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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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第3章 昼の裏山

 太陽はすでに天頂へ昇り、暖かい光を注いでいる。
 さらさら水の流るる小川には、はらりはらりと舞い散る紅葉。
 落ちた公孫樹の絨毯を歩けば、かさかさ楽しい音が鳴る。

「今日の修行内容は、忍者八門といわれる必修科目の復習ですって〜」
「骨法術は相手の攻撃を無力化させるほか、少ない動作で急所に打撃を与える。
 ……ま、忍者には基本の体術だな」
「鴉曰く、当身技が主体の古武道の一つですってぇ」
「なるほど、忍は古武道も身につけなければならないのですね」

 房姫の興味に合わせて、蒼灯 鴉(そうひ・からす)は忍術を解説していた。
 動作と、師王 アスカ(しおう・あすか)の合いの手を交えつつ、できるだけ分かりやすく話しているつもり。

「あら、ゲイル、順調ですか?」
「えぇ、午前のメニューは無事に終わりました。
 そろそろお昼にしようかと思っていたのですが……これは?」

 ゲイルが示したのは、地面に並べられた忍者道具の数々だ。
 房姫のためにと、鴉が1つひとつ説明をしていたのである。

「ゲイル、昼食前に一勝負しねぇか?
 骨法術について教えてたんだが、1人でやっても仕方ねえだろ?
 来い、相手してやる」
「構わぬが……生半可では、私には勝てぬぞ?」
「安心しろ、俺もできる……」

 誘い文句は挑発へと変わり、ゲイルの闘争心に火をつけた。
 静かに眉をひそめると、ゆらぁっと消えた気配。
 追って鴉も大地を蹴ると、すかさず攻撃を封じにかかる。
 ゲイルの右肘を押さえて死角から拳を放つも、上手くすり抜けられたうえ距離をとられてしまった。

「2人ともすごいなぁ……動きに無駄がないわ〜でも、いつになったら本気出すのかしらぁ?」

 スケッチブックの上で、アスカは素早くペンを走らせる。
 鴉とゲイルの動きを眼で追い、捉えられるかぎりでラフにスケッチをとっていた。

「う〜ん、このお茶菓子美味しいわね!
 房姫ちゃんもどう?」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて……美味ですわ」
「よかった!
 アスカ〜……って、すっかり集中してるわね」

 試合を余所に、オルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)は房姫とお茶の真っ最中。
 ちょっと濃いめのお抹茶と、秋をモチーフにしたお茶うけに、房姫も満足の笑顔をみせる。
 パートナーにも……とオルベールは名を呼ぶも、それどころではなさそうだ。

「しっかし、房姫ちゃんのお肌綺麗ね〜なんか秘訣でもあるのかしら?」
「きゃっ!」
「あら可愛い♪」

 湯飲みを置くと、房姫の横顔に眺めいるオルベール。
 思わず頬をつついてみると、柔らかいぷにぷにした感触とともに、照れた表情が返ってきた。

「ちっ……」
(動きは悪くないが……こいつ手を抜いてやがる!
 俺も舐められたもんだな……)
「九鬼神滅流……狂い桜」

 接近してはまた離れて隠れて……軽く舌打ち、鴉は憤る。
 太刀を構え直すと、殺気をこめた連撃を繰り出した。 

「あ、鴉が構えを変えた!
 あれは……やばい、鴉怒ってるわ〜」

 異変に気づき、道具を手放して地を蹴ったアスカ。
 ゲイルが危険にさらされると、判断したのだ。

(眼の色変わったな……浴びせ蹴りでひるんだ奴の懐に入り込み喉を……)
「駄目っ!」
「うお!?」

 次の次の手を考えていた鴉のわきから、めいっぱいのスピードでアスカが突っ込む。
 抱きついたまま、その場に倒れ、転がった。

「お前、危ねえだろ!」
「鴉の馬鹿、なにも暗殺術使う必要ないでしょ〜?
 決闘じゃないんだからぁ、ね?」
「う……悪かったな」
「ゲイルくんも鴉相手に手を抜いちゃ……」

