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リアクション
3-2
一月の救急車ほど切なくなる乗り物はない。
どこかのおじいちゃんかおばあちゃんがお餅を喉に詰まらせる姿がありありと浮かんでしまって切なくなる。
危うく死にかけた雪だったが、身につけたデスプルーフリングが死に対する抵抗を高めてくれたおかげで九死に一生を得て、ちょうど同店の新年会に出向いていた空大病院の医師による応急処置を施され、そのまま搬送されていった。
「雪さんが緊急入院……これは巫女☆巫女チャンスでござる!」
パートナーの大変な時にこんな不謹慎なことを口走るのはこの男。
雪の残念すぎる契約者、巫女バカ一代の坂下 鹿次郎(さかのした・しかじろう)だった。
「アゲハさん! 拙者、鍋を最も美味しく食する方法を知ってござる!」
鬼の居ぬ間になんとやら、目を少年のように輝かせてアゲハを見る。
「食は食材と味覚だけにあらず、嗅覚すなわち匂いも大切! そして視覚でござる!」
「なんの話?」
「つまり見た目によって味は大きく変わるのでござるよ。目隠ししては全て台無し、食べ物への冒涜でござる。特にちまたで聞く闇鍋などお百姓さんに腹切って詫びても詫びきれぬ愚考でござる。だが逆に考えてみるでござるよ」
「逆……?」
「視覚を楽しませればより一層楽しめるのでござる! と言うことは、イコールこれを着るでござる!」
鼻息をふーふー荒くして畳の上に並べたのは『巫女装束』である。
「流行に敏感なギャルの間でも今一番のブゥムは巫女装束の他無いのでござるよー! 例えどんな不味い料理でも巫女さんと一緒に食べるのであれば、極上究極至高の神の食物と昇華するのは言うまでも無いでござるー!」
「それでメシが美味くなるのあんただけじゃね?」
適切な突っ込みであるが、ノリだけで生きてるカリスマギャルとしては巫女服着用はやぶさかではない。
まじまじと見つめたあと、自前のビキニの上から羽織ってみた。
「おおぉ……、酉の市風味の頭で和装がマッチして壮大なシンフォニーを奏でているでござる……!」
「んーでも、ちょっとダサイかも」
「そんなことないでござる! ナウイでござる!」
「なんかあんたに言われるとますますダサく感じんだけど」
そう言うと、アゲハは着物をずらして、生肩をむき出しにする花魁風の着こなしにした。
これは2010年の夏にも一部で流行を見せたスタイルなので、これを見ている女子は絶対に参考にするように!
「こっちのほうがイケてねー?」
「はうわっ!!」
鹿次郎からどくどくと流れ落ちるのは感動の涙……ではなく無論のことノーズブラッド。
「拙者の嫁さんになってくれでござるー!」
にゅるりと服を脱ぎ捨ててアゲハに飛び込む彼をさらりとかわし、ペディキュアの光る生足で踏みつける。
「巫女オタクうぜー」
「巫女さんに踏まれてるでござる! 花魁巫女さんに踏まれてるでござる!」
けれどもなんだか嬉しそうだ。
「な、なにをしちゅうが、鹿次郎……!」
その光景を目の当たりにし、相棒の岡田 以蔵(おかだ・いぞう)は一升瓶片手に驚愕の表情を見せた。
「うらやましいがじゃ……! いくら払ったぜよ、ひっく……、いくら払ったらわしも踏んでもらえるぜよ!」
「おっさん、酔っぱらってんの?」
「ひっく、あー? 肉かぁ? 肉が足りんがか?」
以蔵は鍋に具材がほとんど入ってないのを見つけた。
「わしに任せちょきそこらほっつき歩いちょる動物適当に狩ってきちゃらあ」
完全に酒に飲み込まれてしまった以蔵はふらふら……、大学病院の新年会にそれとなく潜り込んだ。
「おおーお肉様がさわち皿に乗ってうろうろ歩いちょるが」
とかなんとか意味不明なこと話したあげく、肉の乗った皿をちょろまかして戻ってきた。
「こんだけこじゃんと食いもん持ってきちゃったがじゃ、この後でわしとちっくとええことせんかえ、ふっへっへ」
「うぜー、この酔っぱらい」
「その前に……まだ鍋将軍のほうの試食が終わってないんだが……」
思いっきりそれた話を元に戻し、味帝王と鍋皇は品評に移る。
「実食!」
ふたを開けるとほっこりとした湯気にゆらぐ、高級食材の姿が目に飛び込んできた。
ならず者の鍋が美味そうなのは正直腑に落ちないが、見た目だけで言えばよどみ鍋より全然素晴らしい。
「ほう……では、頂こうか」
「ええ」
神妙な面持ちで口をつけた瞬間、一斉に吐き出した。
「おげええ!! な、なんだこの全身に広がる不快感は……! 変な汗……いや皇帝液が出てきたぞ……!」
「き、気持ち悪い……! いったいなにでダシをとったのですか!?」
「え……なにって、スープは店が用意してくれたものだが?」
予想外の反応に将軍たちも戸惑うばかり。
一応自分たちでも試食してみる。
「おげえええ!! く……臭い! 臭いでござる、殿ぉ!」
「うぬぬ……、このダシを取ったのは誰だぁ!」
