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イルミンスール魔法学校

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シャンバラ教導団へ

雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

リアクション



●●雪祭り前夜、二日前。


 開催側や情報の伝播により、イコンの練度を高めるため、皆が雪祭りの開催場に近接する町役場の一角へと集まった。それは既に行事の開催まで、字面通り、間もない日取りの事である。
 それだけイコンの技能はかわれており、期待度も高いのだろう。
 無論イコン使用の是非は賛否両論がある。存在自体に否を唱える人間もいれば、その技術を過信し盲信する者もいる。だがその時その場に集まった面々は、雪像制作と技術向上だけを主として意識していた。あるいは意図して、意識するようにしていたのかも知れない。ロボット兵器であるイコンの可能性は未知であり、いくら『兵器』とはいえ、いかようにも使用する事が可能である、そう思う人間も少なからずいるものだ。二元論に徹する必要は無いのである。
 イコンを用いた平和、それを望む者。
 夏野 夢見(なつの・ゆめみ)などその筆頭で、彼女は雪像案が提出されていく風景を見守りながら、銀色の瞳を揺らしつつ、思案していた。
 ――イコンのこの大きな手で、戦いだけじゃなくいろんな事が出来たらいいな。確かに強いのは、良い事だと思うけど、戦争にしか使われないってのは可哀想だと思う。平和な日常の場にも活躍できる所を作ってあげられたならば……。
 夢見はそんな心情で一人呟く。
「でも、その思いを実現するにはまず実践が必要だね。町長さん、いい機会をありがとう」
 彼女のそんな声を聴いているのかいないのか、四条町長は腕を組んで天貴 彩羽(あまむち・あやは)へと視線を向けていた。現在は、これまでに集まっている雪像案を含めて、町長がイコンで何を制作するのか皆に問うているのである。
「いちおう女王様とかが人気なんじゃないかしら?」
 応えた彩羽の声に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)が大きく頷いた。
「良い案だな。前シャンバラ女王であるアムリアナの雪像を造ろう」
 垂は、アムリアナ・シュヴァーラジークリンデ・ウェルザングの姿を念頭におきながら、そう応えた。アムリアナとは前シャンバラ女王であり、ジークリンデとはその女王だった時の記憶を取り戻した現女王である。――一時、彼女は記憶を失っていたのだ。
「俺は、ロップイヤーのぬいぐるみがニンジンを持って座っているものが良いと思うんだ」
 そこへ対照的な、御剣 紫音(みつるぎ・しおん)の声が響いてくる。美しい見た目をした紫音は、その艶やかな黒いポニーテールを揺らしながら、皆を見渡した。周囲を魅了させるような流麗な声音である。言葉の主である紫音の胸中はといえば、小さい子や女性が喜ぶ像が作れるといいな、という想いで溢れていた。
 だがとても現実的な計画を練っている辺りが、既に練度に長けた天御柱学院の一因だと言える。
 紫音は事前に雪像の雛形になる設計図やミニチュアモデルを用意しておき、それを機体のデータに入れておいて、照らし合わせながら作業をしようと考えているのだ。雪像の作成方法もしっかり思案してある。まずは枠を作って雪を固め、それが終わったら固めたものに下絵を描くという作業工程を意識していた。下絵は前後・左右・上の五面すべての角度から描く予定でいた。
「天貴や朝霧の案も良いな。だがイコンで制作する事をうたっているんだから、イコンの雪像もあった方が良いじゃないか?」
 その時、考え込むような冷静な表情で、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が顎に手を添えた。
「だから俺は、コームラントと瓜二つの雪像を作成するつもりだ」
 ――雪像の大きさは本物とほぼ同じサイズにしよう。
 金色の瞳の奥底で、特技の根回しを発揮し、入手した数々の資料を念頭におきながら彼は考える。
 その隣で、一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が呟いた。
「そうですか。それも良いですね。後はただ、折角各学園の人間が参加しているんですから――私は、それをモチーフにしても良いと思います」
 一人頷いた彼女は、優しげな面持ちの端正な頬を僅かに持ち上げる。
「なので私は、金団長の雪像を造る事が出来ればと考えています」
 彼女の脳裏を過ぎっていたのは、金鋭峰、即ち、雪祭り開催会場の近隣にある、シャンバラ教導団の団長の顔だった。
 ――普段、怖がられている団長もこういう所でイメージアップしていかないと、ですよね。
 そんな思いで、アリーセは意見を口にしたのだった。
「俺も君の意見には賛成だ」
 これまでに集まっている外部からの雪像案へと目を通しながら、榊 孝明(さかき・たかあき)が呟いた。
「テレビ番組のクマ型のヒーロー案は、主催者側が依頼した団体が既に制作済みとして……」
 彼はそう続けると、多種多様な案が詰まった木箱の中身を、共に確認している火村 加夜(ひむら・かや)へと視線を向けた。
「復活を祝った、御神楽環菜の雪像案がありますね。蒼空学園の一員として、是非この雪像は目にしてみたいです」
 蒼空学園の現校長の理解者であるとも名高い彼女は、何度か感慨深そうに瞬いた。
 そんな光景を見守りながら、本当にイコンで雪像作りなど出来るのだろうかと、リリアは不安を募らせる。やってみなければ分からないと思う反面、何処かで、無理ではないかと考えてしまうのだ。だから彼女はひっそりと、嘆息したのだった。


