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雪祭り前夜から。

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雪祭り前夜から。

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●●雪祭り前夜、昼飯時。


「あのさ、めいは雪像制作に使う雪が、無くなっちゃったら困ると思うんだよね」
 もう実質雪像を制作のための時間も限られた前日の昼下がり。
 ラビット隊のパイロットスーツを身に纏った葦原 めい(あしわら・めい)が、そう口にした。バニーガールがモティーフのパイロットスーツを瀟洒に着こなした彼女の声に、パートナーである八薙 かりん(やなぎ・かりん)もまた頷く。彼女もめいと同種のパイロットスーツを身に纏っていた。
「めいがね、持ってるイコンはさ、ウサちゃんなの」
 めいはそう告げると、雪原で背後に控えるイコンへと振り返った。――LG001−VB、通称キラーラビットと呼ばれるその機体に、彼女は『ウサちゃん』という命名をしている。
「私は、『ウサちゃん』のサブパイロットとして、めいにアドバイスをしようと考えています。ですので、集雪は任せていただいて構いません」
 めいのパートナーであるかりんの声に、周囲にいた皆が頷いた。
「問題は雪を集めた後、どうやって運ぶかだな」
 天御柱学院に所属し、他を圧倒する知識量を有する孝明の声に、一同が視線を向ける。
 皆がその言葉に瞳を揺らした時、意を決するように、コンクリート モモ(こんくりーと・もも)が口を開いた。
「私が運びます」
 彼女はシャギーが入った美しい黒髪を揺らしながら、小声でそう告げた。彼女は根本的には大胆な性格をしているのだが、その痩身な体躯とどこか影がある様相のせいか、常日頃人々に率先して話しかける事が出来ずにいるのである。だからその一声も、勇気を出してのものだった。
 そして彼女の言葉は、皆が求めるものに他ならなかった。
 こうしてモモのおかげで、何とか雪像制作は巧く事が運びそうな様相になったのだった。


