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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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葦原明倫館の休日~真田佐保&ゲイル・フォード篇

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第5章 昼の城下

 昼食どきとあって、飲食店は多くのお客さんで賑っている。
 この状況を逆手にとり、比較的すいている着物や小物の店を見てまわることに。

「あ、そうや!
 もしよかったらあの店に寄ってもええかな?
 俺のこの服もあそこで仕立ててもらったんやけど、妹の服もお願いしてきたいねん」
「うむ、よいのではないかのう」

 ハイナの許可を得て、いっそう張りきった様子の日下部 社(くさかべ・やしろ)
 転校を機に自身の服を仕立てたのだが、これがまたえらくかっこよくて似合っているときた。
 可愛い妹の服も、信頼できる店にお願いしたいと思ったのである。

「えーと、ハイナさん。
 オレたちもついていっていいかな?
 道が複雑で気を抜くと迷っちゃいそうなんだよ」
「構わぬぞ、仲間は多いほど楽しいでありんす」

 そんな会話を聞きつけてか、四谷 大助(しや・だいすけ)が申し出た。
 しかし、顔が見えない……すごい量の荷物を抱えている。

「俺は日下部社や、社って呼んでや!」
「よろしく、四谷大助だ」
「大助な、オッケー!
 しかしそれ、前は見えとるんか?」
「おぉっ!
 ありがとう社、よく訊いてくれたぜ!」

 社の問いかけに、荷物のわきから顔を出して大助は、悲しそうな困惑したような、複雑な表情をしてみせた。

「こいつらがやたら買い物してな、オレに荷物を全部押しつけやがったんだよ!
 ……こんなに買っておいて、なにか言うことはないのかよ!
 というかお前らも少しは持て!」
「葦原って素敵だわ〜やっぱり都会とは違うわね、街中なのに空気がおいしいもの!」
「マスター、あれはなんなのですかー?」
「駄目だこいつら……オレ、もう泣きたい」
「俺も手伝ったろうか?」
「ちーちゃんも持つよ!?」
「ありがとう、出会ったばかりのオレにそんな……でもその気持ちだけで充分だぜ……!」

 大助の申し立ては、なかったこととして虚空に消える。
 グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)四谷 七乃(しや・ななの)も、大助のことなんてほったらかし。
 社と日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)の心遣いが、とても温かく感じられた。

「ねえ大助、着物ってどこで売ってるのかしら?」
「これから行くでござる、一緒に来ればよいでござるよ!」

 グリムゲーテに答えた佐保が先導して、到着したのは呉服屋『四季谷堂』。
 風格ある高級な着物から、若者に人気の安価でカラフルな着物まで、幅広くとりあつかっている人気店だ。
 単色だけでなく、綺麗なグラデーションの反物も多数とり揃えていること、社のようにオーダーメイドで服を仕立てられることも、人気の要因であろう。
 ちなみに、身につけると空を飛んでいるような気分になれる『天女の羽衣』なる商品も販売しているとか。
 まぁあくまでも『気分』なので、『飛べなかった』なんて苦情を言いに来ないでね。

「ハイナさま、よかったら一緒に生地を選んだりしてくれへんかな?」
「この娘子に似合う生地をのう……まぁよかろうて、妾のセンスに任せるでありんす!」
「ミーも選ぶヨ、面白そうネ!」
「拙者も、微力ながら助太刀いたすでござるよ!」

