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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第6章「極寒の海」
 
 
 『アークライト号航海日誌 6日目』
 
 いやー、昨日は参ったぞ。
 船は揺れるし敵の弾は飛んでくるしで大変だった。
 おまけにやっと片付いたと思ったらいきなりワープしちまったぞ。
 それで俺様達が気がついた時には、周りが氷だらけの海に来ていた。
 『極寒の海』って言うらしいけど……寒っ! 死ぬ死ぬ死ぬ!
 これヤバいって。物語の主人公が凍死って有り得なくね?
 
 ――アークライト号船員 木崎 光(きさき・こう)――
 
 
 
 
「よし、この部分はもう大丈夫だろう。ヴァルリア、次の箇所は?」
「艦首右舷寄りですね。こちらは少々破損状況が酷くなっています」
「向こうの狙撃手に狙われた所ね。仕方ないわ、いっそ大幅に補強しちゃいましょう」
 『極寒の海』のとある陸沿い。アークライト号はそこに停泊して、前の海で損傷した箇所の修理を行っていた。今は柊 真司(ひいらぎ・しんじ)ノア・アーク・アダムズ(のあ・あーくあだむず)が中心となって作業を行い、ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がそれをサポートしている。
「修復が難しい部分は取り外しちゃって、それから……あら、どうしたのよ忍」
「この寒さじゃずっと外にいるのは厳しいだろ。ココアを作って来たからこれで温まってくれ。そっちの二人も」
「む、確かに結構時間が経ってるな。すまない、頂こう」
「有難うございます、忍さん」
 桜葉 忍(さくらば・しのぶ)が持つトレーからマグカップを受け取り、三人が一息つく。吐く息は白く、それが外気温の寒さを余計に感じさせた。
「作業の方はどうなんだ? 真司」
「幸い最初の海で行った補強の効果で致命的な損傷箇所は無いな。ただ、戦闘中に応急処置を施しただけの部分が残っている。そこを今のうちに修復しておく必要はあるだろうな」
「結構激しい戦いだったからな。それにしても……随分俺達の船も数が増えたなぁ」
 忍が海の方を見る。そちらにはこれまで僚艦として海を越えてきたクイーン・アンズ・リベンジとヘイダル号、そして前の海で戦列に加わったエル・ソレイユが浮かんでいた。
 更にその後方に見える一隻の船。それは『嵐の海』での戦いで霧雨 透乃(きりさめ・とうの)達が足場として使っていた船だった。それを今は彼女達が自分の船として運用している。
 
「ふわぁ……おはよぅ」
 眠そうな目を擦りながら、月美 芽美(つきみ・めいみ)が甲板へと出てくる。それを見て緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は僅かに苦笑した。
「あら芽美ちゃん。もうお昼ですよ」
「え、本当!? さすがに夜更かしし過ぎたかしら……」
「あれからずっと見張り台にいたの?」
「そう。空気が澄んでるだけあって星が綺麗でね。思わず時間を忘れて見入っちゃってたわ」
「まぁ、それなら私も起きていれば良かったかしら」
 冗談半分で陽子が言う。彼女は今、この海賊船スカーレット・ミスト号の船長として朝から働いていた。
 いや――海賊船と言うよりは、むしろ幽霊船か。
 この海に来た後、三人が船の運用を決めた時点で他の船同様に航行をサポートする存在が現れた。だが、それは陽子の意識を反映してなのか、他の船のような小人ではなく、骸骨の姿にバンダナを巻いた海賊の幽霊のような姿だった。
 ちなみに『三人』である。戦闘終了時にこの船にいた四人のうち、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)だけは船酔いが悪化した影響でアークライト号へと逆戻りしていた。今頃は船室で九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の看病を受けている事だろう。
「ところで、結局あの二隻はついて来る事になったの?」
 芽美がアークライト号の後方に停泊している軍艦を眺める。
 それはアークライト号達の転移に巻き込まれたリヴェンジとアストロラーベの姿だった。
 