激昂した将軍はその辺をぶらぶらしてるバイトのメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)を呼びつける。
「ど、どうかされましたかぁ?」
「どうもこうもあるかぁ!!」
かくかくしかじかと事情を話すと、メイベルはこれこれうまうまですね、と厨房に走る。
厨房に入ると、ドリンクの準備をしていたパートナーのフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が目を丸くした。
「そんなに慌ててどうしたんです?」
「た、大変ですぅ……! 鍋将軍さんからクレームがきましたぁ……!」
「最近ちまたを騒がせる例のマイナス方向に進化してしまった美食家の方々ですね?」
「そうなんですぅ。もうカンカンでダシを作った奴を連れてこいってぇ〜……」
それを聞いて、もう一人のパートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が眉を寄せる。
「なにそれ、超偉そう……」
「どうしましょうぅ……このクレームで時給が引かれたりしたらバレンタインを生き残れません〜」
実は彼女たちはやがてくるバレンタインデーに備え軍資金を稼いでいたのだ。
リア充爆発しろって思われる方もいるかもしれないが、男女のいんぐりもんぐりを抜きにしても、2月14日は世にさまざまなチョコがあふれるスウィートな日。食いしん坊の乙女にはそれだけでも魅力的なイベントなのである。
で、メイベルは恋愛目的なのか食欲目的なのか気になるところなのだが……。
「リア充爆発しろ? リアクションなら多く参加していますからそこそこ充実していると思いますが、さて?」
とのことである。
「……ってそんなこと言ってる場合じゃないですぅ」
「困りましたわねぇ。あの人達はお店を潰すのが目的のようですし、お給金自体がでなくなる可能性も……」
「……やっちゃおっか?」
そう言うと、セシリアは作業台の上のチョコレート・フォンデュに使うさまざまな食材……バナナ、いちご、キウイ、ビスケット、ポッキー、ミニクロワッサン、マシュマロなどを野球のバットのフルスイングで吹き飛ばした。
それからバンバンッと作業台を叩いて準備万端である。
「よし、じゃあこのバットで説得してくるよ!」
「すこし待ってもらってもいいでしょうか?」
フィリッパが言った。
「その前に。そのスープに問題ないか確認しましょう、万が一こちらの落ち度だと大変なことになってしまいます」
そして、調理担当のシャーロット・スターリング(しゃーろっと・すたーりんぐ)に目を向ける。
「え……? お鍋のダシですか? あちらの寸胴鍋にありますけど?」
シャーロットは隅に置いてある寸胴鍋を開けてみた。
ダシは黄色と碧色の中間のような色合いで、かなり深くダシが取られているらしくかなり濁りが入っている。
「……なんかくさいです」
鼻を抑えると後ろから覗き込んでいたメイベルたちも顔をしかめた。
「なんだろう、この匂い……。大型の肉食獣みたいな、動物園でする匂いに似てない?」
「言われみれば獣臭いですわ。でもそこはかとなく電車で見かける体臭の濃い殿方の匂いにも似てるような……?」
とその時、ごぽっごぽっとスープの表面が泡だった。
「な、なにが起こるんですぅ!?」
そして、ざぱぁーっと中から赤城 長門(あかぎ・ながと)が浮上してきた。
なにが起こっているかわからねーと思うが筆者にもわからねー。でも状況をおおよそ解説してみるとこうだ。
アゲハから送られてきたメールには『鍋の食材を持ってこい』とあった。それに対し筋肉脳の彼が考えたすえ思いついた食材はなんと『自分』だったのだ。おのれでダシをとる名付けて『ムキムキ漢鍋』。いわゆる悪夢である。
「おおぅ、長いことダシをとっていたら眠ってしまったけぇ……」
「あ、あなた……、そこでなにをしてるんです……?」
「決まっとるけぇ。オレのダシをとっていたんじゃ。どうじゃ、オレのダシは鍋将軍に喜ばれたろう」
「その逆です。もうカンカンに怒ってます」
「なにィ……? 奴ら武闘派美食集団じゃなかったんか? 武闘派なら同じ武闘派であるオレに舌鼓を打つはず……!」
湯船……じゃなかったダシ汁の中でふんっとポージングを決める。
「いいダシが出るように限界まで筋トレをしてから汗とともにダシをとったんじゃがのぅ」
「うっぷ……」
シャーロットは気分が悪くなってげーげー吐き出した。
「……どうしましょう。将軍さんにこのことをおしえたほうがいいんでしょうかぁ?」
「メイベル様、それはやめたほうがよろしいのではないか、と。将軍様はともかくお店が営業停止になってしまいます」
ショックを受ける四人をよそに、長門はドラム缶風呂に入ってる感じでくつろぐ。
「まあなんでもいいが、折角出たダシじゃ。残りはスタッフの方で美味しくいただいて……」
「いらないですぅ!」
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