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第2章 決勝への階段 6

「はじめまして、ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)ですぅ。よろしくお願いしますぅ」
「は、はぁ……どうも、リーズ・クオルヴェルです」
 どう考えても……目の前にいるこの娘がここまで勝ちあがってきた剣士ということが、リーズにはにわかに信じられなかった。
 柔和な微笑みとのほほんとした空気をまとったルーシェリアは、剣士というよりはむしろ町の宿屋にでもいそうな雰囲気だ。
 しかし、リーズはそれがすぐに誤った認識だと気づいた。
 ルーシェリアの瞳が研ぎ澄まされたと思った矢先――試合開始と同時に飛び込んできた彼女の剣がリーズの剣と激しくぶつかったからだ。
「…………っ!」
「リーズさん……私、あなたと闘えて嬉しいです」
 ルーシェリアはそうリーズに告げると、彼女から再び距離をとった。洗練されたその動きは、まさに剣士という名に似合う無駄のない動きだった。
「闘えて嬉しい……?」
「はい。実は私……代々剣士をやってる家系に生まれたんです」
 ルーシェリアはそう言うと、軽やかな剣さばきをリーズに示してみせた。曲芸のように指先だけで剣を操るそのさばき方は、まるで不思議なマジックでも見ているような気分になる。
 ――子供のときから、剣を操っていた証拠だ。きっと、身体に染み付いてしまっているのだろう。
「あなたも、優秀な剣士だと聞きました。だから、ちょっと興味があったんです」
「……剣士で……そして、同じ女だから?」
「……はい」
 ルーシェリアの瞳が不敵そうに刃の色を浮かべた。
 そこにあるのは、興味と好奇心。そして剣士の誇りとも言うべき強者を求める心だ。リーズとて、それは同じことだ。
 いつの間にか自らも微笑していたリーズの足が、地を蹴った。瞬間――刃と刃が交錯する。
「はぁっ!」
「ふ……っ!」
 獣人特有の軽快さを生かした剣さばきと、正統とてもいうべきルーシェリアの剣戟がぶつかり合う。卓越された剣戟の叩きあいは、剣舞とでも見紛うほど美しかった。
 決して、二人は剣以外のものを使おうとはしなかった。それは礼儀であり、自らのプライドでもある。
 ――必ず、この剣で勝ってみせる!
 打ち払う剣戟が金属音を鳴り響かせる闘いの中で、ようやく勝負がついたとき――それは、リーズの長剣がルーシェリアの剣を打ち払ったときだった。
 宙を舞ったルーシェリアの剣は、地に突き立った。丸腰になった彼女に剣が突きつけられ、勝利宣告が告げられる。
 ルーシェリアは、残念そうに肩を落とした。
「……負け……ちゃいましたかぁ」
「……なに……」
 リーズは剣を収めた。そして、彼女に微笑を見せた。
「また、闘うときを楽しみにしてる」
「そのときは、負けませんよ?」
「……こちらもな」
 お互いにほほ笑みを交わしあった二人……きっといつか、また会うときが来るだろう。強きを求める剣の導き。それが――剣士の定めでもあるのだから。



「えー、続いての試合はカタール野郎VS……えーと、なんだ、これ、むずかし……読めねっての……あー、うーん……ナナシさんとの対決でーす!」
「わ、わわ……ちょ、ちょっとパルフェ……だめだよぉ、そんな適当なこと言っちゃ……タ、タルトちゃーん……!」
「……はあ、仕方ないのぉ……えーと、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)選手対八神 誠一(やがみ・せいいち)選手との対決じゃ。出場口にいる一般客はあぶないから早々に立ち去ることを警告しておく」
「もー、二人ともなんなのよー。実況はパルフェがメインなのよー、そこんとこわかってるのー?」
