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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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【2021正月】羽根突きで遊ぼう!

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第8章 兵卒「軍人の出番は多かった」

 なんとか足の痛みから立ち直ったフィリップは、羽根を受けたルイの付き添いのことでフレデリカと一旦離れ、その足でレオン、フェンリルと合流した。
「そっちの方は、どんな感じですか?」
 フィリップが聞いているのは「勝敗結果」のことである。
「4回やって3回負け、1回は相手の反則負けって感じだ……」
「ダンドリオンもそんな感じか。俺は3戦2敗、1回は相手の反則負け」
「ぼ、ボロボロですね……」
 散々な2人の結果に、フィリップは顔を引きつらせるしかできなかった。
「おいおい、そう言うフィリポ、お前はどうなんだよ」
「……僕も似たようなものですね。3回やって2回負け、1回は負けたというかノーゲームになっちゃったというか……」
「か〜っ! 散々だなオレら!」
「というよりも向こうが強すぎる。手段が豊富すぎて、俺たちでは対処しきれないぞ」
「1回くらいはガチで勝ちたいぜ」
「正直僕は勝敗はどうでもいいんですけどね……」
 怪我さえ無ければいい。そう思っていたフィリップだが、先の2戦ですでにダメージを受けていた。それはフェンリルも同様で、羽根突きの余波で少々ダメージを受けたらしい。今のところレオンはまだ無傷である。
「にしても、まだ挑戦者っているんだよなぁ……。オレら本当に大丈夫なのか?」
「……いい加減、事の重大さというか、危険性に気がついたか」
「と、とりあえず勝ち負けは別にして、今はできるだけ怪我しないことを考えましょう!」
 一応決意を新たにした彼らだが、そこへ更なる挑戦者がやって来た。如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)アルマ・アレフ(あるま・あれふ)の2人である。
「やあ、明けましておめでとう。突然だけどレオンくんとフィリップくん、俺たち2人とダブルスで勝負してくれないかな?」
「ん、おう、いいぜ」
「わかりました」
 彼らに対する初めてのダブルスの申し込みである。今までは単独での勝負で負け続けていたが、果たしてこのダブルスではどうなるだろうか。
 今回は手が空いているフェンリルを審判に迎え、試合準備を行う。
 それにしても、と佑也は思う。レオンとアルマ、自分とフィリップとを見比べた。
(銃使いにメガネキャラ……。うん、見事にキャラがかぶってるな!)
 割とどうでもよさそうなことを考えていたようだ。
「それでは、試合開始」
 フィリップを第1打としてダブルスの試合が始まった。
 数回の試合で慣れたのか、レオンもフィリップも羽根を打つ手つきに迷いが無い。数合の打ち合いの後、それなりに勢いがついた羽根が佑也とアルマを襲う。
「うわ、結構慣れてきてるな。こりゃさっさと勝負決めちゃった方が良さそうだ」
「佑也、早速いくわよ。誘導して」
「了解!」
 打たれた羽根を佑也がサイコキネシスでカーブさせる。その先でアルマが紅の魔眼の力を発動させ羽根を打つ。
「さあどうする!? 打ち返そうとしたら羽子板が燃えるわよ!」
 アルマのその言葉の意味はフィリップとレオンにはわからなかった。見たところ、羽根には全く異常は見当たらず、火薬でも仕込んでいない限り「羽子板を燃やす」などできないような気がする……。
「何の事だかよくわかりませんが――うわっ!?」
 打ち返してやろうとしてフィリップが羽子板を振るが、羽根と接触した瞬間、その羽子板が突然発火した。アルマが放ったのはヘクススリンガーの技「朱の飛沫」――羽子板で打った羽根に魔力を込め、着弾したものを燃やすようにした応用技だったのだ。
 フィリップの羽子板に当たった羽根はそのまま床に落下するかと思われたが、すぐさまレオンが掬い上げて返した。
「そういえばこれダブルスだったのよね。相棒の存在をすっかり忘れてたわ」
「それは間接的に俺のことを忘れてた、ってこと?」
「それは思い過ごしってやつね」
 燃やされた羽子板はすぐさまフィリップが火術の逆使用で鎮火する。幸いにして表面が焦げただけで済んだため、試合の続行はできた。
 それからしばらく打ち合いが続いたが、佑也の脳裏にふと疑問が湧き起こる。