「まさかハイヴァニアの軍艦と肩を並べる日が来るとは思わなかったわ」
 二隻の軍艦のすぐ近くの陸で、フラン・ロレーヌ(ふらん・ろれーぬ)ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が話をしていた。二人はこの話においてはライバル関係となる間柄だったが、さすがにいきなり氷海に飛ばされてはいがみ合う訳にもいかなかった。
 互いの船はあるが、いわゆる呉越同舟である。
「それはこちらとて同じ事。それにしても……彼らは不思議な一団ね。それに、私達も彼らと同じ存在だと言っていたけど……本当かしら?」
「どうなのかしらね。言われてみれば『嵐の海』に出る前の記憶が曖昧だけど。とにかく、こうして不思議な事に巻き込まれているのは事実。今はあの人達と行動を共にするしか無いわね」
 その時、リヴェンジの甲板からフランシス・ドレーク(ふらんしす・どれーく)の声が聞こえた。
「おーい、旦那! 陛下がお呼びだぜ!」
「む。すまない、私はこれで失礼させて貰う。今後の事はあのアークライト号と協議の上、検討するとしよう」
「分かったわ。私もアストロラーベに戻ってるから、何かあったら知らせて頂戴」
 ローザマリアと別れ、自分の船へと戻るフラン。その途中に見上げた空は前の海とは比べ物にならないほど澄み渡っていた。
「この海にも宝玉が眠る……ね。俄かには信じ難いけど、探索に行った人達の無事を祈りましょうか」
 