 社のお願いを快諾したハイナに、ティファニーと佐保も千尋の着物を仕立てるための反物を選んでくれることに。
 まずはじ〜っと、みんなで千尋を観察してみよう。

「ふむ、相変わらず可愛いでありんす」
「可愛さと元気さを全面に出せるような明るい色がいいネ……天色から桃花色へのグラデーションなんてどうカナ!」
「裾には花模様が欲しいでござる、千尋ちゃんに似合う花は……菜の花なんてどうでござろう。
 菜の花には?快活さ?とか?元気?という花言葉があるのでござるよ」
「茎は入れず、菜の花色で花の形を散らすのがよいと思うのじゃが……」
「幸運を呼ぶ四つ葉のクローバーに見立てて、花のうち裾の両端に入れる2つだけを萌黄にするネ!」
「あ、ちなみに形は、膝上までのミニスカ着物をおすすめするでござる。
 まだまだ元気なお年頃、あまり長いと走り回ったりできぬでござるからね」
「とすると、足は黒紅やら紫黒のレギンスでぴしっときめて、ヒールのないショートブーツあたりでどうかのう?」
「ブーツの色は、蜜柑色、黄櫨染……柿茶なんてのも捨てがたいネ!」

 女性3人の脳内変換により、千尋に彩色がなされていく。
 ちなみにこの配色、気づけば、社の着物の同系色を下から上へとなぞっていたり。
 まったくこれっぽっちも意図していなかったのだが、色とは不思議なものである。

「ということで、全体像は決まったでありんす。
 あとは店主に採寸してもらって、できあがりを待つがよかろうて」
「3人とも、おおきに!」
「わーい♪
 ちーちゃん、早く新しい服着たーい♪」

 寸法を測っているあいだも、キャッキャと楽しそうな千尋。
 もしかして、くすぐったかったりするのかも?

「やっぱ和服ってええよね♪
 洋服とは違うお洒落感もあるし、雰囲気変わるよな♪
 あ、そういえば総奉行はいつも和服やけど洋服は着るん?」
「パラミタにいるときは着ないでありんすよ」

 待っているあいだ、社はハイナと談笑する。
 佐保とティファニーはもう1つ、千尋から内緒で頼まれた帽子の生地の選定中。
 実は、ハイナは社を惹きつけておくための囮なのだ!
 かくして千尋に届けられたのは、撫子色を基調としたちりめん生地。
 どんな帽子ができあがるかは……うん、職人さんにお任せするとしよう。
 きっと、服と違和感のないデザインで仕上げてくれると信じてる。。。

「マスター!
 七乃もきもの、着てみたいです!」
「分かった、お店の人に訊いてみるから触るなよ!」

 薄くため息をもらしつつ、店主と交渉する大助。
 汚さなければ構わないと言われ、ハイナや店員の補助を受けながら着物を着てみた。

「わあー……キツ」

 しかし窮屈さに耐えられず……結果、七乃はすぐに着物を脱いでしまったのである。

「お土産に反物を買って帰ろう、お正月は皆で着物で迎えたいし」

 清泉 北都(いずみ・ほくと)は、並べられた反物を眼と手でもって吟味していた。
 見た目の柄や色はもちろん、肌触りも重要な要素である。

「僕はこれにしようかな……昶はどれがいい?」
「オレか!?
 いいよオレは、見ても価値なんか判らねぇし」
「価値はどうでもいいんだ……本人が気に入ったもの、それが1番だもの」

 自身のお気に入りを抱え、北都は白銀 昶(しろがね・あきら)に問うた。
 しかし興味がないととり合わないパートナーをなんとか説得し、1本の反物を選ばせた。
 さらに北都は、お留守番のパートナー達にも、反物を選ぼうとするのだが。

「ハイナさまや佐保さんにも意見を訊きたいな。
 詳しそうだし、センスいいからね」
「よかろう……妾が相談にのるのじゃ、大船に乗ったつもりでいるでありんす!」
「じゃあみんなの特徴を……髪の色とか性格とか、教えてもらえると選びやすいでござるよ!」

 ということで、店主も交えてちょっとした品評会。
 わいわいと、盛り上がりをみせるのであった。

「午前中まわったなかで、昶の興味がわいたのはどの店だったんだ?」
「ん〜1番は『鍛冶屋』だな!
 カンカン叩いて水にジューとか、見てて面白かったぜ!」
「確かにな、あれで刀ができるんだから、不思議なもんだよな」
「仕上がった刀が欲しかったけど、お土産に買うって値段じゃなかったんだ。
 いつか手に入れられる日がくればいいんだが」

