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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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【カナン再生記】名も無き砦のつかぬまの猶予

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段取りも身について、作業のはかどる三日目

「ほら、そうすれば城壁に取り付かれてもすぐに対応できるじゃない」
「そうかもしれなけど、でもさすがにそれをすぐに作るのは難しいだろ。人手もそうだが、もう一枚壁を作るんならそれだけ資材も必要なわけだろ?」
「そうなのよねぇ、そこがネックなのよ」
 マクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)多比良 幽那(たひら・ゆうな)の二人は、砦のおおまかな見取り図を広げながら、意見を出し合っていた。
「飲み物もらってきました」
 そこへ、御堂 椿(みどう・つばき)がマグカップを三つお盆に乗せてやってくる。外での肉体労働中なので、マグカップの中身は濃いめのコンソメスープだ。
「ありがと」
「さんきゅ」
「いえいえ、それで、何のお話をしていたんですか?」
「ああ、城壁の改良案なんだけどな」
「この城壁の周りに、ぐるっと城壁で囲うのよ。いざという時に倒せる二重構造の城壁ってわけ」
「なるほど、それは凄いですね」
「できたら確かにすごく有効だろう。けど、材料と人手がな。倒して使うことが前提でも、簡単に崩れるわけにはいかないから、それなりのものである必要があるだろ。けど、今の修復作業の材料だって、瓦礫とあとはシャンバラから持ち込んだもので回してるから、もう一枚城壁を作るのは正直無理っぽい」
「そうなのよねぇ」
「それに、倒したら再利用できないってのも難しいよな」
「物資を使い捨てられるほど、ここには余裕ありませんからね」
「やっぱ無理かぁ、いい案だと思ったのだけど」
 話し合いをしている三人の耳に、鐘を叩く音が届く。休憩も終わりの時間のようだ。
「ま、とにかく今は城壁の修復作業だ。やりながら、色々考えてみてまた話し合おう」
「そうね、それじゃまたあとで」

 砦の内部の修復作業と共に、城壁の補修作業も進められていた。
 早い段階からコンクリートの精製が軌道に乗ったので、思いの他こちらの工事も進行が早く進んでいる。見た目通りの防御力を取り戻すのにそう時間はかからないだろう。
 城壁の上まで石材を運んできた清泉 北都(いずみ・ほくと)リオン・ヴォルカン(りおん・う゛ぉるかん)の二人は、そこで遠くを見ているメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の姿を見かけた。
「なにか見えるのかい? もしかして、敵を見つけた?」
「あ、そんなんじゃないですぅ。ただ、寂しい景色だなぁ、と」
 言われて、北都も景色に目をやった。一面がひたすら砂で覆われてしまっている景色は、ここが約束の地と呼ばれた面影を一切残してはいない。
「そうですね」
 リオンも同意する。
「メイベル様、こんなところに居たのですか」
「やっと見つかりましたか、もう、驚かせないでくださいよ」
 そこへ、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)がやってくる。ステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)も一緒だ。
「あ、ごめんなさいですぅ。ちょっと、景色を見てしまったですぅ」
「景色ですか?」
 フィリッパも、ステラも一面が砂に覆われた外に目を向ける。
「ここが、今みたいに砂に覆われる前に戻ればいいねぇ」
 北都がなんとなしに、そう口にした。今は姿が見えないが、この砂地のどこかにまだ敵は潜んでいるのだ。
「人質交換は、どうなるでしょうか………皆様も意見を聞かれたのですよね?」
「はい」
 フィリッパの問いに、リオンが答える。
「どうなるかはわかりませんが、ウーダイオスを暗殺するような人が出てこなければいいのですが」