 
「さ、ささささ寒、寒、寒い! 死ぬ死ぬ俺様超死ぬ!」
 アークライト号達が停泊している場所から少し離れた地点。宝玉を探して歩いていた光が身体を震わせながら叫んだ。そしてすぐそばにいるラデル・アルタヴィスタ(らでる・あるたう゛ぃすた)の背中側、防寒着の中へと潜り込む。
「……光、何をしてるのかな?」
「俺様は寒い! だから潜った!」
「いやまぁ……確かに寒いのは分かるし、別にこの程度で負担に思うような鍛え方はしていないからいいんだが……」
 だが、いい大人が子供を背負っている光景。これは傍から見れば――
「おやおや、まるで仲の良い親子のようですな」
 ワイルドペガサスで隣を歩く赤羽 美央(あかばね・みお)のパートナー、魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)が率直な感想を述べる。それを聞き、ラデルは貴族としてのプライドが音を立てて崩れるような気がしていた。
「や、やっぱりそう見られるのか……」
「はっはっは。仲睦まじいというのは大変結構な事ではありませんか」
「えぇ、そうですね」
 サイレントスノーの言葉に美央が頷く。その表情は普段と変わらず、寒そうな素振りすら見せていない。
「なぁ、俺様と大して変わらないのに、何でお前はへっちゃらなんだ?」
「何故と言われましても……元々私は寒さに強い方ですので。『灼熱の海』に比べれば過ごし易いものです」
「強いってだけなのか? う〜ん……分かった! それだけじゃなくて、ラデルの魔法が弱かったんだな!」
「こらこらこら! 勝手に僕のせいにするんじゃない! 魔法の差というよりは服装のせいだろう」
 とばっちりを受けて反論するラデル。確かにアイスプロテクトをかけたのはラデルと美央だが、それでこの寒さの原因を押し付けられてはたまったものでは無かった。
 ちなみに服装だが、光とラデルはご都合主義効果によって船倉で手に入れた防寒着を使用し、対する美央は自前の――恐らく現実世界で所持している――服を着ていた。
「変わった服だよな、それ。何か模様がついてるし」
「模様じゃなくて紋章だ、光。それにしても、この紋章はどこかで見た気がするな。盾と、左右に配置されたこれは……」
「丸が二つ? 雪だるまみたいだな」
「――そうか! これは『雪だるま王国』の紋章か!」
 光の言葉でその存在を思い出すラデル。紋章を着けている張本人である美央は、トレジャーハンターという物語の人物としての記憶が優先されている為に首を傾げるだけだった。
「雪だるま王国、ですか。それは一体どのような所なのでしょう?」
「イナテミスという都市のそばにある地域で、一年中積雪のある場所らしい。もっとも、僕自身は行った事が無いからあくまで聞いた話だけどね」
「一年中の雪ですか……素晴らしい土地です」
「その紋章がついているという事は、君はそこに関わりのある人なんだろうな。その服も元々雪のある土地に備えた物だから寒さに強いんだろう」
 ラデルの言葉に、自身の服を撫でる美央。その服は何か自分にとって大切な、とても大切な何かを持っているような感じがした。
「さて皆様。そろそろ何かしら見えてきても良さそうな頃合いでございますな」
 魔鎧として装着されているサイレントスノーが皆へ呼びかける。自身の持つトレジャーセンスが感知した方向に結構進んでいたようだ。
「どれどれ? 宝玉はどこにあるんだぞ、っと」
 ラデルの背中から首を伸ばし、光が周囲を見渡す。すると、ある地点に氷の柱が見えた。
「俺様の勘だとあれが怪しいんだぞ! ラデル、ゴーゴーゴー!」
「はいはい分かった分かった。分かったから耳元で叫ぶな……」
 一行が近くまで辿り着く。柱は人工的に造られたかのような透明度を誇り、その中心に白い輝きを放つ宝玉が埋め込まれていた。
「おぉ……何と美しい姿でしょう。まるでこの柱全てが一つの宝石のようですな」
「そうですね……しかし、ここから宝玉を取り出すとなると中々に難しそうです」
 試しに、と美央が飛竜の槍を取り出し、柱に向かってランスバレストで突き刺す。
 だが、表面が少し削れたもののヒビを入れるまでには至らない。
「……やはり。これを破壊するのは一筋縄では行きませんか」
「俺様が爆炎波で溶かしてみようか?」
「いえ、厚みもそうですがごく僅かな魔力を感じます。もっと大きな力で一気に砕かないといけませんね」
 肝心の宝玉を前にして立ち往生してしまう未央達。どうにか打つ手は無いかと周囲を見て回る。
「大きな力、か。全員で同時にやっても効果があるかは怪しいな……おっと」
 柱の反対側を見ようとしたラデルの足が止まる。雪が積もっていて気付きにくかったが、もう少しで氷山に足を踏み出す所だった。どうやらこの柱自体、棚氷の端にあるらしい。
「危ない危ない。さすがにこの海に飛び込む勇気は無いな」
「海? この海ってアークライト号のいるとこと繋がってるのか?」
「どうでしょうね……少し待っていて下さい」
 光の発言を確かめる為、美央がワイルドペガサスに乗って高度を上げる。そして少し辺りを飛び回った後、ゆっくりと降りてきた。
「どうやら向こうと一続きになっているみたいですね。ただ、流氷があちこちにありますが」
「だそうだが……それがどうかしたのか? 光」
「……ふっふっふ。俺様いい事思いついちゃったんだぞ」
 
 
「永太」
 現在も停泊したまま修理を続けるアークライト号。その甲板に出てきた燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)が工具片手に動き回っているパートナーへと声をかけた。
「おや、ザイン。ここは結構冷えるよ。中に入っていた方が良いんじゃないかい?」
「そう思ったから来ました。永太こそ身体が冷えているのではありませんか?」
「ははは、まぁね。でもこうやってきちんと整備出来る機会はもう無いかも知れないんだ。それなら出来る限りの事はしてやりたいじゃないか」
 そう言って神野 永太(じんの・えいた)が朗らかに笑うが、やはり長時間の作業は身体を少し冷やしてしまっていたようだ。特に作業の為にと何も嵌めずにいた手はザイエンデから見ても震えているのが分かる。
「寒そうですね。手を繋ぎましょうか」
 両手を前に出すザイエンデに思わず驚きが先に出る永太。
「……ん、何故嫌がるのです? 握りつぶしたりしないので、素直に手を出して下さい」
 彼女はその理由を勘違いしたようだが、気にせず永太の手を温めるように両手を重ねる。
「……どうです? 温かいでしょう」
「あ、あぁ……そうだな。とても温かいよ」
 機晶姫であるとはいえ、船内にいたザイエンデの手は永太のそれよりも温かかった。
 その事が何だか嬉しくて、永太は更に穏やかな笑顔を見せた。
 
