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ローレライの音痴を治そう!

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ローレライの音痴を治そう!

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第九章 熱血&感情&スパルタ

 源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)が少し離れた丘から双眼鏡を覗いている。イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)は、早起きが過ぎたのか鉄心のコートに包って眠っている。
「今日はどうしますか?」
「そろそろ直接アプローチの時期だろう。ローレライの真の目的が分かれば、その後のこと。分からなくとも、害意がないことだけでも確認したいところだ」
「はい」
 彼らが話しているうちに、今日の訪問者が姿を現した。

「私のトコはパートナーが張り切ってるんだ」 
 葦原明倫館の東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)は、パートナーの遊馬 シズ(あすま・しず)をチラリと見る。
「奇遇だな。こっちもユフィが張り切っててな。俺はその手伝いだ」
 蒼空学園の夜月 鴉(やづき・からす)は、傍らのユフィンリー・ディズ・ヴェルデ(ゆふぃんりー・でぃずう゛ぇるで)の頭をなでた。
 ユフィンリーはその手を払いのけると、力強く拳を握り締める。
「スパルタでいきますからね! 3段階に分けての治療法を考えてあります!」
 ユフィンリーは、声を出す練習、音程に合わせて歌う練習、実際に歌う練習を説明する。バイオリン持参で力の入れようが分かる。
「すると遊馬くんと似てるね。なんか徹底的にやるって言ってるよ」
「当然だ」
 遊馬が口を挟む。
「音痴を治したいってんなら、徹底的にやらないとな。俺はかなり厳しいぜ。半音ずれただけでも許さねぇ」
 そこに蒼空学園の御凪 真人(みなぎ・まこと)が加わった。
「ちょっと良いですか?」
 4人が真人の方を向く。
「私もいろいろ調べてきてお手伝いしようと思ったんですけど、これまでにいろんな人が来て、いろんなアドバイスをしていったそうですよ。だから全くのド下手ではなく、そこそこには歌えるそうです」
 空振りとなった4人は互いの顔を見合わせる。
「真人はどうするんだ?」と鴉が尋ねる。
「私自身は、演奏も歌も全く縁が無いんですよ。じゃあ知識でと思ったんですが、付け焼き刃では役に立たないみたいです。既に発声練習や音階の練習もしているようなので、下手したら出番がいないかななってことも」
「じゃあ、私の出番かな。感情論なんだけどさ。『聞かせたい相手のために歌う』ってこと」
「あ、それも何人かの指導があったそうです」
 真人の言葉を聞いて、秋日子も力を落とす。
「もっと早くに来れば良かったかぁ」
 
 それでもせっかく来たのに何もしないで帰る気にもなれず、楽器に合わせて全員で歌ってみようとなる。「俺もですか?」と真人が抵抗したものの、「見ていたって仕方が無い」との声に押されて参加することになった。
 ユフィンリーがバイオリンの調整を終えると、ラナとの打ち合わせをする。他日のアドバイスを取り入れて、ローレライの歌いやすい歌、歌いたい歌を選ぶ。
「それじゃあ、始めるね」
 イングリットも加わると声の幅がグンと広がる。ローレライも音痴と言われた頃の面影はなく、十分に人並み以上に歌えるようになっていた。
「魔性の歌声には、まだまだ遠いが、ちゃんと聞ける程にはなってるってことか。これまでの苦労が忍ばれるぜ」
 歌いながらも鴉が考える。『もっと上手くなったら、どうするんだろう』と。
 歌っている内に、鴉と遊馬が次第に熱を帯びてくる。しかし彼らの暴走一歩手前で、秋日子が手綱を締めることで、合唱は長く続けられた。
「ごめんね!遊馬くん、音楽のことになるとバカだから。も〜キミもほんとのことだからって言いすぎだよ! ……あ、ごめんなさい」
 そうして歌っているところに、源 鉄心(みなもと・てっしん)ティー・ティー(てぃー・てぃー)イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)を連れて姿を現した。
「失礼します。少しお話をお伺いしたくて」
 礼儀正しく挨拶した。
「ここに来るまで、ローレライについて調べてきました。そんな中で基本的に人間と相容れなさそうですが、人を頼ってきた理由が気になったんです。何も人間に頼らずとも仲間たちと一緒に練習してれば良い気もしますので」
 鴉や秋日子達がうなずいた。
「人間にも色々居ますから、単独で人の領域に姿を見せるのはそれなりのリスクも伴ったはず。そのリスクを犯してまで、歌が上手になりたい理由とはなんでしょうか?」
 重ねて追求したものの、ローレライから詳しい返事はなかった。
 重い空気が支配する中で、イコナだけが明るいまま振る舞っている。不思議そうにローレライに近づくと、「フワフワだぁ」とローレライのお腹に触れたりもする。
「人間に危害を加えない約束はしてあります。今はそれを信じようと思います」
 ラナがそう言うと、他の面々もなんとか納得した。

