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人形師と、写真売りの男。

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人形師と、写真売りの男。
人形師と、写真売りの男。 人形師と、写真売りの男。

リアクション



1


 ヴァイシャリーの街を歩いている時、聞こえた声。
「写真ーいかぁっスかー? 依頼も請け負うっスよー」
 紡界 紺侍(つむがい・こんじ)の呼び込みを聞いて、神代 明日香(かみしろ・あすか)は思う。
 ――大事な写真なら、もう持っていますもの〜♪
 常に持っている写真を、明日香は取り出して眺めた。愛しの愛しの、エリザベート・ワルプルギスの写真。
 幸せそうな顔で、にこにこしながら写真を見て人形工房まで歩く。
 ――噂通り人形の出来が良いようなら、エリザベートちゃんにお土産として買っていきましょうかね〜。
 喜んでくれるかなあ、なんて考えながら。
 工房の前に、到着。
 そう、エリザベートの写真を見ながら。
 到着してしまった。
 間の悪い事に、件の人形師が写真騒ぎで困っていると知らずに。
「めーなのー! リンスこまってるんだから、しゃしんみちゃだめー!」
 工房の前の人だかりから、そんな声が聞こえた。
 明日香が冷静な状態にあれば、その声を聞いて察したかもしれないが。
 ――エリザベートちゃん、可愛いです〜♪
 写真の彼女にご執心で、周りが見えていなかった。
 そのため、
「めーだってばー!」
「えっ!?」
 写真を取られて、初めて我に返った。
「リンスのしゃしん、だめー!」
「えっ、えっ!? 違います違います、よくわからないけどその写真は違いますー!」
「でもしゃしんだもん! だめー!」
 目の前に居たのは小学生くらいの少女。地団駄を踏みながら言ってくる。
 誰? とか、何? とか、どうして怒ってるの? などと疑問は尽きないが。
「返してくださいよぅ〜、エリザベートちゃんの写真〜!」
 とにかく、返してほしかった。
「えり……? ……あっ!」
 誰の写真なのか理解したらしい少女が、やってしまったという様子で青ざめる。
 涙目になりつつも、明日香はその隙を逃さず写真を取り返した。そして、いつもしまってある場所に戻して、少女から距離を取った。
「お、おねぇちゃん……あの、あの」
 怒る気が失せるほどうろたえる彼女に対して、
「どういうことですか? 事情の説明を求めますー」
 問い掛けると、
「……あの、ね」
 舌っ足らずで拙いながらも、少女は今までのいきさつを話した。
 リンス・レイス(りんす・れいす)が写真を撮られて困っていて、見かねた彼女――クロエが、なんとかしようとしていたということ。
 それを知って、明日香は頷く。
「まちがえちゃって、ごめんなさい」
 ぺこり、クロエが頭を下げた。
「それは……うーん、事情が事情でした。怒れませんね〜……」
 写真も無事に手元に戻ってきたし、謝っているし。
「とにかく、今日は帰ります。立て込んでいるみたいですし」
 お人形は気になったけれど。
 そんな状態で会いに行くのも無理がありそうだから。
「……おこってる?」
 おずおず聞いてくるクロエには、
「大丈夫です〜、写真返してくれましたし。怒ってないですよ」
 優しく言ってあげた。
「また今度、落ち着いてる時に来るですよ。その時はよろしくお願いしますね〜」
 ひらひら、手を振って。
 明日香は来た道を引き返した。


*...***...*


「だからくーちゃん、落ち込んでたのか〜」
 自分の失敗で人を悲しませてしまった、と落ち込むクロエの頭をミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)はよしよし、と撫でた。
「くろえちゃん、げんき、だして?」
 きゅー、っとクロエを抱き締めて、フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)も励ましの言葉を口にする。
「もうだめー。わたしだめー。おてつだいできないー……」
 けれどクロエはうなだれたままで。
「失敗は成功の元とも言うから、それで諦めちゃ駄目だよ?」
 ミーナは、ちょっと厳しいかな、と思いながらもそう言った。
 ひとつの失敗で、進むのを怖がったら駄目なんだ。
 特にクロエのような幼い子は、たくさん転んで痛みを知らなきゃいけない。
「失敗なんて誰でもするよ! ミーナだってするし、フランカだってするもん。ねー?」
「うんっ」
 フランカも友達を励まそうと、いつもより真剣な顔をしている。
「……そ、なの?」
「そうなの!」
「なのっ」
「じゃ、わたし、またがんばる!」
「おー!」
 立ち直ったクロエの手を取って、一緒にばんざい。
「ミーナも手伝うからね!」
「ふらんかも! みーなといっしょに、くろえちゃんのこと、てつだう!」
 まずは。
 さっきクロエが追い払ったらしいが、また湧いてきた冷やかしの人達を追い払うことからだ。
 三人で、工房を飛び出した。


