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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第17章 ゆる農場で収穫祭り!(6)

 その夜。
 作物収穫と彼らの訪問を歓迎して、キャンプファイヤーが焚かれた。
「やきいもは、焚き火の下にあらかじめ埋めておくんだ」
「違う違う。アルミホイルで包んだのを、火の中に投下するんだ」
 二通りの主張が出て、結局両方行うことで決着する。
「どうかしたんですか? ユーリ」
 ひゃっはー、と声をあげておふざけタップリにアルミホイルに包んださつまいもやじゃがいもを焚き火の中に放り込んでいるのを見るのには不釣合いな、難しい顔をして立っているユーリを見つけて、瀬織は声をかけた。
「――ん? いや…」
 と、瀬織が手にしている白い飲み物が目に入る。
「それは?」
「アイランというのだそうです。ちょっと塩気のあるヨーグルトドリンクですね」
 飲みますか? と傾けられたそれを、ユーリは丁重に断った。
 2人並んで、火の回りではしゃいでいる人たちを見守る。
「もしかして昼間のこと、気にされてるんですか?」
「……瀬織は鋭いな、いつもながら」
 何事も見逃さない。ちょっとした心の機微すらも。
 今もまた、同じく。
「いや、たいしたことはないんだ。ただちょっと、クリスや綺人より、成人男性の俺の方が非力というのが問題な気がして」
 それで、戻ったら少し筋トレでもしてみようかと考えていただけで。
「ユーリは全然非力ではありませんよ。あの2人が見た目より力持ちなだけです。
 あなたは綺人を抱き上げるくらいの力はあるので、大丈夫です」
 そのたとえがおかしくて。
 ユーリはプッと吹き出してしまった。
「――なんですか? それ」
「い、いや……すまない」
 瀬織に見えないように身をねじって、くつくつ笑う。
 そんな彼らの前で、農家の人たちが歌い始めた。
 火の周りでふざけて飛び跳ねていた者たちの踊りに合わせて、即興で歌い始めたらしい。
 男性が低音のパートを、女性が高音のパートをあて、不思議なメロディーを奏でだす。歌詞はない。声のハーモニーだ。そして楽器は彼らの手拍子だけ。
 早く……ゆるやかに、波をつけて、ときに激しく、高らかと。
 手を叩くという行為にこれほど種類があったのか……驚くほど豊かな表現力で、彼らは歌を生み出していた。
 農家の若い女性が1人、パッと火の前に飛び出した。
 手を高く振り上げ、クルクル回る。
 そしてその手を、座っている者に差し出した。
「え? お、オレ様…?」
 衛がとまどっているうちに、女性は強引に引っ張り出す。一緒に踊ろうと。
「これは女神様への奉納の歌と踊りなの」
 そしてそれが契機というように、次々と農家の人たちは男女問わずパートナーを選び出し、火の前に誘った。
「でも……ふりつけが…」
「そんなのないわ。ただ回転するだけ。手も足も自由に、どこへでも添えて!」
 やがてユーリの前にも、手を差し出す女性が現れた。
「――しかし…」
「行ってらっしゃい」
 瀬織がにこにこ笑う中、ユーリは腕を引っ張られて行く。とまどいつつ、周囲の真似をして手足を動かしだした彼を見守る間もなく、瀬織もまた農家の少年に踊りの輪の中へ引っ張り出された。見れば、少し離れた場所でクリスと綺人も踊っている。
「まぁすたぁーーーーっ、オドろ。ねぇねぇ。ねーっテばー」
「うるせぇな。踊りたきゃ勝手に1人で踊ってろよ」
 目つきの悪い悪人面で、しかもつまらなさそう、面倒くさそうという表情とオーラを出しているせいか、だれも彼をパートナーにと誘い出す者はいなかった。
「オドってヨー。オドってくンなキャあ――」と、周囲を見渡し、ビシッと吹き上がっている炎を指す。「アノなカに、とびこむヨ。ほんトだよ? スゴくスゴくますたートおどりたいンだかラ。オドる、おどルの」
 きゃははっ。
「おい、エメト!?」
「まーすター、死ンでもいいくらイ、愛シテルー♪」
 クルクル回転しながら炎に突っ走る彼女を、ノウェムと2人がかりで押さえ込む。
「死のーヨ、まぁすたー。ソシたら一緒。燃えルのも、一緒」