 すっかり蚊帳の外となってしまった昶に、匡壱が話しかける。
 その右手は、しっかりとティファニーの服の裾を握っているのだが。

「和食もいろいろと食べたぜ、北都のおすすめをな!
 団子にお茶、甘酒、あと寿司の屋台にも行ったんだ!」
「おぉ、屋台に出会ったのカ!?
 あれは店主が気まぐれで運営しているから、なかなかお目にかかれないのダヨ!
 昶クン、貴重な体験をしたネ!」
「え、そうなのか!?
 そう言われるとなんか嬉しいな」
(北都と一緒ってだけで楽しいかったんだが、そんなオマケがあったとはな!)

 ティファニーが食いついた寿司屋『寿司の屋台』は、その名のとおり、寿司を提供する屋台である。
 新鮮な魚が入った日にしか営業をおこなわず、また店主の趣味が散歩ゆえに、日時や場所は不定期。
 城下一と名高い寿司を口にできるか否かは、完全に運任せなのである。

「北都殿が天鵞絨で昶殿が濃紅……青髪殿には灰青、銀髪殿には瑠璃紺で、黒髪殿には梅紫、これで揃ったでござるか?」
「ふむ、柄も渋いものから可愛いものまで、いろいろあって面白いのでありんす」
「ありがとうございます、きっとみんなも喜びます」
(昶も楽しそうだし、やっぱり一緒に来てよかったなぁ。
 パートナーのなかで1番年齢が近いし、僕にとって『お兄ちゃん』的な存在なんだよね)

 反物を無事に選び終わり、ハイナと佐保に礼を述べる北都。
 見やった先の嬉々とした声に、安堵にも似た感情をわかせるのだった。

「このお店、髪飾りとかもあるみたいだよー?
 房姫お姉ちゃんへのお土産にどうかな?」
「ふむ、それは名案でありんす。
 それでは妾が最高に綺麗な髪飾りを選んでしんぜよう……おっ、これなんてどうじゃ?」

 北都が留守番組に土産を購入していると聴き、千尋は房姫のことを想い出す。
 ハイナと一緒に選んだかんざしは、月白の足に翡翠をあしらった玉かんざし。

「えへへ〜房姫お姉ちゃん、つけてくれるかな?」
「うむ、これならばっちり似合うじゃろうて……帰ったら千尋から渡しておくれ」
「りょーかいっ!」
「お、なんや頼まれごとしたんか、よかったなぁ〜。
 服も楽しみやし……ちー、できあがったらまた来ような〜♪」

 ハイナからかんざしを渡されて千尋は、右手を高く挙げ、元気に返事をしてみせるのだった。

「へぇ、こんなのも売ってるのか……厄除けにでも買っとくかな」

 『破魔の矢キーホルダー』なるものを見つけ、大助は思わず手にとってみる。
 女難ならぬパートナー難を、これで祓える……といいな。。。

「ふんふんふ〜ん♪」
「ちょ、ちょっと、ティファニーさん、そんなところに勝手に行ったら迷子になるよ!」
(やっぱり……ティファニーさんのことだから、ハイナ総奉行がいてもそのまま落ち着いていられるはずないと思ってたんだよ。
 眼を離さなくてよかった)

 皆が土産を購入しているあいだに、ティファニーったら1人ふらふらと店を出てしまったよ!
 慌てて、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)が止めに走る。

「そこをどくネ、ミーは演劇場に行くのヨ!」
「待ってっ、行ってもいいけどいまは駄目っ!
 はぐれるからっ、さすがにヤバイからやめておきなさい……っ!」
(てか、こういうことをしているとなんだか小さい子を見てる保護者の気分なわけだが……まあこういうのは嫌いじゃないからいいか)