(それにしても、直接の妨害工作をしてくるかと思ったけど、何もしてこないな。レオンくんがシャープシューターを利用して打ち込んでくる様子も無いし……)
 実際は、レオンもフィリップも体力を温存していたのである。これは決して佑也たちを侮っているわけではなく「怪我しないようにする」というのを最優先にしているだけなのだ。
「まあいいさ。それならこっちから決めるだけ!」
 佑也は羽根を打ち、すぐさまカウンターの構えをとる。相手が打ち込んできたらサイコキネシスで軌道修正、疾風突きを利用して羽根を打ち出して決める、というのが佑也の作戦だった。
 だが彼は割り込んできた声によって最悪の結末を迎えることとなる。

「さあハイブリッド羽根突きもいよいよ中盤戦。一部ではどうやらダブルスの試合が行われているようです。行ってみましょう!」
 重攻機リュウライザーの構えるカメラの前で、リポーター口調の武神牙竜は羽根突きの会場を歩き回っていた。身内に見せるのが目的の個人撮影になってしまったが、せめて雰囲気だけでも出そうと、彼はリポーターになっていたのである。
 そこでふと気がついた。向かっている先でダブルスを行っているのは、友人の如月佑也ではないか。
「お、ちょうど如月佑也氏がパートナーと共にダブルスで勝負しているようです。ここは彼に勝ってもらうべく応援コールをしましょう」
 そして牙竜は頼まれてもいないのに佑也に「ある言葉」でコールを行った。
「DT! DT!」
 それは、先日のハルピュイア騒動にて知られた、佑也の正体を示すアルファベット2文字だった。
 もちろんそれが聞こえた佑也はたまったものではない。そのくだらないコールをやめさせるべく、声の主に振り向く。
「誰だ、勝手にそんなコールするのは!?」
 だがそれが彼にとって命取りの行動となった。
「ちょっと佑也、羽根羽根!」
「え?」
 佑也があらぬ方向を向いた隙に、レオンがシャープシューターの技術を利用したショットを放ち、そしてそれは見事に佑也の脇に着弾した。
「あ゛っ!?」
 その悲鳴は試合をしていた佑也のものか、それともDTコールを行った牙竜のものか、あるいはその両方かはわからない。だが1つ言えるのは、牙竜のコールが佑也を邪魔したために負けた、ということである。
「そこまで。勝者、レオン、フィリップペア」
 フェンリルの容赦の無い判定が下った……。

「お前な! 人が集中してる横でなんてコールしてくれるんだよ!」
「ちょ、ちょっと、待って、いや、マジに、時に落ち着けって、ぶぼあっ!」
 試合終了後、佑也とアルマは揃って顔に墨を塗られてしまっていた。頬にバツ印のみで済んだのだが、それよりも佑也はDTコールをした牙竜が許せなかった。墨を塗られた直後に彼は牙竜に飛びかかり、馬乗りになった上で拳の連打を浴びせていた。
「そういえば噂で聞いたような気はしてたけど、佑也ったら、DTだったのね……。まあまさか噂の出所本人からそんなコールが聞こえてくるとは思わなかったけど」
 ひたすら殴り続ける佑也を遠巻きに眺めながら、アルマは名残惜しそうに1つの箱を抱えた。それは相手にやらせる予定のバツゲームが書かれた紙束入りの箱だった。自分たちが負けてしまったため、結局これの出番は無かったのは残念である――ちなみに佑也はレオンとフィリップの顔に墨で落書きする予定だった。
「それにしても、まだ殴られてますね。放送事故にしては時間がかかりすぎて困るのですが……」
 カメラマンとしてデジタルビデオカメラを構えていたリュウライザーが、画像処理を施しながらつぶやく。今のカメラには「しばらくお待ちください」の表示が映っているだろう。
 その後しばらくの間、佑也の拳のラッシュは止まらなかった……。

 挑戦者はまだまだ存在する。
 続いてやってきたのは白銀 司(しろがね・つかさ)と、そのパートナーのセアト・ウィンダリア(せあと・うぃんだりあ)八神 八雲(やがみ・やくも)の計3人であった。彼女たちもレオンとフィリップのペアに挑むつもりらしい。
「始めまして! 私、白銀司。正々堂々よろしくね!」
「おう、こちらこそよろしくな」
「よろしくお願いします」
 挨拶をするのはスポーツマンシップに則っているからである。
 試合自体は司と八雲がペアで行い、セアトは審判を務めてくれるそうだ。
「それにしてもオマエら災難だな、頑張れよ。……負けたら貞操の危機かもだぞ」
「は?」
「はい?」
 セアトに肩を叩かれるレオンとフィリップだが、なぜこう言われるのかよくわからない。
 セアトのその発言の理由は、八雲の存在にあった。紫の薔薇柄をした派手な着物を着ている八雲は、男でありながら実は恋愛対象は男――ついでにオカマ口調である。早い話、彼はレオンとフィリップを「狙って」いたのだ。普段ターゲットにされるセアトだからこそ、八雲の行動パターンは読めるというわけだ。
