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リアクション
*
夜の自室で、携帯電話の画面を覗き込むのはロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だ。
開いているのは未送信の、下書きされたメールが溜まっているボックス。
そこには、桜井 静香(さくらい・しずか)校長に宛てたメールが画面を埋め尽くしていた。
ある春先の日のメールには、花壇の花の蕾がもうすぐ開きそうだと書かれている。
初夏の日のメールには、広場の通りから少し奥に行った所に美味しいパスタのお店を見つけたと書かれていて。
梅雨の真っ只中の日のメールには、昨日は雨が降りそうだと天気予報で言っていたのに、傘を持って行くのを忘れてびしょ濡れになった、と――。
何気なくて、他愛のない、日々の出来事を綴ったメール。
百合園生としての勉強、白百合団のこと。
シャンバラが東西に分かれたことにより、これからどうなっていくのか、自分たちはどうすればいいのか、そういった不安に思う気持ちが今にも思い出されるような、メール。
時には、好きな人のタイプや、行きたい場所を訊ねたりしていて。
中でも料理の得意な人の方がいいですか、と聞いてみたりもしていた。
そして、ただ一言『好きです』と書かれたメールも未送信のまま、いくつも眠っている。
彼女に向けて、送りたいこと、語りたいこと、聞きたいことは、たくさん、それこそ山のようにたくさん、あるけれど。
迷惑になるかもしれないと思ってしまうと送信に踏み切れず、未送信のまま、携帯電話の中に溜まっていくのだ。
(今日こそは送ろうと思っていましたのに……)
溜まった未送信メールを見ているうちに決意が揺らいでしまった。
『今日はお疲れさまでした。また明日』
簡単な言葉に、精一杯の自分の思いを込めて。
ロザリンドはそのメールを操作した。
程なくして、携帯電話がメールの受信を告げる音を響かせる。
ボックスを開くと、メールの送り主は静香だ。
『ロザリンドさんもお疲れ様です。
ゆっくりお休みになってくださいね。
また明日に』
メールを開くと、そう書かれていた。
*
「リンネさん、お忙しいだろうから……」
21時ごろ、下宿屋【しゅねゑしゅてるん】の二階のバルコニーへと出てきた音井 博季(おとい・ひろき)は、携帯電話を操作して、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の番号を呼び出した。
本当はきちんと時間を貰って、会って話したいことがある。けれど、昨今のことを考えると、そうは言ってられないだろう。
会って話すのは何れ、きちんと時間を貰ってから。けれどその前に、少しばかり自分の我侭だけれど、自分の想いを知ってもらうために電話をしようと決心した。
空を見上げれば満点の星々。
その夜空に想い人――リンネの微笑む姿を思い描くと、通話ボタンを押した。
暫く呼び出し音が続き、彼女の明るい声が聞こえてくる。
「あ、リンネさん……」
けれどそれは、留守を告げる旨のメッセージであった。
決意したこともあってか、思わず力が抜けそうになった博季だったが、発信音が響くと言葉を紡ぎ出した。
「いつも、僕たちや精霊さんたちのために一生懸命戦ったり、悩んだりしてくれてありがとう。忙しい中、いきなり電話しちゃってごめんなさい。……その、どうしてもお話したい事が」
まずは日ごろの感謝を告げて、急な電話に対する謝罪も添える。それから、話を切り出した。
「……僕、リンネさんのこと好きです。初めてお会いしたときから、ずっと。この先何があっても、僕は貴女の傍で貴女を支えたいって、思ってます。……だから、悩んだり困ったりしたことがあったら、いつでも僕にお話してください。少しでも頼ってもらえたら……嬉しいな」
そう告げたところで、また発信音が響いた。
録音時間の終わりを告げるもので、通話が切れる。
博季は、携帯電話を仕舞って、室内へと入っていった。
*
「今日はあの本の続きを読もう。日付がかわる頃には読み終えるだろう」
夜、21時半ごろ。
アルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)は男子寮の自室にて、本を手に取っていた。
そこへ携帯電話が短く鳴り響き、メールの受信を告げる。
送信元はパートナーの真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)だ。
『おやすみなさい!』
そうタイトルのつけられたメールを開いてみると、本文に文字はない。
けれど、添付ファイルがある旨が表示されていた。
添付ファイルを開いてみると、携帯で撮った写真のようだ。
パジャマ姿の雪白と彼女のもう一人のパートナーである真黒 由二黒(まくろ・ゆにくろ)がベッドに寝そべりながら、身を寄せ合っている。
思わず、口元が綻んだ。
返事しようと、ギュスターブはメールの返信画面を開く。
日ごろから本を読んでいる割に、こういったときの上手い言葉はなかなか浮かばないのか、彼は暫し携帯電話とにらめっこをした。
その頃、女子寮では雪白が既に寝息を立てていた。
メールの返信を待っていたものの、眠気の方が勝ってしまったようだ。
