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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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第16章


「3号機搭乗員は誰だ?」
 ダリルが手を挙げると、ひな壇に座っていたノア・サフィルスは立ち上がり、ダリルの方に駆け寄った。
「3号機のやつらに伝えてくれ。
 『赤道下の観測基地を全部壊す』。それだけ言えば、みんな分かってくれるはずだ」
 ノアは頷くと、忘れる前に、「精神感応」を使って火村加夜に呼びかけた。
(加夜、加夜。かんせーのお兄さんがね、「せきどーかのかんそくきちをぜんぶこわす」だって。コレで何言ってるか分かる?)
(大丈夫ですよ……うん、ちゃんと伝えたましたわ)
(じゃあ、今からそっち行くね?)
(! ダメですよ、宇宙はとっても危ない所なんですから!)
(でもボク、いちごーきに乗ってる人たちが、さっき話し合っての聞いちゃったんだ。
 コワいものをコワいままにしておいたら、ずっとコワいままだって。コワくないようにするには、コワいものに立ち向かわなきゃって。
 ボク、臆病者のままじゃイヤだ!)
(ダメです、ノアはそこにいなさい! ……え? その、ノアが言う事を聞いてくれなくて……自分も乗るって……危ないのに……)
 不意に、操作盤のインターホンが鳴った。ダリルは操作盤の通話スイッチを押すと、マイクに向かって怒鳴りつけた。
「どういうつもりだ、3号機! 1号機同様、管制との通信は禁止だと言っておいたはずだ!」
「3号機、アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)。まだ飛び立ってないんだからいいじゃねーか。
 それより、ボウヤはまだそこにいるのか?」
「……お前に用だそうだ」
 ダリルはマイクをノアに向けた。
「……えと、ノアです」
「こちら3号機のアストライトだ。さっさと来い、じゃなきゃ地球に置いていくぞ!」
「……はい! 今行きます!」
 ノアはマイクをダリルに返すと、お辞儀をしてから管制室を飛び出した。背後から何人かの声が追いかけてきた。
 廊下を走る。「1号機」「2号機」、そんな貼り紙がされたドアの向こうに、「3号機」貼り紙が見えた。
 ドアを開けると、火村加夜が操縦室のアストライトに詰め寄っている所だった。
「……勝手に話を進めないで下さい。何考えているんですか!?」
「おいおい、せっかくボウヤがいっぱしの男になろうとしてるんだ。止めるってのはないだろう?」
「けど……!」
「お前さんはずいぶんとあのボウヤを可愛がっちゃいるようだがな、時には離れた所から見守って、やりたいようにさせる、ってのも大事なんじゃねぇのか?」
「同感だね」
 同じく操縦席に着いていた如月正悟が、頷いた。
「昨日は巨大校長にビービー泣きわめいていたのが、負けるもんか、って奮起しているんだ。そういう気持ちは尊重すべきだ。
 第一、俺達3号機の仕事は戦闘じゃない。3機の中じゃ一番安全だ――っと、主役が来たね」
 如月正悟が操縦室入り口のノアに気づき、手を振った。
「よく来たね、ボウヤ。歓迎するよ」
「ノアっつったな、気に入ったぜ。特等席が空いてる、お前はここに座れ」
 アストライトは空いている操縦席を指さした。
「ただ、並んでいるスイッチとかレバーとかには触るなよ? 触っていいのは、パネルに出ている水晶玉だけだ。
 言う事聞かないと、このコワーいお姉ちゃんの所にお前を突っ返しちまうぞ?」
「加夜の事悪く言わないで! 加夜は優しくて、怖くなんかないんだから!」
「おうおう、テメェの女の為に腹立てるなんて、将来有望じゃねぇか。こいつは磨けばいい男になるぞ、楽しみだな?」
「? 加夜、『てめーのおんな』って何?」
「あぁ、まず最初に『オンナ』ってのはな……」
「ノアに変な事吹き込まないで下さい!」
「はいはい、そこまで!」
 ぱんぱん、と動力席で七尾蒼也が手を鳴らした。
「そこ、漫才は終わりにしようぜ? ぶっ壊すもんぶっ壊して、とっとと宇宙のお宝回収して帰ろうじゃないか」
「……加夜、加夜。ボク、かんせーしつ出る時に『ぐっどらっく』って言われたんだけど、あれってどういう意味なの?」
「戦場に向かう男にかけられる、最高の言葉だよ」
 アストライトは答えた。