(あのUMAのことだ、どうせロクな命令出すはずが無い。幸いなのは司がUMAの出す予定の命令を知らない、ってことか……)
 羽根突きの景品として命令権が与えられるというのは何度も言われていることだが、今回これを行使するつもりでいたのは八雲の方であり、司は何もしないことになっている。それならば自分の役目は、UMAが暴走したらすぐさま止めに入ること。そのためには審判役をやっていた方が都合がいい。
(ま、何かありそうだったら止めてやるから安心しろ)
 そんな心中をよそに、参加者の準備が整う。
「よし、それじゃ、試合開始」
 先攻は司からとなった。
「それじゃいっくよー!」
 司の打った羽根がレオンに飛んでいく。
「おっと、この程度か? だったらカウンターだぜ! ――うっ!?」
 打ち返そうとレオンが構えるが、そんな彼の目に何かが飛び込んできた。目だけではなく顔全体に降りかかるこの冷たいものは、非常に細かい氷の粒だ。これは八雲が氷術で生み出したものである。
「そう簡単には打たせないわよ、レオンちゃん?」
「なら相殺するだけです!」
 小規模の細氷(ダイヤモンドダスト)による目くらましは、フィリップの火術による火炎放射で一掃される。だがレオンの目に飛び込んできた氷までは蒸発させられないので、フィリップが打ち返す。
「あら、やるじゃない」
「……それほどでも」
 男から女口調で褒められて、どう返せばいいのか、フィリップは反応に困った。
 返ってきた羽根は八雲が打つ。目くらましから立ち直ったレオンも再び参戦し、しばらくはラリーが続く。
「結構やるのね! じゃあ、こんなのはどう?」
 司も負けてはいない。先程から彼女は緩急を織り交ぜたショットを繰り出し、レオンとフィリップはそれに翻弄される結果となっている。
「参ったな、攻撃が読みにくいったらありゃしねえぜ」
「見たところ、『セルフモニタリング』でテンションを変えているようですね。なんとかチャンスができたら、一気に技で攻めた方が良さそうです」
「同感だ!」
 果たしてそのチャンスはめぐってきた。司がショットを失敗し、羽根が打ち上がったのである。
「フィリポ!」
「はい!」
 宙に浮く羽根に向かってフィリップがバーストダッシュで跳び上がる。追いついた彼はそこで雷球を生み出し、羽根ごとそれを叩きつけた。角度のついたフィリップの雷球ショットである。
 そして司はその技が来ることを予想していた。彼女は事前に強化装甲を身に纏った上で、対電フィールドを周囲に張り巡らせていた。これで雷電系の攻撃は軽減される。
「来ると思ってたよ! それじゃ、いっくよー!」
 落差のある羽根を打ち返そうと、司は構えた。それに対応するためレオンが身構える。
 だが、レオンに身構えさせることが司の作戦だった。
「必殺! ……なんちゃって」
「なあっ!?」
 打つ態勢に入ったかと思うと、司は羽根を真上に打ち上げた。もちろん対電フィールドのおかげで感電することは避けられた。
 打ち上がった羽根は八雲が対応する。彼はここで、自らの鬼神力を解放し、ただでさえ2メートル近くある自らの身長を倍ほどに伸ばし、頭に2本の角を生み出した。着ていた着物は、膨れ上がった筋肉により、まるでマンガやアニメでよくあるような「服が破れる」状況を再現させられる。
「受け取って! アタシの、ばーにはー!!」
「ばーにはー」というのはどうやら「バーニングハート」のことらしい。どういうハートだかレオンにはわからないが、少なくとも鬼神力によるショットが襲いかかってくることだけは確かだ。
「げげっ、こりゃまずいぞ!」
「大丈夫、今までの試合でコツは掴んでます」
 高所から降りてきたフィリップがすぐさま自分の羽子板に氷術をかけ、氷を吸着させる。そのまま彼は羽子板を分厚い「氷の盾」に変え、八雲のショットを受け止めた。ただ受け止めるのではない。羽根が打ち上がるように角度をつけて、自らは後ろに転がり衝撃を軽減する。
「うそおっ!?」
 自慢のショットを弾かれてしまった八雲が叫ぶ。そしてその羽根はレオンにとって最大のチャンスだった。
「確か、こんな事した奴がいたっけ……?」
 羽根が落ちてくる。レオンは羽子板で羽根を擦りながら司たちの方へと飛ばす。
 羽根は周囲に火花を散らしながら、司の足元に落ちた
「勝負あり、だな。いいショットだった」
 セアトの宣言により、レオン、フィリップペアの勝利となった。
「アタシの負けね……」
 がっくりと八雲はうなだれる。だが彼がこれで終わったというわけではなかった。
「……いいわ。アタシを好きにして!」
