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Trick and Treat!

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20.ほーむぱーてぃ!*おみくじの結果は?


「セシリアさんったら、手の込んだものを作るから、遅刻しちゃいそうになったんですよ」
 ヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)は、タルトを切り分ける美緒にそう話しかける。
「だから、私、手伝ったんです。頑張りました!」
「お陰様で。遅刻もしない上に、とても美味しそうなものが出来上がりましたわね」
 美緒に褒められると、くすぐったい。
 嬉しくて、くすぐったくて、なんだかもじもじとした気分になる。
「ヘリシャさんは、死神さんなのですね」
「はい。でも、戴くのは魂じゃないです。お菓子ですよ。とりっく・おあ・とりーと」
「ふふ、可愛い死神さん。クッキーをどうぞ」
 美緒の手ずからクッキーをもらい、さくさく、食む。
 そうしている時、ぱしゃり、と音がした。
 音の方を見ると、デジカメを持ったフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がにこにこ笑顔で立っていて。
「記念の一枚、ですわ」
 ふふふ、と深く笑う。
 ヘリシャは美緒を見上げた。美緒は、あらあら、と笑んでいる。
 ……なんだか、恥ずかしい。
 形として残れば、あとから見て思い出せるけど。
 残るから、あの時ああしていたんだ、という気持ちが沸き上がって、恥ずかしい。
「フィリッパさんー……」
 とことこ、フィリッパに近付いて。
 仮装衣装のバンシーの裾を、くいくいと引っ張る。
 うふふ、と変わらず大人びた笑みを浮かべて、フィリッパは、
「ヘリシャさん、とても楽しそうでしたので。つい」
 あどけなく、言う。
「セシリアさんが、一生懸命お菓子作りに熱中していて……ヘリシャさんがお手伝いをしてくださったんですよ」
 そして、さきほどまでのことを、掘り返すように美緒に告げる。
「ヘリシャさん」
「み、美緒さん。あの、えっと」
 違うんだ。
 確かに、最初は褒めて欲しくて、構って欲しくてそう言っていたけど。
 ハロウィン初体験が、嬉しくて、浮かれていたけれど。
 ……段々、恥ずかしくなってきて。
 視線を床に、落とす。
 ぱた、ぱた、スリッパを履いた美緒の足音が近づいて。
 そっと、頭を撫でられた。
「ありがとう」
 そして優しい声が降ってきて。
 同時に、ぱしゃりと音がして。
「フィリッパさん、あの、やっぱり、恥ずかしいです」
「あら? じゃあ、データは要りませんか?」
「……ううん、欲しいです」
 それが、正直な気持ち。
「では、ヘリシャさん。皆様がお菓子を食べられるよう、お皿やフォークを持っていくこと、手伝っていただけますか?」
「はいっ」
 美緒に声をかけられて、お皿やフォークを運んで行って。
 先にクッキーを食べていたセシリアを見つけて「先に食べるなんてずるいですー」と口を尖らせてみたり。
 ああ。
「楽しいですねぇ」
「メイベルさん」
 心で思ったと同時に、メイベルに言われて思わず見上げて。
 違います? と問うように視線を投げてくる彼女へと、
「……楽しいです」
 はっきり、肯定の意を示して。
「ヘリシャさーん、飲み物を運ぶの、手伝ってほしいのですが〜」
「はーい!」
 キッチンからかけられる美緒の声に、元気よく返事もして。
 今日と言う日を、楽しく過ごす。


*...***...*


 朝、ジャックー・オー・ランタンの仮装を着付けて居る時から。
 あい じゃわ(あい・じゃわ)は浮かれて、今にも飛び跳ねて家を出て行きそうで、
「落ち着かせるのに苦労しました」
 苦笑いにも似た笑みを浮かべ、藍澤 黎(あいざわ・れい)は美緒に笑いかける。
 そんなじゃわは、今誰にも止められることはなく。
「おかしがほしいのですー。とりっくおあとりーとなのですよー!」
 ぴょこんぴょこん、跳ねて、回って、お菓子をもらって、嬉しそうに笑顔を見せていた。