 鴉をいさめてアスカは、ゲイルの方を向いた……ところで。

「か、かっこいい〜!」

 先の鴉の一撃は、ゲイルの口当てをばっさりと切断していた。
 素顔を視てしまったアスカはゲイルにつめ寄ると、がしっと両手を握りしめる。

「ゲイルくん、私の絵のモデルにならない!?」
「へ!?」
「少しでいいのよ!
 絵のモデルになってくれたら甘味をおごるから〜」
「なっ、それはまことか!?」
「房姫ちゃんと並んで描かせてもらえれば一石二ちょ……痛っ!」

 甘い文句でゲイルをスカウトにかかるアスカだったが、後頭部に鈍い痛みが走った。
 振り返ると、不機嫌マックスな鴉の顔が。

「あれ?
 鴉、怒ってる……?」
「ふん、怒ってないさ……あまりにもアスカが勝手だから。
 さっきのことはゲイルにも謝るが、一応動きの癖を指摘しておく」
「それはかたじけない、助かるな」

 ゲイルへの嫉妬からか、アスカを遠ざけて。
 こと細かく、先ほどの試合でのゲイルの動きについて鴉は意見を述べた。

「房姫ちゃんって神子なんでしょ?
 正直……そんな力を持ってたらいろいろと不便だったんじゃない??
 辛くなかったの?」
「え……そう、ですね」
「あ、ごめんなさい」
(なんて軽い問いかけ……自分で言っておきながらあきれるわ。
 辛くないはずがないのに……『あの子』はどんな気持ちだったのかしら)
「それが私の、宿命ですから、辛いと思ったことはありません」
「ありがとう」
(あの子と房姫ちゃんの境遇は似ている……)

 過去の『あの子』を想い出し、オルベールはその問いを口にしてしまった。
 ただ房姫のいさぎよい台詞に救われた気がして……房姫の頭をそっと、撫でていた。

「お前という奴は……おいゲイル、お前も忍者なら元同業者に気づきやがれ……」
「なにを言うか、最初から気づいていたさ。
 ただ勘が戻るまでと思い、手加減していただけのこと」
「ちっ、やっぱり舐められたもんだぜ」

 こちらの険悪ムードは一変……話しているあいだに、揃って笑みを浮かべていた2人。
 オルベールと房姫に迎えられ、仲よくお抹茶と茶菓子をいただいた。
 あ。
 アスカはちゃっかりゲイルと房姫の姿をスケッチブックに納めて、来週の休みに甘味をごちそうする約束をしたのだった。

「皆さんお疲れのようですなあ……そろそろお昼休憩でもいかがですかねぇ!」

 上流の方向から籠を担いで現れたのは、海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)
 小川は、午前中に『惨事』の起きた滝壺へと合流し、湖のように大きな円を描く。
 ちなみに、湖の水は澄んでおり、そのまま飲んでも支障はない。
 紅や黄金の浮かぶ水辺は、休憩するのにもってこいの場所でもあった。

「上流にウナギがいたんでとってきましたぜ、これで精をつけてがんばってください……え?」
「わざわざ上流まで行ってくださったのですか、道が悪くて大変でしたでしょうに」
「そうなんですよ、なんで滝を泳いでさかのぼってきちゃいましたぁ」

 修行者達の前に下ろされた籠のなかでは、ウナギやほかにもたくさんの魚がうごめいている。
 房姫の心配を受けての返答は、誰も予想していなかった言葉で。

「俺、泳ぎは得意中の得意なんですよ。
 この湖にも魚がいるんじゃないかなぁ、ちょっくら潜ってきますわ!」

 皆が唖然としているあいだに、海豹仮面は湖へと旅立ってしまった。
 残された面々は、かまどを組み、ありがたく魚をちょうだいすることに。

「湖にも美味しそうな魚がいましたぜ!」
「おぉ、活きがよくて美味しそうであるな」
「皆さん、たくさん食べて修行がんばってください」

 ちょうどよい火加減になった頃、海豹仮面が水面へと顔を出した。
 陸地へと投げあげられる魚に、わくわくを隠せないゲイル。
 皆が準備していたお弁当やおにぎりも拡げて、総勢38名での昼食会である。

「ささ、白姫くんもどうぞ」
「ありがとうございます、海豹仮面さま」

 ほどよく焼けた魚を受けとり、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は礼を述べた。
 海豹仮面はというと、別の人へ魚を配りに行った模様。
 調理者になると、なかなか落ち着けないのが常である。