 突然そう叫んだかと思うと、なんと彼はレオンに飛びかかったのである。
 八雲は最初からこの瞬間を狙っていた。自分が勝てばバツゲームとしてキスをもらう予定で、負けたら負けたで自らへのバツゲームとしてレオンに抱いてもらう。八雲にとって勝ち負けは重要ではなく、「ハイブリッド羽根突きでは景品やバツゲームがある」という事実の方が重要だったのだ。
 だが、彼の作戦はあっさりと失敗する。
「やめんか、この変態が。青少年の心にトラウマが残るだろうが!」
「ごふうっ!?」
 割り込んだセアトの足が、レオンに向かってダイブした八雲の腹部に直撃したのである。「く」の字に折れ曲がった八雲の体は、そのままゆっくりと床に落ちた。
「あ、あはは……。え、えっと、2人ともありがとう! とっても楽しかったよ! それじゃ!」
 八雲の暴走とセアトのツッコミを目の当たりにした司は、どうにかその場から引き払っていった。
「一体、なんだったんでしょうね」
「オレが知るかよ」
 取り残されたレオンたちのため息が周囲に漏れた……。

「おや、スキルありの羽根突き大会ですか。……もしかしてこれは、紅白饅頭の実験台――もとい試食してもらうチャンス!?」
「ち、ちょっと待てセイル! お前の料理なんて誰も食べないぞ! っていうか食わすな、頼むから!」
 自作の紅白饅頭をパートナーである無限 大吾(むげん・だいご)に食べてもらえず意気消沈していたセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)は、イルミンスールで行われている羽根突き大会のことを知り、それはもうすごい勢いで乗り込んだ。目的はもちろん、適当な誰かに勝負を挑み、勝利の報酬として紅白饅頭を食べてもらうためだ。
 だが彼女の料理の腕前を知っている大吾は気が気でない。何しろセイルの料理は「まずい」どころでは済まない。普通の料理を作っている最中に余計なものを混ぜ、殺人的な毒物に作り変える程度の代物なのだ。あんなものが世間に出回ればどうなるか……!
 会場を早歩きで回るセイルの目に留まったのは、今回の主催者であるレオンたちであった。ちょうどよく手が空いているらしい。
「すみませ〜ん、そこの金髪の方〜。勝負してください〜」
「お、まーた挑戦者か。おっしゃ、いいぜ。相手になってやる」
 レオンが羽子板を持つと、そこに大吾も走りこんできた。
「待てセイル! それなら俺が相手になってやる!」
「おや大吾も来ましたか。それじゃ……、そこの銀髪の方、ダブルスのペアになってもらえませんか?」
「は? ダブルス?」
 セイルが声をかけた銀髪の持ち主とはフェンリルのことである。
「いや、金髪の人と勝負しようと思ったんですが、どうもうちのパートナーも参戦するということらしいので、それなら大吾と金髪の人のペア、私とそちらのペアでダブルスでもやろうかと」
「……ということだが、ダンドリオン、いけるか?」
「あん? ……まあオレはどっちでもいいぜ」
 それに少々慌てたのは大吾だ。自分とパートナーの1対1で勝負するはずが、いつの間にか他人を巻き込んだダブルスになろうとしている。
「あれ……、なんでダブルスでやるって流れになってんの?」
「ま、細かいことはいいじゃねーか。オレもダブルスやり始めてから勝てるようになってきてんだ。だからこの方が勝てる!」
 事実、レオンたちは単独での試合では負け続きだったのだが、レオンとフィリップがダブルスで組んだ2試合、その両方で勝利を収めている。レオンの言うことも、あながち間違いではないのだ。もちろん相棒がフェンリルでも勝てるかどうかはわからないが。
「では、今度は僕が審判をやりますね」
 手が空いたフィリップを審判とし、試合が始まる。先攻はセイルだった。
「さて、試合開始……。覚悟はいいか? 行くぜ! ケヒヒヒヒッ!」
 突然セイルの様子が変わった。彼女は普段こそ無表情で口調も大人しいが、いざ戦闘時となると感情的で、口調も荒くなり、また狂気を身に纏う鬼になるのである――それ以外でも戦闘モードになることがあるらしいが、そこはご愛嬌というものである。
「おりゃあ! ぶっ飛びなぁ!」
 セイルの羽根がレオン、大吾のペアを襲う。
「うわ、これはまた……! まさか戦闘モードのセイルを相手にするのがこんなに恐ろしいとは……」
 普段から戦闘モードの彼女を見てきている大吾だが、明確な形で敵に回したことは無い。このハイブリッド羽根突きが初めてなのだ。
 だが、だからといって負けてやる道理は無い。負ければ高確率でセイル自作の紅白饅頭を食べさせられることになる。毒物と化しているであろう饅頭を食べて意識を失うという事態はなんとしてでも避けなければいけない!