 同時刻、隣室では。
 雪祭りの宣伝について、テスラ・マグメル(てすら・まぐめる)広瀬 ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)、そしてウィルヘルミーナ・アイヴァンホー(うぃるへるみーな・あいばんほー)広瀬 刹那(ひろせ・せつな)が話し合っていた。
 その光景を、螢が見守っている。彼女たちは皆、蒼空学園の生徒だ。だから教育実習に出ている螢もついてきたのである。イコンの操縦練度を高める事を意図して蒼空学園側は参加を打診したのであるが、そこに開催側から加わった集客の依頼。
 一体誰であればそれを的確に遂行する事が出来るのか、そう考えた教職員と螢は、参加を表明してくれた中でも歌唱力に定評がありアーティストとしても集客実績が豊富なテスラと、絵を描く事が趣味であり、絵の守人としても名高い刹那に、イコン練度を高める事以上に、集客をお願いしたのだった。
 その上、蒼空学園外からは集客活動の提案が無かったため、父親に念押しされた螢としても、なんとかして広報活動を頼まずにはいられない。
「本当に宜しくお願いします」
 年若い教育実習生の言葉に、皆が顔を向けて頷いた。
「率直に言ってファイとしては、現在の広告じゃちょっとまずいと思いますです」
 首を捻りながらファイリアが、これまでに開催側で用意していた不明瞭な絵が載るチラシを凝視する。それから彼女は、刹那へと視線を向けた。
「そうッスね、雪だるまのようなものが一体だけだと、あんまり楽しくなさそうっス」
 実際の所、雪だるまなのかさえ判別がつかないイラストである。が、パートナーの声に刹那は頷いてみせた。後ろで束ねた茶色い髪が、静かに揺れる。そうしながら彼女は、静かに紙を取り出した。
「正直に言って、集客を考えるんだったら、男の子向けならこんな感じ、女の子向けならこんな感じ、って、ちゃんとターゲティングした方が良いと思うんスよ」
「具体案はあるのですか?」
 ウィルヘルミーナが尋ねる。金色の髪をした彼女は、地球は英国の、アーサー王伝説や円卓の騎士で名高いさる騎士の英霊だ。リチャード獅子心王の忠臣とされ、スコット卿の小説でその活躍を描かれた事もあるウィルフレッド・アイヴァンホーと元は同名の存在である。現在のファーストネームとの差違や認識の違いに、彼女自身度々とまどう事もある。そんな通常はぼんやりとしている事がある彼女も、真剣な、このような場面では英雄のごとく勇敢で理知的になるのが実際だ。
「男の子向けにイコン、女の子向けにクマとかの動物。あと、大人の人も呼べるように、出店の風景も描き込むっス!」
 応えた刹那は、穏やかに優しげな頬を持ち上げた。
 ――楽しそうに見えるように、ファンシーになるように。
 そんな事を考えながら、ファイリアとウィルヘルミーナ、そしてテスラへと視線を返す。
「露店を中心に、イコンや動物を書き込むようにすればOKっスかね?」
「良い案だと思います」
 華麗な声音で返答したテスラを一瞥してから、ファイリアが大きく頷いた。
「じゃあ早速描いて見て下さいです。そうしたら、ファイが貼って周りますです」
 パートナーのその声に、ウィルヘルミーナが静かに頷いた。
「ボクも行きます」
 その雰囲気を理解して、テスラがサングラスを静かに傾けた。彼女は生来視力が弱いため、屋内でも光を遮るために着用しているのである。
「では私は、別の形で広報活動をお手伝いさせていただきます」
「別の形ですかです?」
 ファイリアの問いに微笑を浮かべたテスラは、繊細そうな顎を縦に動かした。
「開催前の広報活動は特にお任せします。なので私は――今回の雪祭りでは、イコンで制作する事もある種の目玉ですので、当日イコンを用いて宣伝を行ってみようかと考えています」
 その言葉に、刹那が微笑みを浮かべた。
「なるほどっス。それも集客が期待できそうっス」
 当日は、たち並ぶ雪像の風景や人々を絵に描きたいと考えていた刹那は、素直そうな眼差しで何度も何度も頷いたのだった。


