リアクション
9.ヴァイシャリーの夜 「数は少なくてもいいから、いい物を選んでくれよ」 パートナーたちにむかって、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)が言った。 今日は、クリスマス返上で、新しく開店する喫茶「とまり木」のための食器を買いにヴァイシャリーにやってきたのだ。 本来ならクリスマスまでに開店したかったのだが、ぎりぎり間にあわなかったのが残念ではある。 それでも、店舗はツァンダに確保できたし、アルバイトは漆髪月夜たちが来てくれることになっている。樹月刀真に任せた制服デザインだけがちょっと心配だが、彼ならきっとすばらしいデザインの物を持ってきてくれるだろう。家具や仕入れルートもすでに確保してある。 残る準備が、実際に店で使う食器だったわけだ。 店の規模から考えて、大量の食器を必要としない分、質のいい物を揃えようと考えてのヴァイシャリーである。ここでなら、アンティークの逸品を手に入れることができるだろう。 「落とさないように気をつけろよー。割れたりしたら大変だからな」 「佑也さ〜ん! このお皿なんてどうですか? すっごく可愛らしくて……あっ」 一緒に店内を物色していたラグナ アイン(らぐな・あいん)が、見つけたティーセットを如月佑也に見せようとして、するりと手から落とした。 「うわあっ!」 危機一髪、床すれすれで如月佑也のサイコキネシスがティーセットを救う。 どっと冷や汗をかきながら、如月佑也が言った。なにしろ、今見ている場所にある物は高級品ばかりだ。買うのならまだいいが、弁償ではシャレにならない。 「言ったそばから落とす奴があるか!」 「てへっ」 「てへじゃない、てへじゃ」 思わず如月佑也が脱力する。 「佑也ー。これなんか面白そうじゃない? ハート型の二股ガラスストロー」 今度は、アルマ・アレフ(あるま・あれふ)が、別の場所で見つけた変な物を持って駆けてきた。 「それは……」 「……ちょっと何、その哀れむような目は。いいじゃないこういうのがあっても! ほら、カップルさんが喫茶店利用するようになったりしたら、こういうのも需要が出るかもしれないし! それにクリスマスは今日で終わりだけど、これから先はお正月とかバレンタインとか、イベント盛りだくさんなんだから。カップルむけの商品を開発しておくのも悪くないと思うわ! 思うわ!」 「アルマ……」 「というわけでこれは購入! 決定!」 強行に言いはるアルマ・アレフに、それほどまでに使いたかったんだな、相手がいないのにと如月佑也が独白した。 「始まる前から終わってるような顔をしないでくださいよ。そんなんじゃ、運気も逃げてしまいます」 店の先行きを思って暗い顔をしている如月佑也を慰めるように、ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)が言った 「ま、大丈夫ですよ。姉上たちにはウェイトレスをやってもらって、ボクと兄者が料理担当。アルバイトさんにも手伝ってもらって。兄者が店を離れている間は、ボクが店長代理としてしっかり店を切り盛りしていきますし。きっとなんとかなります」 ★ ★ ★ 「ケイの方から誘ってきたんだから、楽しませてくれるわよね?」 はばたき広場に降り立ったメニエス・レイン(めにえす・れいん)は、そう目の前の緋桜 ケイ(ひおう・けい)に言った。 「できる限り」 そうにこやかに約束ともつかない約束をすると、緋桜ケイは歩きだした。 行き先は予約をしておいたリストランテだ。 個室なのでゆっくりと話ができる。 「あら、いい感じの店ね」 そう言うと、メニエス・レインは緋桜ケイとともに案内された個室に入っていった。 個室と言っても、壁面に大きくとられた窓からは、ヴァイシャリーの夜景が見える。運河が夜の闇と共によけいな音を吸い取って、時は静かだった。 「あんたとこうして普通に食事ができる日が来るなんてな……」 このワンシーンを、奇妙な一つの世界と感じとって緋桜ケイが言った。 「人生は気紛れだから」 メニエス・レインが、つぶやくように答える。 時をかみしめるかのように、二人は静かに食事をしていった。 「……あんたがロイヤルガードだなんて、いったいどういう風の吹き回しだ?」 「そんなことどうでもいいじゃない」 グラスの中のルビー色の飲み物を軽くゆらして、メニエス・レインが緋桜ケイの問いに答えた。 「そうだ、渡したい物があるんだ」 そう言うと、緋桜ケイが綺麗に包装された箱をメニエス・レインに手渡した。 「今日はクリスマスだから」 「そういえば、そんな日もあったわね」 そううそぶきながら、メニエス・レインは包みを開けてみた。 中からは、『雪国ベアストラップ☆クリスマス限定仕様』が出てくる。さすがに予想もしていなかった類のプレゼントに、思わずメニエス・レインがストラップをテーブルの上に落とした。 「女性に贈る物として、これはどうなの?」 さすがに問い質さずにはいられない。 「イルミンスールの友達に相談して決めたんだけど……。知ってると思うけど、気のいい奴らばかりでさ。……放校されたあんたのこと、心配している奴も結構いるんだぜ?」 