「だったら、速攻で決めてやる!」
「えっ、いきなり行くのか!?」
 レオンが疑問に思うのも当然かもしれなかった。今の時点でたった数合しか打ち合っておらず、チャンスが見えているとは言い難い。だが大吾としては、いきなり必殺技を打ち込んで早めに勝ちたいのだ。命令権を行使して紅白饅頭を処分させるためにも!
「いきなり行かなきゃ、やられる!」
 飛んできた羽根を羽子板で擦り、飛ばす。それはレオンも使った「クロスファイア」の技である。
 火花を散らしながら向かってくる羽根に、フェンリルが応じた。
「いきなり決めに来るとは、焦ったのか、それとも……?」
 どのような理由があるにせよ、このまま何もせずにいてはほぼ間違いなく自分たちは負ける。フェンリルは羽子板を「剣」にし、冷気を纏わせていく。
「まあいい。どちらにせよ、こちらも技で対抗するまでのことだ」
 羽根が射程距離に到達する。その瞬間を見計らい、フェンリルは羽子板を振りぬいた。
 クロスファイアによる摩擦熱が消え、その代わりに冷気が押し寄せる。今度はレオンがそれに応じる番だった。
「やっぱやるなランディ! だが――」
 羽子板を両手で持ち、フェンリルのアルティマ・トゥーレに対抗する構えを見せる。
「あえてオレはそれごとぶっ飛ばしてやるぜ!」
 レオンが冷気の乗った羽根を打ち飛ばす。多少のダメージはあったが、別に大したことにはなっていない。そしてその狙いはセイルとフェンリル、両者の間の床。
 だがそこを黙って見逃すようなセイルではなかった。
「アハハハハハ! そんな簡単に受けるわけねえだろうがよッ!」
 セイルはレオンと同じく羽子板を両手で持つと、自分の足元に落ちる予定だった羽根を思い切り掬い上げた。しかも彼女はそこで「ソニックブレード」を同時に放っていたため、打たれた羽根は音速並みの速度をもって、レオンと大吾の間を通過していった。
「あれではさすがに返せませんね。勝者、セイル、フェンリルペア」
 フィリップの裁定が下った瞬間、大吾はその場で仰向けに倒れた……。

「さぁ〜て、それじゃあバツゲームとして、これを食べてもらいましょうかねぇ」
 普段無表情のはずのセイルだが、今は自作の紅白饅頭を食べさせられることに満面の笑みを浮かべていた。
「……バツゲームにするにしちゃ、見た目は普通だよな」
 レオンは知らなかったが、セイルの料理は「見た目はとてもいい」のだ。普通は見た目も悪くなるのだが、それが起きないあたり、彼女の才能なのかもしれない。
「ま、別にいいか。いただきま〜す」
 レオンが饅頭を1口かじると同時に、セイルは大吾に無理矢理饅頭を食べさせる。
 饅頭を飲み込んだ次の瞬間、彼らの胃の中が地獄と化した。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
 一体どうやればそのような発声ができるのかわからない、まさに奇怪な「音」を発し、レオンと大吾の2人はその場で気絶した。完全な食中毒である。
「あれ、なんで2人は死んだように寝てるんですか?」
「うわっ、なんという威力だ!」
「ちょ、これはさすがにまずいですよ! 救護班〜!」
 1分も経たない内に救護班のクレア・シュミットと鏡氷雨が駆けつけ、2人に応急処置を施す。生憎「天使の救急箱」しか無いため、完全に毒を取り除くことはできなかったが、ひとまず大吾とレオンは意識を取り戻した……。

「な、なんつーモンを食わされたんだオレは……。あれ1つでうちの団長も……、いやあの人は甘いもんは駄目とか聞いたことあるから、大丈夫といえば大丈夫か」
「その前にお前の腹が大丈夫なのかどうかが知りたいぞ、ダンドリオン」
「やっぱり少し休憩がてら、救護所に行った方がいいんじゃないんですか?」
「いいや、大丈夫だ! この程度の痛みで参るようなオレじゃねえよ!」
 だといいが。フェンリルとフィリップは同時にそう思った。とはいえレオンは、永遠に痛みを我慢するような男ではないので、本当に危ないと思ったら自ら救護所に行くだろう。