 かぼちゃの胴体をぽこぽこ跳ねさせ、ヘタの帽子を左右に揺らし。
「とりっくは、あいじゃわあたっくなのですよー」
「じゃあ、お菓子をあげなくちゃね」
「じゃわ、かんしゃなのですよー!」
 シズルにねだって、クッキーをもらって。
 去ろうとしてから、はっ、と何かに気付いたように立ち止まり、
「シズル殿! 待ってくださいなのです。お礼があるのですー」
 んぱっ、とその小さな手に、カードを一枚持って言う。
 黎が、前もってじゃわに教えてくれた。
 仮装をして、お菓子をもらうのは、そういう行事だから良いけれど。
 もらうばかりではなく、何かお礼を考えなさい、と。
 ありがとうという言葉だけではなくて、態度でもきちんと示すべきだ、と。
 なのでじゃわは考えた。
 考えて、考えて、結果。
「カード?」
「はいです!」
 じゃわが手書きで作ったカード。カードにはおみくじが付いていて、それを開くと、
「えぇと……『するめ』?」
 シズルが手にしたおみくじには。
 ――今日の運勢は『するめ』なのですよ。かめばかむほど味が出てくる日々なのです。
 とあり。
「つまり、いい日ってこと?」
「なのですよー!」
 問われて、にぱり。
 なお、カードの種類は全五種類で、中にはおおあたりとされるとびきりの一枚がある。
「誰に当たるかも、たのしみなのです」
 じゃわは、ぽこぽこ跳ねて、リビングを回る。
「とりっくおあとりーとなのですー!」
「では、シュークリームをあげますぅ」
 メイベル・ポーターからお菓子をもらい、「はっぴーはろうぃんですー!」お返しのカードをプレゼント。
「『いもけんぴ』?」
「キリッと漢のおやつなのです」
 もらって、配って、笑って、跳ねて。
「いっぱいもらったですよ!」
 黎の許へと戻って行く。
「お帰りなさい。おおあたりは出ましたか?」
「まだみたいです。黎の出番はまだなのです」
 退屈ですか? と黎を見上げると、優しい瞳で頭を撫でられた。くすぐったい。
 そうしていると、新しくリビングに姫宮 みこと(ひめみや・みこと)が入ってきたのを見つけて。
「とりっくおあとりーとなのですー!」
 じゃわは、跳ねていく。
 みんなと楽しみたいから、みんなに声をかけるのだ。
 早く、おおあたりが出れば良いな。
 そうして、黎と一緒に、笑ってほしいな。


*...***...*


「とりっくおあとりーとなのですー!」
 あい じゃわの言葉を受けて、みことは若干、戸惑いつつも持参してきたシュークリームを手渡した。
「は、はっぴーはろうぃん!」
 ハロウィンらしい言葉を返して、嬉しそうに笑うじゃわを見る。
 可愛いなあ、嬉しそうにしているなあ。
 ――当たりませんように。
 みことは祈る。
 美緒からホームパーティへと誘われ、お菓子を作って持って行こうと思った時、珍しく自身の中にイタズラ心が芽生えて。
 それで、一つだけ、シュークリームにイタズラをしたのだ。
 クリームの代わりにワサビを仕込む、そんなイタズラ。
 ……だけど、受け取った側のこの笑顔を見ていると、心が痛んだ。
 ぱくぱく、頬張るじゃわを見て。
「あ、あの。不味くないですか? 大丈夫ですか?」
「美味しいのですよー!」
「じゃわ」
 はしゃぐじゃわを抱きあげて、藍澤 黎がじゃわに声をかける。
「お菓子ではしゃいでないで、お礼をしましょう」
 宥めるような、たしなめるような、大人びた態度と声音。
 ――綺麗な、人だなあ。
 薔薇の学舎の制服に身を包み、凛として立っている。
 思わず自分と比べた。
 みことの恰好は、青と赤と白で彩られた、鎧のようなものを身に纏った姿だ。
 おなかやふともものラインがむき出しで、胸とか腰のあたりがゴツゴツしているわりに女の子っぽいという、アンバランスで矛盾した、けれどそれを形にしている、奇妙な姿。
 モビルなんちゃら、というものが、あったような、なかったような。
 黎と自身との露出度の差を考えたりしたら、急に恥ずかしくなった。あわあわ、挙動不審に視線が動く。
 と、その時、じゃわからすっとカードが差し出された。
「え?」
「お菓子のお礼なのですー!」
「あ、ありがとうございます」
 お手製の、可愛らしいカードと。
 小袋。
「袋の中身はおみくじなのですよー。是非見てほしいのです!」
 じゃわが、得意げに胸を張って、その勢いで黎の手の上を転がった。
 可愛いなあ、と思いながら、おみくじを開く。
「はっぴー、はろうぃん?」
 するとそこには可愛らしい文字が踊っていた。
「ぱんぱかぱーん! おおあたりなのですよー!」
 じゃわの声が、響く。
 大当たり??
 きょとんとするみことの傍に、黎が寄り。
「差し上げましょう」
 珍しい色の、薔薇の花を差し出された。
「茶色い薔薇……?」
「『ホットチョコレート』という名前です」
 初めて聞く名前だ。
 お菓子だと思い込んでしまいそうな、甘い甘い、花の名前。
「我が育てていたものが、丁度秋季咲きしていたので持ってきました」
「綺麗ですね。……頂いて、いいんですか?」
「ええ。けれど、ただ差し上げるのでは芸がない」
 言うと、黎は薔薇の棘を一つ一つ取り除いた。手慣れた様子で、洗練された所作で。
 それから、「失礼」と声をかけられて。
 手が、みことの髪に触れる。
「あ……」
「いかがでしょう?」
 髪に、ホットチョコレートが挿されて。
 ふわり、鼻孔に届く薔薇の香り。
 かすかだけれど、しっかりはっきり。
 甘い匂いが、身体を包む。
「ハッピーハロウィン。良い一日になりますように」
「は、はい……」
 黎は一礼して、飛び跳ねていったじゃわを追いかけていき。
 みことはただそれを、ぽやりとした目で見つめるのだった。