「良い雰囲気の所を邪魔して悪いんだけど――」
「おわぁ!?」
 突然横から聞こえた声に思わず手を離し、万歳のポーズで誤魔化す永太。
 声をかけたエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は申し訳なさそうに彼に連絡を伝えた。
「整備担当の人は艦首の方に集まってくれ、だとさ。探索に出た人達から連絡があったらしい」
「あ、あぁ。分かりました、すぐに向かいます……って、ザインさん、この手は何でしょうか?」
「まだ寒いままでしょう。温まるまでこうしています」
「いや、その気持ちは嬉しいんだけどね。この状態で皆の前に出るのは……ほら……ね?」
「何をブツブツ言っているのですか、永太。呼ばれているのですから早く行きますよ」
 そのまま手を繋ぎながらザイエンデが引っ張っていく。そんな二人をエースはどこか楽しそうに見送っていた。
「面白い二人だ。でも……結構お似合いかな」
 
 
「行け行けー! 氷壊しまくりだー!」
 アークライト号の艦首で光が元気良く叫ぶ。この船は今、宝玉のあった場所を目指して進んでいる所だった。
 
「氷を壊すオプション装備くらいあると思うね! 何たって物語の世界だからな!!」
 
 光のこの提案を基にアークライト号側が連絡を受け、探索組が戻ってくるまでの間に砕氷用のパーツを艦前方へと取り付ける作業が行われていた。例によって部品の調達は船倉からだ。
「いや〜、こないな場所を通る事になるとは思わんかったわ。でも、せっかく操舵出来るんやから気合いれて行きますで〜」
 この海での操舵を担当しているエミリオ・ザナッティ(えみりお・ざなってぃ)がしっかりと操舵輪を握る。
 宝玉までの道は幅が狭く、軍艦サイズの他の船では突入する事が難しかったのでここにいるのはアークライト号のみ。
 それでも新規装備のお陰で流氷を砕きながら進む事が出来ていた。
「あの氷は危険そうですね……行きます」
 更に所々に浮かんでいる氷山は美央のランスバレストと光の火術で小さくし、その上でアークライト号が弾き飛ばして行く。
 それを続ける事でとうとう船は目的の場所へと辿り着こうとしていた。
「見えましたな。エミリオ様、正面の柱が宝玉の眠る場所でございます」
 サイレントスノーの言葉に一行が正面へと目を向ける。そこには僅かな白き光がこちらを待ち受けているのが見えた。
「あれやな。ほなこのままの勢いで行きましょか。皆、しっかり掴まっといてや!」
 船の先端を柱の方向へと合わせ、そのままの針路で突撃を開始する。大きな一撃を与える為に、アークライト号の勢いと重量そのものを利用するというのが今回の手段だった。
「ぶっ壊せー! 突撃だヒャッハー!」
 衝角が柱へとぶつかり、鋭い金属が氷へとヒビを入れていく。柱を護っていた僅かな魔力は霧散し、後は人の手でも十分なレベルとなっていた。
「これで行けますね。私達で決めてしまいましょう」
「おう! お宝は頂きだぞ!」
 美央のランスバレストと光の爆炎波が同時に当たる。完全に砕け散った氷は微細な粒子となって消え、その場には宝玉だけが残されていた。
「これで宝玉は五つ。残るはあと二箇所、か」
 ラデルが宝玉を拾い、大事に船へと持ち帰る。そしてアークライト号は他の船と合流するべく、慎重に元来た道を引き返すのだった――