「……なんだ? あのはた迷惑な女は」
 樹は首を傾げる。
「樹ちゃーん。お待たせー」
 両手に焼けたアルミホイルを持って、章が駆けつけた。
「ほら、コタロー」
「う?」
 腰にへばりついていたコタローを腕に抱いて、空いたコタローの手にアルミホイルに包まれたさつまいもを持たせる。
 あつ、あつ、あつ、と両手でお手玉したあと、コタローはアルミホイルをむいて、中のほっくりしたさつまいもにかじりついた。
「ねーたん、おいしいれす」
「そうか。よかったな」
「樹ちゃんにもこれ」
 もう1つを半分に割って、差し出す。
「うん。うまい」
「だよねぇ」
 章は目を線にして、にっこり笑った。

 何度もフレーズを聞くことで覚えたのか、メイベルが一緒に高音のパートを歌い始めた。
 合わせて、シャーロット、セシリアも。
 豊穣の女神イナンナへの感謝の歌が、高く、高く夜空に響いた。



「楽しそうなことをしてますね」
 飛空艇が降下する音がして。
 暗闇の中から真人とフィリッパが現れた。
「真人、お帰り!」
「お帰り、真人にいちゃん!!」
 セルファとトーマが両手を広げて駆け寄ってくる。
「遅いよ、どこまで行ってたんだよ!」
「ごめんごめん」
 しがみついてくるトーマを抱きかかえていると、フィリッパが彼に会釈をして、メイベルたちの元へ向かうのが見えた。
「それで何が原因か分かったの?」
「うん。でもその前に、何か食べさせてほしいですね。実は食べ物を持って行くのを忘れて、おなかがペコペコなんです」
 苦笑する真人に、こくこく頷く。
「分かった。待ってて、いろいろ持ってくるから。――トーマ、あなた飲み物もらってきて!」
「うん!」
 騒々しく走り去る2人を見ながら、真人はその場に座り込んだ。


「つまりですね、考えてみたらすごく単純なことだったんですよ」
 セルファがプレートいっぱいにかき集めてきた料理――真人には名前も、それがどういうふうに調理されているのかも分からない――をほおばりながら、説明を始めた。
 大量発生しているのは、そこで卵が産み落とされたから。
「卵? 卵生なの? あれ」
「卵鞘(らんしょう)と言います。正確には。イメージ的には、クモの卵とかカマキリの卵を想像すればいいと思います」
「うえ〜っ」
 パッと数百のクモの子が散るのを想像してしまって、思わずセルファは苦虫を噛んだような顔をする。
「俺たちがたどり着いた場所は、その孵化場になっていた崖でした。三方を囲まれた、ちょっとした袋小路になっていて、日当たりが良く、温度差があまりなさそうな…。
 そこに孵化が終わった卵鞘がいくつもあったので、ここだと分かったんです」
 あとは簡単。
 フィリッパと2人でサンダーブラストや則天去私を使って周囲の崖を壊して日当たりを悪くし、入り口を岩でふさいだ。
「条件さえ悪くしてしまえば、ワームもあそこに産卵には現れないでしょう」
 と、そこまで説明をして、真人は2人がぷっくり頬をふくらませていることに気づいた。
「――あれ?」
「……戻って相談するって言った、真人」
「そうそう」
「え? だってあれは――」
「するって言った!」
「そうそう!」
「ずるい! ずるい!」
「ずるい! ずるい!」
 ――ええ??
 2人の大合唱に、真人はわけが分からないまま、両耳を押さえるしかなかった。


*          *          *


 翌朝早く。
 それぞれの天幕から起き出した彼らは、残りの収穫をすませた。
 そのあと打ち合わせていた通り畑に衛や章が火を放ち、それをノウェムやシャーロットといった氷術が使える者たちがコントロールし、延焼を防ぐ。
 お昼ごはんを食べつつ、完全に火が消えるのを待ってから、ザムド・ヒュッケバイン(ざむど・ひゅっけばいん)とジガンが手製の木枠付き金網を引きずり回して土の掘り起こしと攪拌をした。
 大雑把に混ざった地面は、グチャグチャだ。そこを、鍬や鋤を使って畑の形に整える。休耕させなければいけないので、まだ畝は作らない。
 ザムドが腕の特殊マニピレータと剣を用いて畑を突き刺し、具合を図った。
 どこからもワームが飛び出してくる気配はなかった。
「これで完了だ」
 満足げなつぶやきが口をつく。
 わっっと歓声が上がる中
「皆さんありがとうございました」
 バジをはじめ、農家の人たちが深々と頭を下げた。

 そして夕刻。
 お土産にと渡された作物の入った袋を手に、全員が満足して帰途についたのだった。