蒼空学園へ

イルミンスール魔法学校

校長室

シャンバラ教導団へ

ローレライの音痴を治そう!

リアクション公開中!

ローレライの音痴を治そう!

リアクション


第七章 可愛い武勇伝

「リクト、あの人達、何もしてないけど何者だと思う?」
「ワルター、お前あの雰囲気でわかんねーのかよ!? 業界の大物だぜ、間違いねーよ!」
「本当か? どこかで見たような気がするんだが」
「テレビで見たに決まってるだろ」
「そうだったか? あ、こっちを見たぞ、ジロジロ見過ぎたか?」
「って、手を振ってくれたぞ! 俺らみたいなのに対しても、なんて気さくな人なんだー!」
 波羅蜜多実業高等学校からやってきたリクト・ティアーレ(りくと・てぃあーれ)は勝手に勘違いをしていた。パートナーのワルター・ディルシェイド(わるたー・でぃるしぇいど)は不審に思いながらも、話に付き合っている。

「いきなり手を振ってどうしたんですの?」
 綾瀬がシニィに尋ねる。駄菓子をつまむのは今日も変わらない。
「いや、こっちをジロジロ見てる輩がおったんでな。あっちへ行けと……こう……な」と、手をヒラヒラさせた。
「ふぅん、まぁ、気にしないでおきましょう」
「そうじゃな」

「きっと有望な新人を、芸能界にスカウトしに来たんだぜ」
「どうも違う気がするんだがなぁ……」
「間違いないって。もしかしたら俺たちピッグになれるかもしれないぜ」
「豚になってどうするんだ。それを言うならビッグだろ。もっともその言葉自体も古いが」
「でもってレコード大賞とか、芥川賞とか、ノーベル賞とかとっちゃうんだぜ」
「最初のは良い、2つ目もなんとかなるかもしれんな。しかしノーベル賞は芸能界では無理だろ」
「でもって‘リクトの店’とか出して、通販番組で『これはお得ですね』とか『今ならたったのイチキュッパ』とか言っちゃったりして」
「花屋はどうするんだ。それにスケールダウンしてないか?」

「今日、お手伝いを申し出てくれたのはあなた方ですね」
 ラナの前には空京大学のリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)シーナ・アマング(しーな・あまんぐ)が立っていた。
「ええ、これまでの練習でかなり良くなってきたって聞いてます。それでもオレは発声練習をお手伝いしようと思って。シーナは手伝いです」
「ありがとうございます。で、あちらの方達はお知り合い?」
「おーい、リクト!」
 リュースが呼ぶと、リクトとワルターが駆け寄ってくる。
「こっちはオレの弟です。まぁ、応援みたいなもんですが。よければ一緒に発声練習に参加させてやってください」
 リュースは一礼すると同時に、リクトの頭を下げさせた。
「俺の兄貴はなー、すっげー声がいいんだ。顔も綺麗だし、完璧だな!! え、双子だろって? 双子とは思えないくらいキレーな顔と歌声なんだぞ!! 兄貴の幸せの歌はもう聴いていて本当に幸せになってくるんだ! ソレ目当てのお客さんだっているんだぞ!」
 興奮してしゃべるリクトに、ラナが微笑み、イングリットとローレライは、笑いをこらえるのに必死だった。
「兄貴は……あ、やめろって? まだ兄貴の自慢が足りないんだけど。え、しなくていい? 兄貴は照れ屋さんだなぁ。後は泳げないことを直せb……」
 リュースは笑顔をいくらかひくつかせながら、固めた拳をリクトの頭に振り下ろした。
「いてぇっ!」
「これ以上うるさくしたら、帰らせますんで」
「こちらこそよろしくお願いします」
 ラナとローレライも頭を下げて、レッスンが始まった。
 リュースの持ってきたキーボードに合わせて、リュースとシーナが発声する。リクトも最初こそ発声についてきたが、すぐに「兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴〜っ」と掛け声に変わった。結局、ワルターがリクトの押さえ役になる。
 これまでの練習が実ってきたこともあって、ローレライはなんとかリュースやシーナについてこれるようになっていた。シーナがローレライのお腹に手をあてて腹式呼吸を確認するが、こちらも「問題ありません」とOKが出る。
 ひと休みしようとしたところで、新たな訪問者があった。
「こんにちは、金柑の甘露煮を作ってきました」
「吟遊詩人さん達の歌を聴きに来たよ」
「うちのぶゆーでんをきーてもらうー!」
 イルミンスール魔法学校の本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)、そしてケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)とパートナーのバシュモ・バハレイヤ(ばしゅも・ばはれいや)だった。

