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開け、魔法の本 ~大樹の成績を救え?~

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第2章「試練『心』」
 
 
 『心』への道は細く、そして長く続いていた。
 精霊の力なのか希少な鉱石か、はたまた古代の遺産なのか。洞窟は所々がほのかな明かりを放っている。
 念の為にと松明を持ってきていたエヴァルト・マルトリッツが光を広げながら先頭を歩く。その横に控える御凪 真人が前方に見える緩やかな曲がり角を指差した。
「先ほど俺達が調査したのはあそこまでです。この先は何が起こるか分かりませんから、皆さん注意して下さい」
「あそこか……確かに微妙な気配を感じるな。精神を狙う精霊だからか、はっきりと感じられるほどでは無いが」
 慎重に歩みを進める一行。だが、警戒していた攻撃は予期せぬ方向から予期せぬ者によって行われた。
「! 皆、気をつけろ。アシッドミストだ!」
 やや後方にいた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が空気の変化を敏感に感じ取る。酸の濃度自体は下げてあるものの、代わりに効果範囲を広げた霧がまるで煙幕のように通路に広がっていった。
(さて、後は皐月次第ですね)
 霧を発生させた雨宮 七日(あめみや・なのか)が心の中でつぶやく。その横を日比谷 皐月(ひびや・さつき)が駆け抜け、篁 月夜へと襲い掛かった。
「月夜! 悪いが一緒に来てもら――重っ!」
 自らの目的の為に月夜を連れ去ろうとした皐月。皆の隙を突き、肉薄した所までは良かった。だが、彼にとっての誤算。それは月夜がパラディンだった事である。
 彼女が持つ盾は通常よりもやや大きめな物で、更に左手には片手槍を所持している。おまけに鎧などの装備を含めた人間一人を片手で持ち上げようなどと、何をかいわんや、である。
 ともあれ奇襲で目的を果たす事は失敗してしまった。皐月はダッシュでついた勢いそのままに集団を駆け抜け、前方へと躍り出た。
 ちなみに先ほどの皐月の台詞は普通の女性なら怒りそうなものだが、篁 月夜の性格と、何より彼女の関心が別の所に向いていた為に問題になる事はなかった。
「お前は……日比谷か?」
 月夜が襲い掛かってきた相手に問いかける。
 かつて、皐月と月夜は蒼空学園の高等部で机を並べたクラスメートだった。
 だが、昨年の卒業式直前に起きた事件の際、皐月はとある理由からツァンダ家の令嬢、ミルザム・ツァンダ(みるざむ・つぁんだ)の誘拐を試みてパラ実送りとなってしまったのである。
 月夜は事件当時、所用で学園を休んでいた為に一連の出来事に関わる事は無かった。皐月の退学処分を知ったのは全てが終わり、新学年になってから。それ以来顔を合わせる事が無かった彼と、こんな所で再会するとは全く想像もしていなかった。
「久しぶりに顔を合わせたと思ったら、何の真似だ? 日比谷」
「何、たまたま大樹の奴を見かけたから様子を見てたら、馬鹿な事を考えてるみたいだったからな。ちょっとばかりお灸を据えさせてもらおうと思ったのさ」
「……それと私を狙う事に何の関係が?」
「そいつは後でじっくり説明するさ。とりあえず……一緒に来てもらおうじゃねーか!」
 再び皐月が月夜を連れ去ろうとする。だが――
「そうはさせん。舞え、氷の嵐よ」
 イーオン・アルカヌムがブリザードを放ち、皐月の動きを妨害する。更にパートナーであるセルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が立ちはだかった。
「月夜、お下がり下さい。彼の狙いはあなた。ここは私にお任せを」
 イーオンが護ると決めた相手だ。もしも怪我をさせたり、ましてや連れ去られなどすれば、それはすなわちイーオンの恥を意味する。
 セルウィーにとって、それは何よりも避けるべき事態だった。
「ちっ、余計な手間をかけさせてくれるじゃねーか。仕方ねぇ……卯月、お前の力を借りるぞ」
「分かったわ。あなたの意思で道を切り開いてみせなさい」
 皐月が腕部の装甲をひと撫でする。魔鎧の翌桧 卯月(あすなろ・うづき)がそれに応えると、自らの力を皐月へと送り込んだ。
「はっ!」
 極限まで速さを増した皐月がセルウィーをかわしにかかる。それは余りにも速く、対するセルウィーは意識が反応しても身体がついていかない。何とか最小限の動きで相手の行動を妨害して月夜を連れ去る事だけは阻止したものの、再度の突破を許してしまった。
「素早さに特化した魔鎧の力か。セル、目先の動きに騙されず、目的の阻止を最優先しろ」
「イエス、マイロード」
 イーオンがセルフィーと肩を並べ、二人がかりで月夜を護る。
 ――だが、ここで更に予想外の、ある意味では予想通りの攻撃が始まった。すなわち――

