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カナンなんかじゃない

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第5章


 西カナンを南下して、佐野 亮司が用意した巨大戦艦が国境に到着した。
 いよいよ西カナンから南カナンへの侵攻が始まろうとしていたのだ。
 国境付近に住む羊飼い、七瀬 歩の羊たちも食料として接収されてしまった。
 どかどかと押しかける兵隊たち。歩は何もできずにその様子を眺めている。
「……しかなたないよね。みんな大変なんだから……これも国のため、ネルガル様のため……イナンナ様、どうかご加護を……」

 歩に残されたのは、一匹の老いた犬だけ。
 全ての羊を失った歩は、懸命に祈った。
 誰に。
 何のために。


 それはもう、分からなかったけれど。


                              ☆


「ヒャッハー!! どけどけーっ!!」
 ネルガル軍と義勇軍との戦いを火蓋は切って落とされた。
 その最前線で戦うのはネルガル軍に雇われたモヒカン傭兵、国頭 武尊(くにがみ・たける)だ。
 武尊は大胆にも国軍騎士や義勇軍の兵士が立ち並ぶ中、一人突進していた。
「ひるむな、行けーっ!!」
 光るモヒカンを装着し、白い波羅蜜多ツナギに身を包んだ武尊。ライトブレードとフルムーンシールドの構えに隙はない。
 次々と押し寄せる騎士たちの攻撃を、しかし武尊いは余裕の表情でかわしていく。
 行動予測や殺気看破をフルに使った武尊に一般の兵士では攻撃を当てることはできない。
 攻撃を一通り避けた後、武尊はチェインスマイトで一気に敵を薙ぎ払う!!

「ぐぁあああっ!!」
「ヒャーヒャッヒャッヒャ!! 行くぜ行くぜーっ!!」

「く、くらえーっ!!」
 と、そこにあえてへっぴり腰で挑んだのが佐々木 弥十郎である。
「ほらよっ」
 と、当然のように攻撃を避けられてばっさり切られる弥十郎。
「ぎゃーっ!!」


 一般兵、佐々木 弥十郎、出てきた瞬間に死す!!


 もちろん、物陰から兄の八雲が見守っているわけだが、それはまた別の話である。
「いいぞ弥十郎! 今のすっごい情けない!!」
 それはいいのか。

 次から次へと押し寄せる兵士を次々に薙ぎ倒していく武尊。
「く、くそう! ネルガル軍の傭兵は化け物かっ!?」

 そこに、一人の戦士が立ちはだかった。
「――へ、少しはできるのが出てきたな」
 岬 蓮(みさき・れん)であった。
 見ると、右手に雅刀を構えた蓮。ヴァンガード強化スーツも勇ましく、そして左手にはカレーうどん。

「……はい?」
 武尊は首を傾げた。一度サングラスを外して汚れを落とし、もう一度蓮の姿を見直した。
 右手に雅刀。
 腕には攻撃力を上げるためのパワードアーム。
 背中には小さな翼。
 そして左手にはカレーうどん。

 何度見直してもカレーうどんだった。

 さすがの武尊も突っ込まざるをえない。
「カレーうどん? カレーうどんだよなそれ!? 何戦場にカレーうどん持って来てんだよ!?」
 ここにおいて彼の主張は正しいと言えるだろう。
 だが、そんな武尊の言葉をものともせずに、蓮は宣言した。


「私は――愛とカレーうどんの戦士!!」


「……ワリぃ、もう一回頼む」

 いよいよ武尊は頭を抱える。
 何だろう、真面目に傭兵役とか演じていた自分がいけないのだろうか、それとも知らない間に世界はカレーうどんの神様とかに支配されてしまったのだろうか。
 と、武尊が本気で悩み始めた時、蓮は更に語った。
「私――私はカレーうどんが大好きなの。だから、この戦場でもカレーうどんの素晴らしさを伝えたいと思う。
 このカナンで取れた麦粉とうどん粉をミックスして作ったカレーうどん……みんなで食べられたらきっとどんな困でも乗り越えられるって。
 だから私はここにいる。兵士や騎士のみんなに頑張ってほしいから、カレーうどんの良さをみんなに知ってもらいたいから!!
 そして私はこのカナンの名物をカレーうどんにする!! そのために私は戦うよ!! 誰にも邪魔はさせない!!」
 ここにきて武尊はブチ切れた。
 まあ無理もない。

「イイ話っぽく語ってんじゃねーーーっ!!!」
「喰らえ、愛と正義と情熱の、カレーうどんアターーーック!!!」

 蓮は、激昂した武尊のライトサーベルによるひと突きを辛うじてかわし、クロスカウンターで左手に持ったカレーうどんを武尊の顔面に叩きつけた!!!