「どうだろうねぇ、僕にそんなつもりはないけど………けどまぁ、そんな人はきっと居ない、って思うことにしておくよ」
 北都の言葉に、リオンもそうですねと同意する。
 もやもやとしたものはあるかもしれないが、それに頭を悩ませているほど時間はないのだ。物事はなるようになるもので、時がくれば結果もわかるだろう。その時が来た時に、この城壁が必要になるかもしれないから、今直さないといけないのだ。
 三人に挨拶をして、北都とリオンは自分の作業に戻ることにする。
「こんな砂だらけになる前は、ここからどんな景色が見えていたんだろうねぇ?」



 城壁そのもの修復も大事だが、ただ壁があるだけでは意味がない。城壁の上から攻撃できてはじめて効果を発揮するのだ。
 思えば、先日の戦いでは城壁の上からの攻撃はほとんど無かった。その詳細な理由はわからないが、もしかしたら武器が無かったからかもしれない。
「ごめんなさい、ありがたく使わせていただきます」
 乃木坂 みと(のぎさか・みと)は、ワイバーンの死骸から皮を剥ぎ取っていく。耐火性に優れ、刃物にも強いワイバーンの皮は様々な用途に用いることができる便利な素材だ。
「ふぅ、やっぱりあんまり気がすすみませんわね」
 武器が無いなら、作ればいい。投石器や、バリスタのような兵器は高度な技術がなくても、ある程度の知識と工作技術があれば作ることができる。問題は素材や材料だが、まだ砦の外には前回の戦いの名残が多く残っていた。
「でも、仕方ないですわよね。できることをやりませんと、今度はわらわがこうなってしまうのかもしれないのですから」
 使えるものは全て使う。言うのは簡単だが、実際にやろうとすると案外大変なものだとみとはしみじみと実感していた。
「とりあえず、このぐらいでいいかしら」
 サンタのトナカイのソリには、弓やら剣やら鎧やらがだいぶ積み込まれている。この辺りで集めたものだが、相当な量だ。とりあえず、一旦戻って置いてこないとこれ以上は積めないだろう。
 サンタのトナカイが浮かび上がると、少し離れたところに人影を見つけた。一瞬、偵察兵かと身構えたが、ここでちょくちょく見かけている人だった。何をしているのかわからない。とりあえず、荷物運びを優先することにする。
 相沢 洋(あいざわ・ひろし)の姿はすぐに見つけることができた。城壁の上で何やら作業をしているようだ。
「ただいま戻りましたわ」
 声をかけて、直ぐ横に下りる。
 洋はじっと遠くを見ていたが、声に気づいて振り返った。
「何かあったのですか?」
「いや、随分と見晴らしがいいなと思ってな。これだけ見渡せるのなら、なんで前回あれほど接近を許したのか………今はあり難いがな。これなら、ここでの長距離砲撃はかなりの効果が見込めるだろう。それより、首尾はどうだ?」
 洋はトナカイの積荷を確認する。
「ふむ、これで全部か?」
「まだまだたくさんありましたわ。ただ、一回で運べる量はこれぐらいですわね」
「そうか。なら、材料に関しては問題なさそうだ。できれば、機関砲を設置したいところだが………誰かに頼んで運んでもらうとして、弾薬の補給の問題が解決できない以上使い物にはならんからな」
 防衛用の機関砲ともなると、ばら撒く弾薬の量は個人携帯の武器とは比べ物にならない。それを補うには、相当な備蓄と補給経路の確保は必要となる。個人が飛空艇で物資の持ち込みをしている現状では、全方位をカバーするだけの弾薬を用意するのは難しいだろう。それよりも、ありものを打ち出せる投石機の方が応用が利くだろうし、何より岩が降ってくる恐怖を与える効果は大きい。
「さて、あとは俺の作業スピード次第か」
「わたくしも手伝いますわ。なぜメイドが皮をなめす技術を教えられたのかわかりませんが、こんな役立つ場面に出会えるとは思いませんでしたわ」
 二人はさっそく、持ち込んだ荷物を仕分けしていく。
 使えそうな武器や防具は取り置き、損傷の酷いものは兵器を作る素材や、砲弾役にまわしていく。一通り荷物を降ろすと、存外素材にまわせるものが少ない事に気づいた。
「悪いが、もう一度行ってきてもらえるか。できれば大きめの木材のようなものがあると助かる」
「わかりましたわ。あ、そういえば、先ほど少し離れたところに人をみつけましたの」
