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リアクション
18.はろうぃん・いん・ざ・あとりえ。そのじゅうに*あるひとりのはぷにんぐ。
テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)は、実に一時間以上工房付近をうろうろしていた。
――リンス君に、逢いたい。
――だけど、お見舞いにも行けなかった私が、どんな顔をしてリンス君に逢えばいいのでしょうか……?
そんなことを考えて。
うろうろ、うろうろ。
「とりっくあんどとりーと!」
そうやって、笑いながら工房に入って行く人たちの声を聞いて、羨ましく思って、ああ私は人を羨んで行動しないで、何をしているんだと落ち込んで。
……そう、逢えるわけがない。
本当に、どんな顔をして逢えばいいのかわからない。
一応、顔は隠してきたけれど。
……でも。
ずっとここにいて、帰るにも帰れず、工房をぼうっと見ているだけなんて。
それも、嫌で。
よし。
行こう。
決めた。ので、掌に人という字を書きまくる。
こうすれば落ち着くぞ、といつぞやか教わったのだ。
人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、人、…………。
人と言う字がゲシュタルト崩壊を起こすまで――具体的に言えば、100回ほど書いて、ようやく落ち着いてきた。
とはいえ、喉はカラカラで頭がクラクラするけれど、それはきっと顔を隠す被り物のせい。だってどんな大舞台に立つときでもこんなことはなかった。緊張とかじゃない、絶対、きっと、たぶん。
……よし。
行ける!
ばんっ、と扉を開け放ち。
「トリックアンドトリック!」
言ってから、気付いた。
言葉の選択を、間違えた事に。
――私の馬鹿! それじゃ、どちらに転んでも悪戯しかないじゃないですか!
――いや、でも、リンス君に悪戯……悪戯……ふふ、それもそれで、
――じゃなくって!!
「……噛みまみた……」
噛みました、と言おうとした言葉さえ噛んだ。
違う、動揺じゃない。被り物のせい、きっと。
だって、ヒーローの着ぐるみの頭部のみ着用して、その上からハロウィンかぼちゃの衣装を着ているのだ。もちろん、サングラスだってかけている。息がし辛くて、クラクラドキドキしてしまうのはしょうがない。
――けれどこれなら私が誰か、わかるわけ、
「ねえマグメル、なんでそんな恰好なの」
――ないはずだったんですけど!?
リンスに、すぐ見破られた。
「え、あ、う」
「あと、何。悪戯したいの? 俺に? 物好き?」
「ちが、違うんです。あの、被り物のせいでこう、酸欠で、ええと。噛んだんですよ。そうですよ。緊張なんかじゃないです、はい、絶対に、多分」
「絶対と多分って矛盾しているような……まあいいや。辛いなら脱げばいいじゃん、そのかぼちゃ」
脱げないから辛いのだ、とは言えず。
変に疑問を持たれるのも嫌なので、かぼちゃだけは取った。
「ヒーローマスク? ……なんか今日、変だね」
それも重々承知しております、と遠い目をしてみたり。
「あああ、あの。あの」
「うん、落ち着け」
「……はい」
再び人という字を書きまくった。具体的に言えば、25回くらい。
「……相談があるんです」
じっと待ってくれていたリンスに、一呼吸置いてから話し始めた。
「うん」
続きを促すように、頷くリンス。
「私の相談じゃないんですけど。友人のことなんですけど。
……その子、大事な人が居るのですが、その大事な人が先日入院してしまったんです。それなのに、お見舞いに行けなくて。
わざとじゃないんです。なんですけど、それについて本当に本当に申し訳なく思っていて、どんな顔をして逢えばいいのかわからなくて……苦しくて。
どうしたら良いでしょうか?」
後半、主観的部分が強くなってしまった。リンスは鋭いようで鈍いから、多分バレないとは思うが、万が一にでも自分のことだとバレてしまったら、色々と恥ずかしいやら申し訳ないやらで身悶え必至なので「繰り返しますが友達のことですよ?」と釘を刺しておいた。これで安心だ。
「俺はね、普通に逢いに行けばいいと思うよ」
「どうしてですか? だって、どんな顔をして逢えば――」
「たぶん、マグメルの友達が思っているほど、気にしてないと思う」
「……どうしてですか」
こっちが大切に思っているほど、向こうからはそう思われていないのだろうか?
それは、悲しい。
胸が痛くなるほど、すごく。
「だって病院なんて頻繁に来る所じゃないし。だから入院していたこと、知らなくてもおかしくないし。
それに、行けなかった事を悔やんでいるんだろ? だったら」
「でも、だって」
「それより、逢いに行けないっていうなら、もうその人たちはどれくらい逢ってないんだろうね?
そんな細かいことを気にして、ずっと逢えない方が嫌だ」
「…………!」
そうか。
気にしすぎていたら。今日、私がここに来れなかったなら。
逢いたい気持ちは膨らむのに、逢いに行けなくて。
でもいつしかその思いは、萎んでしまうかもしれなくて。
そうなったら、もう、逢いには来れなくて。
「ね。悲しくない?」
「……はい、そうですね。
相談、乗ってくれてありがとうございました。なんだか心が軽くなりました」
「? マグメルの友達の話なのに?」
「!! は、あ、ええ! その子と私、とても仲良しでして! この悩みに非常に感情移入してしまっていたんですよ……!」
苦しい言い訳だったけど、リンスは柔らかな声で、「そう、よかった」と言ってくれた。
「本当、ありがとうございました。
やはり、貴方は私にとって、大好きな人です」
――……あれ?
