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    ★    ★    ★
 
「こーん」
「ちょちょっと、瑞穂ちゃん、どこ行くんだもん!?」
 獣化して狐の姿となった高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)の背中の上で、ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が叫んだ。
「お社(やしろ)です。案内しますわ」
 ニコニコしながら高天原水穂が答えた。
 どうやら、この森では彼女は神の化身と崇められた賢狐らしい。
「これは、鷽の仕業よね。なんとかしなくちゃ……」
 とはいえ、鷽の姿はまだ見えない。ネージュ・フロゥは、機会をうかがうことにした。
「ここです。あー、お供え物がたくさん届いている。し・あ・わ・せ」
 森の奥のお社に辿り着いた高天原水穂が、そこに積みあげられた果物や油揚げなどを見て恍惚とした表情を浮かべた。まだまだ、森の動物たちが神様へのお供え物としていろいろな物を運んでくる。
「神様っていいですよねー」
 身体を丸くしてお供えの中でくつろぎながら、高天原水穂が言った。
「これは、早くなんとかしないと……。また、イベカになっちゃう! 鷽はどこにいるんだもん?」(V)
 ネージュ・フロゥは、周囲を見回した。たくさんの小動物が集まっているので、その中に埋もれているだろう鷽を見つけるのは大変だ。だからといって、ここにいる動物をすべてやっつけるというわけにもいかない。
「あ、あれかな?」
 小鳥の群れの中に鷽を見かけた気がして、ネージュ・フロゥが近づいていった。だが、それを察知したのか、突然動物たちが群れをなして移動を始めた。
「どうしたのみんな?」
 さすがに、高天原水穂も顔をあげる。
「追いかけるんだよ」
 ネージュ・フロゥが高天原水穂をうながして走りだした。
 
    ★    ★    ★
 
 一方、森の別の場所でも何やら神様が誕生していた。「実は元旧神バーストで、猫科の動物に異様に好かれる」と大嘘をこいたクロ・ト・シロ(くろと・しろ)である。
 森の動物たちに囲まれて崇められ、さっきから御満悦である。
 「私の立場は……」と言いたげな顔でそばに立っているフラワシの旧神バーストがちょっとかわいそうであった。
「何をしている。鷽を討伐しに来たのではなかったのか」
 その様子を見たシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が呆れたように言った。
 ローブの下からチンチロリンという名状しがたい音をたてながら、ベチョッと両手の触手を地面に落とした。それらが鎌首をもたげるようにして絡み合い、口だけの蛇のような物を作りだす。
「退け、糞猫。ぬしごと喰らうぞ?」
「待て待て待てぇ〜。もし鷽を倒しちゃったら、どうなるのか知ってて言ってるんだろぉなあ」
 二匹の猫に分裂していたクロ・ト・シロがあわててシュリュズベリィ著『手記』を説得にかかった。ここで鷽を倒されては、元に戻ってしまう。
「いいかあ。鷽がいなくなっちまったら、お前だって触手幼女からただの幼女に戻っちゃうんだぜ。オレだって、分裂できなくなるし」
 必死なごまかし笑いを始終浮かべながらクロ・ト・シロが言った。顔は馬鹿笑いを浮かべているが、目は笑っていない。
「こんなチンチロリンよりはましじゃ」
 腕を動かす度にローブの中から聞こえてくるチンチロリンという珍妙な音に閉口しながらシュリュズベリィ著『手記』が言った。
「鷽を倒すことによって、世の不条理がすべてなくなるのであればそれもよい。もしかすると、あの馬鹿の持病も消えるかもしれんしのう」
 一日毎に記憶がリセットされるラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)の持病のことを指してシュリュズベリィ著『手記』が言った。
「おお、それはあるかもしれないな」
 ポンとクロ・ト・シロがお互いの両手を叩き合わせた。
「さあ、分かったら、早く鷽を差し出すのじゃ」
 シュリュズベリィ著『手記』がチンチロリンと両手を掲げて迫った。
「でも、どこに行っちゃったのか……。そのへんの小鳥に混じってないか?」
 二人が取り巻きの動物たちを見回していると、新たな動物の一団がやってきた。一番後ろからは、女の子を乗せた大きな狐が走ってくる。
「待てー、鷽ー。こうなったら……」
 ネージュ・フロゥが持ってきていた水筒の蓋を開けた。
 激辛カレーは飲み物。
 ごっくんと、ネージュ・フロゥがカレーを一気飲みした。
「グハッ!? 辛ーいんだもん!!」(V)
 口から本当に炎が吹き出す。
「うしょーん」
 ネージュ・フロゥの吹き出す炎のブレスから必死に逃げながら、鷽がクロ・ト・シロたちの方へと逃げてきた。
「うそだぎゃあ」
 仲間を見て、クロ・ト・シロの周囲の動物たちの間に隠れていた鷽が飛び出してくる。
「うしょーん」
「うそだぎゃあ」
 感動の再会で、鷽と鷽が互いをだきあった。そして、黒焦げにされる。
「ひーはー」
 別の水筒からお茶を飲みながら、ネージュ・フロゥが高天原水穂の上で悶え苦しんだ。
 一方、黒焦げになった鷽たちを、シュリュズベリィ著『手記』が触手でチンチロリンと一気飲みする。
 その瞬間、クロ・ト・シロが元の一人に戻った。合体したときの反動で、ころころと地面の上を転がる。
「大丈夫ですか?」
 同じように地面の上をゴロゴロ転がるネージュ・フロゥに、高天原水穂が心配そうに声をかけた。もう火は出なくなっているものの、あまりの辛さにたらこ唇になってしまっている。
「さて、逃げるぞ」
 シュリュズベリィ著『手記』が、クロ・ト・シロをつついてうながした。
「なんでだよ」
 クロ・ト・シロが言い返すと、シュリュズベリィ著『手記』が黙って動物たちの方を目で示した。
 ここに集まったたくさんの動物たちが、あんた誰という敵意むきだしの目で四人を見ている。
「まずいですね、逃げますわよ」
 高天原水穂が、ネージュ・フロゥを背中にあげると走りだした。後を追うようにして、シュリュズベリィ著『手記』とクロ・ト・シロも走りだした。