*...***...*


 リビングに通されてまず目に入ったのは、ぽわーっとした表情で立っている姫宮 みことだった。
「とりっくおあとりーと。みことさん、どうしたのー?」
 ハロウィンの常套句を口ずさみながら、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)がみことの肩をぽんと叩く。と、びくりと肩を跳ねさせて、みことがレティシアを見た。
「レ、レティシアさん」
 正面からみことを見て、気付く。
「あれ? その薔薇、綺麗やねぇ。似合うよ〜」
 チョコレート色の、珍しい薔薇が頭の横で揺れていた。ほのかに薔薇の香りがするし、綺麗な色艶をしているので造花などではないだろう。
 薔薇を褒めると、またみことが顔を赤くして硬直した。どうやら薔薇に関して何かがあったらしい。
 ――これじゃ、トリックもトリートもできないねぇ。
 せっかく見つけた友人の顔だけど、話すことは早々に諦めて。
 レティシアは、銀トレイの上に乗せた蒸籠の中から桃まんをひとつ取り出して、みことの手に乗せた。
「あちきはレティのところに行ってくるねぇ」
 ひらひら、手を振って。
 レティーシアと話し込んでいるミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の許へ、向かった。


「はぁ……トリックオアパンツ、ですか」
「大変な目に遭うところでしたわ」
 何か困ったことはなかったか、ハプニングなどが起こらなかったか。
 レティーシアに問いかけたら、そんなことが起こったと言う。トリックオアパンツ。いたずらされるか、パンツを寄越すか。中々に困らせてくれる問いだ。
「死守できたようで何よりです。では、私からトリック・オア・トリート」
 す、と手を差し出すと、レティーシアが「ふふ」と微笑んだ。
「自身作ですわ」
 そして、可愛らしくラッピングされた小袋を渡される。
 中身は何だろう。クッキー? プチシュー? 楽しみでしょうがない。
「ハッピーハロウィン」
 微笑んだところで、
「とりっくおあとりーと〜」
 レティシアのほやほやとした声。
「ふふ。用意してありますわよ」
 ミスティに渡したのと同じように、袋が色違いのそれをレティシアにも渡す。
「はっぴーはろうぃん! ……あれ、ミスティとは色違いなんですねぇ。中身、違ったりします? 愛情度の違い、とか」
 からかうような調子でレティシアが言うと、
「ありません。全て平等ですわ」
 ぴし、と人差し指を立てて、先生が生徒に教えるような態度でレティーシア。
 なんだかそのやりとりが可愛らしくて面白くて、笑ってしまった。ふたりのきょとん、とした目がミスティに向く。
「あ、いえ、すみません」
「まぁ、別に。笑えるなら楽しんでもらえてるということですし。
 ……ところでお二人は、中華な感じなのですね」
 レティーシアに言われ、ミスティとレティシアは顔を見合わせた。
 レティシアが、白地に鳳凰柄のロングチャイナ。胸元を大きく開き、豊かな胸を強調している、刺激の強いもの。
 対して、ミスティは真っ赤な薔薇が特徴的なミニチャイナを身に纏い、健康的で美しい脚線美を惜しげなく晒す。
「対照的ですよねぇ。結構、良い感じかなあって思ってるんですけど、どうです? 似合います?」
 レティシアが、自分でも気付かぬうちに胸を寄せるようにしてレティーシアに笑いかける。
 目のやり場に困って、レティーシアはそっぽを向いて。
「まぁ、良いのではありません? ……少々、露出が過ぎるかと思いますけれど」
 なんて言う。
「?」
 疑問符を浮かべたレティシアに苦笑して、今度こういうパーティがあるなら、ストールなどの羽織り物を用意しましょうね、とミスティが頭に留めたところで。
「そうだ。わたくし、まだ例の言葉を、と言っていませんの」
 思いついたように、レティーシア。
「例の言葉?」
「ふふ。トリック・オア・トリート! ですわ!」
 得意げに笑われたりしたら。
 とっておきのお菓子を贈らなくては。
「ハッピーハロウィン!」
 ミスティからは、月餅を。
 レティシアからは、桃まんを。
 受け取ったレティーシアが、嬉しそうに笑った。