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第2章 決勝への階段 8

「えっ……!? あのチョコ、アスカさんが作ったのっ!?」
「いや〜あはは……作ったっていうか、ちょっと頼み込んでほんの少しだけデザインを協力させてもらっただけなの……」
「ちょっと頼み込んだっていうか、すっごく頼み込んだ、だけどね〜」
「もう、ベルっ!」
 なんでも、今回の優勝賞品であるチョコレートの創作にアスカはわずかながら関わっているらしかった。余計な一言を言うベルをいましめて、アスカは改めて苦笑しながら話した。
「こういう特別な料理とかのデザインって、参加できたらな〜とか思ってから……どうしてもね」
「でも……よく採用してもらったわね……?」
「あはは……条件付きだったけどね。来年用の大会のポスターを作ることと、あと、大会に参加すること。ただ、チョコレートの最終確認とかもあって大会に参加するのはちょっと難しかったから、今回は別の人に出てもらってるけど」
「それが……あの鴉って人なのね」
 観客席から見下ろした場内で闘っていたのは、アスカたちのパートナーである蒼灯 鴉(そうひ・からす)だった。
「いっちょ……派手にいくぜ」
 秘められたる力を解放して角を生やした彼は、対戦相手――ソフィア・クレメント(そふぃあ・くれめんと)に獣のような闘いを繰り広げていた。叩き伏せようとしてくる彼の拳を避けて、高周波ブレードが一閃する。
「ふふふ……いきますわ〜」
 轟雷閃と爆炎波――ど派手に撒き散らされる炎と電撃の嵐の中心にいるのは鬼のような力を振るう男と機晶姫……もはや化け物同士の戦いに見えなくもなかった。
 それでも、徐々に押し込まれてゆくソフィアに観客席から檄が飛んだ。
「ソフィア! 優勝しろとは言わん。その代わり大破する気で戦え!」
「え〜……めんどくさいですわねぇ……」
 檄を飛ばすのは、ソフィアのパートナーである大洞 剛太郎(おおほら・ごうたろう)だった。どこか体育開会に通じる軍人気質の彼の言葉に、ソフィアはぼそりとつぶやく。
「おい! まさかめんどくさいとか言ってるわけじゃないだろうなっ!」
「いえいえ、まっさか〜」
 慌ててソフィアは返答した。
 そんな彼女を見守りながら、剛太郎はため息をつく。まったく、仕方のない奴だ。
 とはいえ……もちろん彼とて本当に大破してほしいと思っているわけではない。鴉の拳がソフィアの装甲をかするたびに、眉がピクリと動き、頭部に激しい衝撃が加わったときには身を乗り出してしまうほどだった。
 ――まあ、バカになるのではないか、という心配も含まれるが。
 剛太郎に檄を飛ばされた影響か。更にも増してスピードが加速したソフィアに鴉は翻弄される。
「チッ……そろそろ勝負を決めねえといけないか」
 鴉は、それまで収めていた剣を手馴れた仕草で抜いた。これまでは大会の宣伝となるように……というアスカの言伝を守って派手に拳で闘っていたが――それも関係ない。
 瞬間、鴉はソフィアの目の前に迫っていた。
「…………っ!」
 風を生み出すほどの連続した剣戟が、ソフィアに襲いかかる。
 なんとかそれを防ぐソフィアであったが、装甲は徐々に弾き破られいく。まずい……。そう思ったときには、すでに最後の一閃が走っていた。
 そして――
「ソフィア!」
 剛太郎の声とともに、弾き飛ばされたソフィアは壁にぶつかった。
 そのまま、彼女がくずおれるのを見た実況者が、鴉の勝利を宣言した。
「おい、ソフィア! ソフィア、大丈夫かっ!」
 思わず観客席から直接飛び降りた剛太郎は、すぐに彼女に駆け寄った。
(まさか、本当に……)
 胸中を過ぎった不安を振り払うように彼女の肩を揺さぶる剛太郎。まったく動かないように見えたソフィアの目が、ゆっくりと開いた。
「はぁ……よかった……びっくりさせるな」
「ご、剛太郎……」
「……どうした」
「負けたのは、あなたの…………声のせいですわぁ……」
「…………おい」
 剛太郎はガツン……とソフィアの頭をぶん殴ると、そのまま彼女を連れて闘技場を出て行った。まあ、なんにせよ――壊れなかったのは幸いだと、思いながら。