そんな彼女を横目に、由二黒が携帯電話を眺めていると、メールの受信を告げる音が鳴り響いた。
どんな返信だろうかと楽しみにしつつ、開いてみる。
『件名:Re;
本文:おやすみ』
多くを期待していたわけではないけれど、あっさりとしていてそっけない、彼らしい返信に笑う。
「おやすみ」
呟くと由二黒は雪白に身を寄せる。
――どうせ、明日の朝、会うんだ。
そう思い直したギュスターブはただ一言、返信を終えると、手にしていた本に栞を挟んで、閉じた。
添付ファイルを待受け画面に設定してから、ベッドに潜り込む。
今日はこのまま、パートナーたちと共に寝てしまおう。
そう考えたのだ。
*
ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は、ふとパートナーの和泉 真奈(いずみ・まな)のことを思い出した。
何事にもついつい暴走しがちな自分に、付き合ってくれる彼女に、時には感謝の気持ちを伝えよう、と――。
思い立って、携帯電話のメール作成画面を開いたはいいものの、言葉が出てこない。
(いつも、ありがと……普通すぎるかな)
気持ちを文字にしてみると、恥ずかしくて、すぐさま削除ボタンを押し続ける。
何度も何度も。
書いては消して、消しては書いて。
今ひとつ、上がらないテンションの下、出来上がったメールを今度は送ろうかどうしようかと悩んで、画面を閉じたり開いたりする。
「うん、送ろう」
意を決して、ミルディアは一つ頷くと、メールを送信するよう操作した。
「届いて……!」
メールが飛んでいくようなアニメーションの後、送信完了を告げる旨が画面に表示される。
「あら? これって……!?」
秋の夜長に課題をこなしていた真奈は、携帯電話がメールの受信を告げると、手に取り、開いた。
送信元は、パートナーのミルディアだ。
『いつも、わがままに付き合ってくれてありがと。
何か直接言い辛いからメールで送ります。
ホントに今までありがとう』
不思議に思いながら開いてみると、デコレーションも絵文字も一切ない、シンプルなメッセージ。
「大変ですっ! ミルディがまた自殺でもしそうなメールを!!!
」
『今まで』という辺り、『これから』がないような感じに思えて、ガタガタと音を立てて席を立つ。
けれど直ぐにそれは杞憂だと気付いた。
確かに、あの暴走娘は時折、その手の類の感傷が湧くことはあるけれど、実行に移したことはない。
彼女の性格からして、そんなことはありえないのだ。
いつか本当に実行に移してしまうことがあるのかもしれないと、日々、心配が耐えないのだけれど……。
「送られたメールには返信するのが礼儀というものですよね?」
心配しつつもその気持ちを置いて。
真奈は早速、返信画面を開く。
『心配しなくても大丈夫ですよ。
私はこれでも楽しんでますし、その時までは離れるつもりはありませんから』
短い中に、彼女の思いを詰め込んで、メールを送信した。
*
夜更けに、携帯電話をぎゅっと握り締めるのは東雲 いちる(しののめ・いちる)だ。
何処かセンチメンタルな気分になる秋の夜のせいにして、いちるは電話をかけることにした。
操作して呼び出した番号は、パートナーのギルベルト・アークウェイ(ぎるべると・あーくうぇい)のもの。
登録してあるものの、この番号へと電話をかけて、話し込むことなどほとんどない。
それは、いつも、傍に居るから、電話をする必要がないのだ。
隣り合って話すのは、楽しいし嬉しい。いちるがそう思えば、互いの表情も見えることからか、ギルベルトも楽しそうに、嬉しそうにしているのが分かった。
けれど、面と向かっては話し出せない、言葉に出来ない思いはたくさんある。
それを伝えんが為に、いちるは通話ボタンを押した。
「こんな時間に電話?」
夜更けの突然の着信に、ギルベルトは不思議に思いながら、携帯電話を手に取った。
「しかもいちるだと!?」
表示されたパートナーの名前に、慌てて彼は通話ボタンを押す。
「何かあったのか!?」
『え? ……あ、そうではないのですけど』
ギルベルトの慌てた様子に、電話の向こう側でいちるが面食らっているような表情が思い浮かんだ。
自分の心配しすぎだったことに気付いたギルベルトは改めて「どうした?」と訊ねる。
『あのね……』
切り出したかと思うと、いちるは沈黙した。
次の言葉を静かに待っていると、小さな声で『好き……』と聞こえてくる。
「え……」
『大好き、愛してる』
まさかの言葉に今度はギルベルトが面食らう番だった。
彼女から、このように思いを伝えられるとは……と。
「ありがとう、いちる。いちるは、俺が思う以上に俺と同じように好きでいてくれるのだな……」
そう気持ちを込めて、彼が応えると電話越しに彼女がほっと息をつくのが聞こえた。
「もう遅いんだ。ゆっくり休みな」
『はい……おやすみなさい』
恥ずかしさからか、そう告げると慌てたように通話を切った音を確認して、ギルベルトも携帯電話を閉じた。
「あぁ顔が火照って眠れん。外で冷やしてくるか」
口にするほど、顔が熱いのが分かる。
思わぬパートナーからの言葉に、嬉しい気持ちと共に、ギルベルトもまた恥ずかしさがこみ上げていた。
呟いたギルベルトは部屋を出ると、夜風に当たるため、廊下を歩み進んだ。
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