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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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七つの海を越えて ~キャプテン・ロアは君だ~

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第7章(2)
 
 
 『戦列艦グナイゼナウ航海日誌』
 
 我が艦隊は現在、ある島へと航行を続けている。
 大陸の国が手に入れたという宝玉。
 それと同種の物がその島に存在するという情報を掴んだ為だ。
 真偽は定かではないとはいえ、我が帝国の繁栄の為には捨て置く訳にもいかない。
 作戦決行は夜明けと同時。艦隊の砲撃の後、島へ上陸。素早く宝玉を奪取する。
 そう、海の覇権を握るのは大陸の国でも島国でも無く、我が帝国なのだ。
 
 ――グナイゼナウ艦隊提督 武崎 幸祐(たけざき・ゆきひろ)――
 
 
 
 
「朝斗、随分早いですね。まだ夜明け前ですよ」
「お早う、朝斗さん」
 翌日未明のアークライト号。
 既に起きて甲板へと出ていた榊 朝斗(さかき・あさと)の所にルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)篁 天音がやって来た。
「お早う。ルシェン、天音さん。そういう二人もかなり早いんじゃない?」
「確かに。余り人の事は言えませんね」
 そう言って三人が僅かに笑う。この海の気候は航海の最初と同様に穏やかな物で、朝方の今は心地よい寒さが感じられていた。
「後二つの海で七つ制覇かぁ。もうすぐ終わりって思うとちょっぴり寂しくもあるかな?」
「その気持ちは僕もあるけど……でも、出来ればこういうトラブルに巻き込まれ易いっていう体質は何とかしたいなぁ」
 己の身に降りかかっている事を思い出し、朝斗の笑みが苦笑に変わる。
「そうだ、天音さん。この前はごめんなさい。色々迷惑をかけちゃって」
「この前?」
「ほら、あの魔法の本があった洞窟での……」
「あぁ……」
 以前天音を含めた篁家の者達が父から送られたマジックアイテムの本の効果を発揮させる事が出来る洞窟に向かった際、別の理由で訪れていた朝斗達と初めて出会っていた。その時朝斗は突然現れた妨害者によって傷付けられ、一足先に戦線離脱する形となっていたのである。
「あれは別に気にしなくても大丈夫……というか、朝斗さんの方こそ大丈夫だったの?」
「うん。まぁ何日かは安静にしてたけど、幸い早いうちに完治出来たよ」
「えっと、身体の方も勿論だけど……『心』の方も」
 朝斗が狙われた理由。それは自身の心に潜む『闇』を見出した相手にその覚醒を促されたからだった。結局その時は相手の思惑通り朝斗の『闇』が暴走し、天音を含めてその場にいた者達は彼の豹変した姿を見る事になったのだ。
「……そっちも、大丈夫……だと思う」
 拳を握り締める。覚醒を促されて以来、朝斗は時々『闇』の片鱗が見え隠れするようになった。それは他者を、そして自身をも傷付ける危険な力。それ故に朝斗は原因を探し始めた。この力が何なのか、どうして自分に宿るようになったのか。
 一時はパートナーである吸血鬼、ルシェンとの契約を正当に行っていなかった『仮契約』による歪みが原因では無いかと思う事もあった。だが、更に探るうちにそれは表面的な部分でしかなく、自身を巡る様々な要因が絡んで『闇』として姿を見せる事になったのでは、と推測出来る所まで来ていたのである。
「この前、ある博士に話を聞いて貰ったんだ。根本的な解決になった訳じゃないけど、それでも僕のこの力の理由、その一端は分かった気がする。それに……康之さんに教えられた『重み』もあるから」
「康之さんって――」
 天音が船室へと繋がる扉を見る。朝斗の言う人物、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)は今はまだ夢の中だろう。
「康之さんとはカナンで会ったんだ。その時に教えられたよ……譲れないもの、護りたいものを持つ事の重みと大切さを。だから僕は覚悟を決めたんだ。例えそこにあるのが『闇』であっても、逃げずに自分自身と向き合うって」
「そう……」
 天音はまるで眩しい物であるかのように朝斗を見る。ある時期より前の記憶を持たず、その先にある物が闇かどうかすら分からない天音にとって、朝斗の前に進もうとする意志はとても輝いて見えた。
「気休めにもならないと思うけど、頑張って。朝斗さんならきっと何が待っていたとしてもそれを越えられると思うから」
「……有り難う、天音さん」
 朝斗が柔らかい笑みを見せる。三人の間に流れる、穏やかな気候に相応しい雰囲気。
 ――だが、その空気は突然破られた。遠くから大きな音が響いたかと思うと、島の一箇所で爆発が起きる。
 更に二発、三発。次々と聞こえる音と、島で起きる爆発。それが平和な朝を打ち砕く物だと、朝斗達は一瞬の間をおいて気付いた。
「何だ!?」
「朝斗、あれを!」
 ルシェンが指差す方向を見る。するとそちらから島を迂回するように八隻の軍艦が現れた。
 
