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破滅へと至る病!?

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破滅へと至る病!?

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「お待ちください」
 その場に現れたのは一人のメイド──高務 野々(たかつかさ・のの)だった。
 野々はてきぱきとミチル、マリアを“メイドインヘブン”で癒すと、倒れているセレンとセレナの二人も、また同じく治療した。
 突然現れた治癒能力者に、彼女達の表情が驚きに満ちるのが、野々には分かった。
(どんな風に見えるのでしょうか。もしかしてひどい傷だったりするんでしょうか? 私からすれば、あれだけ戦っても、ただのかすり傷ですもんね……)
 野々の見立てでは、彼女たちの傷はメイドインヘブンどころか、鞄の中の消毒薬と絆創膏で十分事足りそうなものだった。いわゆるツバつけときゃ治る、程度だ。
 でも、それじゃあんまり凄そうに見えない。何と言っても、力を見せ付けるのが目的なのだから。
 彼女は注目が自分に十分集まったのを確認してから、密かに息を吸って吐いて、考え抜いた台詞を口に出す。
「……私の名はノノ。招かれざる客として此度の舞踏会に推参する事をお許し願います」
(は、恥ずかしい。穴があったら埋まりたい……)
 野々にとってみれば、その台詞を口にするだけで、羞恥心で死にそうになりそうだった。それが、無茶をしそうな自称契約者を止める──無茶に無茶を重ねて怪我をしないように、というメイドのお仕事であったとしても。
 何故なら。彼女もまた、過去中二病の「患者」だったからである。しかも三冊もの痛いノートを著した上に、一冊を魔導書にまでしてしまった、筋金入りの……いわば彼女たちの「大先輩」にあたる。本人には忘れてしまいたいくらいの、黒歴史であるが。
「とは申しましても、深淵の暁闇如きの許可などは必要ないですが。三書の担い手である私に、この舞台は狭すぎる。あなた達の傷を癒したその力。逆もまた可能。真なる力に目覚めたものならば、誰でも出来ることです」
「深淵の暁闇ごとき……? 私たちの力の源を知っていると? 確かに黒い書物を手に取った覚えはありますが、あれから力を得ている、と。貴方の持つものはそれであると?」
「いいえ? 私が持つ書は、あなた方に力をもたらしたソレではありません。ですが、その力に比類する。と言えば、理解できるでしょうか」
(ああ、「自分にとって」一番被害が軽微だからとはいえ。これを人前に曝す時が来てしまうとは……)
 何と言っても、野々は自分の本が魔導書(かのじょ)として現れた時点で、自分の黒歴史が表舞台になってしまったことに驚きと戦慄を覚え、再度封印するために契約したのだ。
 野放しは、机の上にノートを置いておくこと。その上彼女が自分以外の誰かと契約なんかしたら……あんな会話もこんな設定も見られ放題である。
 彼女は出来る限りの力を振り絞って落ち着き払って見せると、胸に抱いた魔導書──どうみても学生用の数学ノートにしか見えなかったが──を手放した。
「……では証拠を見せましょう。出よ第三の書【黒曜燕】!」
 野々の手から落下するノートは、彼女の呼びかけに応じて、高務著 『黒歴史帳・第参巻』(たかつかさちょ・くろれきしのおとぼりうむさん)は人間形態となり床に降り立った。
「では、真の契約者の力。その目に焼き付けなさい!」
 野々は両手を腰に当てて、ふんぞり返った。
 『黒歴史帳・第参巻』はそんな彼女のけなげな姿、そして表舞台に立てたことに密かに感動した。
(……ここからは私の出番で御座いますね。緊張いたします……でも、おみさまのお役に立てるのなら!)
「我は第三の書【正気と狂気の狭間を操る虚ろの実を食む燕(オブシディアン・スワロゥ)】。顕界での名は黒曜燕。司るは全ての虚実。見知り置く必要はない」
 淑やかで儚げな和風美少女は、精一杯の威厳を込めて言った。
「ノノが持つ真なる力、お前たちは深淵なる力と言ったか。此の力は、斯様な儀式で与えられるものではない。蠱毒が如く、互いに潰し合った結果に付随される悪魔の力。そのようなものが、深淵なる力であるはずがない!」
 ぴしゃり、と言われて、ミオスは面食らった。いや、誰もノノが深淵なる力を持つとは言ってない。
 言ってないのだが──。実はこれは当たっていた。
「さあ、姿を現すが良い。此の舞台を作り上げた根源。かつての我が同胞! お前はやりすぎたのだ」
 おまけに、さらりと真実まで言ってのける。
「よって今より討ち滅ぼす。我と、我が深淵なる契約者ノノの手によって!」
 それは、単なる推測でしかなかった、かもしれない。単なるカッコイイ呼びかけだったのかもしれない。
 ただ、我が同胞──その推測は正しく正解であって、呼ばれた“彼女”は現れたのだった。

