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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第2章 準備「セッティングあれこれ」

 今回、ハイブリッド羽根突きの舞台として選ばれたのは、イルミンスール魔法学校にある「修練場」であった。
 修練場とは文字通り、魔法学校に通う学生が魔法の技術を高めあったり、戦闘の訓練を行うために用意された施設で、その中には的となる甲冑や訓練用の武器が用意されている――もっとも、学生の大半は魔法使いであるため武器が使われることはほとんど無いのだが。
 場所自体はイルミンスールの中に作られており、正確な数値は無いが、今回はサッカーコート並みの広さがあるという。「今回は」とつくのは、ひとえに「世界樹イルミンスールが日々成長している」のが原因である。つまり、成長を続けるため修練場の広さもその度に微妙に変わってしまうということなのだ。
 内部には防護結界が張られており、たとえ魔法や銃弾が壁や天井に当たろうとも生半可な威力では傷1つつかないようになっている。それは、スキルが上乗せされた羽根ごときでは壁や天井を壊すことができない、という意味でもあり、要するに「打ち放題」なのである。
「お〜お〜、こりゃまた結構な人数が集まってくれたようだなぁ」
 ダンボール箱を両手に抱えたレオンが、修練場に集まった人数に目を丸くした。彼らの呼びかけに応え集まったのは、地球人とパラミタ人合わせて76人。これらの何人が彼らに挑戦してくるのか、勝負前からレオンは楽しみになってきていた。
「おやようやく来ましたか。全員待ちくたびれそうでしたよ」
 レオンたちの姿を見つけ、やってきたのはテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)である。いや正確には見つけたのではなく、話し声や修練場に入ってきた人物の雰囲気を感じ取って、であった――テスラは屋内でもサングラスをかけるほどに視力が弱く、視覚に頼った動きができないのだ。
「おう悪い悪い。羽根突きの道具も見つかったし、それじゃそろそろ始めるとするかな」
「あ、レオンさん、それで相談といってはなんですが……」
 レオンの目の前で「オーシャンボイス」の持ち主が自らを指差す。
「私にハイブリッド羽根突きの審判役をやらせていただけませんか?」
「え、マジで!?」
「大マジです」
 それは願ってもない申し出である。先ほど彼らは審判役の問題に悩むしかできなかったのだから。
「ハイブリッド羽根突き、確かに面白そうではありますが、聞いた話では非常に危険なスポーツだとのこと。新年を安全に過ごすためにも、審判の存在は重要でしょう?」
「そりゃそうだが、えっと、テスラだっけ? あんた見たところ目が見えなさそうだが、大丈夫か?」
「全く問題ありません。超感覚がありますので」
 それに、とテスラは続ける。
「鷹の目と呼ばれた伝説のボクシング審判も言っています。『目だけで見るな。全身で感じるんだ。そして絶対の自信と毅然たる態度を持ち、自分の責任で裁くのだ』とね。視覚に頼っているようでは審判など務まりませんよ?」
「な、なるほど……」
「それに個別で審判をやろうとする人は他にもいるようですし、ルール説明だけしてもらえれば後はどうにかなるでしょう」
「そっか、そりゃ助かるぜ」
 持ってきた箱を適当な場所に運びながら、レオンはテスラにルールの説明をする……。

「いやはやまさか俺と同じ考えをしてるのが他にもいるとはな」
「私こそ驚きですよ。観戦席を用意するのもそうですが、コタツを使うところまで同じとはね」
 談笑をしながらエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)は、修練場の一角を救護所兼観戦席に作り変えていた。作り変えるといってもすることは単純で、まず毛布を挟み込んだ大型のレジャーシートを敷き、その上にコタツを乗せるだけである。エースはそこに追加して屋外テント――小学校の運動会等で見られる、柱を立てる大型のテントである――を設置しようと思ったのだが、修練場が「屋内」であることから考えて設置の意味は無いとし、断念した。
