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うそ~

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うそ~

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    ★    ★    ★
 
「まったく、今日はいつもにましてうっそうとしておるな、この森は……」
 イルミンスールの森の深くで周囲を見回しながら、悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が言った。
『あらあ、この程度、不気味のぶの字にも入らぬであろう。それとも、そなたは、くくくくく……』
「誰だ。姿を現せい!」
 突然響いた声に、悠久ノカナタが驚いて叫んだ。実は、彼女は見かけによらず心霊現象が苦手である。普段気丈にしているだけに、ひとりぼっちのときの落差は激しい。
「まったく、ケイの奴め、こんなときに限ってはぐれおって……、怖いではないか……」
 語尾の方はほとんど消え入るような声で、悠久ノカナタがつぶやいた。鷽を探しているうちに、いつの間にかはぐれてしまったのだ。さすがにすぐそばに居るとは思うが、こう森がうっそうとしていては、なかなか見つからない。
『声をあげればいいであろうに。助けてーっとな』
 謎の声が、再び悠久ノカナタを挑発した。
「誰だ、さっさと出て来いとさっきから……ひっ! 今、何が……」(V)
 何かの風が首筋をさっとなでたような気がして、悠久ノカナタが悲鳴をあげた。
「いいかげんにせい! ケイ、敵がおるぞ、早くこちらに来ぬか!」
 勇気を奮い立たせるようにズンズンと茂みをかき分けて進みながら悠久ノカナタが叫んだ。
 ガサリ。
 少し前の方に人影が見える。
「誰だ!」
 悠久ノカナタが誰何(すいか)したが、返事はなかった。
「誰だと聞いておる」
 声をかけながら、悠久ノカナタが人影に近づいていった。
 こちらに背をむけ続けているその人物は、黒いメイド服を着ていた。その背格好には、見覚えがある。
「ゴチメイか?」
 やっとそのメイドの所まで辿り着いた悠久ノカナタが、その人物の肩に手をかけて訊ねた。
 微かに甘い香水らしき物が香る。
 ゴチックな黒いメイド服というと、ゴチメイたちが好む衣装ではあるが、細かいところは見覚えがない。どちらかというと、ゴチメイたちが普段着ている物よりもシックでおとなしめである。それに、やや茶味を帯びた長い黒髪を自然な感じで後ろに流すような髪形のゴチメイはいなかったはずだ。いや、髪の色からしたら、ココ・カンパーニュ(ここ・かんぱーにゅ)が髪を下ろしたら、背格好といいそっくりなのではないだろうか。
「そなた……」
 微動だにせずにこちらをむこうともしないその者に少し業を煮やして、悠久ノカナタが肩にかけた手に力を込めて無理矢理振りむかせた。
「ひっ!」
 ゆっくりと振り返った顔は、確かにココ・カンパーニュであった。であったのだが、その顔の半分は石化していた。しかも、振りむいた拍子にそれが崩れた。わざとらしいくらいゆっくりと、人であった物が形を崩していく。
「あわわわわわ……」
 びっくりしすぎた悠久ノカナタが、泡をふいでぶっ倒れた。
 崩れた石像は、白い霧となって森の中へと消えていった。
『ほう。今のはなんであったのかな。まあいい。うまい具合に、手頃な身体が手に入ったものよ』
 ちょんと悠久ノカナタの身体の上に舞い降りた鷽が、低く笑った。
 
    ★    ★    ★
 
「ああ、カナタ、いったいどこに行っていたんだ?」
 草をかき分けてパートナーを探していた緋桜 ケイ(ひおう・けい)が、やっと悠久ノカナタを見つけて声をかけた。
「なあに、ちょっと道に迷っていただけだ」
「いいことを考えたんだ。動物と話ができるって嘘をつけば、直接鷽と会話して……って、どうしたんだ、そのお面。それに、髪の色が違うぞ!?」
 異変に気づいた緋桜ケイが、悠久ノカナタを問い詰めた。
 今の悠久ノカナタは、狐面を被り、髪の色は射干玉色に変化してしまっている。
「イメチェンなのだよ」
「そんなことあるか。誰だ、お前は」
 しれっと答える悠久ノカナタに、緋桜ケイがハンドガンをむけた。
「悠久ノカナタに決まっておろう」
「偽物か、憑依しているのか……、そうか、お前、藤原 識(ふじわら・しき)だな!」
「見破られたか。つまらぬのだ」
 残念と、奈落人である藤原識が、悠久ノカナタの身体で溜め息をつく。藤原識は緋桜ケイの今一人のパートナーであるが、いかんせん、悠久ノカナタと仲が悪い。本人たちが言うには、過去に一度戦って、藤原識が悠久ノカナタに滅ぼされた……らしい。
「まったく。普段犬猿の仲のお前たちが、一つの身体って、何を考えているんだよ」
「これは、これで、弄びがいがあるのだよ。ぺったんこなのが、気に食わぬがな……んっ?」
 皮肉っぽく笑いかけた悠久ノカナタ(藤原識)が顔を顰めた。なんだか、身体がおかしい。
「どうしたというのだ、これは……」
 悠久ノカナタが、だんだんと犬と猿の合成中のような物に変化し始める。
「あああ! 犬猿の仲なので、犬と猿に変わり始めたんだ。早く離れないと、大変なことになるぞ!」
「離れると言っても、どこへ……。ふっ、こんなこともあろうかと、新しい我のボディを用意して……おおっ!」
 藤原識が適当なことを口走ったとたん、本来の彼女の身体が目の前に忽然と現れた。
「おお、やったぞ。これこそが、こんなロリババの身体ではなく、我のナイスバディなのだよ」
 すかさず、藤原識が悠久ノカナタの身体から離れて、自分自身の身体に憑依した。
 とたんに、一瞬にして悠久ノカナタの身体が元に戻る。
「おお、これだ、これだ。これこそが、嘘から出た真!」
「ううーん……」
 小躍りして喜ぶ藤原識のそばで、悠久ノカナタが意識を取り戻した。
「大丈夫か、カナタ。ずっと、識に憑依されていたみたいだけど」
「なんだと!」
 緋桜ケイの言葉に、悠久ノカナタが叫んだ。きっと、さっきの恐ろしい幻も、藤原識のせいだと決めつける。
「ふふ……やはり自分の身体が一番しっくりとする。……魔力も、かつての我にまで回復したようだ。……馴染む……実に馴染むぞ!」
 藤原識が高笑いをあげた。
「我が敵をいだけ炎の腕……」(V)
 藤原識の身体を、突然激しい炎がつつむ。
「短いこの世の春であったのう」
 悠久ノカナタの言葉が終わらないうちに、藤原識の身体が燃えながら鷽になって、そのまま灰になった。
『覚えておれー!』
 藤原識の声だけがむなしく周囲に響く。
「容赦ないな……」
 成り行きについていけなくなって、緋桜ケイがつぶやいた。
「容赦する必要を認めぬ!」
 当然の報いだとばかりに、鼻息も荒く悠久ノカナタが息巻いた。
 しかし、これで鷽との対話はまた別の鷽を見つけなくてはならなくなってしまった。
「さて、やりなおしだ」
「うむ、そうだな」
 二人は顔を見回すと、新たな鷽を探して歩きだした。