 そこにさらなる挑戦者がやってくる。ルカルカ・ルー(るかるか・るー)とそのパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、そしてザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の3人だ。
「明けましておめでとうございます、レオンさん。今回は楽しそうなお誘いをありがとうございます」
「おぉ、明けましておめでとう。3人とも挑戦者?」
「ええ。まあ実際には自分とルカルカの2人なんですけどね。それで、交流を深める意味も込めて、ダブルスなんてどうですか?」
「オレはもちろんいいぜ。ルー少尉はどうされますか?」
 目の前にいるイルミンスール生のザカコは別として、ルカルカは第四師団の少尉であるため、レオンはどうしても敬語になってしまう。
「ルカはもちろんいいよ。それで、もう1人はフィリップさんなんかどう? 教導イルミン混成ペアってことで!」
「僕ですか? ……まあ、いいですよ?」
「何で疑問系なのかは気になるけど、とにかくこれで決まりだね!」
 こうして、ザカコとルカルカのペア、レオンとフィリップのペアが構成された。残ったダリルは観戦に回るという。
「俺はここで観戦させてもらおう。少しばかり見たいものもあるしな」
 ダリルが特に見たいのは「レオンの動き」である。彼が同じ銃を使う人間としてどのような癖があるか、どのような長所と短所があるのか見極めるつもりでいた。
「それでは、残った俺が審判をやろう」
「あ、ちょっと待って」
 フェンリルが審判を行う位置につこうとしたその時、ルカルカからストップがかかった。
「ところでレオン、このリストバンドやレッグバンドだけど外した方がいいかな?」
「は?」
「いやこれね、ルカのトレーニング用の重りなんだけど、外しちゃってレオンは大丈夫かな〜、と思って」
「はぁ……、どれだけの重さかは知りませんが、外したいなら外してもいいんじゃないでしょうか」
 ルカルカが教導団内でどのように呼ばれているかはレオンも知っているが、実際にどの程度の筋力を有しているのかを見たことは無い。あったとしても明確な数値としては知らないため、レオンとしてはこう答えるしかないのだ。
「そう? じゃ外すね」
 言ってルカルカは左のリストバンドを外しにかかった。確かに重りが入っているのだろう、外すのに手間取っているようだ。
 10秒後、ようやく左のリストバンドを外すことができた彼女は、足元にそれを落とした。直後、何やら地響きのような音が聞こえた。
「? あの、ルー少尉? 今、不穏な音が聞こえませんでしたか?」
「え、気のせいじゃないの?」
 言いながら右のリストバンドも外し、床に落とす。やはり地響きが聞こえた。
「いやいやいやいやちょっと待ってくださいよ! 間違いなくそれから音がしましたよね!? さっきから聞こえてた『ドスン』って音はやっぱそれが原因じゃないですか!」
「え、そんなに音が響くの?」
「響くどころか足に振動が来てますよ! 一体何キロあるんですかそれは!?」
「えっと、これ1つでたったの100キロ?」
「たった!? 今『たった』とか言いましたね!?」
「だってこれでもルカには軽い方なんだよ?」
「少尉にはそうかもしれませんがオレらパンピーにしてみればマンガですよ!」
「まあ、あえてフォローを入れるなら、ルカはドラゴンアーツの使い手だからな。多少の重りはどうにでもなる」
 とはいえフォローを入れたダリル本人も、この重さには呆れるばかりだった。
「まあ確かにドラゴンアーツ使いならしょうがないか……、いややっぱ無理です! 無理にも程がありますって! やっぱりハンデくださいハンデ! っていうかオレだけならまだしもフィリポもいるんですよ、コイツひ弱なんですよ! 本当に申し訳ないんですがコイツのためにもハンデつけてやってください、いや、マジで!」
「え〜?」
 見れば確かにフィリップが青ざめている。先程のルイ・フリードとの試合でも似たような目に遭ったのだ。パワーヒッターが恐ろしく感じるのは仕方がないかもしれない。
「しょうがないなぁ、それじゃバンド付け直すね」