 ノアが操縦室に飛び込んでから数分後、「OvAz」3号機は飛び立った。
 搭乗員は次の通り。
    アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる) 操縦
    如月 正悟(きさらぎ・しょうご) 操縦
    七尾 蒼也(ななお・そうや) 動力
    四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの) 動力
    霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね) 動力
    火村 加夜(ひむら・かや) 動力
    ノア・サフィルス(のあ・さふぃるす) 動力(座席は操縦席)
 1号機と同じく、全身にフェライト塗装を施した灰色のズン胴デルタ飛行機は、やはり同じようにパラミタ大陸を西に出て低空飛行に入る。
 そして、赤道上を突き抜けながら、近辺にある観測基地をシンベルミネの「サンダーブラスト」で手当たり次第に破壊していった。
「『光条兵器』のトンファーブーメランは使えなかったか……まぁ、『OvAz』にはモノ持ったり投げたりする腕とか、ねぇしなぁ」
 操縦席のアストライトはボヤいた。
 ――ダリル達管制メンバーによる迎撃衛星コントロールの解析及び、通信傍受の追跡はほぼ終了した。
 解析の結果、個々の「統制」「指示中継」担当の迎撃衛星に対し、行動パターン修正の指示を出しているのはコントロール中枢だと判明した。
 ダリルたち管制メンバーは、コントロール中枢の乗っ取りを何度か試みたが、中枢部の防御は堅牢だった。
「宇宙で作戦行動を展開している「OvAz」の安全を蒼穹に確保するには、コントロールの確保ではなく、物理的な破壊が必要」
 その判断が下された後、観測衛星からの情報回線の流れを追跡・解析したら、赤道上に並ぶ観測基地のアンテナから、赤道上の通信衛星に向けて「OvAz」の現在位置や予想航行ルートの情報、迎撃衛星への命令が飛んでいる事が判明した。
 さらに注意深く調べていくと、迎撃衛星群への総合的なコントロールは、赤道上の観測基地が負荷を分散させて行っている事が分かった。
 様々な方面に、何重もの防御策が備えられていた。が、方針が明確になり、場所が判明してしまえば、後は全て壊していけば良い――
 数分足らずで地球を一周した「OvAz」3号機は、1号機と同じように夜の側に入ると、機首を直上に向け、加速した。
 目指すは高度3万9000キロ上空――
 探査船〈迷子ちゃん〉の周回軌道である。

 管制席から、ダリルが立ち上がった。
「……後は頼む。少し休ませてくれ」
 そう言うと、彼はひな壇の最下段に身を横たえた。
 ほどなくして寝息を立て始めたダリルを見て、「お疲れ様」とルカルカは呼びかけた。
 今日のフライトの準備で、彼は昨夜全く寝ていなかったのだ。
 ――「OvAz」3機と、地上管制とを連携させた作戦計画の立案。
 ――2号機は囮、1号機は指揮系統の寸断、3号機は〈迷子ちゃん〉回収と、各機体の役割を明確にした作戦のシミュレーション。
 ――地球全土の観測衛星にダミー情報をバラまくためのプログラム作成。
 ――情報傍受の回線のルートを追跡する為のプログラム作成。
 ――情報防壁突破ための各種ハッキングツールの作成。
 無論、それをひとりでやったというわけではない。「防衛計画」に長けた天貴彩羽や「軍事訓練」に通じた野武やルカルカ、「スーパーコンピューター」に習熟したエースや如月正悟が作業に協力したが、全部の作業の管理やとりまとめ、すりあわせはダリルの不眠の努力による所が大きい。
「ダリル・ガイザック、か……」
 精根尽き果て、今は眠っている男の姿を見てボソリと洩らした。
「何だよ、あの変態的技術力は……俺達はつくづくとんでもない男を味方に持ったもんだぜ」
「私は今、天の与えた巡り合わせに感謝している事があるんですよ」
 エオリアは、溜息をつきながらメルカトル地図上の各種ウィンドゥを見た。
「あの人を敵に回さなくて、本当に良かった。さすがはダリル・ガイザック……恐るべき男です」

 迎撃衛星のコントロール中枢は物理的に破壊された。
 地球上空の迎撃衛星群の連携は完全に瓦解。
 探査船〈迷子ちゃん〉はまだ回収されていないが、「OvAz」3号機が「夜」側の高度39000kmで合流の時を待っている。
 大勢は決したかに見えた。
 が、それでも
 だが――

 宇宙の片隅に浮かぶ人工衛星の中で、ひとつの条件が整った。
 コントロール中枢から定期的に送られる信号の停止と、人工衛星側からコントロールに向けられた確認信号に対する反応の途絶。
 その状態の、一定時間の経過。
 人工衛星のシステムは、コントロールが完全に破壊されたと判断し、己に与えられた唯一の、最初で最後の攻撃手段を解放した。
 ボディのあちこちに火花が散り、バラバラに分解されていく。
 分解された構成パーツの中に浮かぶのは、ズン胴デルタ型の飛行機の姿だ。
 機体前面の窓の奥に、微かに光が明滅した。
 人工衛星の中から現れた仮想宇宙内4機目の「OvAz」は、漆黒の彼方の戦場に向かい、機体を加速させた。

 不眠不休で作業を進めた管制メンバーを責めるのは酷だろう。
 彼らは衛星群のコントロール解析や破壊に全力を傾けた結果、星の数ほどの迎撃衛星に対して個々に詳細な確認が出来なかった。
 限られた時間、人手では、どうしても限界は出てくる。