「え、……え?」
リンスの、間の抜けた声。
――今、私は、何と言いました?
先程の言葉を、反芻。
――『貴方は私にとって、大好きな人』……あれ?
――違うんです、大好きじゃなくて、あの、大事って言おうとしたんですよ! 本当ですよ! 大好きな、じゃなくて、あの、あの!!
「噛みまみた! 違っ、また噛ん……! あの、違うんですそういうトリックなんですよ! ほら私トリックアンドトリックって言ったじゃないですか! いたずらですよ! はい!」
「あ、そう。いたずらだったんだ」
――って! なんでそんな、悲しそうな声で言うんですか!? 私から告白を受けても困るだけでしょうっ!!?
「……トリック、じゃないです、じゃないけど、えっと、あの、でも……っ!!」
混乱する。なんて言えばいいのか分からなくて、言葉ばかり頭の中に溢れる。けれど何一つまとまってくれていないから、何も言えない。
どうして好きだなんて言ったんだろう。
わからない。
自分でも何を言っているのか、わからない。
好きなのは本当。だけど、好きだなんてわかっていたら、好きになるなんてわかっていたら。
ここまで近付かなかったのに。
好きになんて、ならなかったのに。
だって、私は目が不自由だから。リンスの人生の手助けにはなれないから。
だから彼への重荷になるような告白なんて、できるわけがない。
いくら私が変わっても、まだそれを飛び越える勇気なんてないのに。
なぜか、言ってしまった。
なぜか、口から出てしまった。
どうして? ……考えても、わからないけれど。
ちらり、リンスを見た。表情の読み取りにくい、感情の薄いいつもの顔だ。何を考えているんだろう。言葉を、どう、受け取ったのだろう。
迷惑? 困ってる? 嫌いになった?
……それだけは、嫌だ。
いつの間にか隣に、レン・オズワルドが居た。震えるテスラの手を、握っていてくれる。それを必死で、縋るように握りしめて。
リンスからの言葉を待つ。
「マグメル」
「は、い」
「俺ね。好きとか嫌いとか、よくわかんないんだ」
「……」
「でも、マグメルが俺のこと、好きって言ってくれたことが、すごく嬉しかった」
「……っ、でも……私は……」
「だから、俺もマグメルのことを好きなんだと思う」
「……?」
今、なんて。
俺も、マグメルのことを、好きなんだと、思う?
好き?
「ええ!?」
「いや、恋愛とかそういうのかは知らないけどね?」
「……ですよね?」
安心したような、がっかりしたような。
わからない、複雑な気持ちで。
でも、あんな突然の、重荷になる自分からの告白に、嬉しいと言ってくれたことは。
「……私も、すごく嬉しいです」
そして、ぎこちなく笑う。
リンスが近付いてくる足音。
ぽんぽん、と頭を撫でられた。
そのてのひらが、あたたかくて。優しくて。
なんとも甘酸っぱい物を見てしまった。
マナ・マクリルナーン(まな・まくりるなーん)は、先程までのテスラとリンスのやり取りを見て、そう思う。
留守番をしている、とテスラに嘘をついて、ウルス・アヴァローン(うるす・あばろーん)と共にやってきた人形工房。
ノア・セイブレム主催のハロウィンパーティに誘われたから、ということもあったが、それよりも最近テスラが公演もないのにヴァイシャリーに出向く理由を知りたかったのだ。
体力のない人なのに、無理に日程を詰めて休暇を作って、頻繁に出掛けて行って。
一体何をしに行っているのか。
疑問に思っていたが、先日テスラから「恋愛指南書」を読んでくれと頼まれた時に、マナは理解したのだ。
ああ、そういうことか、と。
ハロウィンパーティを楽しむ傍ら、リンスの人柄を見ていたが……まあ、悪い相手ではなさそうだ。
好かれることにも、人が集まることにも、なんとなく頷ける。
居心地が良いのだ。
「リーンスー♪ トリックオアトリートー!」
と、まだテスラとリンスがいい感じで居る空間に、ウルスが突撃していこうとしたのを思わず止めた。
「うげっ。……衿首引っ張って止めんなよぉ! 危ねーじゃん!」
「今、お嬢様がいい感じなのです」
「つっても、オレだってリンスとは久々の再会なんだぜー? いいじゃんかっ」
「もう少し待ちなさい」
強めに言って止めると、渋々ながらウルスは諦めてその場に座った。
「……てーか。テスラとリンスって、あんな関係だったんだ?」
「少し前からですね。夏より前……でしょうか」
「ふーん、全然気付かなかったわ」
「それは貴方の放浪癖のせいですね。しばらくその癖を封印してはいかがです?」
「テスラの素敵な未来が見れんなら、それもアリかなー? リンスにも逢いに来たいしな」
――テスラの素敵な未来、か。
どのような結果になっても、執事であるマナにはなんら影響はない。
どう転んでも、テスラは成長できるから。
「勿論、声を失うことなく、ありのままの姿で王子の愛を得る人魚姫のお話は、私としても興味はありますけど、ね」
ぽつり、呟いた言葉は、たぶん無意識のうちの、願望。