 一方の露店側はといえば。
 ジリヤ・アクロフが、様々な露店案を渉猟して、唇をパクパクと動かしていた。
 開催側が募った『屋台で食べたいもの案』を一瞥しながら、彼が腕を組んでいたのは半刻ほど前の事である。
「これ、絶対、一回みんなで話し合った方が良いだろう」
 そんな彼の主張で、四条町長は会場へとアナウンスを流す事にした。こうして露店を企画していた皆は集まる事となったのである。
 遠目には既に、イコンによる雪像作りが始まっている姿が見て取れた。そうしてジリヤが待っていると、いち早く阿童達が話し合いの場へ訪れたのだった。
「まぁ俺もたまには売る側に回ってもバチは当たらないだろうし、存分に楽しむとするか」
 響いてきた声に顔を向け、捉えた阿童の目付きに一瞬怯えたジリヤだったが、不意に背後から肩を叩かれ我に返る。
「いやぁ、阿童ちゃんを説得するのに苦労したんだぜ。だけどこれで、やっと俺様の料理の腕を公にする事が出来るってもんだ」
 そう声をかけたアークの朗らかな表情に、ジリヤは安堵するように吐息した。アークの手首の間際では、腕に絡みつけた十字架が揺れている。これは彼のトレードマークだ。
「売り子、売り子、今日もガンガン撃ちまくるよ」
 やってきた二人のそばらからは、そんな陽気な声が響いてくる。
「撃ちまくっちゃ駄目だろ」
 意外にも常識人であるアークは、阿童の腕をとって元気いっぱいの葉月に対し、笑いながら声をかけた。
 そこへ更に二つの足音が響いてくる。彼らは揃って振り返った。
「お、てめぇ達も露店参加者かい?」
 アークが、地球で言うところのスケバン――古風な不良スタイルの制服を身に纏った黒髪の少女に声をかけた。
「てめぇ……?」
 特に意図したわけではない通常通りのアークの二人称だったが、現れた御弾 知恵子(みたま・ちえこ)は聞き咎めるように眉を顰めた。
「あたいは『おハジキのチエ』! ただの女と思ったら火傷するよ!!」
「チエ、ここで下手な喧嘩をうったら、おハジキの名が無くぞ」
 威勢の良い知恵子の言葉に、パートナーであるフォルテュナ・エクス(ふぉるてゅな・えくす)が声を挟んだ。 ――フルスロットルで行くぜ! 
 を、決め台詞にしている銀髪の彼女もまた、男勝りの性格ではある。だが比較的思考は冷静であり、実のところ無茶しがちな知恵子のブレーキ役でもあるのだ。フォルテュナは、褐色の頬へまではしる顔の傷痕を指で撫でながら、静かに嘆息する。
「どっちも外見不良なんだから仲良くすることです」
 そこへ見回り中に通りかかったプラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)が声をかけた。彼女は、クールな見た目とは裏腹に、アークと知恵子双方へ、心をえぐる一言を投げかけて仲裁を試みる。
「似たもの同士なんですから、結局」
 言うだけ言って唯斗の元へと戻るように立ち去ったプラチナムの姿に、二人が呆然と視線を向けた。丁度その時のことだった。
「おハジキって何? 美味しいもの?」
 一時緊迫と困惑が支配したその場へ、朗らかな葉月の声が響く。
「楽しいものだな」
 こめかみに手を添えながら阿童がそう応えると、アークが気を取り直すように静かに笑った。
「阿童ちゃんておハジキとか楽しむのか。知らなかったぜ」
「なっ、おハジキを馬鹿に――」
 知恵子が再び声を上げようとする。その時、周囲の元に雪を踏む足音が響いてきた。
「ここが会場ですか?」
 立ち止まり、守護天使であるミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)がそう声をかける。呆然鳥羽を見守っていたジリヤがかろうじて頷くと、ミスティの傍らで、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)が足を止めた。
「やっぱり寒いねぇ。寒い冬に喜ばれるものと言えば温かいもの。あちきは寒い思いをしているみんなに、ホスピタリティの気持ちで接するのが良いと思うんだよねぇ」
 幼少時より日本で育ったものの出自は南国であるレティシアは、日本語で言うところの『おもてなし』の気持ちを念頭におきながら、茶色い瞳を揺らした。色白の顔のすぐ脇では、瞳と同色のポニーテールが揺れている。
「floatを開くんだよねぇ。あちきはfood cartも良いと思うけど」
 数カ国語を話せるレティシアはそう言うと、笑み混じりにミスティを見据えた。
「先程からレティは、露店にするか屋台にするか、屋台が良いのではないかと言っていますが、どちらの方が採算性は高いのですか?」
 冷静に返答したミスティは、端整な顔立ちの中に浮かぶ黒い瞳を揺らしながら、頬に手を添え小首を傾げた。緑色の短い髪が、純白の羽にかかる間際で静かに傾く。彼女は守護天使だ。そんな二人のやりとりを聴きながら、ジリヤは腕を組む。
「フロートが露店? けどフードコートって聴いても屋台って気がしないなぁ。え、どっちがどっち?」
「あってますですぅ。他にもStandなどともいうようだねぇ」
 レティシアがそう応えた時、そこへ藤井 つばめ(ふじい・つばめ)がやってきた。
「露店がどうとか屋台がどうとか聴こえたけど、今、どういう話しになってるんです?」
 金色のボブカットを揺らしながら、彼女は穏和さが宿る青い瞳で微笑んだ。外套のポケットからは、大容量携帯音楽プレイヤーについたストラップがはみ出して揺れている。
「僕も雪祭り会場が賑わうように、露店を開きたいんです。もう何を出すとか、決めたんですか?」
 首を傾げたつばめの声に、ジリヤが我に返るように息をのんだ。そう言えば、まだ何の話しもしていなかった、と気がついたのである。育ちが良さそうな彼女の、いささか少女趣味が目立つ外見を一瞥し、ジリヤは改めて腕を組んだ。
「そうだよ、それを話し合わないと。俺は、とりあえず……そうだ、飲み物。コーラとかサイダーとか。後はカステラとボルシチかな」
 ジリヤがそう告げた時、彼らの背後で大きく雪を踏む足音が谺した。
「コーラ? サイダー? 体を冷たくしてどうするの、健康を気遣ってる冷たい野菜ジュースならまだしも――冷たい炭酸飲料は体に毒よ! 特に雪祭りという寒い環境だとね」
 響いたのは素直で率直な声だった。一同が視線を向けると、そこには妖艶な外見をした多比良 幽那(たひら・ゆうな)が立っていた。緑色のセミロングの髪を揺らしながら、彼女は豊満な胸の正面で、両腕を組んでいる。
 やはり、会場は寒い。
 レティシアも同じ思いだったため、大きく頷いた。
「あちきも暖まるものが良いと思うんだよねぇ」
「野菜ジュースは別だけれどね」
 頷き返した幽那に対し、ジリヤが首を傾げた。
「暖まる……俺の故郷だとウォトカだけど」
「お酒じゃない。そもそもウォッカも冷たいでしょう?」
「俺がいた辺りは、冬に限らず野菜が育たない土地だから、野菜をジュースにするなんて言う贅沢な使い方を、ましてや冬に……なんて考えもしなかった」
「旧世代的ね。まかせて、冬だろうと何であろうと、野菜の調達は可能だわ。なにせ我が家は農家だもの!」
 自信を持って断言した幽那は、美しい赤い瞳に笑みを滲ませた。
「あ、俺様も腕を披露する鉄板焼き関係で、野菜が欲しいなぁ。特にキャベツ」
 やりとりを見守っていたアークが呟くと、彼女は繊細な顎を縦に動かした。
「私もロールキャベツを作ろうと思っていたから、キャベツならすぐに用意できるわ」
 それを聴いてジリヤは感動したように両掌をあわせた。
「すごいな……っ、この時期にキャベツ――!!」
 その声に幽那が妖艶さが宿る瞳に、どこかサディスティックな色を醸し出すようにスッと目を細めた。唇の両端が、弧を描いている。その笑みはプラントハンター兼植物学者であり、植物を愛し農業を営んでいる自信に裏打ちされた表情であると同時に、彼女のツンデレドSという性格にも起因しているようだった。
「そうだ、ちょっと野菜使う人申告してくれ」
 その声に、阿童達と知恵子達、それからレティシア達とつばめ、そして尋ねたジリヤ本人が手を挙げた。つまり、皆が何らかの野菜を使うという事である。
「ちょ、ちょっと待ってよ。誰も用意するなんて言ってないわ」
 幽那がその光景に、僅かに息をのむと、つばめが首を捻った。
「用意できないって事ですか?」
「ち、違うわ。できないんじゃなくて、用意するなんて言ってないって事よ」
「つまり用意してくれないんですか?」
 穏和ながらも冷静なつばめの声に、幽那は僅かばかり照れるように視線を背けた。
「するわよ、すれば良いんでしょう……!」
 別に他意があったわけではなく、単に自身が予定しているケバブには、野菜があってもなくても良かったために、冷静に訊いたつばめは、露店の内容を再考しながら微笑んだ。
「有難うございます」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃ……っ。農家として、野菜を味わってもらうっていうのは最高の事だから提供するだけよ。ただそれだけ!」
 二人のやりとりを見守っていたジリヤは、安堵するように頷きながら腕を組んだ。
「後はそれぞれの露店の内容を確認するだけだ。一応、こういうのが食べたいって言う案が来ているみたいだから、それも含めて話し合おうか」
 ジリヤの声に、つばめが朗らかに笑った。
「とにかくやってみるしかないよね?」
 それは彼女が常日頃、決定的な場面にて口にする言葉でもあった。


