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七草狂想曲

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七草狂想曲

リアクション

 

荒ぶる七草

 
 
「あ、布紅ちゃん。お正月のお手伝いに来たよぉ。巫女装束貸して……」
「それどころじゃないんです!」
 のほほんと福神社にやってきた師王 アスカ(しおう・あすか)にむかって、布紅が叫んだ。
「どうしたんです?」
 師王アスカと一緒にやってきたオルベール・ルシフェリア(おるべーる・るしふぇりあ)が、布紅に訊ねた。
「七草が、暴れているんです。ああ、どうしましょう。これじゃ七草粥が……。だいたい、すでに七日になってしまっているし、本当は昨日のうちに切らなくちゃいけなかったのにぃ」
 助けてーっと、布紅が叫んだ。
「そんな、ゆっくりと今年最初の布紅ちゃんの似顔絵をスケッチしようと思っていたのに。いっそ、その七草をスケッチするのは……」
 そう師王アスカがつぶやいたとき、福神社のこぢんまりとした社殿の裏から何か異形の物が這い出してきた。
 草の塊と言ってしまえば身も蓋もないが、ハコベラの群生を中心として、てっぺんにはゴギョウが生え、スズナのついたセリの腕を振り回し、にょっきりと突き出たスズシロを角のようにむけ、ナズナの葉を震わせてカチャカチャと音をたて、下に生えたホトケノザでずるずると移動してきている。
「トリフィド? この神社って、なんか呪われているのかしら」
 カチャカチャカチャと雄叫びをあげる七草を見て、オルベール・ルシフェリアが言った。
「そんな、うちの神社は呪われてはいません……多分」
 なんだかちょっと自信なさげに布紅が答えた。以前自身が貧乏神になっていたこともあり、きっぱりと言いきれないのが悩みのタネらしい。そういえば、去年は鏡餅が暴れだしたり、つい先日も異様に蔦が繁殖したりと、福神社は定期的に災難続きではある。
「しかし、神社が呪われていないとなると、布紅に背後霊か奈落人でも取り憑いてるんじゃないのか?」
「神様に、そんな物取り憑きません!」
 緋桜 ケイ(ひおう・けい)にじーっと見つめられて、布紅が強く否定した。
「でも、実際に七草には何か取り憑いてるみたいだし……」
 布紅の頭巾の端が翻ったときに、背中に何かが見えた気がして緋桜ケイは思わず回り込んで確認した。
 以前、布紅が貧乏神であったのは、本を正せば布紅の心のありようが反映されたからと言える。だとすれば、新たな異変も、布紅自身に関係があるのではないかという推論は至極まともな物のように思えた。本人にその意志がないのであれば、何かが取り憑いている可能性だって否定できない。だいたい、最近、奈落人が人に憑依できるということが判明したばかりだ。
「まあまあ、責められるは布紅ではなかろう」
 原因を探すのは結構だが、無理矢理原因を作りだしては本末転倒だと言いたげに悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が間に入った。
「そうであるな。以前の鏡餅といい、先日の蔦といい、この神社は何か相当な呪力でもあるのではないのか?」
 元凶は神社の方ではないのかと、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)が疑問を呈する。
「ええ。何か、特殊な呪術的磁場のような物があるのかもしれませんね」
 フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が同意した。
「それは、神社ですから、それなりの御利益というか、聖域の神通力のような物はあると思いますが……」
 そうは思うが、自分は具体的にそんなことは知らないと、布紅が首をかしげた。
「もしかしたら、この地に何かを封印しているとか。もしかして、布紅様はその封印の神様なのですか?」
「まさかあ」
 フィリッパ・アヴェーヌに聞かれて、布紅が目を丸くして驚いた。
「私にそんな力があったら、福神社はもっと大きな神社になっています。それに、ここはあくまでも空京神社の中ですから、私だけがそんな大事に関わっているわけがありません」
「どっちでもいいじゃない。問題はあれよ、あれ。食べられる野草があんなに増殖しているのよ、これを見逃す手はないよね!」
 じゅるりとよだれを啜りながら、野草に目がないカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)が言った。
「災いが狙うのなら、もっとおっきな神社である空京神社とか、空京稲荷とかの方に行けばいいのに。なんで、ちっちゃなうちに来るんです」
 社殿の裏から次々に現れる七草を見て、布紅が涙目で叫んだ。最初一体だった七草集合体は、じわりじわりと増殖・分裂して、今や十数体にまでなっている。このまま放っておいては、まだまだ増えそうだ。
「布紅様、御挨拶に参りまし……、なんですかあ、どうしたよぉ、これぇ!?」
 布紅に新年の御挨拶に来た佐々良 縁(ささら・よすが)が、七草を見て素っ頓狂な悲鳴をあげた。同様に普通に福神社に初詣に来た者たちや、七草粥の会を楽しみにしてやってきた者たちが、予想外の出来事に目を丸くしてあんぐりと口を開けている。
「なんだか、新年からえらいことになってるなあ」
 わさわさと蠢いている七草を見て、蚕養 縹(こがい・はなだ)が呆れたように言った。
「あれは、七草の付喪神でしょうか?」
 著者・編者不詳 『諸国百物語』(ちょしゃへんしゃふしょう・しょこくひゃくものがたり)が小首をかしげた。
「せっかく、七草が食べられると聞いてやってきたのに……。またか、またなのかあ! この神社で、まともに物が食べられることはないのかあ!」
 去年、餅だらけにされたことを思い出して、和原 樹(なぎはら・いつき)が叫んだ。あの後は、メイスについて固くなった餅を落とすのにどれだけ苦労したことか……。今年は、青臭くなったメイスをゴシゴシと洗わなければいけないのだろうか。
「まあ、これも、神事の一つ……」
「そんなことあるかあ!」
 したり顔で語ろうとするヨルム・モリオン(よるむ・もりおん)に、和原樹が思いっきり突っ込んだ。
「まあ、それはそうであるな」
 思わず、ヨルム・モリオンが納得する。
「それにしても、なんでこう食材ばかり巨大化するのだろうな」
 フォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)が、少し呆れながら巨大七草を見つめた。
「まあ、物量は増えるし、今回は去年のようにカビてないだけましということだ」
「ううっ……」
 フォルクス・カーネリアの言葉に、和原樹がまた何か嫌なことを思い出したらしい。去年のメイスは、さぞかしカラフルだったことだろう。
「とにかく、なんとかしないとだわ」
 オルベール・ルシフェリアが言った。
「そうだな。そうそうのんびり原因を探してもいられそうにないみたいだ」
 じりじりと迫ってくる七草たちを見据えて、緋桜ケイが身構えた。
「くるよ!」