「敵か?」
「いえ、こちらで何度かお見かけした人ですわ。何をしているかまではわかりませんでしたけど」
「内通者か………材料探しのついでに、少し様子を見てこい。もし、怪しい動きがあるようなら報告だ」
「はい。もし、そうでない場合はどういたしましょうか?」
「全くの白だと思えるなら、声をかけておけ。まだ時間はあるが、砂漠は日が暮れると急激に気温が下がる。今のうちに戻るようにとな」
「わかりましたわ、それでは行って参ります」

「随分と遠くまで来てしまいましたね………戻る時間も必要ですし、そろそろ切り上げましょう」
 ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)は先を歩くジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)に声をかける。
「いえ………あともう少し………」
 ジーナは振り返らずに答えて、歩みを進める。しかし、砂に足を取られてその場に尻餅をついてしまう。
「大丈夫ですか」
「あ、はい。大丈夫です」
 助け起こされたジーナは、服についた砂を払い落とした。
「頑張り過ぎです。そんなに無理をしていると、体を壊してしまいますよ」
「………はい。でも、気になる事があるんです」
「気になること、ですか………先日の戦の………モンスターの行方、ですか?」
「それも気になります。あの子達みたいな大きな体の生き物は、すぐに現れるとは思えません。方法はわかりませんが、神官の人が管理しているのではと思います。けど、それ以上に変なところがあるんです」
「変なところ?」
 この場所が砂漠になっているのは、ネルガルが砂を降らしたからだ。それ以前は、約束の地と呼ばれるほどに、ここは緑豊かなところだったという話だ。
「果てしなく広がる草原を見て、自然豊かな大地とは呼ばないと思うんです。そういうのって、大草原とか大平原とか、そういう風に呼びませんか?」
「そうですね。緑豊かなと言われると、森のようなものをイメージしますね」
「木々は種類にもよりますが、何メートルもの高さになるはずです。砦があれだけしっかり残っているのですから、降った砂の高さはそれ程ではないはずなんですよ。でしたら、砂から樹木が顔を出していてもおかしくはないはずですよね?」
「確かに………しかし、そういった樹木は切り倒されて燃料などに使われてしまったのではないでしょうか?」
「それもあったと思います。けれど、緑豊かな大地の木々を全て切り倒してしまったとは考えにくいんですよ。仮にそうだったとしても、切り株であったり、使い道の無い枝のようなものが残っていてもいいじゃないですか」
「そのような痕跡は、今まで一度も見ていないですね」
 ユイリが注意を向けていたのは、突然襲い掛かってくるかもしれないモンスターや隠れているかもしれない敵兵だったが、それでも何か変わったものを見つけたら気づくはずだ。
「もちろん、まだ想像の範囲です。この辺りが大平原だった可能性もありますからね……」
 考え込むジーナを身ながら、ユイリは感心と呆れが混じった不思議な気分になった。
 モンスターがまだこの辺りに残っていないか、というのが最初に砦の外を調べる理由だったはずだ。かれこれもう何日もこうして外を調べているが、先日の戦で出会ったカニやサンドワームの姿は一向に見つからないでいた。
 暫定的ではあるが、砦の周囲の危険度は低そうだ。なんてユイリが考えているのとは違って、彼女は次々と何かに気づいてはこうして考え込んでいる。その姿勢には驚くし感心するものがあるが、しかしそれで無理をし過ぎるのも考えものである。
 今日はもう帰りましょう、そう言おうとした時ユイリはふと何かの気配を感じ取った。
「こんなところで、何をしていましたの?」
 やってきたのは、みとだ。ユイリもすぐに警戒を解き、自分達がこの辺りの生き物のことなどを調べていたことを伝える。
「そうでしたの。しかし、もう切り上げ時ですわ。ほら、もうお日様があんなに傾いてしまっていますもの」
「そう、ですね」
 結局何も見つけられなかったと、ジーナは少しうつむいてしまう。
「疲れていらっしゃるみたいですわね。少し詰めれば、もう二人ぐらいは乗ることもできるはずですわ」