「まあ救護所兼観戦席っていう目印になるから建ててもいいんだけど、アレ設置するのに結構時間と人数がいるんだよな」
「まあコタツだけでも十分目印になるんじゃないですかね」
「ま、そりゃそうだ」
 言いながら2人はコタツをシートの上に乗せた。
「ところでこのコタツって、電力いるんですかね? っていうかこの修練場、電気通ってるんですか?」
 位置を確認しながら翡翠がコタツとその周囲を調べる。見たところ、電気コンセントのようなものは見当たらない。
「俺も一応発電機持ってきたんだけど、なんかこれ、別にいらないっぽいな」
 エースも確認するが、コタツには発熱用の電気コードらしきものは見当たらなかった。
 パラミタにおいてコタツとは、中に入ることで歩く程度のスピードで動く「乗り物」であり、どこにいようが暖かいまま使える代物、というのは割と知られている。移動はともかくとして「どこでもあたたかい」というところを疑問に感じた人もいることだろう。通常コタツといえば、電力を引っ張ってくるか中で木炭を燃やすことで熱を手に入れるのだが、乗り物のコタツにそのような労力はいらない。この乗り物のコタツは、実は機晶石を動力源にしているのだ。
「それで『どこでもあたたかい』んですか、これ……」
「電気は限られた場所でしか使えないし、木炭はまあどこでもいけるが火事になる。機晶石恐るべし。つーか便利すぎだろ……」
 コタツをひっくり返し2人は唖然とする。この四角い物体の中に、機晶姫の心臓ともいえるエネルギー体が組み込まれているなど誰がわかるのだ。
「エースー、お菓子とか色々持ってきたよー」
 箱の上にクッキーやチョコレート、キャンディー等の菓子セット、小さな重箱を乗せてやってきたのはエースのパートナークマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)であった。
「おう、お疲れさん。っていうかまたえらく大量に持ってきたな」
「だってお正月をだらだら過ごすならコタツにミカンは欠かせないでしょ?」
「そりゃまあそうかもしれないけどよ、だからって箱ごと持ってくるか?」
 クマラが持ってきた箱の中には、間違いなくこの場の3人だけでは食べきれない量のミカンが詰まっていた。
「そりゃオイラたちだけじゃ無理だけど、羽根突きの合間にここに来る人はいるでしょ? そういう人たちにも食べてもらえばいいじゃない?」
「それもそうか」
「それにミカンだけじゃ物足りないと思って、オイラのお菓子セットとか、おせちな料理も持ってきたよ」
「……ちょっと待て、前者はともかく後者はどうやって調達したんだ?」
「買ってきたに決まってるじゃない」
 確かに持ち込まれた重箱には、本格的なものではなさそうだがおせち料理が入っていた。クマラが作れるという話は聞かないので、買ってきたというのは嘘ではないのだろう。
 持ち込まれた物の量にため息をついたのは翡翠だった。
「それにしてもこの量は、人数と時間がかかりそうですね」
「まあね〜。ま、ちょっとずつかもだけど、みんなで食べようよ」
 そんな時、何やらゴロゴロと転がってくる音が聞こえてきた。音の方を見れば、たすき掛けの反物袴姿をした男が屋台を引っ張ってきている。音の正体は屋台についた車輪が床を擦るそれだったようだ。
「はいはいちょっとすみませんねぇ。謎肉屋台が通りますよ、っと」
 立てられたのぼり旗に「謎肉」などと書かれたその屋台の持ち主は、名を東條 カガチ(とうじょう・かがち)といった。
「な、何ですかその屋台は?」
「ん? 謎肉屋台だけど?」
 適当な場所で屋台をセットしながらカガチは、目を丸くする翡翠にそう返した。
「謎肉って……、何ですかそれ」
「謎肉は謎肉。材料は内緒だ」
「いやそれちょっと危ないんじゃないですか?」
「あ〜、大丈夫大丈夫。いくら謎つったって食中毒起こすわけじゃないんだし」
「食中毒起こしたらそりゃまずいでしょ!」
 不安だ、こんな不安なものをこの場に用意させていいものか。思わず持っていた奪魂のカーマインを抜き放ちそうになるが、カガチはすまして言った。
「大体今日出すのは普通の雑煮だって。焼き餅に昆布出汁のしょうゆ味。俺の地元式ってやつだねぇ」
「じゃ、なんでこんな屋台で来たんだ?」
