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ローレライの音痴を治そう!

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第五章 手合わせの申し込み

 ローレライとラナ、そして武勇伝を語りに来た小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が見守る前で、イングリットとアトゥ・ブランノワール(あとぅ・ぶらんのわーる)が拳を交えようとしていた。やや遠巻きに羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)と放送部員も見守っている。

「なにやら面白いことになっておるのぉ」
 シニィ・ファブレ(しにぃ・ふぁぶれ)は相変わらずアルコールの入ったグラスを傾けながら眺めている。
「新入生の鼻をへし折りに来たと言うところでしょうか」
 椅子を並べた中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)は駄菓子の山を消化しつつ、興味なさげな感じは崩さないながらも、全神経を戦いに集中させていた。
「どうじゃ、賭けぬか?」
「何をですの?」
「勝つと思う方に、こいつを一杯」とグラスを差し出す。
 綾瀬は「未成年ですので」と静かに首を振った。
「それに賭ける方が同じなのでは?」
「するとそなたもアトゥか?」
「ええ、ちょっとした知り合いですし、新入生に遅れを取るとは思えないので」
 つまらなそうな顔をしてシニィがグラスを傾ける。そこに「私が乗るよ」と霧雨 透乃(きりさめ・とうの)が酒瓶をシニィに突き出した。
「新入生が負けたらコイツを進呈。勝ったらそっちを頂くよ」
 賭けは成立。戦いの行方を見守ることになった。

「ものは試しだから、隙があったらいつでもおいで」
 頭一つ小柄なアトゥが、余裕たっぷりで待ち構える。表情の固いイングリットが、一気に距離を詰めて右腕を突き出す。一撃入れようとしたのか、胸元をつかもうとしたのか。その腕をかわしたアトゥは手首をつかんで立ったまま肘の関節を決めにかかる。
「つっ!」
 腕ごとひねって抜け出したイングリットは、反対にアトゥの腕を絡め取る。そのまま投げに行こうとしたが、アトゥ自らジャンプして体を入れ替える。イングリットの懐に入ると素早く突きを繰り出す。間一髪、イングリットは腕を交差させて防いだ。
「どう? おばさんもやるもんだろ」
 2・3歩下がって、アトゥが一息入れる。
「どうやらわらわの勝ちのようじゃな」
 シニィが霧雨透乃を見上げた。
「うーん、まだ分からない! と言いたいところだけど、厳しいか……」
 アトゥが余裕を持っているのは変わらないが、イングリットがやや息を荒くしている。
「イングリット様に固さが目立ちますわ。経験の差かもしれませんわね。素質は良いものを持っていると思うんですけど」
 その後もイングリットが仕掛けアトゥが返すパターンが繰り返される。ただし回を重ねるごとに、イングリットの息は荒くなっていった。
 何度目かのイングリットの攻撃。拳を受け止められたものの、そのまま体ごとアトゥにぶつかっていく。かわしきれなかったアトゥが受け身をとって転がったたところに、イングリットが力任せに蹴りを入れた。

「そこまで!」

 イングリットの蹴りを巧みに左足で止めたのは、魅惑の足技使いの異名を持つ小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。体格差のあるイングリットの足技を、ほとんど反発無しで受け止める。もちろん右足一本で立っても、びくともしないバランスを保っている。唯一ご愛嬌なのは、ミニスカートゆえに可愛らしい布地がばっちり見えてしまっていたこと。

「水玉か……雨でも降らねばよいのじゃが」
 シニィが見上げるが、幸い空は快晴。

「ごめんね。邪魔をしちゃって」
「十分に避けられたんだけどな、いや、ちょうど良い頃合いか」
 謝罪する美羽に、アトゥは手を振って応じた。
 美羽はイングリットに向き直る。
「試しの手合わせなんですから、やりすぎちゃダメですよ!」
 ハッとして、イングリットは周囲を見回す。ラナ達の心配そうに見つめている視線に気がつく。
「すみません……つい」
 改めてアトゥに頭を下げた。
「いいよ。新入生ならそれくらい生きが良い方が面白い。でも拳で語るのはこれくらいにして、今度は言葉で語らないか? こんなおばさんの話を聞く気があればだけど」
「ぜひ聞かせてください」
「私の武勇伝も聞いてよね!」
「ではこちらへどうぞ」とラナが手招きした。