 踏み込んできたティファニーの背後にまわり、がしっと羽交い締めにした正悟。
 じたばたさせる手足があたり、思わず苦笑がもれる。

「落ち着いて、行くならみんなで行こう、ねっ!」
「もう待てないネ〜!
 早く行かないと始まるノ〜!」
「ティファニー、ティファニーっ!」
「ほら、ハイナ総奉行も呼んでるよ、ひとまず戻ろう!」
「うぅ〜ぅう〜」
「ティファニーっ!
 こっちで面白い催しものが行われているでありんすよ〜!」
「はっ、戻るのネ!
 急いでハイナのところへ戻るのネ!」
「っちょ、ちょっとっ、ティファニーさんっ!」

 ハイナの言葉を耳にして、急に身体の向きを変えるティファニー。
 引きずられる正悟が、なにやら災難である。

「ハイナっ!」
「む、ティファニー、遅いでござるよ〜勝手に動いちゃ駄目でござる!」
「っミーは悪くないネ!」
「まったく……おまえ、ティファニーを足止めしてくれたんだろう?
 すまんな、助かったぜ」
「いやまぁ……ティファニーさんが迷子にならなくてよかったよ」
「それでハイナ、『面白い催しもの』ってナニ!?」
「ほれ、もう始まっているでありんす」
「うわぁ……すごい!」

 ハイナ達は、城下の中心にある広場『城下の憩い』へと移動していた。
 茶屋にあるような、背もたれのない長椅子と大きな和傘が並べられているだけの、だだっ広い円形の空き地である。
 遅ればせ登場したティファニーと正悟は、示された不思議な出来事に眼を丸くする……蜜柑が宙に浮いた。
 一行の前の椅子に座っていた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、ぱちぱちと手をたたく。

「あ、総奉行さん達だ〜こんにちはー!」
 お出かけですか?」
「こんにちは。
 今日は天気がよいのでな、いろいろとお店をまわっておるのじゃよ」
「ボクは、夜くんが手品やってるからついてきたんだよ。
 夜くんすごいんだよー」

 話し声を聴き、氷雨は立ち上がってにっこりとお辞儀した。
 手品に感動する両眼は、このうえないくらいに輝いている。

「おや、そなたはこのあいだ、お菓子をごちそうしてくれた!」
「覚えててくれたんだ!
 ボクは鏡氷雨っていうんだよ、よろしくね!」
「真田佐保でござる、よろしく!
 へぇ、あの方はそなたの連れでござるか」
「うん、夜くん!
 ほんとは夜桜っていうんだけど、そう呼ぶと怒るの!」
「そうでござるか……では、拙者も夜殿とお呼びするでござる」 
「むむむむ……はいっ!」

 以前の縁もあり、年齢の近い佐保と盛り上がる氷雨。
 紹介された姫神 夜桜(ひめかみ・よざくら)はというと、氷雨が話しているあいだもトランプ手品を続けていた。

「ヒャッハー!
 ここはどうやら広場みてぇだ、分かるか、春?」
「へ〜っ、大きいねー!」
「んでありゃ奇術師か、ほぅ……へぇっ!」
「すごいねー!」

 上空では、マイト・オーバーウェルム(まいと・おーばーうぇるむ)嘉神 春(かこう・はる)の声が響き渡る。
 城下を1日でまわりきりたいと考えたマイトは、空を飛ぶことを思いついた。
 これならば飛行修行もかねられるからと、春を誘って繰り出したのである。
 いまはとりあえず、2人とも手品に夢中な模様。

「そろそろ終わりにしようかな……さぁ皆さん!
 この大きな箱、空っぽなことを確認してくださいね!」
「おぉ、確かになにも入ってないのネ!」
「1・2・3!」

 ティファニーの声を聴くと、夜桜はカウントダウン後にぽんっと箱を1回たたく。
 すると……どこからともなく、大量のクッキーがあふれてきた。

「見てくれた皆さんにお礼……はい、ひーくん」
「わぁーい、夜くんありがとうー」
(あぁ……夜くん、このために昨日あんなに大量のクッキー作ってたんだ!)

