リアクション
タシガンの文庫 「できたでー。さあ、みんな遠慮なくつまんだってや」 すき焼き鍋をカセットコンロの上に載せて、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が言った。ささやかではあるが、今日は寮でパートナーたちとのすき焼きパーティーである。 皆でそれなりに楽しく鍋をつついているうちに、とりとめのない話題は分霊のことになっていった。 「英霊っちゅうのは、分霊とかいって、おんなじ人がぎょうさんいるんやろ。なんでも、顕仁とおんなじ人もいてはるとか噂なっとったで。でも、顕仁、君、悪魔やんよなぁ? はてさて、歴史上で、百人一首で知ってるあの人と自分と、ホンマに合致するんかいなぁ?」 大久保泰輔が、小耳に挟んだ話を口にした。 「ふむ。だが、我は我であることを記憶している。故に我は、「讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)」と、呼ばれることを選ぶ。なぜ、英霊ではなく悪魔なのかは我にも分からぬ。ただ、我は我であるだけだ」 淡々と讃岐院顕仁が答えた。 「まあ、私には縁のない悩み事ですね」 黙々と肉を鍋から救出しながらレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が言った。 「本物か偽物かって議論かい? まあ、英霊ったって魂がナラカから這い上がってきて再び肉体を得るまでの間に、あっちに行ったりこっちに行ったり、それこそ、あっちこっちから呼び出されたりするものだから、それで分裂しちゃったとしても不思議じゃないよね。言ってしまえば、アレンジされたテーマがいっぺんに鳴りだしたというか、一つのテーマがそれぞれの楽器用にアレンジされた物って感じかな。だから、複数見られる英霊は、すべてが本物だと言えると僕は思うよ」 春菊をレイチェル・ロートランドの方へと押しやりながら、フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が言った。 それほど本気で討論しているわけではない雑談なので、みんなあまり核心には触れてはいない。と言うか、すっかり忘れてしまっているといった方がいいだろうか。 英霊と契約を結ぶためには、英霊の魂を呼び出すための英霊珠が必要となる。おそらくは、この珠の力が本来であればまだナラカから這い上がれないはずの魂を、理を外れてパラミタの地上へと引き上げるのだろう。とはいえ、それすら完璧ではない。魂のすべてを引き上げることができるのであれば、英霊は大いなる力を持ってよみがえるのだろうが、英霊珠によってよみがえった英霊はそれほど強力な力を持っているわけではない。つまり、英霊珠が引き上げることができるのは元々魂の一部だけだということだ。それゆえ、その過程で魂は分霊と化す。英霊が複数復活したとしても、それはごく当然のことなのである。 同時に、英霊珠を使わない限りは、英霊を地上に呼び出すことはできない。それゆえ、讃岐院顕仁がいくら過去の人物と同一人物であると語ったとしても、それは自称でしかなかった。とはいえ、英霊ではないと言うだけで、過去の人物がナラカに落ちた時点で悪魔に転生してはいないとは言えない。どのみち真実は暗い闇の中で、讃岐院顕仁自身ですら本当は分かってはいないのだろう。 「まあ、仮に、僕たち分霊が大いなる一人の部分だとしたら、それぞれがまったく別の容姿や性格を持っていたって不思議ではないですね。人という物は、そんな単純にできている物ではありませんから。分解したら、元とはまったく違った物が現れたって不思議じゃありませんよ。あるいは、まったく違う魂が、英霊珠に呼ばれる過程で、まったく関係のない英霊の記憶をのぞいて、それになりすましているかもしれませんし。僕ですか? さあ、どうでしょう」 レイチェル・ロートランドと肉の争奪戦を繰り広げながら、フランツ・シューベルトが言った。 「いずれにしろ、過不足はない。あるのは、ただ契約のみ」 鍋の上に身を乗り出した讃岐院顕仁が、大久保泰輔の手の甲にキスをした。 「ここにある我は、ただ我だ。問題な……あー! その脂身、取っといたのにぃ!!」 さりげなく下に回した箸でつかみ取ろうとした肉をレイチェル・ロートランドにかすめ取られて、讃岐院顕仁がキャラを崩して叫んだ。 やはり、彼らにとっては、英霊が何であるかよりも、目の前の肉だったようである。 ★ ★ ★ 「戻ってきた……と言えるのかな」 古城の塔の上に形を作りまとめて、ストゥ伯がつぶやいた。 城の中庭には、数体のイコンの姿が見える。 「サロゲート・エイコーンに頼るのであれば、この地の者たちは同じ過ちを繰り返すのだろうか。そういえば、作りかけのあれはどうしたのだろう。まあいい。ちゃんと完成していたとしても、もはや乗るべきお方は存在しない。今、あのそばに居るのは、しょせん紛い物だ。ならば、墓標としてゾディアックほどふさわしい物はあるだろうか。イルミンスールの力が極小まで落ちている今であれば、封印されし物は確実に……。はたして、あの者たちは、それを知っているのかどうか……」 瞬間、ストゥ伯爵の周囲の霧が女王の姿を作りだしそうになるのを、彼はかき消した。 |
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