 広報を請け負った皆がそんなやりとりをしていた頃。
 雪像案を渉猟していた各学園生に対して、朝野 未沙(あさの・みさ)が声をかけた。
「雪像案は大体決まったんだよね?」
 一同の視線が、彼女へと集まる。
「これは技術者として――イコン整備士としての意見なんだけど」
 一端言葉を句切った彼女は、集まっている皆へと視線を向けながら一人深く頷いた。
「イコンの練度を高める事は技師としても異論は無いけど、イコン自体が寒冷地仕様だとは到底思えないんだもん」
 そう告げた彼女は、セミロングの赤い髪を揺らしながら、言葉を続ける。
「だから機体内で使用されている液体状の物質の凍結防止措置、機体構成物の低温化による脆性化予防措置だとか、するべき事はいくつもあると思うんだよね」
 未沙のその声に、孝明が首を傾げた。
「確かにいつ雪が降るか分からないのが現状だ。特に関節部分などには、何かしらの対策が必要だと思う。――なんとかなるか?」
 彼の声に、未沙が青い瞳を楽しそうに揺らす。彼女は心底イコンを弄る事が好きなのだ。
「機体の表面に付着した雪が、機体の熱で溶けて冷えると凍結しちゃうから、そういった部分のケアも大事だよ。孝明さんが言う通りにね」
 背中にある自作の白い羽を揺らしながら、彼女は続ける。
「特に関節回りで凍結しちゃうと、動きが鈍くなるだけじゃなくて、動かなくなる事もありえるし、無理に動かそうとしたら壊れちゃう事もあるだろうからね。対寒冷地仕様として、機体内部を一定温度に保つ為の保温措置――表面、特に間接部分に付着した水分を飛ばすための放熱措置はしておきたいね。どっちも機体内部で発生した熱を排出するための、排熱機構に手を加えれば簡単に出来るはずだから。そんなに難しくはないんじゃないかな」
 ――適正な技術を持つ人間にとっては。
 その技能を持つ人間の一人が、未沙だった。
「それだけ高度な整備を全ての機体に加えるとすると、他にもイコン整備を特技とする者の協力が不可欠ですね」
 それまで場を見守っていたリリアが心配そうに呟くと、紫音が頷いた。
「俺とパートナーの特技だ」
 紫音の念頭には、綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)の姿が浮かんでいる。
 そこへ彩羽が声をかける。
「私も特技だし、協力するよ」
 彼女は天御柱学園以外の学校の皆の操縦技術が上がる事を、心の内で祈りながら、そう口にした。
 こうして寒冷地でイコンを操縦するための手法の模索が始まったのだった。


