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第3章 獣たちの咆哮 2

「はああぁぁっ!」
 リーズの振りおろした長剣が、六黒の身体を斬り裂いた。しかし、まるで他愛の無いことのように、六黒は傷を受けてもそのままリーズへと突っ込んできた。
「ぐっ……こんな、こんな力で皆を傷つけるような真似……!」
「傷つける力か……貴様らが振るう力は何だ? 見せる力は何だ? 所詮は平伏させるための力ではないか。わしとぬしに、何の違いがあろう?」
「私は……決して誰かをひれ伏そうとしたりなんかしないわ! この剣は、この力は、大切な人を守るためにあるものよ!」
 立ち上がったリーズは、六黒に向けて叫んだ。
「大切な人を守るためか」
「そのとおりですよ」
 六黒に鋭い剣線が飛んだのは、そんな澄んだ声が聞こえてきたときだった。とっさに飛びのいた六黒の視界に、剣を打ち払った正体――マクフェイル・ネイビーが飛びこんできた。
「おぬしは……」
「はじめまして、ですかね」
 不敵な笑みを浮かべて、マクフェイルは六黒を見据える。
「私はあなたのことをよく知りませんが……ただ、倒すべき敵だということだけはよく分かりますよ。人を傷つけるような者は、許すわけにはいきませんので」
「そうです。私たちは、誰かを傷つけるために闘っているわけではないのです!」
 マクフェイルに続いて、サクラコが、そして他の契約者たちが六黒を取り囲んだ。
(多勢に無勢か……)
 そう六黒が思ったそのとき、彼を守るように、周囲を業火の嵐が襲った。
「なんだ……っ!」
 また六黒のパートナーの仕業か。そう思っレンは彼を見やるがどうやら六黒にとっても予想外の出来事のようだ。驚きを隠せない六黒の前――業火の渦の中から現れたそいつは、契約者たちに立ちふさがった。
「だ、誰です……!」
「ふむ、はじめまして、というべきか」
 炎のように真っ赤に染まった髪と右目を斬り裂かれた傷跡。
「私の名はイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)だ」
「へへ……んで、オレが火天 アグニ(かてん・あぐに)様だぜ」
 イェガー――そう名乗った娘の傍に続いて降り立ったのはアグニという男は、軽薄そうな男だった。
 だが、それよりもなにより、リーズたちが驚いたのは男が人質であろう七瀬 歩を後ろ手に捕まえていたことだった。
「いつの間に……っ!」
 悠希が敵を睨みすえて怒りを露にした。アグニは、そんな悠希を見てけたけたと笑う。
「卑怯よ……人質なんて……!」
「確かに卑怯な行為だな」
 リーズの声に、イェガーは冷静に返答した。彼女はしかし、続けて冷然と言う。
「だが、それ故に……私は『悪』として明確になることができるだろう」
「悪として……だと?」
「私が求めるものは、この血を焦がし、心を焦がし、魂をも焦がすような、そんな殺し合いだ。我が全てを燃やし尽くす程に熱く、燃え滾る。そんな情念、思い、信念との戦いだ。そしてそれは、『正義』と『悪』があることで最も身近に、そして容易い完成を得ることができる」
 それはまるで……実験をする研究者のような言い草でもあった。
「分かり易い『悪』であれば、それと相対する『正義』なる者が自ずと近寄ってくる。いつであっても、『悪』を討たんとする『正義』の情念は熱く、眩く、尊いものだ。それがいかに拙い思想に基づく未熟な正義であっても、その眩さは不変のものであり、私が『悪』として立ち、彼らと対峙していればそのうち望み通りに燃え尽きることが出来るだろう」
 イェガーの真紅の瞳が、契約者たちを眺めた。
「故に、私は『悪』として立とう。故に、『正義』を奮い立たせる為、人質をとろう」
 何を言っている……?
 もはや、イェガーの思考を彼らが理解することは難しかった。それは、ただ一本の蝋燭に灯った火を掴み取ろうとするようなもの。いくらそれに手を伸ばしても、火を掴み取ることは出来ない。
 だが、分かることは一つだけある。それは――
「命令する。人質が惜しいのであれば、全力で戦え」
 ――こいつが、敵だということだ。

 イェガーの炎が、まるで竜かなにかが踊るように迸った。業火の嵐があたりを包み込み、世界が真っ赤に染まる。
 それまでイェガーと闘っていた契約者たちの足が、炎によって後退した。
「ふむ……」
 それでも――彼らの目は死んでいなかった。
 六黒とイェガー。異なりながらも『力』というものに捉えられた二つの存在に、立ち向かおうとしている。それは何よりも、七瀬 歩を。そしてそこにいる傷つけられる者を。失われる物を守ろうとしてだ。
「……アグニ、人質を解放してやれ」
「へっ? お、おいおい、もう解放かよ!? 早くねーかぁ?」
「確かに……私の魂が燃え盛ることはなかったが……光が見えただけでも一興というものだ」
 イェガーは唇を愉快そうに歪めた。
「それに……」
 彼女の目は、横でリーズと対峙しているもう一人の『力』に向けられる。
「どうやら、彼らのほうも終わりそうなのでな」
 イェガーが見やった先にいる六黒は、限界に近づいてきた力の奔流にわずかに息を切らし始めていた。そんな自分と対峙するリーズに、彼は告げる。
「……今回はこれで退こう。わしの力も、まだまだ……甘いようだ」
「待ちなさい! あなたを……あなたを放っておいたら……っ!」
「危険と……そう思うか?」
 口にしようとした言葉を先に紡がれて、リーズは声を詰まらせた。彼女に、六黒はほほ笑んだ。わずかに……そこには憂うような色が垣間見えた気がした。
「ふ……ガオルヴを追えば、いずれまた道を交える日も来よう。次の戦いを楽しみにしておるぞ」
「ガオルヴ……それって……!?」
 思いもよらなかった名前を耳にして、リーズは六黒を呼び止めようとする。しかし――彼はそれ以上何も語ることなく闘技場を後にした。
 呆気なく、静かに歩いて闘技場を去る六黒。
「イェガー、んじゃ、そろそろ俺たちも行くかい?」
「うむ……」
 そして、イェガーもまた六黒を追うようにして闘技場の出口に向かった。ふと、振り返った彼女は告げる。
「また会ったとき……そのときは、共に燃え上がる闘いをしようではないか。魂まで、焼き尽くすようにな」
 そして、闘技場から殺気は消え去った。
 ――ただ釈然としない何かが残ったまま、ボロボロになった闘技場に、参加者たちは残されたのだった。