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リアクション
序
試合の告知をした時はまだ蕾が膨らみ始めていたのに、今は葦原島にある梅の全てが音を立てて花を咲かせていた。明倫館周辺には、桃と桜と同時に見られる場所もあり、それはそれは美しい光景なのだが、生憎、御前試合の会場を取り囲んでいるのは、まだ蕾も目立たぬ桜だった。
しかし剣術の試合であれば、桜――それも散る間際のそれが何より似合うと葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)は思う。
「一つどうだい?」
そう言って俵ごはんを差し出したのは、黒崎 天音(くろさき・あまね)だ。薔薇の学舎の生徒である彼は、どんな伝手を使ったものか、観客席の中でもど真ん中、最も試合がよく見えるであろう主賓席のすぐ横に陣取っていた。
「ほう、これは美味そうでありんす」
総奉行ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)は、重箱を覗き込んだ。
「そりゃあ、美味だよ」
天音はハイナたちが用意した小花のついた小皿に、山吹色の出汁巻き卵を乗せ、満面に笑みを浮かべた。ハイナの喉がごくりと鳴る。
「総奉行から見て、どの選手が優勝候補なのかな?」
ハイナはあさりと梅豆腐の吸い物を一口啜って答えた。
「無論、我が明倫館の生徒――と言いたいところでありんすが、思ったより多くの流派が集まってでありんすから、はっきりしたことは言えないでありんす」
「そなたはどう思うのです?」
房姫は出し巻き卵の乗った小皿を下に置き、尋ね返した。
「僕? そうだねえ――」
観客席の最前列には、影月 銀(かげつき・しろがね)とパートナーのミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)がいた。きっと怪我人が出るに違いないから、とミシェルは救護班に立候補していた。もっとも銀の方は、誰かを救護するつもりは毛頭ない。ただその名目は、競争率の激しい最前列を取るのに役立った。何しろ銀は、飛びぬけて背が低い。
隣のミシェルが試合前特有の興奮に包まれているのを見て、銀は誰にも見えぬよう小さく微笑んだ。
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