「練習しすぎて、喉を痛めてはいけませんから」
 金柑の甘露煮をそれぞれに分ける。「もっとくれー」とリクトが、「うちもー」とバシュモがせがむ。
「あんまり甘いものばかり食べ過ぎてもよくないですね」
 サイコロを取り出すと、それぞれに一回だけ振るように言った。出た目に従い、リクトには3つ、バシュモには5つ渡す。
「喉のチェックもしておきましょうか」
 大きく口を開けたローレライの口の中を、ペンライトの光で照らす。
「特に異常は無いようですね。と言うより、ローレライだからでしょうか。人間よりはるかにしっかりした喉のようです。これで音痴が治れば、かなりの声が出ると思いますよ」
「俺のも見てくれー」とリクトが大口を開ける。涼介はペンライトの光を当てた。
「喉はともかく、歯医者に行った方が良いな」
「オレが歯磨きしろって言ったのを守ってなかったのか?」
 今日、二度目となるリュースの拳が、リクトの頭に振り下ろされた。
「えーっ! 俺ちゃんと歯磨きしてるぜ!」
「だったら、何で虫歯になるんだよ」
 そこでワルターが手を挙げる。
「ああ、間違いなく歯磨きは……してたな」
「だろ、兄貴、俺はやってるって」
「ただし歯磨きの後も、菓子を食ってた」
 3度目のリュースの拳が振り下ろされた。

 本郷涼介のチェックが終わると、バシュモの武勇伝に取り掛かる。
「自分も音楽まだまだだし一緒にしようと楽器は持ってきてたんだけど、バシュモが勝手について来たもんだから」
「はーい、こっそりでかけていくケイラにかってについてきました!」
 ケイラは気落ちしながらも「武勇伝を作ってあげてください」とラナに頼む。
「武勇伝を作ったら、後で一緒に歌いましょう。それでどんなお話なのでしょう」
 ケイラにうながされて、バシュモが話し始める。
「このおっぱいおおきいねーちゃんがぶゆーでんはなしたらうたにしてくれるんやな! うちのぶゆーでんしっかりきーてやー!」

 それはーあるひのーことじゃったー
 うちがいるみんのおうちでのんびりおひるねしてたらー
 なんかみょーなけはいがしたからがばっておきてみたら、すみっこからくろいまるまるが!
 もちろんこのときうちのさっきかんぱがさくれつしたのは言うまでもないでー!
 でもまるまるはうちのことむしして、大好きなじゅーすかってに「じゅー!」ってのんじゃったんやー……いっきに!

 おこったうちのとーあてやらがさくれるするもにげるもふもふ!
 このままじゃらちがあかない
 せやからうちはせくちーぽーずやまるまるのちゅーもくをあつめてゆだんしてるうちにつかまえたんやで!
 ここでさくれつするのはうちのせくちーこあくまとうほう!
 おおきくふりかぶってーなげたー!
 そしてまるまるのききはさった……うちのせくちーさのだいしょうりやで!
 これでうちのおうちのへーわはたもたれたんやでーうんうん

「えーっと……」
 さしものラナ・リゼットだったが、これには反応できなかった。唯一最初の‘おっぱいおおきいねーちゃん’は聞き取ることができたようだが」
 ケイラが部分部分を解説する。
「‘くろいまるまる’ってのは、親友のモスマァル君のことなんです。こっそりジュースを飲んじゃったみたいで」
「兄弟げんかみたいなものなんですね」
 ラナは納得して、歌を作り始めた。
 バシュモは本郷涼介に金柑の甘露煮をねだる。リクトも欲しがったが、リュースの睨みが許さなかった。

「こんな具合でしょうか」
 ラナが竪琴に指を滑らせる。

 バシュモがお昼寝 大好きなジュース こっそりモスマァルが 飲んじゃった
 セクシーバシュモが 華麗な反撃 おうちの平和が 保たれた

 これまでに比べれば、ごくごく簡単なものだったが、バシュモは「じょうできや。せくしーさはうちの方がうえやけど、うたはみとめたるで」と上機嫌だった。
「本当にすみません。こんな内容で」
 ケイラがペコペコと頭を下げる始末だった。

 その後は「私はちょっと」と渋る本郷涼介やケイラにバシュモも加えて、小さな合唱会になる。
 リクトは相変わらず「兄貴、カッコイイゼー! ヒューヒュー」と掛け声ばかりだったが、全員が楽しい時間を過ごすことができた。