 露店開催予定者達が前向きに、そんなやりとりをしてから数時間後。
 雪祭り会場へ、ブルーズを伴って黒崎 天音(くろさき・あまね)が姿を現した。後ろで束ねた黒い髪が、冬の風にさらわれ揺れている。彼は気まぐれさがのぞく緑色の瞳を、端整な顔立ちの中で煌めかせながら、パートナーへと視線を向けた。
「雪祭りも楽しみなんだけれど――」
 呟いた天音が、喉で笑う。
「やはり後学の為には、一度色々なイコンを直に見ておくというのも良いだろうね」
 雪像作りの見学に訪れた彼は、既に作業が佳境に入りつつある各雪像へと視線を向ける。どの雪像のそばにも、数体のイコンの姿が見て取れた。
「――この先、寒冷地にイコンで向かう事があれば、極地戦でのイコン運用の際に、役に立つかも知れないし」
 意味深に微笑んだパートナーに対し、ブルーズは深く頷いた。ドラゴニュートである彼は、常時天音に同行し、涼しい顔で無茶をしがちな彼を支えている。
「ふむ。安全にイコンを用いるための知識になるのなら、我も学んでおいた方が良いのであろうな」
 納得するように赤い瞳を揺らしたブルーズは、それから静かに首を傾げた。視線は、天音が連れている、オリヴィエ博士改造ゴーレムへと向けられている。
「それにしても寒いね」
 ゴーレムの肩にのった天音が、視線に気づいて言葉を返した。
「寒いというのなら、襟を整えろ……だらしないのは好みじゃない。それにしても、何故ゴーレムを持ち込んだのだ?」
 オリヴィエ博士改造ゴーレムは、ラウル・オリヴィエというゴーレム博士によって改造された代物で、通常のゴーレムよりも器用に動く。ゴーレムは、ある種身近な存在であるのかも知れない。会場には、ゴーレムを模した雪像も多いようだ。とはいえ、改造されたゴーレムなど、なかなかお目にかかれるものではない。だからこそブルーズは周囲を見渡しながら、静かにそう口にしたのだった。
「うん? 僕も雪だるまでもつくってみようかと思ってね」
 そんなパートナーの言葉が本心であるのか否か思案しながらブルーズは、ゴーレムの肩から降りる天音を見守っていた。天音は元来嘘つきな性格をしているのである。それゆえ時折、本心が見えない。
「オリヴィエ博士が改造したゴーレムが、どれだけ器用か試してみたいのもあって……それに雪像作りなんて、タシガンでは出来ないでしょ? 気候的に」
 普段彼らが通う薔薇の学舎の所在地を思い浮かべながら、天音が続ける。その必ずしも納得できない事はない回答に、ブルーズは腕を組みながらも頷いた。
「そうか。まあ良いが、暴走させて雪像を壊すなどという真似だけはしてくれるなよ」
「はいはい」
「『はい』は、1回で良い」
 ブルーズのそうした声に微苦笑しながら、天音は再び、雪像制作をしている面々へと視線を向けた。
「あれは天御柱学院のイコンかな。流石にマニピュレーターの動きが滑らかだ」


天音がそう呟いた頃、丁度雪祭り会場には、前夜の闇の帳が降りようとしていた。