 見物していた綾瀬達にも弛緩した空気が流れる。
「賭けはどうなったのでしょう?」
「ふむ、まぁ、水入り引き分けってとこじゃな」
 シニィが提案したが、透乃は酒瓶を置いた。
「こっちの負けだよ。飲んでくれ」
「そうか、ではそれはありがたく頂くとして、わらわからお返しをせねばな」とグラスを渡す。
 透乃も「せっかくだから」と飲み干した。
「あの……透乃ちゃんは申し込まないんですか?」
 パートナーの緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が尋ねる。
「なんじゃ、そなたも手合わせ希望か」
「まぁね。でも疲れたところに挑むのはフェアじゃない。次の機会にするよ。それより陽子ちゃんこそラナちゃんに提案があるんだよね」
「はい、この場に集まってローレライの音痴を治そうとしたり、一緒に歌の練習をしている人達のことを歌にしてみたら良いのではと思ったのですが……」
 綾瀬は自分と似たようなことを考えている人がいるものと思ったが、興味無さげな感じのまま黙っていた。
「それも面白そうじゃのう」
「透乃ちゃんに合わせて、次の機会にします。今日はもう武勇伝を作るみたいですから」
 霧雨透乃と緋柱陽子は帰っていった。

 美羽が武勇伝を語ると聞いて、羽瀬川 まゆり(はせがわ・まゆり)と放送部員が忙しく動き回る。
「私の武勇伝は、ラナにも大きく関係があるんだよ」
「すると……私が声を失った時のことでしょうか?」
「あー、言っちゃだめだよー」
「すみません」
 美羽はラナの声を取り戻すために、仲間達とジャタの森でパラミタミツバチの蜜を集めたことを語った。
「すごかったんだからー」
 身振り手振りを交えて、モンスターとの戦いを説明する。
「あの時は、本当にありがとうございました。では早速」とラナが書き留めたメモを元に歌を考える。
「でも美羽……」
 美羽のパートナー、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が少し不満そうに口を開く。
「美羽の武勇伝なら、斬姫刀スレイブ・オブ・フォーチュンを使って、ダークヴァルキリー化の呪いを断ち切ったことじゃないかなと思うんだけど」
「でもあれはみんなが力を合わせた結果だから、私一人の武勇伝じゃないよ」
「そっか……でもあの時の美羽、かっこよかったよ」
「やだもう! 照れちゃうじゃない!」
 美羽の回し蹴りがコハクの腹部に炸裂すると、綾瀬やシニィのところまで転がっていった。「自慢になっちゃうから、あんまり言っちゃダメだよ。でもちょっとくらいなら良いからね」と照れている美羽は気付かない。
「そなたも大変じゃな。もう少し食べたらどうだ。そんな細身では力が入らんじゃろう」
 シニィに同意するように、綾瀬が駄菓子を山盛りで手渡した。
「はぁ、でも大事なマスターですから」
 駄菓子を抱えて、コハクは美羽の元へと走っていった。

 アトゥはイングリットと武術について語り合っていた。
「バリツとは珍しいね。もっとも我流の拳法の私が言うことじゃないか」
「家柄で見られるのが嫌でしたので。武術なら身ひとつが問われますから」
「あんまり無茶はするもんじゃないよ。お説教じゃないが、聞く気はあるかい?」
 イングリットがうなずく。
「闇雲になるな、腹を立てるな、手はキレイに、心は熱く、頭は冷静に……分かるかな」
「……なんとなく……ですが」
「キミよりちょっとだけ長く生きてるおばさんの言葉さ」
「おいくつなんですか?」とイングリットが聞くと「キミも野暮だね」と言いながら耳打ちする。
「ええっ!」
 まさかと言うようにアトゥを見る。
「いろいろあるのさ。世界は広いんだよ」
「よーくわかりました」
 イングリットは一層姿勢を正した。

「こんな感じでしょうか」
 歌の仕上がったラナが、竪琴に指を流す。

 可愛い勇者 蜂蜜求め 仲間と共に ジャタの森
 苦難を越えて 手にした蜜で 声の泉が 湧き上がる 

 歌い終わると拍手が起こった。
 日も暮れかけて帰り道に着こうとすると、「師匠」と呼ぶ声がした。声の主はイングリット。
「師匠って……呼んで良いですか?」
「えーっ! そう? やっぱり武勇伝が良かったのかなぁ。イングリットがそう呼びたいなら構わない…………あれ?」
 イングリットは、美羽の横をすり抜けて、アトゥの手を取った。
「強くなりたいんです。力だけじゃなく心も」
「私は師匠って柄じゃない。その気持ちがあれば大丈夫だよ」
「でも……」
「時間があったら尋ねてきなよ。話をしても良いし、手合わせの続きでもね」
「はい!」

「美羽、お菓子食べる?」
 コハクの差し出した駄菓子をつかむと、美羽は大きな口へ放り込む。
「うー、どうして私じゃないのよ!」
「僕は美羽が一番カッコイイと思うよ」
「そうよね。次は負けないんだから! よーし、夕日に向かってダッシュだぁ!」
 美羽は言葉通り、夕日に向かって駆け出した。コハクは小さくため息をつくと飛んで追っかけた。