 そうして雪像制作を行う予定の者達が、イコンへの寒冷地対策に関して逡巡していた時、近隣の一室で刹那が声をあげた。
「――出来たっス」
 的確にイラストを描き終えた彼女は、眼鏡のフレームを押し上げながら頬を持ち上げた。
「本当ですかです?」
 のぞきこんだファイリアの隣で、ウィルヘルミーナとテスラは、螢が用意した紅茶を静かにすすっている。
「良いと思いますです、ファイが早速貼りに行ってくるです」
「今からですか? ちょっと待ってください、現物は一枚です」
 ウィルヘルミーナは、自分自身が宣伝と言っても、特に変わった事は出来ないという思いから、精一杯広告配りのフォローをしようと考えていたのである。そこで彼女は決意し、大人びた表情で口を開いたのだった。
「刹那さんの広告――そのコピーを作って増やしましょう」
 そんな言葉にテスラが、端整な顔立ちで頷いた。
「楽しい物を多くの人と共有したいと思うのは当然の事です」
 ――こうして現在も含め、皆さんが頑張って準備したお祭りを、楽しさを、共に味わう事が出来るようなに、順風満帆に開催できるように、手伝いたい限りです。
 そんな思いで、テスラは繊細そうな白い顔を縦に動かしたのだった。
「コピー機ならそこにありますよ」
 螢の声に、一同が室内の一角へと視線を向ける。
 こうして、広告印刷の作業が始まった。