 年の頃なら十歳程度だろうか。長い黒髪、白い肌。こちらも夜の闇のような黒い典型的な魔法使いのローブを来た少女。パラミタで腹ともかく、日本ではハロウィン時期ですら滅多に見かけないコスプレイヤーに見える。
 その少女を見て、野乃もといノノと、『第三巻』改め黒曜燕はちょっと固まってしまった。
 知らず床に落ちていた黒い一冊の書物が、目の前で人の姿になったのだ──丁度、燕が人間の姿を取った時とまるで同じ方法で。
「……同類、でございましたのね」
 燕が絶句する。ああ、見ないでもわかる。彼女の中に何が書いてあるのか、大体想像がつく。それは彼女に記された物語の著者・何某さんも一緒に違いなかった。
(もしかして、面倒なことを言ってしまったのでしょうか……)
 元々、ノノと燕のお芝居は、患者が正気に戻った時にかかるであろう病気の後遺症──悶絶しのたうち回るほどの心臓部の痛み・発熱・ほてり・全身の倦怠感、及びほんとーの怪我──を和らげるためのお芝居だったのに。何故だかそれがクリティカルヒットしてしまったのだった。
 ノノは、先程まで成り行きを観察していた、共に地球を訪れた契約者二人の反応を伺った。
 そして再び絶句した。
 自称「契約者」のミオス(赤羽 美央(あかばね・みお))の視界に、黒い少女はろくに入っていなかった……が、彼女たちにしてもそうだったらしい。
「組織? そんなものは、この私が破壊する!」
 ストーリーは事件の黒幕の登場とは全く関係なく進んでいたのである。
 それが、元患者と現在進行形の患者の違いであった。