 満面の笑みの夜桜から氷雨に手渡されるクッキーは、プレーンとチョコチップの2色が2枚ずつ、可愛くラッピングされている。
 前日から引きずっていた謎がとけて、氷雨は1人、嬉しそうに笑んだ。

「はい、きみ達にも」
「ありがとうな、かっこよかったぜ!」
「はい、どうぞ」
「わ〜い、ありがとうでござる〜!」

 夜桜は、氷雨と話していた者を近くで確認して安堵の表情。
 クッキーを受けとった者は皆、夜桜へ感想や感謝の言葉を伝えるのであった。

「ヒャッハー!
 春、あの桜綺麗だな!
 ん?
 あれは……ハイナの胸だと……クッ!」
「ししょー、それ桜だけど人の胸だよ……って乳!?
 でか!!
 でか!!?」
「コラ!
 春!
 たしかにデカイが本人の前で言うな!
 すみませ〜ん!」
「へへー、疲れたけど楽しかったー!
 またデートしようねー?」
「お返しにチューしちまうぞ!
 ヒャッハー!」

 季節外れの桜をもっとよく見たくて、高度を下げていくマイト。
 春も続くが……なんと、2人が目指していたのはハイナの胸に咲いた桜だったのである。
 ニアミスで接触を躱すと、マイトは先に降り立った春とともにハイナへと謝罪を述べた。
 すると春ったら、だいたんにも皆の前でマイトのほっぺにチュー。
 マイトも、春のほっぺにチューをした。

「よし、春、足腰を鍛えるために走るぞ!
 ついてこい!
 ヒャッハー!」
「探検、冒険!
 ししょーがつき合ってくれる!!
 団子、舞妓、歌舞伎、忍者、侍!
 とにかく楽しむ!」

 と、元気に走り去っていったのだった。

「総奉行も一緒……せっかくだし、ついて行ってみるか」
「透玻さまが大勢の方についていくのも珍しいですね。
 人込みが大の苦手だったと記憶しておりますが……」
「……璃央、なんだその珍しいものを見るような眼は?
 昔のことはいいだろう……」
「そうですね。
 では、参りましょうか」

 同じく手品を見ていた透玻・クリステーゼ(とうは・くりすてーぜ)はここから、佐保達と行動をともにすることになる。
 璃央・スカイフェザー(りおう・すかいふぇざー)の台詞に、若干顔をしかめながら。

「お、ここのお茶っ葉で淹れたお茶は、ほかとひと味違うんでござるよ!」
「……そうなのですか……それはぜひ、見てみたいですな。
 ……客が来たときに出す茶葉や茶菓子を補充しておきたかったからな、ちょうどいい」

 とおりがかりに佐保から紹介されたのは、城下における老舗中の老舗、お茶専門店『御茶畑』。
 葦原島で栽培されているすべての茶葉と、各茶葉の生産者おすすめの茶菓子が揃えられている。
 どれも味見をしてから購入することができるため透玻は早速、気になる商品をいくつか選び始めた。

「……では、私は小物類を見てみることにいたしましょう。
 これなど実用性もありますし、趣高いですね……館で使うのにいいでしょうか」

 同じ店内には、お茶を点てる際に使用する道具一式も置かれている。
 茶巾と茶筅、それに花入を手にとり、あらゆる角度から眺めて……購入を決意した。

「……ありがとう……ございました」

 店主に礼を述べると、店をあとにする一行。
 今度は雑貨屋にでも行こうかと、皆で相談していたところ。。。

「おや、こんな建物あったかのう?」
「ほんとだ、これは初めて見たぜ」

 町並みの異変に気づき、ハイナは足を止めた。
 匡壱をはじめ幾人かも、同じ違和感を覚えたよう。

「『白桜館(はくおんかん)』……前の持ち主からなぜか譲り受けたのだよ、元は宿だ。
 ……改築済みだがな」
「前の持ち主さんは奇特な方でした。
 『しばらくの仮宿にする』と泊まりに来た透玻さまに、いきなり『きみに決めた』とばかりに譲渡したのですから……」