 疑問をぶつけるのはエースだ。
「ああ、これねぇ。こないだ友達に屋台をカスタムしてもらってさぁ。せっかくだからこの際使っちゃおうかな〜、なんて思ったわけよ」
「で、謎肉?」
「そう、謎肉」
「……営業許可って出てんの?」
「許可? あ〜、うん、簡単にだけど出たねぇ」
 カガチは懐から1枚の紙――どうやらノートの切れ端らしいそれをエースに見せた。
「何々? 『此度のハイブリッド羽根突き会場において屋台の営業を許可する。というか、迷惑にならない程度になら何をやっても構わないので、適当にどうぞ レオン・ダンドリオン』。えらく適当だな」
「適当だねぇ。ま、許可は出たんだし、出たからには迷惑はかけないから準備させてよ」
「あ、すみません。私もその屋台使わせてもらっていいですか?」
 横合いから男の声がかかる。そこには、大型の鍋を両手に持った本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)が立っていた。
「ん、屋台使うの? まあいいけど、その鍋は?」
「前日から仕込んでおいたお汁粉ですよ。せっかくだからこれを機会に振舞わせてもらおうと思いまして」
 蓋を開ければ、確かにそこには小豆の色で染まった汁粉が入っていた。
「ほぉ、こりゃうまそうだねぇ。ちょっと味見していいかい?」
「ええ、どうぞ」
 屋台から小さじを取り出し、カガチは汁粉をひと掬いしなめてみる。瞬間、カガチの顔が緊張で引き締まった。
「こ、これは……! なんだこのやたら丁寧に炊かれた小豆は。このほんのりとした甘さは小豆の他に砂糖、これは『白ザラメ』かっ。いや、それだけじゃない。もう1つ……、そうか、塩がひとつまみ入ってるなっ。だからこんなに甘さが整っているんだ」
「驚きました。まさかそこまでわかるとは……」
「そりゃまあ俺も料理するからねぇ。う〜ん、しかし絶妙だなぁ……」
 引き締まった顔を瞬時に緩め、カガチは涼介から鍋を預かった。汁粉そのものはすでに完成しており、後は温めるだけでいい。実際に振る舞う際には、その場で餅を焼いて出すのだそうだ。
「あ、それから、もう1つ作ろうと思っているものがありまして」
「何を?」
「お雑煮を」
「ほう、いいねぇ。どんなのにするの?」
 涼介の作ろうとしている雑煮は「東京風のしょうゆ味のカツオ昆布出汁の澄まし汁に鶏肉と小松菜、焼いた角餅を具に柚子をあしらったもの」というものであった。だがそれはほとんどカガチの雑煮と重なってしまう代物である。
「東京風なのは私の出身が東京だからなんですが……、ってどうしました?」
「……いやね、それ、思いっきり俺のとかぶっちゃうのよ」
「あらら、そうだったんですか……」
 しかも、である。カガチはこの人が集まった日を「稼ぎ時」と考えていた。つまり商売である。一方の涼介は単純に「疲れた人を労う」という目的のもと、料理を作ろうとしていた。金を稼ぐという発想は無かったのだ。
 いっそのこと両方の雑煮を出す、というのも考えたが、彼らの雑煮は味付けも具もほとんど同じ。わざわざ2種類用意する意味は無い。
 そこで涼介は1つの妥協案を出した。
「それではいっそ、『共同製作』ということにしませんか?」
「共同製作?」
「こちらはもう材料を揃えてしまいましたので、今更やめるのももったいない。だからその分をあなたに使ってもらって、私は手伝いに回りましょう。商売についてはお任せします。私は……、使った分の材料費だけいただければそれで構いません」
「え、本当にそれでいいの?」
「元々私は商売のことを考えていませんでしたので」
「いやぁ、ありがたい。そんじゃ、お願いしちゃおうかねぇ」
「それなら俺も手伝うよ。ついでに作るつもりでもいたし」
「オイラも手伝う〜。あ、甘酒とか生姜湯は?」
 こうしてエースとクマラも含めた4人による共同料理が羽根突き会場の片隅にて行われることとなった。
 一方、流れに取り残される形となった翡翠だが、こちらはこちらで別の用意をしていた。
「まあ料理もいいんですけど、こっちはこっちでお餅でも用意していましょうかね」
 コタツの上に並べるのは市販品の餅だ――つきたての餅を用意する時間はさすがに無かった。黄粉をまぶしたもの、中に餡が詰まったもの、その他様々な餅が観戦席を彩っていった。