*...***...*


 瀬島 壮太(せじま・そうた)はため息を吐いた。
「ヴァイシャリーに美人が居る! って噂だから来てみたらリンスのことかよ」
 そして呟く。
 と、リンスから「うるさいほっとけ」といつもより数段ぶっきらぼうな言葉が返ってきた。相当参っているようだ。出会った当初並みに酷い。
 例の写真は来るまでに見たが、どうやら盗撮されたらしかった。それもそうだ、だってリンスが望んで写真を流させるはずがない。
「壮太」
 くい、と壮太の服をミミ・マリー(みみ・まりー)が引っ張った。
 わかってる。だから小さく頷いた。
「ミミのこと工房に置いてくから」
「は?」
「オレは盗撮犯探してくるけど、おまえのこともほっとけねーから」
 言うが早いか、壮太は工房を出て行った。
 暗い工房の中、残されたミミが改めてぺこりと頭を下げる。
「壮太のパートナーの、ミミ・マリーです」
「……リンス・レイスです」
 自己紹介をすると、リンスもそれに応えてくれて。
 ――うん。悪い人じゃないみたい。
 初対面だったため、僅かながら緊張していたミミは内心安堵する。
「壮太、きっと犯人見付けてくれますから。だから、大丈夫ですよっ」
「ん……」
 見付けたら、ミミの携帯に連絡を入れてもらう手筈になっている。
 犯人を見付けたら工房に連れてきて謝らせると、来る途中で壮太は言っていた。迷惑をかけたのだから謝らせるのは筋だろうけど、連れてくるにしても一度連絡してワンクッション置いたほうがいいだろうと。
 ――それと、あとは。
 俯きがちなリンスを見て、心配になった。なんだか今にも倒れてしまいそうで。
 ――うん、ほっとけないって言ってたの、わかるなぁ。
 ――だったら、僕の役目は。
 やることを再確認した時、コンコン、とノックの音が聞こえた。ドアからじゃなく、別の場所。裏口だ。
 リンスが立ち上がり、ドアを開けるとそこには、
「どうなっているんだ?」
 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)エイボン著 『エイボンの書』(えいぼんちょ・えいぼんのしょ)が立っていた。
「本郷、」
「待って。中に入った方がいいかも。リンスさんは特に」
 ミミは思わず口を挟む。裏口と言えど、人だかりはすぐ近くにあるわけで。
 話すにせよ何にせよ、とにかく中でのほうがいい。
 涼介は頷いてさっと中に入り、椅子を引いて座った。
「……で、どういうことなんだ?」
 それから問い掛ける。
 表には黒山の人だかり、カーテンは閉まってる。入口でクロエらしき声が聞こえたが、抑制には繋がっていないようだった。
 それで裏から回ってきたのだけれど。
「なんかね、俺の写真出回ってるらしいよ」
「写真?」
「こんなの」
 はい、と渡された写真は、
「盗撮だよな、これ」
「撮られた覚えない」
「それが盗撮だよ」
 はぁ、と息を吐いたリンスを見て、犯人に対して怒りが湧いた。
 本来なら犯人を捕まえに行きたいところだけれど。
「きみを放って行くわけにもいかないしな」
 行けない、とは言わないでおこう。
 放っておいたら壊れそうだから、行けない、とは。
「こういう時は暖かいものに限る」
 それに、カーテンで陽を遮っているせいだろう。いつもより室内は寒い気がした。
「身体が温まれば少しは落ち着くだろう。材料は来る前に仕入れて来たから、またキッチンを借りるよ」
 立ち上がりキッチンに向かい、材料を出す。玉ねぎ、コンソメ、バゲット、チーズ。オニオングラタンスープを作るつもりでいた。
 玉ねぎを切り、飴色になるまで炒めたら同時進行で作っておいたコンソメスープで煮込む。煮込んでいる間にバゲットを二センチほどの厚さに切った。
 それから煮込んだスープを深めの耐熱容器に入れて、その上にバゲットとチーズを乗せて、焼く。焼いている間にエイボンがやって来て、ハーブティーの準備を始めた。
「もったいなかったですわ」
 お湯を沸かしながら、ぽつりとエイボンが呟いた。
「あの写真を撮った方……腕は良さそうでしたもの」
「そうか? 人が嫌がる写真を撮っている時点で、私はどうかと思うな」
「ですから、もったいないなぁって思いましたの。ちゃんとした形で撮影していれば、って」
 相手の肩を持つわけでは有りませんけど、と補足するように言ったあたりで、お湯が湧いた。オーブンの中のスープもいい具合になっている。取り出して、仕上げにコショウとパセリをあしらって、完成。
「なんか懐かしい匂い」
 キッチンを出ると、リンスが言った。
「そりゃそうだ。あの時作った料理だからね」
「……あー、さっきの言葉もだ。なんか聞き覚えあると思ったんだよね」
 身体が温まれば、落ち着くだろう。
 昔弱っていた時も、そう言ってこのスープを作った。
 覚えていたことに対して、少しの気恥ずかしさを感じながら、
「冷めないうちにどうぞ」
 テーブルの上、差し出した。
「ハーブティーも入りましたわ」
 同じく、エイボンが淹れてきたハーブティーをそれぞれの前に置いて。
 しばし、静かな時間。
「俺、変われないね」
「え?」
「前とおんなじ。やらなきゃ、自分で動かなきゃ、ってわかってるのに、動けてない。誰かに頼ってる」
 愚痴とも、弱音ともとれるそれを聞きながら、
「違うだろ?」
 涼介は否定する。
「リンス君は変わったよ。変わってない、って恥じている辺りが、特に」
「……?」
「だって変わってないならその変化もわからないはずだろ? たまにきみは馬鹿だな」
「俺はいつもばかだよ」
 軽口に応えたリンスを見て、ミミが笑った。
「? どうしたの、マリー」
「元気になってくれたみたいだから、よかったって思って。
 だって最初、壮太が来た時は軽口にも憂鬱そうだったもん」
「あ。……うわ。謝りたい。俺がやらなきゃいけないことやらせてるのにその上あんな態度とか……うわぁ」
「大丈夫だよ、きっと壮太気にしてないから。それにね、壮太、リンスさんのことがほんとに大事みたいだから。だから今回の件にも首突っ込んでったんだよ」
 そんな話を横で聞いて。
 いい友達にも恵まれたな、と微笑む。
「やっぱりきみは変われてるんだよ」
 ――でないと、人は集まらないさ。
 どういう意味、と涼介を見てくるリンスの顔色が、来た時よりは良くなっているのを見て、また微笑んだ。