「あちゃちゃちゃちゃ、カレーがカレーがあああっ!?」
 と、ゴロゴロと転げまわる武尊。
「それ以上テンション上げると、燃え尽きちゃうよお兄さん☆」
 と、ウィンクを決める蓮だった。

 勢いに乗った蓮は、ネルガル軍に切り込んでいく。
 何しろこちらにはカレーうどんがついているのだ、負ける気はしない。
「ふははは、ここが貴様の墓場となるのだ!!」
 と、いかにも三下っぽい台詞を並べ立てる九条 ジェライザ・ローズにもカレーうどんをお見舞いする!!
「のぉぉぉっ!?」
「ロゼ、ロゼ!? しっかりしろ、傷は辛いぞ!!」
 ジェライザ・ローズ、戦友の冬月 学人と共にごろごろと転がりながら退場。

 さらに今度はネルガル軍兵士に扮した佐々木 弥十郎も再び登場。
「ふふふ……ここはあっしに任せてもらいやしょうか」
 もはや時代考証などお構いなし、気流し姿で現れた弥十郎は、蓮と数度斬り結ぶ。
「よっ! はっ! とっ! えいやーっ!!」
「おっとっと……なかなかやりますねお嬢さん……ってあれ?」
 気付くと、蓮のスピードについてこられなかった弥十郎は、いつの間にか両手首を落とされていて、自分の手首と蓮を何度も見比べながら叫んでいた。
「な、なんじゃこりゃーっ!!」


 用心棒の佐々木 弥十郎、手首を切り落とされて死す!!


 そんな大混戦を、メキシカン衣装を着たやたら目立つ背景、橘 恭司と、半ケツ サボテンは静かに見守っていた。


                              ☆


 一方、こちらは南カナン軍。
 木崎 光イナンナは領主の館に残った女神として、ユーリエンテ・レヴィ――魔法少女イナンナと共に戦闘指揮をしていた。
 館の屋上に出て戦況を見ながらも、懸命に騎士団と義勇軍を鼓舞する光イナンナ。

 その時、突然目の前に一体のレッサーワイバーンが飛来した。
 ルカルカ・ルーがその背中に乗り、挑発的な視線を投げかける。

「……こんなところまで単騎で来るとは、いい度胸じゃねーか」
 と、メガネの奥で光の瞳が光った。
 だが、その視線を跳ね返したルカルカは、ふんと胸を張って嘲笑した。
「あなたが女神イナンナ? ……豊穣の女神っていうわりには……貧相ねぇ」

 もちろん何が貧相かと言われれば、光イナンナの胸元である。
 確かに今、光イナンナは魔法の力で豊胸しているのだが、ルカルカのそれは、光イナンナのものをはるかに凌駕していた。


 何という戦闘力!!


「撃て撃て!! あのアマ生かして帰すなーーーっ!!!」


 およそ女神らしからぬ口調で一般兵に命じる光イナンナ。だが、ルカルカの繰るレッサーワイバーンは、兵士たちが雨のように射掛けた矢をひらりひらりとかわしていく。
「あーっはっはっは!! 当らない、当らないよ!! 力の無い正義は全くの無力ねぇ!!
 ほーら、今度はこっちから行くよ!!」
 ルカルカから放たれるエンドゲームに、一般兵士たちはバタバタとなぎ倒されていく。
「何を倒れてるの!? まだまだこれからだよぉ!?」
 続いてレッサーワイバーンの口から吐かれたブレスが次々と兵士たちを戦闘不能に落としいれていく。

「く……圧倒的じゃないか!!」
 と、光イナンナは唇を噛んだ。
「えーいっ!!」
 魔法少女イナンナがファイアーストームを放つと、炎の嵐がルカルカの乗るレッサーワイバーンを襲うが、それも辛うじてかわし、上空へと飛び上がってしまう。
「危ない危ないっと……それじゃまたねーっ!!」
 と、ルカルカの乗せたレッサーワイバーンは飛び去って行く。南カナン軍に甚大な被害を残して。

「二度と来るんじゃねーっ!!」


 光イナンナの悲痛な叫びが、戦場に虚しく響いた。


                              ☆