 深く、深く――まるで海の底に沈んだように深い瞳は、何を見ているのだろう。
 闘いの最中、終夏はそんなことを考えてしまった。
「……きゃっ!」
 目の前にいる青年――樹月 刀真(きづき・とうま)の重く、そして速ささえも兼ね備えた蹴りを、終夏はなんとか受け止めた。
 その後、反撃を企てようとするが……まるで彼は未来が見えているようにこちらの動きの先をとっていた。右に魔法を撃とうとするとその手を弾かれ、左に逃げようとすると疾風のような動きがそれを阻んだ。
 それでも少ないながらに攻撃を与えることが出来たときも、攻めに扱うことのなかった大剣がそれを巧みに防いだ。 
 大剣を軽々と扱うその身体が、特別に巨体というわけでもない。しかし、彼は卓越した身体能力を駆使して――それこそ魔法のように剣を扱う。
 そう言えば……実況の人が言っていた。
『今大会、まるで一撃も受けることなく勝利をつかみ取ってきた最強の剣士』と。実際に戦ってみると、その理由がはっきりと分かる。
 彼は違う。私とは、まるで違うのだ。肌はちりつく空気を感じ、耳はわずかな音さえも逃さない。そして、瞳は澄んでいながらも深く、遠い何かを見ている気がする。
 強い。
 それは確かだった。
「君では……無理だ」
 終夏が放った魔術の衝撃波を脱ぎ捨てたコートで振り払うと、一瞬のうちに距離を詰めた刀真は彼女の首元に刃のような蹴りを寸止めしていた。
 圧倒的な力の差……だがそこに、なぜか終夏は哀しみの色を見た気がした。
 勝利宣告を静かに受け止めて、終夏から去りゆこうとする刀真。その背中に、終夏の細々とした声がかかった。
「待って……」
「…………」
 立ち止まった刀真が振り返る。
「どうして……そんなに強く……強く生きるの?」
 自分と彼とでは、見ているモノが違う気がした。だからそれを、知りたかったのかもしれない。だが、答えはとても単純なものだった。
「……大切な人を、護るためです」
 その……冷たい瞳が語る言葉には、とても温かな優しさが滲んでいる気がした。

「刀真!」
 出場口から控え室に戻ろうとする刀真に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の声がかかった。駆け寄ってきた彼女は、どこからか買ってきたのであろう飲み物を刀真に手渡した。
「準々決勝突破、おめでとう! はい、飲み物。水分補給ぐらいしないとね」
「ああ……ありがとう」
 彼女の持ってきてくれた飲み物に口付けて、刀真はお礼を言った。その目がしばらく自分を見ていることに気づいて、月夜は首をかしげた。
「どうしたの、刀真?」
「……いや、なんでもない」
 刀真は優しげに笑って首を振った。月夜はどこか釈然としない表情だったが、やがて気にしなくなり話題を優勝賞品に変えた。
「そういえば、優勝したらチョコレートがもらえるんだよね。もし優勝できたら、御神楽環菜様宛で匿名で送る……とか、どうかな?」
「……良いな。だけど、それって結局名前がバレるんじゃないか?」
「そうかな?」
「優勝者の名前ぐらい出そうだしな。まあ、送る分には大丈夫か……」
「そうそう。でも、とにかく優勝しないと、考えてもしょうがないけどね」
 刀真は月夜と二人で笑いあいながら、その場を後にした。
 大切な人――それは、大切な日常とともにある人なのだろう。きっとそこには、彼女の笑顔がないと意味がなくて。
 だから今日もまた、彼は剣を振るう。