リアクション
6.ツァンダの水 「らん、ら、ら〜。めりめりめりめり、くりすーまーす♪」(V) 蒼空学園屋上で、空に両手を突きあげてノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は歌っていた。 舞い散る雪は花のよう。 それとも祝福の紙吹雪。 それとも天使の綿毛。 影野 陽太(かげの・ようた)はここにはいないけれど、きっと大切な人のそばで幸せに見守っているのだろう。 それを邪魔しないように。 静かに静かに、すべての音と色を雪よ吸い取れ。 「私の歌と、精霊さんたちの力をここに……。めりー・くりすます♪」(V) そして、この言葉だけが、すべての人の耳に届きますように。 ★ ★ ★ 「ちくちくちくちくちーくちく」 北郷 鬱姫(きたごう・うつき)が、一所懸命衣装を縫っている。今縫っているのは桜井 静香(さくらい・しずか)校長のコスプレ衣装だ。 「ねー、まだ完成しないのー」 すぐ後ろから、のしかかるようにしてパルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)が聞く。 「危ないのじゃ。お針子さんに触れてはいかーん」 すぐさまタルト・タタン(たると・たたん)が、パルフェリア・シオットをつまんで北郷鬱姫から引き剥がした。 「つまんないなー。ねえねえ、即売会ってなあに?」 「綺麗なおべべを着て、とっても役にたつ本を好きな人に売ってあげる大会のことですよ」 北郷鬱姫が説明する。単語はあっているが、それはいろいろと意味が違ってはいないだろうか。 「うーん、面白そー。それでそういうの着るんだー。それで、そこの御本の『静香×エリザベート』ってなあに?」 「それは魔道書だから、大人になったら開けるようになるのですよ。だから、今は見ちゃだめです」 そう二八〇歳に説明する十四歳であった。 「できたあ。じゃあ、さっそく試着してみましょう」 度重なるパルフェリア・シオットの妨害にもめげずに、ついに北郷鬱姫が衣装を完成させる。 「わらわは、アーデルハイトの衣装を着ればいいのじゃな。ふむ、これぐらいの過激な露出があれば、わらわもりっぱなロリババアデビューとなるわけじゃな」 魔女の短衣を着て、タルト・タタンが少し悦に入った。 「パルフェのは、ちょっとびらびらしていて動きにくいんだもん」 「パルフェはそれくらいの方が、邪魔にならなくていいのじゃ。おお、鬱姫のは、なかなかに少女趣味で可愛いぞ」 「ええ、そうですか?」 ちょっとはにかみながら、北郷鬱姫は答えた。最近は、こんな少女趣味な服は着ていなかったので、新鮮であると同時になぜか恥ずかしい。 「じゃあ、即売会での接客の練習をしますよ。いらっしゃいませー。どうぞ、読んでいってくださーい。お買いあげありがとうございましたー。はい、繰り返しますよー」 テーブルの上に本をならべて仮設のブースを作ると、北郷鬱姫は走り回っていたパルフェリア・シオットをタルト・タタンと共に左右から押さえ込んで、即売会の練習をするのであった。 ★ ★ ★ 「今日は、久しぶりにゆっくりできそうだな」 窓辺で妻のルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)とくつろいでいたセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)は、そう言って口づけすると、ひょいと彼女をお姫様だっこでだきあげた。 その持ちあげた拍子に、ルナティエール・玲姫・セレティの腹部がやけにセディ・クロス・ユグドラドの目線近くをかすめた。 「ルナ、太ったか……って!?」 冗談めかして言ったつもりだったが、すぐさまあることに思いあたって、セディ・クロス・ユグドラドは驚きで目を見張った。 「いや、それって……」 夫の反応に、ちょっとルナティエール・玲姫・セレティが不安になる。 「セディ……。ごめん。式を挙げたころには分かってたんだけど……。驚かせてしまった?」(V) 「ああ、嬉しくて驚いた」 その言葉に、ルナティエール・玲姫・セレティは安堵すると共に、ちょっとおかしくなる。それは幸せに相手へと伝染し、思わず二人で忍び笑いの二重奏を奏でてしまう。 「分かっていたら、もっといろいろできただろうに」 「本当は、早く言いたくてたまらなかったんだ」 「これからは、私もしっかりとこの子もルナと同じぐらいに大切にしないとな」 そうささやくように言うと、セディ・クロス・ユグドラドはゆっくりと慎重に、そして確実に一歩ずつ自分のパートナーたちを運んでいった。 ★ ★ ★ 月はゆれる。 水面を震わす細波に。 吹きすぎるそよ風に。 けれど、変わりゆく月自体はゆらぐことはない。 満ちては欠け、欠けては満ち。そして今は……。 月が気紛れに見えるのは、見る者の心が気紛れだからだ。 月がゆれて見えるのは、見る者の心がゆれているからだ。 月が満ちていくのは……。 「美しかろう。この泉もまた私なのだ。それをお前に見せておきたくてな……」 下生えに寝転びながら、月の泉地方の精 リリト・エフェメリス(つきのいずみちほうのせい・りりとえふぇめりす)が水晶 六花(みあき・りっか)に言った。 水晶六花は、膝をかかえたまま静かに泉の輝く水面を見つめている。 水に映る月がもうすくえないことは分かっている。すくうことはできないのだ。 だとしたら、触れることのできる月の泉地方の精リリト・エフェメリスはなんなのであろうか。 「私は、地祇だ。たとえ身体が滅びても、魂は永遠に共に在れる。そなたをおいて逝くこともない」 すっと、月の泉地方の精リリト・エフェメリスが立ちあがる。 泉の水面に、月の泉地方の精リリト・エフェメリスの姿が映り込んだ。水晶六花の顔と月の泉地方の精リリト・エフェメリスの顔がならぶ。 「私は、あまりに長く生き過ぎた。六花。そなたが死ぬとき、私も共に逝こう」 そっと後ろからだきしめる月の泉地方の精リリト・エフェメリスを拒む心は、水晶六花にはもうなかった。 |
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