 
「全艦に通達。これより上陸作戦に移る」
 単縦陣を敷く艦隊の旗艦、戦列艦グナイゼナウの指揮を執る幸祐が静かな声で告げる。
 彼は蒼空学園で行われていた『近世欧州の海戦史』という講演を聞きに行った帰りに光に巻き込まれ、この世界へと来ていた。
 そのせいか彼自身はかつて広大な版図を誇った神聖なる帝国に仕える艦隊の提督としての記憶を持ち、こうして島へと襲い掛かろうとしているのである。
「上陸部隊はブリュンヒルデ、貴官が率いよ。賊にまで響き渡るその勇名に恥じぬ働きを期待する」
「イエス、マイ・マスター」
 隣に控える副官、『銀髪の戦乙女』との異名を持つヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)が敬礼する。冷酷無慈悲な女軍人になりきっている彼女は幸祐の忠実な部下として、他の兵――やはり小人達だが――と共に上陸用の小船に乗り移り、海岸へと侵攻して行った。
「各艦は砲撃を継続、上陸部隊の支援を行え。全ては帝国と、皇帝陛下の為に……」
 
「皆! 早くこっちに!」
 如月 玲奈(きさらぎ・れいな)が小人達を誘導する。グナイゼナウ艦隊からの砲撃は集落へも容赦なく降り注ぎ、辺りの物を次々と破壊していった。
「天音からの連絡だと突然現れた軍艦からの攻撃らしい……どうして、どうしてこうやって罪も無い相手を狙えるんだ」
「全くだ。現実じゃないとはいえ、このままにしてはおけないな……」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の言葉にエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が頷く。二人は共に、先日カナンで起きた事件で心に傷を負った者達だった。時折見せていたローズの落ち込んだ雰囲気。それは力無き人を護れなかった悲しさ、手を差し伸べるのが間に合わなかったという後悔。
 
 ――もう、あんな思いはしたくない――
 
 その為に必死で島の小人達を護る二人の所に、九条 レオン(くじょう・れおん)クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)が走ってきた。
「ロゼ! こっちだよ!」
「レオンが昨日、洞窟を見つけたんだってさ。オイラ達も手伝うから皆をそっちに連れて行こう!」
「分かった。それじゃあそっちへ――ん?」
 その時、ローズが近くでしゃがみ込んでいる小人に気付いた。爆発で飛んできた破片を喰らってしまったのか、軽く怪我をしているようだった。
「ごめん、ちょっと傷を見せて……うん、このくらいならすぐに治療出来るよ」
 治療用のフラワシ、フィール・グッド・インクを呼び出す。あっという間に傷を治してしまったローズに、小人は驚きの視線を向けていた。
「さぁ、ここはわしらに任せるが良い。お主達は早く隠れるのじゃ」
 更に天津 麻羅(あまつ・まら)が護国の聖域を使い、砲撃以外の攻撃に備える。そんな二人を見ていた葉月 ショウ(はづき・しょう)は島の伝承を思い出していた。
「コノ地ニ災イ訪レル時、神ガ降リテ我ラヲオ護リ下サル……アァ、マサニコレコソガ……」
 集落の中心にあったトーテムポールも既に砲撃によって倒され、宝玉がはめ込まれている彫像が丁度ショウの方を向いている。まるでこの時を待っていたかのようだ。
 考えた末、ショウは宝玉を取り外すとローズへと差し出した。
「これは――宝玉!?」
「神ヨ。ソシテコノ地ヲ護リシ神ノ遣イヨ。今コソコノ神具ヲオ返シスル時」
「神っていうのは麻羅だとして……何故私が神の遣いなんだろう?」
「お主のフラワシを使う姿がシャーマンか何かにでも見えたのではないか? それより、宝玉を手に入れるチャンスなのじゃ」
「あぁ、そうだね……有り難う。この宝玉は大事に使わせて貰います」
「せっかく手に入ったのだから、早めにアークライト号に持って行った方がいいわね」
 ローズの手に渡った宝玉を見て水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)が言う。そこで飛行翼を装備してきている玲奈が手を上げた。
「それじゃあ私に任せてよ。海岸まで行ったらひとっ飛びで船まで行ってくるから」
「分かったわ。砲撃もそうだけど、この島に侵入して来てる敵がいるかも知れないから気を付けて」
「オッケー! それじゃ、行ってくるね!」
 玲奈が海岸に向かって走り出す。それと同時に冬月 学人(ふゆつき・がくと)が小人達を洞窟に避難させる為に皆を促した。
「さぁ、僕達も急ごう。宝玉を託してくれたんだ。それに応えて島の人達はちゃんと護りきらないとね」