あわてて言い訳するように、緋桜ケイが言った。これは、今、イルミンスールで大ブームじゃなかったのかと焦る。 「まあ、貴方らしくていいわ」 言いつつ、メニエス・レインがちょいちょいと緋桜ケイを手招きした。まだ何かあるのかとあわてて顔を近づける緋桜ケイに、素早くメニエス・レインが口づけする。 「貴方って、やっぱり可愛いわ」 そう言って、メニエス・レインがめったに見せない笑顔を浮かべた。 ゆっくりと流れていた時も、止まるはずもなくいつかは過ぎる。 「今日はなかなか楽しめたわ、ありがとね」 別れ際、メニエス・レインはそう緋桜ケイに告げた。 「――次は、いつこんなことができるかしらね……」 そんなささやきが聞こえたと思ったとき、すでにメニエス・レインは緋桜ケイの前から夜の闇の中へと姿を消していた。 ★ ★ ★ 「美味しい御飯だったよね」 「うん、美味しかったですぅ」 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)の言葉に、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)が思いっきり同意した。 今日は一日、二人でヴァイシャリーの町の中をしっかりと手を繋ぎながらデートして回ったのだ。 夕食に美味しいリストランテでパエリアを食べた後、はばたき広場のベンチで温かいコーヒーを飲んでいるところである。 時計台を中心に、はばたき広場にはきらびやかなイルミネーションが広がっている。石畳にもキャンドルライトで作られた翼の形と、その端で白く輝くツリーが飾られていた。時計台その物も、巨大なツリーに見立てて電飾が巻きつけられている。 「それじゃ、お待ちかねのプレゼント交換ですぅ」 そう言うと、如月日奈々がプレゼントの小箱を取り出して見せた。 「あたしもー」 それに合わせて、冬蔦千百合もプレゼントを取り出す。 二人共、相手には品物を見せないで、町のアクセサリー屋さんで買った物だ。 「クリスマスおめでとうですぅ」 「メリー・クリスマスだよね」 そう言い合って、お互いにプレゼントを交換する。 「開けてみるね」 「開けるですぅ」 包みを開くと、冬蔦千百合がもらった包みからはハート型のロケットペンダントが、如月日奈々がもらった包みからは翼の形をしたペンダントが出てきた。 「つけてみよ」 お互いに、プレゼントのつけっこをする。 近づいた顔と顔に、自然と二人はキスを交わした。 ★ ★ ★ 「せっかく飾りつけしたのに、残念でしたね」 エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、慰めるように秋月 葵(あきづき・あおい)に言った。 「うん。でも、しかたないよね」 そう言って、秋月葵は、テーブルの上でクッキーをかじっているゆるスターのマカロンの頭をそっとなでた。 ロイヤルガードとして非番だった秋月葵は、唐突にクリスマスパーティーを思いついて、セレスティアーナ・アジュアを誘おうとしていたのだ。いつも代王として忙しいセレスティアーナ・アジュアに、今日ぐらいはゆっくりとしてもらいたいという優しさからだった。 だが、現実はまったく逆であった。 クリスマスにかこつけた貴族たちのパーティーに仕事として出席するために、セレスティアーナ・アジュアは大忙しだったのである。 「でも、エレンディラちゃんと一緒だから寂しくなんかないよ」 そう言うと、秋月葵はエレンディラ・ノイマンとジュースで乾杯をした。 マカロンに新しいクッキーをあげたり歌を歌ったりして楽しく過ごしているうちに、時間は過ぎて夜となった。 「おや、まだ誰かいるのかな?」 遅くまで灯りのついているのを見つけて、誰かがやってきたようだ。 驚いたことに、セレスティアーナ・アジュア本人だった。少しお酒が入っているのか、赤い顔をしている。 「セレスティアーナ様、どうしたんです?」 ちょっと驚いて秋月葵が聞いた。 「へへへへ、あんまりにつまらないから、こっそりと逃げだしてきたのだよ」 悪戯っ子のように、セレスティアーナ・アジュアが答えた。 「こっちも、のんびりと楽しそうじゃない。口直しにまぜてくれるかな」 お酒のせいか、プライベートの時間の気楽さからか、セレスティアーナ・アジュアが遠慮もせずにパーティー会場に入ってきた。もちろん、秋月葵たちとしてはもともとセレスティアーナ・アジュアのために開こうとしていたパーティーであるから、それこそ本来の形である。 「それでは、セレスティアーナ様のお仕事御苦労様と、クリスマスを祝って……」 「かんぱーい!」 秋月葵の声を待たずして、セレスティアーナ・アジュアが叫んだ。 「それでは、セレスティアーナ様のために歌を歌いますね」 秋月葵とセレスティアーナ・アジュアを前にして、エレンディラ・ノイマンが進み出た。 エレンディラ・ノイマンの澄んだ歌声と共に、クリスマスの夜は静かに過ぎていった 担当マスターより▼担当マスター 篠崎砂美 ▼マスターコメント
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