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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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【カナン再生記】東カナンへ行こう!
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第22章 サプライズ・プレゼント

東カナン首都・アガデの都――

 リドから戻ってきたバァルほか3人を、いち早く農園から戻ってきていた者たちが出迎えた。
「ねぇねぇ。それでどうだったの? アナトさんは」
 馬車から降りたバァルの袖を、待ちきれないといった様子で美羽が引っ張る。
 その問いに、バァルはちょっと複雑そうな顔をして首を傾げた。



東カナン・リドの町、ナハルの館――

 4日前。
 バァルを乗せた馬車は無事、閉門前に町へすべり込み、ナハル・ハダドの館を目指した。
 本当は自分の館で1泊し、翌日訪問するべきかもしれなかったが、面倒なことはさっさと済ませてしまいたかった。
 自分はアナト=ユテ・アーンセトに正式に結婚の申し込みをすればいいだけだ。あとは勝手に官たちとナハトが教会の告知なり日程調整なりをし、招待客等必要な準備はすべて整えてくれる。
 そして町長主催の歓迎パーティーにさえ出れば、義務から解放されるとばかり考えていたのだが。

 はっきり言えば、しっぺ返しをくらってしまった。

 彼の訪問を待ち受けていたアナトは、開口一番
「こんなことをしている場合ではないでしょう!」
 と、彼を叱りつけたのだ。
「先日あなたが発しました北カナンへの宣戦布告とエリヤさまの事について、とある方より全て聞かせていただきました。偽りない真実を」
「――一体だれが…」
「そんなことはどうでもいいんです!」
 ぴしゃりと、まるで平手打ちのように両断される。
「大切なのは、あなたは今、ここにいるべきではないということです!
 わたしは待てます。叔父についてもお任せください。あなたは心置きなく東カナン解放のために尽力してください」

 バタン、と背中で閉まった扉に、唖然とする。
 部屋から押し出されて、初めて自分がまだ名乗ってもいなかったことに気づいた。
 ソファに座りもせず、おそらく1分も室内にいなかった。
「……は!」
 なめきっていたのだ。アナトという人間を。
 所詮は女性だと……結婚の申込みをすれば粛々と受入れ、それに従うと。

 そして彼の隣にいたナハルもまた、姪の強硬な態度に呆然として、驚きが覚めやらぬ状態でいるらしかった。
 すっかり毒気の抜かれた顔でバァルを見、玄関までともに歩く。
 その間、ぼんやりと2人で話をした。
 ナハルに、東カナンを思う気持ちがないわけではなかった。いや、むしろその気持ちはかなり強い。
 7年前のあのときも、本当に18歳の子どもに東カナン領主という重責が負えるはずがないと思っていたのだ。
「あのときした決断が間違っていたとは思わない。おまえは若く、この国のことを何も学んではおらず、未熟だった。おまえは本の世界に生き、現実には何の関心も持っていないように見えた。今のようになるとは想像もできなかったのだ。
 だからあの瞬間がくれば、何度でもわたしは同じことをする。たとえやつが現れずともだ」
「やつ? 初めて聞きました。だれかがあなたに吹き込んだということですか? アバドンですか?」
 その名前に、ナハルは渋面を作った。
「アバドンならわたしも何度か会って知っている。あの女ではない。やってきたのは、それまで会ったことのない男だった。人を見透かすような目をしていた。口端が釣り上がっていて、いつもうす笑いを浮かべているような……今思えば不気味なやつだった。当時はなぜか、そうは思えなかったのだが…。
 だが、さっきも言ったように、たとえやつが現れずともわたしは間違いなく同じ決断をくだした。東カナンのためにな」
 それでも、何者かがナハルにささやいたのだ。騒乱の種を、東カナンに撒こうとした…。
 おそらくは、アバドンかネルガルの手の者が。
「名乗らなかったのですか?」
「――タルマ……いや、タルムドといったか」
 もう7年も前のことだ。定かではない、というふうにナハルは手を振った。

