「ファーシー? ……て、普段の……じゃないよな。デパートでいじめたとか言われたやつか」
言われて、ラスは溜め息を吐く。
「またその話題か……別に、前から気になってた事を言っただけだ」
「……具体的には?」
「…………」
「何ですか、私達には言えないような事なのですか?」
「…………」
「そんな事をファーシーさんに言ったんですか?」
「…………」
ラスは暫し黙ってから、しぶしぶ白状した。『邪魔』とか『銅板時代のお前はもっと利己的』とか、『ルヴィの言ったことに縛られ過ぎてる』とか、まあ、主にそんなことを。
「…………」
呆れた、という目を向けてくるメイベル、そして周囲の面々に、苦い表情をするラス。そんな彼を見て、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は御薗井 響子(みそのい・きょうこ)に言う。
「響子、ちょっと、軍用バイク近づけられるかな」
「……分かりました」
メイベルとラスの会話は続く。
「ラスさん……その言葉遣いは、ちょっといただけませんね」
「……まあ、そう聞こえるだろーな……」
「確かに、ファーシーさんを大切に思うが故に敢えて言葉をきつくしたのでしょうが、彼女の気持ちを思うと言い過ぎでは無いかと思いますぅ」
「……そりゃ、『邪魔』は咄嗟に出た言葉で少しは悪いと思ったけど……あれだけ言っとけば、もう余計な事に巻き込まれたりしねーだろ」
そう言う彼を、ケイラは心配そうに見上げた。
(ラスさん、素直になれないだけで凄く心配症で、ピノさんの事もファーシーさんの事も心配してるんだと思うんだよね。無理しないといいなあ……)
上手く言えないけど、なんとか励ましてあげたい。ケイラはそう思い、ちゃんと聞こえるようにと少し大きい声で呼びかける。
「……ラスさん! 相談とか気軽に言ってね! 乗るから」
「お? おお……」
ラスは面食らったが、やがて、一言だけ言った。
「……何かあったらな」