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【カナン再生記】東カナンへ行こう!

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第23章 終幕あるいは序章

 東カナンの人々は馬とともに生きている。馬なら寝ていても操れる、と豪語する人間は山のようにいる。
 バァルもまた、物心つく前から馬と接してきた。
 腕を折ったのも、足を折ったのも、馬でだ。
 そして桁外れの身体能力で東カナンの武術大会を総なめにした彼は、当然のことながら品評会で商品(馬)の能力をアピールするための恒例行事――馬追い、ロデオ、障害物競走――にも、幾度となく参加してきていた。
 前後左右に跳ね回るグラニを左手と両膝だけで乗りこなすバァルの姿に、場がしんと静まりかえる。
「――そういや前にセテカが言ってたっけ。騎馬戦が特に得意だって」
 やがてグラニも、彼をどうしても振り落とせないと諦めてか、おとなしくなった。
「この馬の調教は城の厩舎でさせよう。すばらしい馬だ」
 どうしても左手をはずせなかった。こんな馬は初めてだ。
 地上へ降り、汗でつやつやと光る首筋を撫でる。
「気に入ってもらえてよかった」
「山を走り回った甲斐があったよねー」
 戻ってくるバァルを、にこにこと笑顔で出迎える彼らの言葉に、バァルは直感した。ただ馬追いの旅に参加して、偶然この馬と遭遇して連れ帰ったのではなく、自分のために、彼らが探して捕獲してきてくれたのだということを。
 かつて、彼らを東カナンの敵と扱った。
 仲間を裏切る信用のおけない庸兵とも思った。
 なのに…。
「――みんな、ありが……とう…」
 胸に熱いものが込み上げてきて、バァルはそれ以上続けられなかった。
 それだけを口にするのが精一杯。
 うつむき、震える手で熱くなった目元から涙をこすり取る彼を見て、美羽は柵から身を乗り出し、彼を抱き締めた。
「泣かないで、バァル。バァルはいつも笑顔でいてくれないと、きっとエリヤも心配すると思うから」
「……ごめん」
「ううん。
 さぁ、中庭に戻ろ。いっぱいおいしいの作ったんだよ? こっちの料理とか……バァルの知らない、地球の料理もあるよ。みんなで東カナンのゆる農園でとってきた新鮮野菜を使って、作ったんだ。みんなで食べよう」
「ああ。そうしよう」
 柵を飛び越えてきたバァルに、あらためて手を差し出す。
「笑うときは心から笑って。笑いたくないときまで笑わなくていいから……でも、笑顔のこと、忘れないで。そして、東カナンの民の幸せだけでなく、自分の幸せも目指して」
「……努力する」
「うん。今はね。それでいっか」
 にぱっと笑って、美羽はぱんぱんとバァルの腕を叩いた。
 みんな、一緒に連れ立って、中庭のパーティー会場に戻ろうとした、そのとき。
 北の方角から1台の小型飛空挺エンシェントが飛来した。