「いいか? バァル。アナトはああ言っているが、いつまでも待たせてはおけん。もう22で、適齢期ギリギリだ。このままでは行き遅れとのうわさが立ってしまう。あの子にそんな恥をかかせるのは絶対に許さんからな!
 半年だ! それ以上延ばすというなら、どこかよその男へ嫁がせる!」
 別れ際、息巻いて公然と叔父バカぶりを発揮するナハルが、初めて「叔父」なのだと思えて。
「肝に命じておきます」
 バァルは笑みを押し隠しつつ、そう答えたのだった。



再び東カナン首都・アガデの都――

「……とりあえず、式は延期になった」
 アナトとのやりとりは、客観的に見るとずいぶんなさけないし、叔父との話はまだ話すわけにもいかず、バァルはそれだけを言った。
「ふーん。そうなんだ」
 応じた美羽は、先のバァルに負けず劣らず複雑そうな表情になる。
「式がなくなったってことは、どうするの? あれ」
「そうですねぇ……結婚祝いのプレゼントだったんですが」
 結婚自体がなくなったとなると…。
「――いや、もういいよね、この際だし!」
 脇に控えていたベアトリーチェと、こそこそ話し合った末。
「こっちに来て。みんな、待ってるから!」
 美羽はバァルの腕を引っ張って、中庭の方へと連れ出した。