 実況席に座るソーダ色の髪をした少女――パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)はぶーぶーと文句を言って再びメインに躍り出た。そんな彼女を必死でフォローするのは(というよりはオロオロだろうが)、彼女のパートナーである北郷 鬱姫(きたごう・うつき)、そしてタルト・タタン(たると・たたん)である。
 そもそも、鬱姫は裏方でスタッフ募集に応募したはずなのだが……なぜ実況席にいるのか。
 それはどう考えても超絶テキトーなソーダ色娘であるパルフェリアが原因であることは間違いないわけで、「実況? なんか面白そう!」と勝手に応募の希望先を変えた彼女の策略によって、現在三人娘は実況進行中なのである。
 で、だ――
「それにしてもややっこしい名前よねー、●●●とかに変えて、いっそ●●とかにしたら絶対分かりやすいと思うの! というわけで、これからは●●●と●●●の対決ってことで●●を一緒にやっていくってのはどう!?」
「どう!? じゃねーじゃろ! 放送禁止用語を5つもぶっこむ実況がどこにあるんじゃっ!」
「えー、良い案だと思うんだけどなー。ねぇねぇ、そう思わない、鬱姫?」
「ひぇっ、わ、私……そ、そんなこと言われてもわかんないよ〜」
 終始、こんな様子である。
 タルトとパルフェとの板ばさみにあって、鬱姫はもはや涙目だ。漫才トリオとでも言うべき(それにしては過激だが)どんちゃん騒ぎだが、それでもなんとか実況として形を成しているのはタルトのおかげであろう。
 実況用のマニュアルを見ながら、的確に実況する彼女。
 横でぎゃーぎゃーとわめいているパルフェには呆れているが、まあ、こうして試合を間近に見られる仕事を見つけてきてくれたのはありがたいと思うべきか。
 そんな彼女たちの前で対峙するのは、出場口から現れた二人の選手だった。
 腕に装着してあるカタールを輝かせて、鋭い双眸で相手を見据えるのはザカコ・グーメルだ。その目は、空気は……歴戦の闘いを生き残ってきた者のそれを感じさせた。
「お互い、悔い無き戦いにしましょう」
「ああ、ほんと、お互いにな」
 そんなザカコに対して、にへらっとした緩んだ笑みを浮かべる八神 誠一。ある意味、今大会のダークホースかもしれない。どこかやる気のなさそうな雰囲気を漂わせるものの……ここまで勝ち抜いてきたその身には類まれなる実力がある。
「――果たして、勝つのは一体どちらなのか」
 タルトは、以上のようなプロフィール紹介のようなものを済ませた。そんな彼女の後ろでは、なにやら騒がしいというか卑猥な声が。
「えい、えいこの〜、そんなに文句言うなら乳でも揉ませなさ〜い!」
「きゃっ……あっ……いや……だめ、パルフェ……やめ……」
「…………」
 とりあえず、タルトは放っておくことにした。今は実況に集中しよう。
 試合開始の合図が、鳴った。
「小細工は不要……全力でいきます!」
 先に手を出したのはザカコだった。
 やはりその手に装着したカタールは彼の愛用する獲物だ。カタールの刃先が、誠一を突きぬくべく迫る。
 だが、そのときには既に誠一が懐からあるものを取り出していた。
「あれは……」
 タルトが見たあるものは、まるで扇のように誠一の指又へと納まる。計8本の鋼鉄ようなそれは、誠一の手から一気に投擲された。いや、正確には鋼鉄ではない。あれは――鏨だ。
 職人の使うような小道具の類だが、鋭利なその先端はむしろ有効的な武器となりえる。ザカコに集中して飛来する鏨。
「くっ……!」
 ザカコはとっさに軌道を変えてそれを避けると、諦めずに誠一の目の前にまで近づいた。そして、カタールの一閃が風を切る。
「……おわっ……と! やるなぁ」
「それは……こっちの、台詞です!」
 誠一はのんびりした声を発するが、声色に反して動きは機敏だった。カタールを避けた彼は、そのまま後ろ足で地を蹴り、拳を用いて今度は自分からザカコを攻めた。