 町役場の各所でそんなやりとりが行われてから――数刻後。
「お兄ぃ」
 蒼いロザリオを揺らしながら、後光 葉月(ごこう・はづき)が、通りかかった公園を一瞥して、闇咲 阿童(やみさき・あどう)の袖をひいた。
「あそこの公園でなんかやってるみたいだよね」
 帰宅途中偶然通りかかった阿童は、葉月の仕草に足を止めた。
「お、可愛い娘もいるな」
 隣を歩いていたアーク・トライガン(あーく・とらいがん)が、二人の後ろから顔を出す。悪友の赤い瞳を一瞥しながら、阿童が嘆息した時、彼の袖を再び葉月がとった。
「行ってみたいんだもん」
 わずかにウェーブが、かかった髪の下で、葉月の青い瞳が楽しそうに揺れる。それに促されて、阿童は公園の中へと足を踏み出す事にした。シスターらしい葉月のスカートが、冬の風に揺られている。
 彼ら三人が歩み寄った時、丁度険しい壮年男性の声が響いてきたのだった。
「勝手に貼られちゃ困るんですよ」
 唇を尖らせ、険しい顔をした公園管理人が、そこに立ちはだかっていた。そんな相手に対し、ファイリアが頼み込んでいる。
「だからこうやってファイは頼んでいるんですです」
 彼女はもっと沢山の人が見に来てくれるようにと、宣伝活動を頑張ろうと決意していたのだ。そのためコピーが終わったチラシを胸に抱き、ウィルヘルミーナと共に各所を回っていたのである。
「雪で大きな建物とか有名な人とか可愛い動物とか色々出来上がって、とっても楽しい雪祭りになると思うんです! もっとみんなに知ってもらいたいので、広告を貼らせて下さいです。お願いします!」
 真摯なファイリアの瞳と訴えに、心を打たれるようにして、公園の管理人は静かに頷く。
「まぁ、そういう事なら……私から、公園の事務局の方には、かけあっておきましょう」
「本当ですか? 有難うございますです」
 心底嬉しそうに瞳を輝かせた彼女に対し、初老の管理人は微笑を浮かべて応えてから、踵を返した。
 それを見守っていたアークが、ファイリアとウィルヘルミーナの背後から顔を出す。
「良かったな」
 唐突だったその声に、ウィルヘルミーナは、さりげなくファイリアとアークの間に割って入った。そして聖剣エクスカリバーの束に手をかける。余程の事が無い限り、事を荒立てたくはないと考えていたウィルヘルミーナだったが、素性の知れないアークを威圧するように、僅かに双眸を細めたのだった。
「待った、待った。そう言うんじゃなくて、ただ可愛い娘が困っているみたいだったから、だな」
 慌ててアークが手を振る。彼は、可愛い子を見つけるとすぐにナンパに行くたちである。だが失敗する事が多いため、本人はまったく気にしていない。対してウィルヘルミーナは、悪質なナンパは成敗しようとしていたが、彼を追いかけてやってきた葉月の姿に、手を止めた。葉月は朗らかな表情でチラシを受け取りながら、無邪気な瞳で微笑んでいる。
「わぁ、楽しそう」
 刹那が描いたイラストに対する初の感想に、ファイリアとウィルヘルミーナは顔を見合わせた。自分達が配布しているものが褒められるというのは、嬉しい事である。
「お、まだ露店の参加者を募ってるのか――阿童ちゃん、露店だそうぜ」
「いや、せっかくの雪祭りだから美味いもんを食い漁ろうと思っ……」
 パートナーのそんな声に、『★食い倒れor行き倒れ★』というコミュニティに属しているほどの阿童は眉を顰めた。同コミュニティは、『屋台が並んでいたら怪しげな店でもツアーを決行!』する事を信念とするほどの、食べ歩きコミュニティなのである。
「こんなに可愛い娘達が宣伝してるんだぜ!? 折角だから、参加した方が良いだろ」
 悪友のその声に、阿童は嘆息した。
「売り子なら葉月だっているし」
 熱弁するアークに対し、そして彼の前で、その言葉からなのか剣をしまうウィルヘルミーナを一瞥し、阿童はただでさえ怖いと評されるその表情を、より険しいものへと変えた。目つきの悪さが尋常では無く不良にすら恐がられる彼ではあったが、実のところ阿童は決して乱暴者ではなく、どちらかといえば物静かで礼儀正しい精確をしているのである。だからこれ以上事を大きくしたくはないという思いもあった。
 だがそれ以上に、雪祭りの広告を配っている二人と、悪友のアークを交互に見ながら、冷静さが滲む大人っぽい眼差しのまま、彼は逡巡していたのである。阿童は重度の食いしん坊であり、毎日数十キロ以上のご飯を平気で完食できる。そうである以上、本来であれば、露店巡りこそが至福だ。だがそれほど食べても一向に太る気配がないのが、阿童である――が、それはまた別の話だ。
「よし、美味しくご飯が食べられるように頑張って売り子しちゃうぞ!! ……ところでお兄ぃ、売り子って何? 食べ物?」
 アークの言葉を受け取った葉月の、そんな場違いな声が辺りに谺した。
「……まぁたまには食ってる側では無く、売る側になってみるのも悪くは無いよな」
 阿童は静かに呟くと、懸命に広報活動をしていた二人を一瞥した。
 ――こうやって集客を頑張っている奴がいるんなら、来てくれた客に楽しんでもらう奴だっていないとな。たまにはそういうのも、悪くないか。
 そんな思いで、よく人に怖がられるその表情を僅かばかり、阿童はほころばせたのだった。


 そんな傍らで、ファイリアが貼った広告を、しげしげと天司 御空(あまつかさ・みそら)が見据えていた。
 ――雪祭り。それは、初デートへと意中の相手を誘う格好の口実ではないか。
 元来穏和で、外見にも優しさが滲む彼は、その端正な表情を、後を追うように歩いてくる水鏡 和葉(みかがみ・かずは)へと向けた。
「あのさ、明後日あいてるよね?」
 質問の体裁をしているくせに、『よね』というのは断定的な口調であり、相手を強制する口調であるのだが、言葉にした当人にも聴いていた和葉にもその意識はない。実際、世渡りが下手な御空はそんな他意を持つ事はせず、ただその青い瞳を真剣に、和葉へと向けたのだった。彼の黒い髪が揺れている。
 その艶やかな髪の奥に隠れる半ば緊張した眼差しに対し、陽気な赤い瞳で和葉は頷いた。悪く言えば世間知らずな一面を持つ和葉は、単純に、開いている予定を念頭に置いている。
「うん、ボク暇だけど」
 その回答に安堵するように、御空が息をつく。
「和葉さん、良かったらその、俺と一緒に雪祭りに行かない?」
「全然OKだよ。先輩と一緒に雪祭りかぁ。楽しみだね」
「初デートですね」
 ほっとして思わず呟いた御空の声に、和葉が息をのんで瞠目した。
 ――て、え、こういうの、デートっていうのかなっ?
 そんな言葉を口の中に押し込めて、和葉はピンク色の髪を静かに揺らした。小柄な体躯が愛らしい。
「じゃあ入場門の前で待っていてもらえる?」
 照れるように咳払いをしながら、御空が続ける。
「わかったよ」
 ――天司先輩にお誘いされたんだし、思いっきり楽しもう。
 そう考えながら和葉は大きく頷いた。そんな和葉の表情と声に、御空は微笑む。
 ――一緒に遊びに行く約束を取り付けられた。
 彼にとっては、それが何よりも嬉しかったのだ。