「房姫さま、お隣よろしゅうございますか?」
「えぇ、どうぞ」

 腰を下ろして白姫は、早速あつあつの魚をほおばった。
 同じく房姫も、箸でほぐした身を口に運ぶ。

「美味しいですね、白姫さん」
「えぇ、焼き加減が絶妙でございます」
「ですが白姫さん、なぜそのように浮かぬ顔をしていらっしゃるのですか?」
「あ……ふふふ、房姫さまにはかないませんわ」

 ほかの者が視ても、きっと気づかぬくらいのくもり顔。
 あえて房姫は、白姫に訊ねたのである。

「このところ、シャンバラは女王様がさらわれ、イコンなどという巨大な兵器が闊歩する戦乱の道を進んでいるのでございます。
 明倫館は、葦原藩はどこへ向かっていくのでございましょう。
 こんなのんびりとした世界に、なぜ世界はむかわないのでございましょう。
 ……最近、ずっとこのようなことばかり考えてしまうのでございます。
 白姫にできることはなんでございましょうや、と」
「まぁ、そうでしたか……」
「すみません、房姫さま。
 白姫、房姫さまの気晴らしをお手伝いしたく参上いたしましたのに、これではまったくの逆効果でございますね」
「いえ、あなたのように葦原の未来を真剣に考えてくださっている方の存在は、なにより嬉しいことです。
 世界の行く末は、あなた方コントラクターの導くがまま、だと思います。
 のんびりとした世界を多くの人が望めば、あるいは」
「房姫さま……ありがとう、ございます」
「食事が終わりましたら、あたりを散策でもいたしましょう、ね」
「はい……」

 ほろほろと頬を伝う雫を、優しくぬぐいとる房姫。
 期待と不安を胸に、その場にいる全員の顔を見渡した。

***

「さて、午後もはりきりますかな」
「あの、ゲイル殿っ!
 あたしも修行をつけてもらいたいです!」
(……男の人は怖いけど……)

 昼食の後片づけまでを終え、修行に戻ろうとするゲイル。
 呼び止めたのは、男性に苦手意識を持つ土雲 葉莉(つちくも・はり)だった。
 身体全体が、ぶるぶると小刻みに震えている。

「ゲ、ゲイル殿、ご主人さまを守るため、修行につきあってもらうです!」
「まぁ、葉莉ったらなんてことを。
 人を指してはいけません、失礼でございましょう」
「はうっ、ご、ごめんなさいです」

 びしっと人差し指でもって、ゲイルを真正面から指した葉莉。
 白姫にたしなめられてしゅんとうなだれる、素直で可憐な女の子である。

「模擬戦形式ということで、特にルールはいりませんかな?」
「だっ、大丈夫、です!」
「分かりました……さぁ、どこからでもかかってきなさい!」

 ゲイルの質問に答えるあいだも、なかなか慣れることはできず。
 ついに、決戦の火ぶたが切って落とされた。

「ネネ、ココ、行きますよ!」

 2体の『忍犬』とともに、ゲイル目指して跳び駆ける。
 土雲流忍術でみずからの行方をくらまし、音々(ネネ)と呼々(ココ)を囮に攻撃をしかける葉莉。
 【超感覚】でゲイルの気配を察知して、不意打ちにも挑戦する。

「ほっ!」
「ひょ、ひょぇ〜」

 岩陰から飛び出した刹那、足下にくないを打ち込まれてつまずいたり。
 まきびしを避けようと跳躍したのに、着地に失敗してずっこけたり。
 失敗ばかり……だが、基礎はあるようだとゲイルも感心する。

「おーすごいですなあ、これが忍者ですか。
 我が海豹村にぜひとも欲しい逸材ですなあ」
「ふふ、でしたら海豹仮面さまが忍者になられてはいかがでございましょう?」
「それはよいですね、葦原明倫館は『来る者拒まず』ですよ」
「ありがとうございます、考えておきますねぇ」

 昼食時の縁で、姫’sと一緒にお茶をしていた海豹仮面。
 少し甘めのお抹茶を飲みながら、のほほんとした時間を過ごしていた。

「お、やっと見つけました」
「配送依頼があって房姫のところまで来てみたが……修行の見学中か」
「あら、こんなところまでご苦労さまです」

 模擬戦を終え、葉莉とゲイルもちょっと休憩。
 お抹茶もそこそこに、ゲイルから葉莉へとアドバイスをしていると。
 川を挟んで向こう側に、ミハエル・アンツォン(みはえる・あんつぉん)橘 恭司(たちばな・きょうじ)が現れた。
 どうやら、房姫へ荷物を届けにきたらしい。