 そこには、1日早く帰りついた者たちの手で、バァルの結婚前祝いサプライズ・パーティー特設会場がセッティングされていた。

 美羽やバァルよりいち早く走り込んだコハクが結婚が延期になったことを知らせたおかげで、間の抜けた「おめでとう!」の声も拍手も止めることはできたが…。
 入ってきたバァルと向かい合うと、なんだか妙な空気が漂うことになってしまった。
「まぁ、延期とはいえ、いずれ結婚するのはたしかなのだ」
 こほ、とリリ・スノーウォーカーが空咳をして、場をあらためようとする。
「無事神官たちは連れて来れたのだ。ぜひ、この城で引き受けてほしいのだよ」
 リリの指し示す方向には、イナンナと手を握り合わせた老女の神官がいた。2人の左右には3人の神官――彼女の弟子たち――が立っている。
「神殿を追い出されることになっても志を曲げず、イナンナを信奉し続けることを選んだ神官達は、この東カナンでも立派に人々の役に立ってくれるのだ」
「ああ、そうだな。ありがとう」
「そして私からはこれです」
 六鶯 鼎は、100センチ×80センチはあろうかという大判の絵を差し出した。
 そこには、大自然を駆けるグラニとその群れ、そしてワイルドペガサスの姿が描かれている。
「タイトルは「漆黒の疾風と純白の旋風達」です」
「――鼎さん、まるで自分の作品のように紹介しないでください。描いたのは私なんですから」
 横からディングが口を挟んだ。
「きみが?」
「そうです、私です。すごく気合いを入れて描きました。ですからケーキをホールでください。3段重ねですよ、それ以上はいいですが以下は駄目です。そしてこの絵はハダド家の家宝として代々――」
「ディング、いいかげんにしなさい!」
 襟を引っ掴み、ずるずる向こうへ引っ張って行く。
「あの……ありがとう」
 なんだかよく分からないままではあったが、とりあえず礼を言うバァルを見て、如月 玲奈(きさらぎ・れいな)がこしょこしょ隣のカイン・クランツ(かいん・くらんつ)にささやいた。
「ほら、悪魔の物だって、ちゃんと受け取ってくれるじゃん。だからこれだっていいんだよ」
「そうかぁ? だってこれ、あのダハーカの――」
「しッ!!」
 その名は出しちゃ駄目! と、バフッとカインの口を手でふさぐ。
「これ、かなりきれいだし、カッコイイ竜だったけど、アバドンの手先で、正規軍殺しちゃったりしてて、バァルには複雑な相手だったんだから」
 ちら、と自分の贈り物を見る。
 どう見ても丸分かりだとは思うが……それはそれ、これはこれで。
 名前さえ口に出さなければいいと思う。というか、目をつぶってくれるよう祈ろう。うん。
「バァル」
 名前を呼び、すすす、と前に出た。
「これ、私とカインからのプレゼントだよ」
 じゃん! とばかりに下を指す。
 カインが解いた覆いの下からは、黒で縁取りされた臙脂の甲冑が出てきた。
「すげ…」
「うわー」
「きれーい」
 目にしただれもが感嘆のため息をつく。
 その賞賛の声を耳にして、玲奈は鼻高々だった。
 だが何より
「……美しい」
 バァルが大切そうに触れ、ほれぼれとした声でつぶやいてくれた、そのことが、玲奈の胸を満足感でいっぱいにしてくれた。
 カイルと2人、これを作るのには、ものすごーーーーく苦労したのだ。
 どこから漏れるか知れたものじゃないから、だれにも知られないよう、アガデで鎧専門の職人探しからデザイン、カラーリングまで凝り、推敲を重ねまくって完成させた。時間がないから徹夜の連続だった。
「ほんとは、鞍も作りたかったんだけどね…」
「残念ながらそこまでする時間も材料もなかった。ま、材料の方は取ってくりゃいいとは思うけどな。腐るモンでもないしな」
 けどあれから3カ月経つから、もう解体されて、どこでどうなっているか見当もつかない。
 肩をすくめて見せるカインに、バァルは首を振った。
「いや、十分だ。こんなすばらしい甲冑をありがとう」
「あのね、バァル。もう1個、あるんだよ」
 こっちへ来て、と美羽が再びバァルを引っ張った。
 今度は全員でバァルを囲み、中庭を抜け、厩舎のある城の東側へ移動する。
「早く早く。みんなが待ってるから!」
「一体何が――」
「じゃじゃーーーーんっ!!」
 前方をふさいでいた美羽が、横に飛んで前を譲る。
 そこは馬場だった。
 軍馬の調整用として使用され、普段であれば数十頭の馬が出されているはずなのに、今は1頭しかいない。
 ソックスでもスターでもない、東カナンの馬では稀有な黒馬。
「あれは……まさか」
 グラニ? 始祖が乗っていたという伝説の?
「まだ調教前だが、ランサーたちに頼んで連れてきてもらった」
 グラニの美しさを前に言葉もなく、吸い寄せられるように柵まで近寄ったバァルに、クレーメックが説明した。
「おまえの、その顔が見たくてね」
 そう言って、クレーメックは苦笑した。バァルはさっきからまばたきもせずグラニを見続け、視線をはずすことができないようだ。
 彼のその姿が見えただけでも今度の旅は甲斐があったと、グラニ捕獲に向かったメンバーは思った。
「じゃがのう、バァルよ。おぬしに引き渡すには条件がある」
 柵に背中を預け、腕を組んで、揚羽が言った。
「この馬は稀代の良馬。名にし負う伝説の黒馬じゃ。その器に見合わぬ者を乗せては、嘲笑を受けるのはこやつの方。
 くつわなし、すなわち手綱なしでみごと乗りこなせたら譲ってやってもよい」
 この条件に、バァルが彼女を見た、そのとき。
「伝説の黒馬じゃと? 神(ドルイド)であるわしに相応しい馬じゃな! ならば神(ドルイド)であるわしが乗りこなしてみせよう!!」
 天津 麻羅が言い放ち、意気込んで馬場へ飛び込む。
 しかし鞍もない、調教もされていない牡馬を相手にするには、麻羅は小さすぎた。身軽ではあったが、暴れ馬を力ずくで押さえ込むパワーが足りず、ものの1分ともたずにぽーんと飛ばされる結果になってしまった。
「麻羅! 大丈夫?」
「うぬぬぬぬ……残念じゃ…」
 受け身をとって立ち上がった麻羅は潔く負けを認め、緋雨の元へ戻る。
「どうじゃ? 諦めるか?」
「――のった」
 揚羽の挑発に、まるで子どものようないたずら顔でニヤリと笑って、バァルはさっそく馬場の中へ入った。
「何分もつと思う?」
「さあ…。そもそもあの人、どれだけの腕前の持ち主なの?」
「東カナン一ですって。7年前に引退するまでは負けなしだったそうよ」
「へぇ」
「バァル、がんばれー!」
 柵前でささやかれている言葉は一切意識から切り離し、目前の馬だけに集中した。
 近づくバァルに気づいたグラニは、威嚇するように前足で土を削り、尾をピシピシと打ち鳴らしている。
「……ロデオはほぼ8年ぶりか」
 つぶやき。
 バァルは一気にその背に飛び乗った。