 そこに蒼空学園のロア・ドゥーエ(ろあ・どぅーえ)レヴィシュタール・グランマイア(れびしゅたーる・ぐらんまいあ)が過去話を聴いてもらうためにやってきた。
「武勇伝なんてものは分からないが、語れると言ったら、過去の話くらいなもので」
 ラナが了承すると、「物心ついた時、俺はもうパラミタにいた」とロアが語り始めた。

 ロアは幼い頃、誰かに連れられてパラミタの地に来ました。それが誰だったかは覚えていません。何故連れてこられたかもわかりません。なぜならロアを連れて来た誰かは、彼を置いてどこかに行ってしまったからです。
 取り残された幼いロアが一人でも生きて来られたのは、その誰かと契約を結んだ契約者になっていたからです。ですが、パラミタの世界は幼いロアには厳しく、色々な事が彼を痛めつけ、苦しめました。

「それでも俺はパラミタが好きなんだ。この世界をもっと知りたい、もっと色々なものを見たい。そう思って旅を続け、今ここにいる」
 この話を聞いて一番ショックを受けたのはパートナーのレヴィシュタールだった。相当旅慣れていると思ったものの、それも当然、ごく幼い時から旅を続けて来たのだから。
「その……連れてきた人のことはどう思ってるんだ? やっぱり恨んでるのだろう?」
 ロアは笑って否定した。
「どんな意図があったか知らないが、連れてきてくれてありがとうって言いたいね」
 ラナはしばらく考え込んでいたが、「では始めましょう」と弾き語りを行った。

 見知らぬ土地で 彷徨う幼子 自らの足で 立ち上がる
 伝えるべきは 感謝の言葉 あなたがいたから 俺もいる 

 ラナの演奏と歌声に毒気が抜けたのか、重い雰囲気から明るい演奏会+合唱会になる。
 繰り返し歌っていくことで、ローレライがますます歌声に磨きをかけていった。

「あれで良かったのですか?」
 真人が鉄心に尋ねる。
「追求しずぎて、逃げられでもしたら敵わない。あの辺で止めておくのがよさそうだ。それに……」
 鉄心はイコナの体についた、ローレライの羽毛を摘み上げる。スキルサイコメトリを働かせた。
「人間に危害を加えない、それは間違いなさそうです」
 羽の一枚を真人に「キミも調べてみたら」と譲る。真人は丁寧に懐に納めた。

 彼らが去った後も演奏会+合唱会はしばらく続いた。
 秋日子がローレライに問いかける。
「もしかして、キミには歌を聞かせたい相手がいるんじゃないの? 聞かせたい相手がいるなら、その人のことをよく考えてみて。キミはその人にどんな歌を聞かせたいの? 悲しい歌? それとも楽しい歌?」
 ローレライから確たる返事はなかったが、聞いたことで満足できたのか、秋日子は歌へと熱中していった。