 現在進行形の患者二人は、これまた典型的な黒と白、二色のゴスロリで身を飾っていた。
 黒ゴスロリ刹姫・ナイトリバー(さき・ないとりばー)と白ゴスロリ黒井 暦(くろい・こよみ)は、無意味に背中を合わせて「登場」し、ミオスの前に立ちはだかった。
 更に刹姫の衣装の一部──漆黒のマント、長い手袋にロングブーツは、本当の魔鎧夜川 雪(よるかわ・せつ)であるが、ここでは触れない。
 何かにつけ正直な魔鎧である雪的には、この劇に思うところがないわけではなかったが、長い付き合い上、何となく表に出ない方が良いような気がしていた。設定は適切なものを適切な時に。TPOを弁えた方が良いように思ったのだった。
 刹姫と暦は今真面目に月極と戦う契約者を楽しんでいるのだから、出ない方がいいだろう。コスチュームチェンジとか魔鎧解放とか、真合体とか言い出したら動く必要があるかもしれないが。
(しっかし大丈夫なのか? サキ姉、自分が「契約者」だって分かってないからなぁ)
 そう。自体を更にややこしくしているのは、刹姫・ナイトリバーが自覚のある中二病患者であった、ということである。
 彼女の本名は夜川紗希。自分はごく普通の少女であり、魔法なんて幻覚だ、と思っている。それでも次々に面白い人間が周囲に現れてるので、状況に応じて中二を演じて楽しんでいる、ごくごく普通の女の子であった──本物の「契約者」でなければ。
(月極《ルナ・ウルティマ》。そう、いくら貴方でもこの私を止められはしない。私は『夜』。闇も深淵も、全てを覆い尽くす真の漆黒。深淵の力など偽り。その幻想、この私が壊してあげるわ!)
「深淵の力などとは片腹痛い。この『夜』と『漆黒』の化身たる双子、ナイトリバーブラックウェルがその虚構の力を消し去ってあげます」
 ナイトリバーが刹姫のことなら、ブラックウェルは暦のことらしい。なるほど、夜(ナイト)川(リバー)に黒(ブラック)ウェル(井/戸)、ということだろう。
 ピンク色のツインテールを無意味にかきあげて、彼女は周囲を見回した。
「そう、深淵なる力など、所詮は紛い物。この漂いし『夜』の化身、ナイトリバーの目は誤魔化せはしないわ」
 一見痛いことを言っているようだが、本当に冥府の瘴気をまとわりつかせている。
 楽しげに彼女は微笑んだ。彼女の高い中二力に引き寄せられるように、次々に契約者が集まって来た。
「我が名をその愚かしき身へと焼付けるがいい。漆黒のブラックウェル。その真名は──ヨミ。我は冥界からの使者!」
 ヨミとはこよみ、の二文字を取ったのだろう。ほんとは歴史のレキになるよていであったが……読み書き書き間違いも中二のお約束。
 ブラックの割に白ゴスロリなブラックウェルは、再び名乗った。
「ふふ、ここがお主らの最終死点(ターミネーションオブデッドエンド)よ。さあ、悲鳴を上げろ、黄泉へと轟かせるがいい!」
「ご機嫌よう、死の舞踏会をお楽しみの紳士、淑女の諸君。残念だけど、お遊びはここでお終い。さあ、本当の『狂宴』を始めましょう」
(た、楽しんでます。本気で楽しんでます。どうしましょう……)
 野乃は慌てて彼女を諌めようとあの、と思わず地を出して話しかけるが、彼女達はすっぱりきっぱり野乃を無視した。
 特に暦は、真性である。演技とか演技じゃないとか、そもそも百合園女学院が出した依頼書の内容も、誰が言いだしたのっていう感じで頭の中にはさっぱり入ってない。
 何故かと言えば、暦は刹姫の書いた中二小説であるからだ。本名は「黒姫 サクラ著 『シュバルツ・ブルート――深淵の契約者』」
 サクラとは刹姫のペンネーム。刹姫が自分は中二病だという自覚がある程度ある、ということは、一時これは危険視されて封印していた訳なのだが……まぁ、再契約に至ったのは野乃と同じような理由だった。