 どうやらここは透玻の持ちものであると同時に、透玻と璃央の住居でもあるらしい。
 自由に改築や建て替えをしてもよいと譲渡のさいに告げられたため、外装を変えてしまったのだとか。
 日本の明治時代を思わせる2階建ての和風の館で、白い桜花と『白桜館』の文字が描かれた小看板がかかっている。
 ちなみに、元経営者は放浪の旅に出てしまっているのだが。

「……将来的には、明倫館生や他校生に部屋を貸し出そうかと考えているのだよ」
「そうであったか……では、そのときはよろしく頼むのう」

 紹介をすませた透玻と璃央に、ハイナは納得の表情。
 もう一度眺めてから、改めて歩を進めるのであった。

***

「これは……また……時代劇のような……感じですね……いろいろな店が……あるみたいですが」
「本当に、見たことないもの多いです」
「こうやって、たまにはのんびりするのもいいもんだよな」

 のんびりきょろきょろと、城下の店を散策している神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)
 白のパーカーに黒紅のジーンズと、城下ではちょっと浮いた感じの服装だ。
 ともに巡るのは、レラージュ・サルタガナス(れら・るなす)シェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)である。
 ちなみにレラージュは、八重桜の飛小紋の模様が入った暗紅色の着物。
 シェイドは黒檀のジャケットに灰色のスラックスと、コートを着込んでいた。
 お抹茶や甘味、和小物など、どれも魅力的で目移りしてしまうなかで。

「あ……ここ……入りましょう」

 なにかに気づき、つぶやいた紫翠がのれんをくぐる。
 小物屋『燐月堂(りんげつどう)』は、手作りのかんざしやら巾着などの小物が置いてある店だ。
 唯一、店主である職人の頑固さだけが、この店の難点であろう。

「あの……これ……あげます……よくお似合いですよ」
「わたくしにですか?
 ありがとうございます」
「嬉しそうで……よかったですが……あの……人目もあるので……恥ずかしいのですが」
「おい、大丈夫か?
 少し休んだ方がいいな」

 お買い上げのかんざしを、紫翠は微笑みながらレラージュの髪にさしてやった。
 金色の前差しかんざしだが、玉と葉っぱを組み合わせた下がりと、てっぺんには8つの小花があしらわれている。
 感謝の言を発して紫翠に抱きついたレラージュは、同時に【吸精幻夜】を発動。
 恥ずかしさで真っ赤になったうえ、めまいを起こしてふらつく紫翠をシェイドが受け止めた。

「飲み物を買ってくるから、ここで少し休ませてもらえ。
 いいか、動くなよ?」
「はい……ありがとう……ございます」
「ほら、来い、レラ!」
「じゃあわたくしは、和菓子でも買ってきますね」

 小物屋の店主に了承を得てから、茶屋へと急ぐシェイドとレラージュ。
 だがその最中、2人は火花を散らすのである。

「レラ、お前……さっそく手を出しただろ?
 俺でさえたまにしかやらないし、なにより昼間は控えているというのに」
「ルダの本領が夜に発揮されるからでしょう、あてつけだわ!
 それにわたくし、やりすぎてなんかないわよ?
 あなたはいつも一緒にいるんだから……ルダ、たまにはわたくしが先に手を出させてもらうわよ」
「しかしあいつは鈍いからな……いつ気づくのやら」

 表だっては『友人』でとおしており、一面では真理。
 だが実は、シェイドとレラージュはどちらも紫翠のことを好きだったのである。
 まったりした微笑のままで、レラージュはシェイドに堂々のライバル宣言。
 ただし当の本人は争奪戦のことを知らず、今後も気づく可能性は薄いと言わざるを得ない。
 シェイドの言うように、恋愛についてはうとい紫翠なのであった。