「いや本当にありがとうございます!」
「……わかったかレオン。あれが【教導団の生体兵器】と呼ばれる所以というやつだ」
「だ、誰が【最終兵器乙女】よ!」
「誰も【最終兵器乙女】とは言ってないがな」
 ダリルの説明が身にしみるレオンであった。
 しばらくの後、ルカルカはリストバンドを付け直し、フェンリルから試合開始が告げられた。
「では、試合開始」
 フィリップを先攻に試合は始まった、のはいいのだが、彼は打つのを一瞬ためらった。
 それというのも、ルカルカが何やら奇妙なポーズをとっていたからである。膝を曲げつま先立ちをし、腕をだらりと下げ背を反らし、それでいてステップを踏んでいるのだ。
「あっ」
 口から声が漏れたかと思うと、フィリップは力の無い1打を打ってしまい、それをザカコが受ける。
 その後もしばらく、フィリップだけではなくレオンもルカルカの動きに対し、強い1打を入れることができないでいた。
「なんでしょうあの人……、さっきから奇妙なんですよね」
「お前もそう思ったか」
「レオンさんもですか。実は、非常に表現が難しいんですが、あの人の背後に『ドドドドドド』とか『バン!』とかそういう『効果音』が見えてしょうがないんです」
「……お前も全く同じことを思ったか」
 実はその動きとは、銃舞とメンタルアサルトを組み合わせたステップだったのだが、ヘクススリンガーやコンジュラーの性質にそれほど精通していない2人にはわからなかった――フィリップは一応コンジュラーについて知ってはいたが、明確に「どういう技がある」とか「どんな動きをする」といった深いところまでは知らなかった。
「ほらほら、いつまでもおかしな顔をしている場合ではありませんよ!」
 ザカコが羽子板に炎を纏わせて打ってくる。確かに彼の言う通りだ。今は羽根突きの最中、油断はできない。
「また炎ですか。氷術って、意外と疲れるんですけど……」
 燃えながら飛んでくる羽根を、フィリップが表面に氷を張りつけた羽子板で打ち返す。
「甘い甘い! リターンだよ!」
 カナンの女神イナンナの加護を受けたルカルカは「羽根が向かってくる」という危険を察知し、ドラゴンアーツを乗せたカウンターを叩き込む。
「しょうがない。だったらピンポイントで狙ってやるぜ」
 高速で飛んでくる羽根を正確に捉え、レオンは羽子板を操る。シャープシューターの技術をもって打ち返された羽根はザカコに向かう。
「さらにリターンです!」
 ザカコは、今度は羽子板による轟雷閃で打った。フィリップの雷球ショットと違い、羽根自体に雷電エネルギーが移っているため、羽根に触れれば感電してしまう。
「それなら、レオンさん、後頼みますね」
「は? おいフィリポ、何を?」
 言いながらフィリップは羽子板に氷を吸着させ始める。先程も使った「氷の盾」をまたやるつもりなのだ。
「しょうがねえな……。OK、こっちもまたあの手でいってやるか!」
 飛んできた羽根がフィリップの羽子板に命中し、その電撃がフィリップに流れ込む。だが羽根は打ち上がった。レオンはそこを見逃さず、落ちてきた羽根に「クロスファイア・ショット」を叩き込んだ。もちろん対戦相手の間の足元を狙うことも忘れない。
「へえ、なかなかやるじゃない。でもね――ザカコさん!」
 ルカルカが隣のザカコに目配せをする。ザカコはそれで理解した。「アレ」をやるのだと。
「ええ、いきましょう!」
 レオンのショットにザカコは冷気を纏った羽子板で対抗しようとする。アルティマ・トゥーレだ。
 そしてそれをザカコは、真上に打ち上げた。
「な!?」
 その次に見えたのは、天高く――会場は屋内であるため厳密にはそれほど高くはないのだが――跳び上がり落下してくるルカルカの姿だった。
 それはドラゴンライダーの技「龍飛翔突」の動きだった。ルカルカはその動きに従い、羽子板の先端部分で羽根を打つ。
「ア〜ンド、サイドワインダー!」
 打つ瞬間に彼女はアドベンチャラーの必殺技とも呼べる「サイドワインダー」を上乗せしようとしたが、打たれた羽根はまっすぐ飛んでいくだけだった。
「あれ、おかしいな。左右に分割されるはずだったのに……」