「さあ重力の枷に縛られるがいいわ!」
「新世界は我ら『深淵の暁闇』が創りだします。敵という概念すら存在しない――そう、完全なる世界を! それを邪魔立てするのであれば……我が身ですら制御不能な<漆黒の光>により、貴方を喰らい尽くしてくれましょう!」
 ナイトリバーの背から蜘蛛の糸のように奈落の鉄鎖が伸び、絡み合ってミオスに殺到する。しかし──、
「何……っ!?」
 鉄鎖は突然、彼女の前でことごとく床に落ちた。
 ナイトリバーは目をこすった。ぐにゃりと空間がゆがんだように見えた。正確には、突然鏡面が空間に現れたかと思うと、わずかな振動と共に、鉄鎖の衝撃を全て吸収したのだった。
「空間断絶能力……」
「さあ、私の<断罪の輪舞曲〜序曲>で踊りなさい」
 漆黒の光がミオスの手に輝いたかと思うと、頭上からそれは振ってきた。
 ナイトリバーとブラックウェルは、身軽にそれを飛びのいて回避するも、彼女は次々に頭上から光を振らせてくる。
 それはまるでダンスを踊っているようにも見えた。契約者である分、回避にためらいもない優雅な動きは、放っているミオスどころか彼女たち自身をも喜ばせる。
「ふふ、楽しい、実に楽しいぞ!」
 ヨミは笑っていた。
「ほう、これらを回避するとは。経験が生きましたね。ですがいつまでもちますか」
 いや、本当はこれは妄想なのだから回避できるはずも何もない。
 けれど現在進行形患者の二人には、何か通ずるところがあるのだろう。阿吽の呼吸でなんとなくわかってしまうのである。げに恐ろしきは妄想力。
 それに満足したのか、ミオスは光を放つ手を休めず、語り始めた。
「やはり、貴方達は未だ理解していない。此の世界が単なる試作回路(プロトタイプ)であるという事を」
「何っ?」
「此の世界は<上位世界>へと変化を遂げるのです。この宴は儀式の一部に過ぎない」
「なん……だと……!? まさか──」
「そのまさかです。これは終焉の儀式の一部なのですよ。さあ、冥途の土産を持って旅立ちなさい! <断罪の輪舞曲〜終曲(フィナーレ)>!!」
 断罪の騎士ミオスに光と闇が備わり、最強に見える──。
 ミオスの背中から無数の堕天使の羽が伸びあがった。某薔薇の学舎校長かとも思うようなおびただしい数の羽だ。
 彼女の手にした聖神槍、それは羽根に呼応して、伸びて伸びて伸びて伸びて、天井を突き破り──13kmまでに達した。宇宙(そら)から見て、それはまるで日本に楔が穿たれたかのようだった。
 ──勝てない──。
 その場の誰もがそう思った。断罪の七騎士の一人ミオスの力はそれほどまでに強大だった。
 ミオスは13kmの槍を軽々と振り回す。
「あなたたちも、新世界の儀式の一助となりなさ──け……けほっ」
 止めを刺そうとした時、突然、ミオスは咳き込んだ。
 体の中に抱え込んだ<漆黒の光>は、強大な力をもたらす一方、時折ミオスの体を突き破ろうと暴れだすことがある。制御するために力を使うので、咳やふらつきといったかたちであらわれるのだ。
 そして咳き込むだけのわずかな時間を、その隙を、ナイトリバーは見逃さなかった。
「今がチャンスよ!」
 ナイトリバーとブラックウェルの詠唱が同時に始まった。
「我は『夜』」「黄昏よりも眩き者」
「我は『漆黒』」「黄泉へと通じる深き者」
 各々が司る色が、ぽうっと両手にまとわりついた。

『我ら、黒き双子の元に命じる』
 両手は上に掲げられ、二つの色が一つの球体となって、頭上で交じり合う。
 周囲からピシピシと空間の軋む音が上がる。
 今球体は、ブラックホールのように渦を巻きながら一つの道を開けようとしていた。

『混沌たる世界への扉、開け――極限の混沌へと至りし門(ゲート・オブ・カオス・エクストリーム!)』
 空間が──開かれた。
 それは門、この世と混沌とを繋ぐ異世界への門。
 あってはならないその扉が、二人の魔力によりゆっくりと開かれる。
「何を……」
 咳き込んだミオスを、その驚愕ごと、混沌の瘴気が呑み込んだ──。

 ──だが、それでもミオスはただ、そこに立っていて──。



 ──その少し前、(湯島 茜(ゆしま・あかね))は携帯を取り出し、一本の電話をかけた。
「ああ、私だ。……まさか『月極』グループの契約者が総出とはな。こうなっては事態は第三フェーズに移行したと考えるしかないようだ。……そうだ、時は満ちた。これより戦闘を開始する」
 彼女は電話を切ると、魔銃カルネイジを手に(それは弟のモデルガンだったのだが)戦いへと向かっていった。
「我らが『定礎』グループの力、見せてやろうではないか。ビッグバン・シュート!



 脇からの一撃がミオスを貫き、彼女は倒れた。
 ビッグバン・シュート──宇宙からいただいたエネルギーを銃弾に乗せて攻撃する彼女の必殺技だ。最大のエネルギーを乗せると、まさにビッグバンと同じだけのエネルギーを放出することができるが、本当に宇宙が収縮してビッグバンを起こしてしまうという恐ろしい技である。(なのでこの時彼女は手加減をしていた)。
「……て、『定礎』っ……!?」
 そして、新たなる敵の登場に、契約者たちが驚きの声を上げる。
「な、なんで今更そんな新設定が出てくるんですかっ! ほんとーに!!」
 周囲に、野乃の絶望的な悲鳴が響き渡った。