「ではこちらに印鑑を……」
「印鑑、ですか。
 すみません、明倫館まで帰らなければ……」
「ああ、印鑑がなければサインでも結構ですよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「いえいえ、確かにお渡ししましたよ」
「せっかくですし、少し休んでいかれませんか?」
「……お茶を我々にふるまってくださるのですか?
 ありがたくちょうだいします」

 荷物の引き渡しを終えたミハエルと恭司に、房姫は声をかけた。
 わざわざ来させたのだ、なにもせず帰すのも気が引けるというもの。
 2人分の茶碗にお抹茶を点てると、今度は房姫からのお届けものを贈る。

「いただきます……さすがは房姫、これまで飲んだどのお茶よりも美味しいな」
「では私も、いただきます」
「さて、配送も終わったし……ちょっと体動かすかな。
 あぁそこのニンジャくん、少しつき合ってくれないか?」
「む……まぁ、別に構わぬが」
「なに、軽く流すだけさ……軽く……な。
 よし、ミハエル、ちょっと鎧になってくれ」
「実戦形式の訓練ですか……では、魔鎧躍進」
「暗器の使用はなし、近接戦をメインにやり合ってみようか?」
「どちらもお疲れでしょうに……せめて、体力だけでも回復してさしあげましょう」

 房姫の治癒魔法を受けて、全快した恭司とゲイル。
 落ちる木の葉を合図に、まずは互いに初撃をかわす。

「ニンジャか……珍妙奇天烈な噂ばかり聞くが」
「はい……」

 そうしてまた2人、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が歩み寄ってきた。
 まとうのはお茶ではなく、珈琲の香りである。

「体さばきや修行風景を、珈琲でも飲みながら観察させてもらおう」
(脳休めだ、休暇と思って終わりまでつき合ってやろう)
「どうぞ、イーオン」
「ありがとう、セルウィー。
 日本茶も嫌いではないが、やはり愛着ある珈琲の薫りが捨てがたいな」
「房姫さま、珈琲はいかがですか?」
「ありがとうございます、いただきますわ」

 座り込んだイーオンだが、関心はすでにゲイルと恭司の試合を向いていた。
 自身の持つ、ちょっと偏ったファンタジックな『ニンジャ』の知識と、眼前の『忍者』を、ぜひ比較してみたい。
 持参していた豆でもってセルウィーに珈琲を淹れさせ、優雅にティータイムと洒落込もうではないか。

「珈琲、お好きでしょうか?」
「あのっ、お砂糖入れたら飲めますっ!」
「よかったですわ、それではお淹れしますね。
 珈琲の嫌いでない者には馳走してやれ、とのイーオンの言葉を受けておりますので」
「わ〜い、ありがとうです」
「熱いので気をつけてくださいね……あなたは、珈琲お好きでしょうか?」
「ほぅ……」
(この方……表情は薄いですが、はしばしに思いやりが見えますね)

 訊ねられ、遠慮なく素直に答える葉莉。
 砂糖とミルクを入れてかき混ぜれば、甘い香りが一面に漂う。
 葉莉に渡されたカップに巻かれたハンカチを認め、房姫は口許を緩めた。

「うん、美味しいですね」
「ありがとうございます」
「笑顔も可愛いですわね」
「っ……あっ、あの、お代わりいかがですか?」

 房姫の感想にセルウィーは、それと分かるか分からないか、ほんの少しだけ微笑む。
 耳許でささやかれた思わぬ返しに、動揺を隠して訊ねるのであった。

「しかし、ゲイル殿はなかなかよい動きをしますねぇ」
「いや、私などまだまだであるよ」
「お疲れさまでした、珈琲はいかがでしょうか?」

 試合後、互いを評し合うミハエルとゲイル。
 セルウィーに珈琲を淹れてもらって、軽く乾杯する。
 そういえばだんだんと、お茶を飲む輪が広がっていった昼下がり。
 皆は修行もそこそこに、まったりと談笑を楽しんだ。