 サイドワインダーとは「2本の矢を同時に放ち、左右から攻撃する、弓矢の技」である。この技に必要なのは「2本の矢」に相当する飛び道具であり、羽根1つでは使いようが無く、それ以前に羽根を破壊してしまったらどのようにして勝敗を決めればいいのかわからなくなってしまう。
「おっと、失敗ですか、少尉?」
「いえ、まだ終わりじゃありません! 名づけて、流星イズナ落とし!」
 叫んだのはザカコの方である。彼はルカルカがショットを行うのに合わせ、羽根に「奈落の鉄鎖」を上乗せした。重力に干渉がかかった羽根が高速でレオンに迫る。
「うげっ!?」
 もちろんレオンは慌てざるを得ない。思わず突き出した羽子板は羽根に命中し、そのままふらふらとルカルカの目の前に飛んでいった。
「じゃあ、トドメいっちゃうね!」
「どわあっ!?」
 床に降り立ったルカルカは弱々しくやってきた羽根を、ドラゴンアーツによるショットで打ち返す。それは偶然だったがレオンの顔面に飛来し、思わず防御態勢をとったレオンの羽子板に命中した。羽根攻撃を食らったレオンはそのまま15メートルほど吹き飛ばされ、しばらく床を転げまわる破目になった。
 それはレオンに対する、ルカルカの「とどめの一撃」だった。
「そこまで。勝者、ルカルカ、ザカコペア」

「いい勝負でした。ありがとうございます」
「お疲れ様、2人とも!」
「ど、どうも……」
 疲労困憊というべきレオンとフィリップの2人は、ザカコから握手を受け、ルカルカからはスポーツ飲料とチョコレートバーをもらっていた――ほぼついでに形になるが、審判を務めたフェンリルにも渡された。
「で、2人とも、今の気分は?」
「ハイブリッド羽根突きで負けた気分です」
 2人は同時にそう答えた。
「さて、お疲れのところ申し訳ないんですが、命令権でレオンさんに質問させていただきましょうかね」
 最初にバツゲームを行うのはザカコだった。
「おう、何でも聞いてくれ」
「……ぶっちゃけ、レオンさんの魔鎧って、いつになったら見られるんですか?」
「は?」
「いえ、自分たちに魔鎧を紹介してくれた立場だというのに、レオンさんの魔鎧姿を全く見たことがありませんので……」
「……これだな」
 レオンはポケットに手を突っ込み、そこから1枚の写真を取り出した。
「これがオレの魔鎧だ」
「これって……、パラミタ種族紹介図鑑(マニュアル『ワールドガイド』の種族ページ)に載ってる『魔鎧』のイラストそのままじゃないですか!」
「そう。その紹介イラストのモデルになったのが、オレの魔鎧のパートナー、アイゼンなんだよ」
「マジですか!」
「まあオレが魔鎧を装着した姿、となると……、そいつはまだ『未定』としか答えられねえな。まあ、その写真で想像するってことで我慢してくれ」
 幸いにしてアイゼンは「フルプレート型の魔鎧」であるため、レオンが装着している姿は想像しやすいだろう。ひとまずはこれでお茶を濁すことにした。
「じゃあ、今度はルカの番ね。ルカもレオンに質問」
「はい、何でもどうぞ」
「レオンてさ、今は言ってみたら『ソルジャー』だよね? この後はどうするの?」
「この後、とは?」
「えっと、つまり『スナイパー』と『ヘクススリンガー』、どっちを目指してるのかな?」
「あ、スナイパーです。目標を狙い撃つぜ、です」
 第3章でも書いたが、レオンが最も得意とする戦闘方法は「狙撃」である。今でこそカービン銃を扱う身ではあるが、いつかは狙撃主体である狙撃手になることを考えているのだという。
「となると、やはり気になった点があるな……」
 試合中、ずっとレオンの動きを観察していたダリルがレオンの癖を見抜く。
「スナイパーを目指しており、やはり狙撃が得意だからだろうか、お前はあまり動かないな。場合にもよるが、特に戦場では一生同じ地点で過ごすわけではない。状況次第でスナイパーといえども動く必要はある。もうちょっと定期的に動くようにした方がいい」
「……勉強になります」
「確かにこの羽根突きでやたら動いたのって、むしろ僕のような気がします……」
 その言葉を最後に、2人はしばらくその場で仰向けに休憩した。