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終章 目を瞑らずに

 その後――依頼人含む盗掘グループは、静麻から連絡を受けてやって来た、軍用バイクに乗った二人組の教導団によって正式に逮捕されることとなった。なにやら物腰の軽い青年と謹厳な男という極端な二人組だったが、彼らであればきっと信用できるだろう。
 結局のところ、男の盗掘に村の者たちは介入していない。イルマンプスはいまだに子どもを守ろうとしているため気性を荒くしているのは確かだが……それはなんでも、後に合流した如月佑也なる人物たちが、村人たちとの関係の仲介に入ったという話だった。
「あの……だから俺、大学の授業とか喫茶店の経営とかがあるんですけど」
「少しぐらい休んでも問題ありませんわ」
 むしろ問題ありすぎるのだが……『断るのは断固却下』と言わんばかりの素敵な笑顔を浮かべたラグナを見たら、佑也にはそれをあえて断るほどの器量はないのだった。
 発掘機器の修理とついでに、劣化してきた機械の改良も行っていた。よほどの事がない限り、イルマンプスに被害を与えるようなことはないだろう。
 肝心のイルマンプスだが――気絶とはいえたぶんに傷つけてしまった彼女の治療は、榊朝斗たちが行ってくれたらしい。ほとんど巻き込んだ形でありながらも仕事をしてくれるところは、実に彼らしいと言えた。
 ともにいたアイビス・エメラルドもまた治療のバックアップに当たってくれたようだ。無表情なままの彼女が何を思ってイルマンプスを治療しくれているのかは、誰にも分からぬことであったが。


 そして、山岳の岩間を縫うようにして、コビアと鬼崎 朔(きざき・さく)は刃を交えていた。
 修行の一環である。
 朔の済んだ紅き双眸がコビアを捉えると、彼女はまるで鞭のように俊敏に跳ねてその距離を詰める。横なぎに振られた剣と、コビアの抜刀した刀がぶつかり合って、弾けた。刃と刃の弾き合う甲高い音が幾度となく続く。
 ただし――決して朔は手加減をしているというわけではなかった。死なない程度に力は抑えているものの、その速度と剣技は、決して並大抵のそれでさばき切れるものではない。だが、コビアはそれを受け止めていた。
 かつては自分の剣の後ろにいた少年が、いまは自分の剣を受け止めるほどにまで成長している。無意識のうちに――朔は微笑していた。
 しかし同時に、朔は彼の表情に翳りがあるのを知っていた。意識の一部が、まるでどこかに置いてきたみたいにすっぽりと抜けているのだろう。無論、その意識の差は剣技の差ともなる。
 一瞬の隙――朔の剣がコビアの刀を弾き飛ばしていた。
「あっ……」
 弾き飛んだ刀が地に落ちるのを呆然と見つめるコビア。朔が謹厳な声で言った。
「戦いの最中に無駄なことを考えるな。命を落とすぞ」
「そう……だね」
 やはり……心はここにあらずといったところか?
 刀を拾いに行ったコビア。その背中を見て、しばし……黙っていようと思っていた。だが、朔はどこか弟のような存在である彼のことを、黙って見ているだけではいられなかった。
 再び剣と刀が交錯しあう。その中で……策の口から、自然と問いがこぼれた。
「あの男の、死んだ甥のことでも考えているのか?」
 コビアはすぐには答えられなかった。刀を動かしながらも、わずかに俯けた顔で何かを思い、そして遠くを見つめる。ああ、そうか……僕は。
「あの人と僕……似てるんだ」
「似てる?」
「僕も……昔両親が亡くなって、キャラバンに引き取られたから。両親を亡くして叔父さんと一緒に暮らしてたっていうあの人が、どこか……」
 それは、名も知らぬ青年だった。だが同時に……近しい何かを感じてしまっていた。
 朔は思った。きっと、コビアはこう考えているのではないかと。もしも……もしもあのとき、自分がキャラバンではなくあの男のような人に引き取られていたならば、自分もあの青年のような死を迎えたのだろうか。そんな……ひどく虚無の向こうにあるような可能性の世界。彼はきっと、自分と青年を重ね合わせてしまっているのではないかと。
 だから、朔は言った。
「この世は綺麗なんかじゃない。理不尽で、身勝手で、欺瞞や傲慢や欲望が渦巻いてる」
 コビアは朔を見た。そして、黙ったまま彼女の続きを聞いた。
「力を持つことはそれに気づくということでもある。それが嫌なら、黙って目を瞑ったまま過ごしたほうが幾分か幸せだ」
「だけど……」
「それも嫌なら、自分を変えることだ」
 そう告げた直後、朔の剣が止まった。コビアもまた、それに呼応して立ち止まる。
「そうすることが“生きる”ということにもなる。少なくとも、私はそう思っている」
「朔さんは……生きようとしてるの? それとも……それも朔さんにとっては……」
「……さあな。あるいは私はもう死んでいるのかもな」
 朔は笑った。コビアにはどこか、その笑みが哀しみを帯びた翳りある笑みに見えて仕方なかった。
 そんなとき、遠くからシグノーたちの声が聞こえてきた。
「二人ともー! メシできたッスよー! 一緒に食べるッスー!」
 シアルや鳳明もまた、食事の準備をして待っているらしい。
 思えば……シアルと出会ったこともまた、こうしてキャラバンと一緒に生きた自分がいたおかげだった。そして――朔たち――契約者たちとともにいられることも。
「ん、行くか」
「うん」
 刀を納めて、コビアは思った。
 せめてあの青年の分まで生きられたら、と。それは、都合の良い考えなのだろうか?
「おいおい、そこのお弟子くーん。何を辛気臭い顔してるのかしら?」
「師匠……」
 なにやら酒も持ち出して騒がしい契約者たちの中から、己が師匠の姿を見つける。シアル特製の野菜炒めを片手に持って、彼女は楽しげに笑っていた。
 それを見て……コビアはなぜか少しだけほっとした。
 呆れながら、彼女たちのもとに向かう。
「師匠……また酒ですか?」
「ん? いやいやー、お酒仲間も出来たからね。今回ぐらいは無礼講ってことでいいじゃない?」
「それ……いっつもですよ」
 コビアだけではなく、最後はシアルにまで突っ込まれていた。
 そんな師匠と仲間たちのどんちゃん騒ぎを見やりつつ、コビアは穏やかに笑った。
 まるで――いまここにあるこの幸せを、かみ締めるかのように。

担当マスターより

▼担当マスター

夜光ヤナギ

▼マスターコメント

シナリオにご参加くださった皆さま、お疲れ様でした。夜光ヤナギです。
山岳を舞台にした冒険シナリオ、いかがだったでしょうか?

今回も色々なアクションを見させていただいた気がします。
中にはすごく考えさせられるものもあり、自分も頭を悩ませた部分もありました。
その結果として、当初の予定が変わってこのような結末になったのは、やはり「蒼空」ならでは……ですね。

コビアの旅はまだ終わりません。
彼がどこに旅の終わりを見つけるかは、自分にも分からないことです。
あるいは、もしかしたら彼はずっと旅を続けていくのかもしれませんね。
そんなコビアの旅を、そっと、手を添えて、たまには傍にいてあげて、時には一緒に冒険して、一緒に生きていけたら、私もコビアも嬉しい限りです。

それでは、またお会いできるときを楽しみにしております。
ご参加ありがとうございました。

5月15日 一部修正を加え、リアクションを再提出しました。