「おまえは!」
 バァルは反射的に腰元へ手をやり――そこにバスタードソードがないことに、ハッとなった。
 帰城するだけだと思って、武装を解いていたのだ。
 うかつだった……ギリ、と歯を噛み締める彼の前、三道 六黒(みどう・むくろ)が地を踏み締めるように降り立った。
「――バァル、さがって」
 戦闘態勢をとった全員が、バァルを守るように前に壁を作る。
「ふん……相も変らぬ乱痴気騒ぎ。ここでもまた生ぬるい友情ごっこというわけか」
 くだらぬ。
 六黒は切り捨てるように腕を振った。
「準備は済んだか? では、わしから告げてやろう。終わりの始まりを」
「なんだと!?」
「先だってのバァル様の宣戦布告に対し、アバドン様を通じてネルガル様より宣戦誣告を預かっております。不肖私、混沌を愛する歌姫が読み上げます」
 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)は懐から紙を取り出し、エンシェントの運転席に座ったまま、つらつらとその文面を読み上げた。
 その内容は巧妙に、遠巻きにぼかされてはいたが、ようはこういうことだ。
 バァルは家臣に踊らされた哀れな道化であること、最も身近な臣下の者ですら制御できないようではその統率力は皆無に等しいこと、上に立つ者としての資質がないということ、そんな愚者を主君として掲げなければならない東カナンは不幸であること、そして次の戦いでは東カナンの民全てを完全なる絶望に陥れること、未来永劫東カナンの地に砂を降らせること…。
「きさま! よくもぬけぬけと!!」
 ケーニッヒ・ファウストが吠える。
 しかし仕掛けたのは緋桜 遙遠だった。背の黒翼から無数の羽――天の刃――が悪路めがけて飛ぶ。
 羽に仕込まれた鋼鉄の刃が、うす笑いを浮かべたままの悪路を切り刻むかに思われた刹那――
 どこからともなく現れた悪魔帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)が、その全ての糸を断ち切った。
「お初にお目にかかります。当方、帽子屋 尾瀬と申します。以後お見知りおきを」
 繰り糸を失い、はらはらと羽が舞い落ちる中、尾瀬は優雅に帽子をとって彼らに一礼をする。
「………」
 再び仕掛けようとした遙遠を、バァルが肩を掴んで止めた。
「放っておいていい。あれはネルガルの言葉ではない」
 あの2人のことは、ここにいるだれより知っている自負があった。
 彼らが布告に対し返礼をしたことは1度もない。自分に逆らう者は容赦なく、ただひねりつぶすのだ。完膚なきまでに。
「まぁ、そうとられるのは個人の自由ですから」
 悪路はどうとでもとれるように、素っ気なく肩をすくめて見せた。
「だがよ、きさまらが侮辱したっていうのは変わんねぇんだよ」
 ケーニッヒはポキポキと指を鳴らし、走り出した。神速、軽身功、等活地獄と次々にスキルを発動させ、彼らに迫る。
 それを、六黒は後ろにいた者たちもろとも絶零斬で弾き飛ばした。
「バァルよ。わしが指摘するまでも無き事だが、過度な強張りは動きを止め、硬すぎる剣は折れ易くなる。脱力を覚えよ。次の戦いに向けてな」
 剣を納め、悠々エンシェントに乗り込んだ。
 尾瀬が一礼する前で、2人を乗せたエンシェントは地を離れる。
「ああ、そうそう。アバドン殿からこれを預かってきました。どうぞお目通しを」
 北に旋回したところで、ふと思い出したように――効果的に――悪路はまたも紙を取り出した。
「ちなみに、こちらは正真正銘本物ですよ。信じる、信じないは、やはりそちらの勝手ですが。
 ご武運をお祈りしています。間に合うといいですねぇ」
 ひらりひらりと舞い下りてくる。
 それが地につく前に、尾瀬もまた、ワイルドペガサスで飛び立った。
「それでは皆々様、次の戦場まで御機嫌よう。なに、もうすぐです。本当にね…。
 それまでは引き続き、御歓談をお楽しみくださいませ」




 そのころ。
 西日に照らされ、赤く染まった崖の下では、セテカが仰向けになっていた。
 その胸には輝く黒矢が刺さっており、ぴくりとも動かず、かなりの血が流れている。
 まるで岩の台座に捧げられた神への供物のように。
 赤い、赤い、血が、夕日よりも赤く岩を染めていた…。



《東カナンへ行こう! 終》

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 こんにちは、またははじめまして、寺岡です。

 日常シナは長くなると、だれが言われたのでしょうか……今回、それを噛み締めつつ、書いていました。
 23ページというのは自己最高記録なのではないかと思っています。調べていませんが。(もっとすごい方はいくらもおられるのですが…)

 さて。今回のお話「【カナン再生記】東カナンへ行こう!」は、カナン再生記の番外編にあたりまして、本当はこれで東カナンのメインストーリーは完全完結の予定だったのですが、このページを読まれた方はすでにお分かりの通り、このお話は続いております。
 近日中に続編のガイドを発表させていただきます。よかったら、もう少し東カナンにおつきあいいただけたらと思います。


 それでは、ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回もまた【カナン再生記】なのですが、こちらでもお会いできたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。