 続けざまに攻めようと前に乗り出す――が、とっさに彼はその場から離れた。ザカコの手から放たれたファイアストームが、それまで彼のいた場所を焼き尽くす。
 なんとか避けきれたことに、誠一は安堵の息をついた。
「ととと……あっぶないなぁ、まったく」
 その間に、ザカコはファイアストームを牽制として距離をとっていた。
 ……速いな。一見するとこちらが攻めているのを慌てて避けているようにしか思えないが、的確に攻守を使い分けている。特にあの投擲は、こちらの予想外と言える攻撃だった。
 どう攻める……。ザカコが闘い方を思案し始めた。そのとき……
「今度は、こっちからいかせてもらうよ……」
「!」
 誠一の声が背後から聞こえてきた。
 しまった。油断したか。それまで相手がカウンター狙いだったことから、ザカコの頭の中に背後という選択肢はなかった。あるいは、相手の雰囲気がそう思わせていたのかもしれない。
 それでも、ザカコは冷静に判断してカタールを振るった。
 捉えた。そう思った――が。次の瞬間にザカコの周りを煙幕が取り囲んだ。
「な……!」
 しまった。
 そう思ったときには、すでに遅かった。背後の背後――振り返ったザカコの背後にいた誠一の刀が、ザカコの身体を叩き飛ばした。
「ぐぁ……っ!」
「煙幕ファンデーション……ま、使い方によっちゃあ、こういうこともできるよね」
 ふき飛ばされても、何とか身体を持ち直して着地したザカコに、不敵な笑みを浮かべた誠一が告げた。その冷厳とも言える表情は、すぐにもとののんびりしたものに戻る。
 本性か?
 まあ……なんにせよ、負けるわけにはいかない。
「お?」
 ザカコが自らにリジェネーションを唱えたことに、誠一は目を丸くした。
「げぇ……き、きったないなぁ、それぇ」
「自分の力がものを言う闘技大会です。癒しの力も、己の力ならば問題はないでしょう?」
「……んあ、まぁ……そりゃあそうかぁ」
 計算のあてが外れたか、ボリボリと頭をかく誠一。
 仕方がない。向こうが回復するというのなら……それをさせないまでか。再び、誠一の指又に鏨が納められた。8本のそれを持って、決めるということか。
「やってみますかねぇ……」
 ――投擲。
 弾丸のように飛んだ8本の鏨をザカコは避けた。そこに、すでに迫っていた誠一の刀が振り下ろされる。無論、そこでやられるわけにはいかない。ザカコはカタール……ではなく、もう片方の手に装着していた盾で刀を防いだ。
 そして、そのまま相手を切り裂く。しかしその前に、誠一は懐から大量の……テロルチョコおもちをばら撒いた。
「なっ……」
「いったれー」
 間延びした声とは裏腹に、チロルチョコおもちが強烈な爆発を起こす。ザカコに直撃したであろうそれの煙が広がった。そこから出てきたときが、最後の瞬間だ。
 誠一は刀を構えてそれを待った。だが次の瞬間――驚きに目を見開いたのは自分だった。
「なにっ……!?」
 一瞬にして、目の前に暗闇に覆われた。次いで聞こえたザカコの声。
「終わりです」
 軽い金属音の後に暗闇が消え去り、誠一の目の前にあったのは、カタールの刃先を突きつけるザカコの姿だった。
「おおーっと、これはザカコ選手。暗闇を生み出して敵の視界を奪いました。斬新なカウンターです!」
「カウンターってウンカターって言い換えると面白くない?」
「……ちと黙ってろなのじゃ」
 闇黒。そうか……視界を、奪ったのか。
 呆然として立ち尽くした誠一に、ザカコが告げた。
「瞳を奪われると同時に攻撃すれば貴方の勝ちですが……まだ続けますか?」
「……まさか」
 まだまだ甘かったかな……。誠一は苦笑して負けを認めた。でも、これだけ勝ち進められたことは、ある意味収穫だったのかもしれない。
(人間も、そう捨てたもんじゃないってね)
 落ちていた鏨を拾って、誠一はふとそんなことを思った。