「ヨク来タ、心弱キ者ヨ。我等ノ試練、楽シンデ貰オウ」

「なっ! この光は!?」
 先頭のエヴァルトが突然の光に目を覆う。ローブで光を遮りながら辺りを見回した真人が状況に気付いた。
「そうか……突然の襲撃で気付きませんでしたが、俺達は既に事前調査を済ませたラインを超えてしまっています」
「という事は、試練が始まると――うおぉぉぉぉ!?」
 その場にいた者達を浮遊感が襲う。自身が浮き上がったのか地面が突如消えたのか、どちらともつかぬ不思議な感覚と共にそれぞれが転送され、姿を消した。
「ちょっ、待て!」
 唯一範囲外にいた皐月だけは転送から逃れる。だが、月夜が消えてしまった以上、自らの目的を果たす事は出来なかった。
「皆さん行ってしまいましたね。それで、どうします? 皆さんを追って私達も跳びますか?」
 奇襲が失敗した以上隠れている理由は無い。姿を現した七日がこれからの行動を尋ねる。
「いや、同じ所に跳ぶのかも分からないんじゃ仕方ない。月夜の力は借りられなかったけど、予定通り大樹の奴の目を覚ましてやるとしよう」
 皐月の目的、それは月夜に協力してもらい、虚偽の誘拐事件を演出する事だった。
 さすがに家族と交換なら篁 大樹も本を手放すだろうと考えての事である。
 ……ならば正直に言って協力を要請すれば良いのだが、そこで我が道を突き通るのが皐月と言う男だった。
 一言で言うなら――手段を選ばぬお人よし――だろうか。
 ともあれ、皐月達は大樹が向かった『体』の試練へと向かう為に来た道を引き返し始めた。
「ところで、マルクスがさっきから一言も喋ってないみたいなんだけど、どうしたのかしら?」
 途中で卯月がずっと何かを考え込み続けているマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)へと視線を向ける。もっとも、卯月は今も魔鎧として皐月に装備された状態なのであくまで雰囲気的なものだが。
「いや、篁の者が関わっているのであれば、或いは、と思ってな」
「? どういう意味かしら?」
「何、こちらの事だ……すぐに後を追う、先に篁の息子の所へ向かいたまえ」
 丁度洞窟の入り口へと戻って来た所で皐月達を『体』の間へと続く道へと行かせ、自身は一度外に出る。そして携帯電話を取り出すと、今はカナンにいるという旧友へと連絡を取った。
 