 彼らのすぐ傍で、エメト・アキシオン(えめと・あきしおん)も、また、じっくりと広告を見据えていた。
「雪祭りかぁ……」
 彼女の桃色の脳内では、めくるめく妄想が繰り広げられていたのだが、その事実は誰も知らない。彼女は呟いた直後、傍らに立っていたパートナーの袖に、両腕を絡めた。
「あはっ――マスタぁ、大好き!! こうしてると……濡れて来ちゃう」
 わずかに雪が降る中での、エメトのそんな声を聴いているのかいないのか、パートナーのジガン・シールダーズ(じがん・しーるだーず)は一見粗暴そうながらも、よくよく見れば勇敢そうな瞳で、町長達が用意した広告を退屈そうに眺めていた。一つに束ねた白い髪が揺れている。
「雪祭りだってぇ。マスター、一緒に見に行こうよぅ」
 桃色の脳内から、エメトがそんな言葉を紡ぎ出す。だが、元来冷静な性格であるジガンは首を横に振った。
「行かん」
 一言で切り捨てたジガンは、何か言いたげなエメトには目もくれず歩き出した。
 ――日々を退屈だと思って過ごしているパートナーにとっては、雪祭りなど、些末で楽しくないイベントなのだろう。
 そうは考えつつも、残されたエメトは俯きながら、唇を噛んだ。
 癖のある長い黒髪を指先で巻き取りながら、彼女はジガンの姿を見送る。そして綺麗な指輪を輝かせながら、頬に手を添えた。
「マスターに楽しんでもらうには……」
 髪と同色の黒い瞳が瞬く。
 ――公園からもよく見える雪祭りの会場。
 刹那が描いた新たなチラシを一人受け取ったエメトは、その一角にあったある雪像を視界に捉えひっそりと頷いた。
「クマを模しているあの雪像――あれは、元々は、スノーゴーレムがモデルだねぇ」
 大きく首を縦に動かし納得しながら、彼女はパートナーの後を追うでもなく、会場へと足を向ける。
「そうテレビのヒーローって事になっているけど、コレは間違いなく」
 呟きながらエメトは、とある雪像へと手を伸ばしたのだった。


「それにしてもあの雪像、本当にスノーゴーレムにうり二つだ」
 会場傍を通りかかったキリル・バラノフが、不意にそんな事を呟いた。シャンバラ教導団の学生である彼は、腕を組みながら首を捻る。
「しかも、何体も似たようなのがあるって、大丈夫なのか?」
 教導団のお膝元であるヒラニプラ山脈の近隣で行われるイベントに対し、彼は首を傾げずにはいられなかった。雪像造りには、自校の生徒達も参加するらしい。そうである以上、教導団の汚点になっては決していけない。
 ――尤も今回は多数の学園が参加するとの噂であるが。
「同じモティーフが被ったら、それだけでまずいんじゃないのか?」
 眉を顰めた彼に応える者は誰もいなかった。
 同様にエメトの細工に気がついた者も誰もいなかったのだ、この時点では。
そう、未だ誰も。