***

「僕はまや達3人の買い物についていくだけだ。
 け、決してダブルデートとかじゃないよ!」
(ニノさまと一緒にお買いものだなんて、幸せすぎてまるで夢のようですの。
 皆さま、ありがとうございますの)
「ニノったらシルちゃんとラブラブだね、すみに置けないんだから♪」
「シルもニノくんも初々しくて可愛いよねっ!
 思わず応援したくなるよっ」

 素直になれないお年頃なのか、ニノ・パルチェ(にの・ぱるちぇ)が視線をそらす。
 シルフィール・ノトリア(しるふぃーる・のとりあ)にとっては、こうして一緒に歩いていられるだけでも幸せだった。
 一方水鏡 和葉(みかがみ・かずは)玖瀬 まや(くぜ・まや)は、少し後方からパートナー達の恋路を見守っている。
 いわゆるダブルデートというやつを、4人は楽しんでいた。

(手を繋ぎたいですけれどわが……)
「あっ……ニノさま……嬉しいですの」
「うしろからの視線が気になるからであって、それ以外の理由なんてないからね!」

 自分よりも少し遅れて歩いていたシルフィールの手をちょっと強引に引いて、横に並ばせるニノ。
 驚きつつも頬を染めるシルフィールに、恥ずかしさを隠すための言いわけを発した。

「今日はせっかくのデートだし、師匠のエスコート役は任せてねっ!」
「えへへっ、仲よしさんに見えるかなーっ♪」
「うん、きっと仲良しさんに見えるよっ!」

 ニノとシルフィールが無事に手を繋いだのをみてとり、和葉もまやへと手を差し出す。
 大喜びで、まやは和葉の手を握り返した。

「さて、どこへ行こうかな……シルはなにかみたいものとかある?」
「……髪飾りとか、いかがでしょうか?」
「師匠も、そこでいいかなっ?」
「うん、私も小物見たいっ♪」
「じゃあ決まりだねっ、あそこに小物屋があるよっ!」

 シルフィールの希望を聴き、まやにも相談する和葉。
 ニノはまぁいいとして、目的地が決まったのであった。

「へぇ、結構いろいろとおいてあるんだねっ!」

 小物屋『和の小路』は、木造で落ち着いた雰囲気をかもし出している。
 ハートなどの記号や動物をモチーフにした可愛い商品が、ところ狭しと並べられていた。

「……お出かけの記念に、ニノさまに選んでもらいたいと思うシルはわがままでしょうか?」
「う……僕に選ばせて後悔しても知らないからね!」
(どうしよう、女の子の喜びそうな物なんてわからないけど……この薄桜に蝶のかんざしとか似合うかな。
 花がついてるし、多分女の子はこういうの好きだろう……多分)
(シルに似合う髪飾りは……て、2人で選んでるならボクは邪魔かな?
 応援したいけれど、少し淋しいような……複雑な気持ちだよっ)

 シルフィールとニノの様子は、本当に微笑ましい。
 けれども……複雑な感情を抱き、和葉の視線はちょっと下がりがち。
 と。。。

「師匠、これ可愛いと思わないっ?」
「これ素敵っ♪
 貯金用に小銭すぐ貯めちゃうから、こういうの欲しいって思ってたのっ!
 でもいろんな柄あるねーどれも素敵だけど……どの柄が私に合うかなあ」
(いろんな柄があって悩むけれど……落ちついた紅に紅梅色の牡丹柄の小銭入れとか、師匠に似合う気がする)
「師匠……これ、どうかな?」
「あっ、和葉ちゃんが選んでくれたの可愛いっ♪
 こういうの好きーっ♪」
「今日のデートの記念に、ボクからプレゼントさせて、ねっ?」
「えっ、買ってくれるの!?」
「うん、いいプレゼントが見つかってよかったよ!」
「えへへっありがとーっ♪
 大事に使うねっ!」