 みとは、荷物が積まれたトナカイのソリを示す。もっとも、最初から彼女たちを乗せるつもりでいたので、ちゃんとスペースは確保していたりする。しばらく前から、怪しい動きはないかと観察していた事に対するお詫びみたいなものだ、もちろん監視してましたなんて口にしないが。
「せっかくですし、乗せていただきましょう」
 そう言うユイリの言い方に、みとはどこか引っかかるものを感じた。が、気にしないでおくことにする。
「戻ったら、兵士の人達にここがどんな場所だったか聞いてみます」
「それでしたら、そろそろ城壁の修復をしていたみなさんが食事を取るはずですので、そちらに顔を出すとよろしいのでは?」

「ねぇねぇ、垂お姉ちゃんがすごく仲間になりたそうにこっちを見てるよ」
「ダメ、絶対に参加させたらダメだからね!」
 セシリア・ライト(せしりあ・らいと)ライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)は何度もこちらを見ている朝霧 垂(あさぎり・しづり)に聞こえないようにひそひそと話ながら、料理を行っていた。
 話題の垂は、助け出した子供達に怒鳴ったりしながら食事会の場所作りを行っていた。
 彼女の発案で、できる限り人を集めて鍋パーティーを行う事になったのだが、しばらくしてライゼによって追い出されて、こうして会場の準備にまわっていた。
 準備は準備で大変で、大人数にテーブルと椅子は用意できなかったのでシートを広げ、それも足りないので使えそうな布をひっぱってきて広げていく。ガスコンロも数が足りないので、子供達に手伝ってもらって土を掘ってそこに木材の端材を入れて簡単ないろりを作っていく。
 兵士達はみんなやる事があるので、子供達に手伝ってもらっているのだが、遊びたい盛りの子供達が素直に言う事を聞いてくれるわけがない。子供達に振り回されている垂を見るのは、ライゼには中々貴重な光景に思えた。自分と違って、げんこつを繰り出さないことに驚きと不満を覚えないでもない。
「いいのかなぁ、鍋を作ろうって言ったのは垂お姉ちゃんなんだよね?」
「材料を切るだけって約束だったのに、ダシに何かいれようとするんだもん。ダシだけは絶対に守らないと」
 セシリアはライゼの鬼気迫る様子に少し圧倒されてしまった。とにかく、垂をこっちに近づけてはいけないらしい。
 厳重に防衛されているダシは、今日の鍋の味のベースになる大事な大事なものなのだ。それを台無しにされてしまうわけにはいかない。
「なっ! こら、走るな! こけるな! 泣くな!」
「あっちは大変そうだなぁ」
 なんてセシリアは口にするものの、彼女達だって大変だ。振り回されることはないが、大人数の食事を用意しているのだ。食材を切る作業だけでも膨大な量となっている。そのうえ、一人が退場となってしまっているのだ。
「よーし、泣き止んだな。男の子なんだから、ちょっとやそっとの事でわんわん泣くじゃねぇぞ………ん? お前らー、それは投げて遊ぶもんじゃねぇ!」
 息つく暇なく右へ左へ、それでも準備が着々と進んでいくのはひとえに垂の手際のよさだろう。なんだかんだ遊びつつも、子供達もお手伝いをしていないわけではない。
 それでも、一通り準備が終わって、作業を終えた兵士達が顔を出す頃にはさすがの彼女もぐったりとしていた。
「ご苦労様、休む?」
 食器を配膳する傍ら、ライゼはぐったりしている垂に話しかけた。
「いや、まだ大丈夫だ。えぇっと、何すればいい?」
「それじゃ、食器を運ぶのを手伝ってよ」
「わかった」
 他にも切った材料を運んだり、ダシの入った鍋を運ぶ作業もあったが、さりげなくライゼがそういった作業から垂を遠ざける。その徹底具合に、もうセシリアは何も言えない。
 そうしているうちに、修繕作業をしていたメイベル達や、北都も顔出してきた。
 他にも訓練を行っている教官達、他にもどこで何をしているのかわらかない人達もやってきたが、今日の食事会の目的は親睦を深めることだ。誰でもウェルカム、追い払う理由は無い。
「よーし、全部の席に鍋は行き渡ったな。器が無い奴もいないな」
 一通り見てまわった垂が、全員に聞こえるように声を張る。
「それじゃ、今日だけは日本風の食事の挨拶で行くぞ。いただきます!」
「いただきます!」
 みんなで声を合わせて言って、食事会が始まった。