『――こちら篁。ただ今戦闘中だ。用件のある方は5秒後にメッセージを頼む』
「ふむ、出ないか……」
 マルクスが連絡を取ろうとした相手、それは篁家の主である大樹達の父だった。
 聞こえてくるのは1年前に会った時と変わらない、とても39歳とは思えない若々しい声。だが、残念ながら忙し――
『その声はアウルか。久しぶりだな、どうした?』
「……留守番電話から切り替わったようには聞こえなかったのだが」
『ああ、今自分で話したからな。着信相手を確認している余裕が無かったから、少しユーモアを演出してみた』
「それならもっとマシな理由が出てこないものか? 戦闘中というのもどうかと思うが」
『いや、戦闘中というのは本当なんだがな』
 確かに良く聞けば――というか良く聞かなくてもガラの悪い叫び声や銃声、果ては爆発音までが聞こえてくる。割と派手にやっているのは間違いなさそうだった。
「…………かけ直すか?」
『気にするな。野盗相手だからじきに片が付く。聖良もいるしな』
「……そうか。それで用件だが、お前が息子達に送ったという本の事でな――」
 マルクスがこれまでの経緯、シンクの篁家に届いた本を大樹が持ち出した事、それを追って月夜と篁 天音も洞窟に来た事、目的は様々ながらそれ以外にも多数の者が同行している事を伝えた。
 全てを聞いた後に出た篁父の言葉は呆れや怒りではなく、普段と変わらぬ冷静なものでありながらもどこか嬉しさを感じさせる声だった。
『なるほどな。俺の息子達は良い友人達に恵まれているようだ』
「それだけか? 戻ったら息子への仕置きをする、くらいは言うかと思ったが」
『家には透矢がいるからな。俺が言わなくてもあいつがやる。それに――』
「それに?」
『同行してくれた友人達がいるんだ。大樹は馬鹿だが根の部分はうちの誰よりも真っ直ぐだ。彼らが正してくれるなら、その信頼を裏切るような真似はしないさ』
 子供の友人達とはいえ、全てが顔を会わせた事のある相手でも無いだろうに。それらを無条件で信頼出来るのは、それ即ち子供達を信じているからと言えた。
 相手の意思を理解し、マルクスが軽くため息をつく。
「なるほどな……何かしら対処が必要ならそれと引き換えに一つ頼もうと思ったのだが、諦めた方がよさそうだな」
『何だ、何か困り事か?』
 マルクスの頼み、それは皐月と七日についてだった。二人がパラ実送りになったのは前述のとおりだが、同時に彼らはツァンダへの立ち入りを禁止されている立場にあった。
 当主の娘の誘拐を試みたのだから当然の結果ではあるが、マルクスはあれから時期も経ち情勢も変わったので、これを機会に二人がツァンダで行動出来るようにする事も可能では無いかと思い、こうして連絡を取ったのである。
 その策とは、多くの子供達を引き取っている篁父の手で皐月と七日を養子扱いに――即ち、二人を偽造の戸籍で篁家の人間にしてしまう事だった。
 意図と手段を話し、相手の答えを待つ。だが、長い沈黙の末に返って来た反応は色好いものでは無かった。
『――結論から言わせてもらうが、そいつは難しいな』
「そうか……お前なら不可能では無いと思ったのだがな」
『そいつは買い被り過ぎだ。確かに魔道書なんかの存在がある分、パラミタの戸籍は日本に比べて取りやすいがな。それでも何も無い所からポンと出せる物では無い。それにシンクの行政も基本的にはツァンダ家の影響下だ。俺もツァンダ家は知らない仲じゃないが、膝元に敵対者が住もうとするのを見逃してくれるほど甘い家では無いと思うぞ』
 シンクはツァンダと密接している訳ではないが、それでも完全に独立している訳でも無い。ツァンダ家の影響を無視して好き勝手出来るものでも無いのだった。
『もちろん正規の手続きで二人を養子にする事まで不可能とは言わんがな。それでツァンダ家に睨まれた場合、最悪うち自体がツァンダを離れてヒラニプラかヴァイシャリーにでも移転する事になる。それはお前達にとっても本意では無いだろう?』
 確かに、ツァンダに立ち入る為に養子になって、家自体がツァンダから離れてしまっては本末転倒だ。それどころか自分達以外を巻き込んでしまう時点で状況はより悪化すると言えた。
「分かった。無理を言って済まんな」
『気にするな。こっちこそ力になれなくて悪いな。まぁツァンダは無理だが、シンクにたまに遊びに来るくらいならごまかしも利くだろう。これからもうちの奴らと仲良くしてやってくれ』
「ああ、ではこれで失礼する」
『またな。お人好しの友よ』
 通話が切られ、再び静寂が訪れる。
 最後の篁父の台詞、お人好しとは皐月の事を指していたのか、それとも篁父自身の事を指していたのか。
(いや――)
 案外全てがマルクスへと掛かっていたのかもしれない。
 冷静に見える態度に隠れる本質を見透かされたような気になり、マルクスは苦笑しながら洞窟へと引き返すのだった。