 まやの笑顔を見て、和葉はお財布をとりだした。
 双方大満足の、素晴らしい贈りものである。

「ニノさまに選んでもらえるなんて、シルは幸せものですの……似合い、ますか?」
「に、似合うんじゃない?」
(くそっ、何だよ。
 これじゃまるでデートじゃないか)

 こっちはこっちで、まだまだ恥ずかしそうなニノ。
 頬を薔薇色に染めたまま微笑むシルフィールが、髪をそっとまとめてみる。
 可愛すぎて直視できないニノと、褒め言葉に頬がぽかぽかしてきたシルフィール。
 このあとも、あったかくて、幸せな1日を過ごしたのだった。

***

「それでは、第3回ちっちゃい胸クラブ定期報告会を開催します」

 お昼の時間帯、城下のとある茶屋において【ちっちゃい胸クラブ】のクラブ活動が行われていた。
 会長である桐生 円(きりゅう・まどか)の開会宣言を受け、拍手が起こる。
 円以外の参加者は、副会長である佐保と、新入部員のミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)だ。
 本会合では、プライバシー保護のため名前を呼ばないことになっている。
 また飲料は牛乳のみで、今回はほどよく冷ましたホットミルクが置かれていた。

「今回ボクは、空京百貨店の本屋で買った『実践☆豊乳体操 〜絶対綺麗になるんだモン!〜』と『実録体験 胸からメロンが!』を試してみました。
 しかしながら特に成果もなく、今日を迎えてしまいました。。。
「なるほど、ではその2冊は『効果なし』もしくは『望み薄』のリストに追加しておくでござるよ」
「あぁでもあと2ヶ月は書いてあった体操を試してみるつもりですので、2ヶ月の成果を楽しみにしててね!」
「そなたは、なにか試したでござるか?」
「白玉団子ってもきゅもきゅぷにぷにして胸が大きくなる気がして、おやつにいっぱい食べました。
 けど大きくなりませんでした」
「ちなみに、百合園の新入正M.Iさんは、遺伝的に胸が大きいと言ってたよ。
 遺伝とは恐ろしいものだね、それだけで勝ち負けを決めてしまう」
「佐保ちゃ、いや副部長のおかーさまは大きかったの?」
「う〜ん、そうでもなかったでござるなぁ」
「ボクのおかーさまは大きかったよ!」
「遺伝しなかったんだねぇ」
「副会長、ハイナ校長の食生活とか、体操の情報の件はどうなってるかな?
 なにか進展があったかい?」
「ハイナ殿の食生活は、とにかく3食バランスよく食べている……というか我慢をしていないと言った方が適切でござろうか。
 食べたいときに食べたいものを食べたい量だけ食べている、という感じでござる。
 あと体操、というか運動については、腕立て伏せと腹筋を毎日500回ずつ、木刀の素振りを1000回ほど行っているようでござるよ。
 肩甲骨周りの筋肉を鍛えるとバストアップにつながるとか、言ってたでござる」
「そうなんだぁ、ちょっとずつやってみようかなぁ」
「胸が大きい人達も、それなりに努力してるんですね。
 ほかになにか、報告はありませんか?」
「ありません」
「ないでござる」
「それではこれにて、第3回ちっちゃい胸クラブ定期報告会を終了します。
 ということで、これからどうしよっか?」
「そういえば近くにおいしいお団子が食べられる隠れた名店があるんですよ!
 一緒に行きませんか?」
「賛成でござる!」
「あと真田先輩、今日もかわいいです♪
 ミーナと結婚してください!」
「えっ、結婚でござるか!?
 ちょっと考えさせて欲しいでござるよ……」
「やだ、真田先輩ったらほんとにかわいい。
 半分冗談ですから、本気にしないでください」
「残る半分は本気ってことでござるか!?」
「ミーナちゃん、抜け駆けは許さないよっ!」

 とかとか他愛のない話をしながら、ミーナの案内で到着したのは団子屋『ふわふわ』。
 だが残念なことに本日休業日なる札がかかっており、3人は隣の和菓子工房『わたし、わがし』へと入っていったのだった。